真田太平記(十一)大坂夏の陣

真田太平記(十一)大坂夏の陣

小説・文芸
935円 (税込)

4pt

和議休戦の翌日から、徳川家康はすべての参陣者を動員して外濠のみならず内濠までも埋め立てさせ、真田丸もまた破却されてしまう。幸村を取りこもうとする家康の計略により、信之(信幸改め)と幸村は京都で会見するが、幸村の家康の首を取るという信念はゆるがない。元和元年五月七日、裸城となった大坂城を打って出た幸村は、若き日の予感どおりに向井佐平次とともに戦場に倒れる。

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真田太平記 の一覧

1~12巻配信中 1巻へ 最新刊へ
1~12件目 / 12件
  • 真田太平記(一)天魔の夏
    990円 (税込)
    天正10年(1582年)3月、織田・徳川連合軍によって戦国随一の精強さを誇った武田軍団が滅ぼされ、宿将真田昌幸は上・信二州に孤立、試練の時を迎えたところからこの長い物語は始まる。武勇と知謀に長けた昌幸は、天下の帰趨を探るべく手飼いの真田忍びたちを四方に飛ばせ、新しい時代の主・織田信長にいったんは臣従するのだが、その夏、またも驚天動地の時代が待ちうけていた。全12冊。
  • 真田太平記(二)秘密
    990円 (税込)
    天下統一を目前にした織田信長が本能寺に討たれたことから、諸雄は再びいろめきたつ。上・信二州に割拠する真田昌幸は、関東の北条、東海の徳川、越後の上杉と対峙しつつ、己れの命運を上田築城に賭けた。一方、昌幸の二人の子供、兄の源三郎信幸と弟の源二郎幸村、そして従兄弟の樋口角兵衛をめぐる真田家の複雑に入り組んだ血筋が、小国の行方に微妙な影を落としてゆく。
  • 真田太平記(三)上田攻め
    1,100円 (税込)
    上州・沼田城の帰属をめぐり北条家と争う真田昌幸は、ついに徳川・北条連合軍と戦端を開く。出来たばかりの上田城に拠った昌幸父子は、捨身の決戦で数倍の敵を退ける。そして、旧態依然たる北条家のふるまいに嫌気がさした豊臣秀吉は、甲賀忍びの御伽衆・山中長俊の仕組んだ謀略を使って開戦にもちこみ小田原城を攻め落とす。こうして秀吉の天下統一はなったのだが……。
  • 真田太平記(四)甲賀問答
    990円 (税込)
    天下統一をなしとげた豊臣秀吉は、これまでとは人柄も変ったようになり、無謀な朝鮮出兵を号令。そこに豊臣政権のほころび目を見てとった甲賀忍びの頭領・山中俊房は、秀吉の御伽衆である又従弟の山中長俊に早くも手をまわし徳川方への加担を説く。ここに甲賀忍びと真田の草の者との凄絶な戦いが開始され、壺谷又五郎や女忍者お江の常人には推しはかれない活躍が繰り広げられる。
  • 真田太平記(五)秀頼誕生
    935円 (税込)
    肉親を次々と失い朝鮮出兵もうまくゆかず、豊臣秀吉は日に日に生気を失っていく。秀吉歿後をにらんで諸雄は動き始めるが、思いがけず秀頼が誕生したことで天下の行方は混沌となる。いったんは次の天下の主は徳川家康をおいて外にないと確信した真田昌幸であったが、「好きな男」秀吉の世継ぎに己れの命運を賭けようとして、徳川方から嫁をもらった長男・信幸との関係が微妙になる。
  • 真田太平記(六)家康東下
    1,045円 (税込)
    幼い秀頼と豊臣家の行方を案じつつ秀吉が亡くなると、徳川家康は朝鮮の役での文治派と武断派の対立を巧みに操りつつ豊臣家を分断していく。そして石田三成と結んだ上杉景勝を撃つべく家康が会津に兵を進めると、三成が兵を挙げ、ここに東西決戦の陣形が定まる。この重大局面にあたって真田父子は会津出陣の途上で一夜会談し、昌幸と幸村は徳川軍団を離れて上田城に帰り、信幸は留まる。
  • 真田太平記(七)関ヶ原
    880円 (税込)
    会津出陣中の徳川軍団から離れ上田に帰った真田昌幸・幸村は、ただちに城の守りを固める。家康は息子秀忠に中山道をゆく第二軍を率いさせ、真田信幸に先陣を命ずる。秀忠軍四万を上田城に迎えうった真田父子は、様々な謀略を使ってこれを釘づけとし、ついに関ヶ原の決戦に間に合わせなかった。真田父子が徳川軍の約半分を削いだにもかかわらず、結束のはかれぬ西軍は家康に敗れる。
  • 真田太平記(八)紀州九度山
    1,100円 (税込)
    真田昌幸・幸村のために関ヶ原の決戦に間に合えなかった徳川秀忠は、家康から痛烈な叱責をうける。家康は真田父子に切腹を申しつける決意でいたのだが、真田信幸の舅で徳川家譜代の重臣・本多忠勝の戦も辞さぬ助命嘆願に屈して紀州九度山に蟄居させることとなる。わずかの家来だけをつれて九度山に移った父子は「関ヶ原の戦い」が再びおとずれる日を夢みて孤立した日々をおくる。
  • 真田太平記(九)二条城
    935円 (税込)
    淀君によって大坂城から一歩も外に出されたことのなかった秀頼であったが、豊臣家を思う加藤清正らの奔走によって、ついに二条城において家康との対面が実現する。しかし立派に成長した秀頼の姿は、あらためて家康に豊臣家取潰しの決意を固めさせ、甲賀忍びに清正毒殺の使命が下る。東西手切れに向かって情勢が緊迫化する中、その日を見ることなく真田昌幸は永眠する。
  • 真田太平記(十)大坂入城
    935円 (税込)
    徳川家康が方広寺の鐘銘に難癖をつけるなどして強引に豊臣方を開戦に追い込むのを見てとった真田幸村は、密かに九度山をぬけ出て大坂城に入ることを決意する。大坂入城を果たした幸村は、外濠の外に真田丸と名づけた小さな砦を設け、これに拠って徳川軍を散々に打ちすえる。この一戦によって幸村の武名が初めて天下に轟くが、すでに家康の和平工作が淀君周辺に及んでいるのだった。
  • 真田太平記(十一)大坂夏の陣
    935円 (税込)
    和議休戦の翌日から、徳川家康はすべての参陣者を動員して外濠のみならず内濠までも埋め立てさせ、真田丸もまた破却されてしまう。幸村を取りこもうとする家康の計略により、信之(信幸改め)と幸村は京都で会見するが、幸村の家康の首を取るという信念はゆるがない。元和元年五月七日、裸城となった大坂城を打って出た幸村は、若き日の予感どおりに向井佐平次とともに戦場に倒れる。
  • 真田太平記(十二)雲の峰
    935円 (税込)
    関ヶ原の折の屈辱を忘れかねる徳川秀忠は、家康が死去するとただちに信之の真田藩に襲いかかった。秀忠は、信之の側近に送り込んだ隠密を使い、冬の陣の直後に幸村と密会した事実を突いて取潰しに追込もうとするが、ただ一人生き残った草の者お江の活躍で信之は難をまぬがれる。そんなある日、上田城に向井佐助の最期を見とった摂津の農夫が遺品を届けに現れる……。全十二巻完結。

