中上健次のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
薄い文庫ですが、中身は濃厚で、土俗的な雰囲気。
改行も少なく、ぎっつり畳みかけるように。
熊野の地で、「路地」の若い者のすべてを取り上げた産婆オリュウノオバが見守っていく。
中本の一統という血をひく様子が、色々な子に現れる。
蔑まれる貧しい暮らしでも、なぜか生まれつき見た目は良く、色白で顔立ちが整っていて人を惹きつけ、先祖に貴族でもいたのか、それも放蕩を尽くした千年前の平家の家系でもあったのではと思わせるほど。
しかし、男達はどこか危なげな性格で、澱んだ血が内側から滅ぼしていくかのように早死にしてしまう。
主人公は一話ごとに変わっていくので、やや読みやすい。
男ぶりが際だっていた半蔵は、女の -
Posted by ブクログ
独自の、確固とした世界観を持った、圧倒的な物語だった。
倫理も法も縁のないような埒外の世界には、人ならぬ者が決めたような、自然のままに出来上がる秩序のようなものがある。
その路地で子供が産まれる都度、産婆として一人一人をとり上げてきたオリュウノオバからは、何世代もの時の移り変わりによって自ずと形成される、「血」としか言い様がない宿業のようなものが見えるのだろうと思う。
その、逃れようのない連続した生命の流れを俯瞰しているような視点は、ガルシア・マルケスの「百年の孤独」に似たものを感じた。しかし、片方はこの業を「孤独」ととらえて、もう片方は「愉楽」と名づけている。
古代ギリシャの神々や、日 -
Posted by ブクログ
ネタバレ表題作のみ読んだ。
田中慎也「共喰い」を想起した。
平易な単語ばかりで、句読点が多く軽快な文体で読みやすい。しかし、内容は極めて難解に読んだ。
噛み砕ききれず、だがなにか心を掴まれたような気がして、秋幸になにか自分と似たところを感じた気がした。
人の解説を読んでようやく少しずつ掴めてきた気がする。他人にがんじがらめになっているところが、秋幸に共感したんだと思う。
紀州サーガをまた読もうと思う。
262 彼は一人になりたかった。息がつまる、と思った。母からも、姉からも、遠いところへ行きたいと思った。あの朝、首をつって死んでいた兄からも自由でありたかった。 -
Posted by ブクログ
まさに紀南の夫の実家に帰省中、大勢の親戚たちに囲まれたり話を聞いたり、辿れば遠い親戚だったりする彼の地元の友達と会ったりしているときにこの小説を読んだ。
買ったのも夫の地元の鄙びた書店。
血縁のつながりの強い紀南の家族の在り方をちょうどリアルタイムで感じながら読んだので、物語の雰囲気はよく掴めたし登場人物が多くても没入しやすかった。
登場人物の方言も、夫のおばあちゃんのしゃべり方で脳内再生された。
ただ、中上健次は紀南の最下層を描いているので(男はもれなく土方で女はもれなく女郎、みたいな世界観)、「紀南は確かに田舎だが、いくらなんでもそこまでひどくはなくないかこの土地は?」とは思ってしまった -
Posted by ブクログ
真の意味での身寄りがあるようでない、
そこにいるようでいない、
ただ梢を揺らす木のようにして佇む若人の運命は非情でグロテスクだった
また彼の搾り出したかのような復讐は結局は空虚なものにすぎなかった
全体を通して「む、難しい、、、」と感じっぱなしだった
はっきり言えば『岬』に関しては、自分の中での感情移入および心の揺れは大して感じられなかった
もちろん大枠としての彼の「地理的にも血縁的にも閉ざされ縛られることへのどうしようもない憂鬱」のようなものは感じられるが、今の私には秋幸の心の機微は完璧には解読し難い
偏に想像力不足、偏に感受性不足なだけかもしれない、だとしたら本当に憂鬱だ
そもそもの文 -
Posted by ブクログ
宇佐見りんさんの推し作家ということで読んでみたかった中上健次。
「一番はじめの出来事」「十九歳の地図」「蝸牛」「補陀落」の4編からなるこちらが第一作品集とのこと。
いずれも独立した短編だと思ったのだけれど、補陀落を読んでいるうちに、これらは康二という一人の男の物語であることに気がつく。
「一番はじめの出来事」は康二が小学5年生の時の話であるけれど、仲間と秘密基地をつくって遊んだりする無邪気さ、無垢さが、家族の父親がわりだった兄やんの自殺を経験していっぺんに損なわれていく様が苦しかった。子供は無知で、無力で、でもそれは救いでもあった。ずっと子供でいられたらよかった。多分これは重松清の疾走を読んだ