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真田太平記(十一)大坂夏の陣 のユーザーレビュー

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感情タグBEST3

    Posted by ブクログ

    戦国末期から大坂の陣に至るまで、真田一族の波乱の生涯を描いた壮大な歴史小説です。
    全12巻というスケール感は圧巻で、真田昌幸・幸村親子の知略と胆力に魅了されました。
    戦の華やかさだけでなく、時代に翻弄される家族や民の苦しみも細やかに描かれていて、物語に厚みを感じました。
    一方で登場人物が非常に多く、序盤は少し混乱する部分もありましたが、池波作品ならではの人間ドラマの深さに、最後まで心をつかまれる一冊でした。

    0
    2026年07月06日

    Posted by ブクログ

    幸村…この戦いのおかげで現代まで名前を覚えられてるのはすごいけど、若くして死んじゃたのが辛し…、、大谷吉継の娘が幸村の嫁なんだ!!だから、助けたのか…家康もちゃんと私情挟むんだ!

    0
    2026年03月28日

    Posted by ブクログ

    大坂冬の陣も史実通りの結果に終わりました。
    真田家が主役の物語ということもあってか、夏冬共に幸村の策を実行していれば西軍にも僅かながら勝機があったのに、秀頼とその取り巻きの愚かさのせいで孤軍奮闘虚しくという感じです。だけど幸村は最後まで清々しく格好良く描かれており、現在でも人気かある理由が窺えます。
    こうしてみると関ヶ原から始まる徳川の天下は家康のある意味では卑怯な軍略が的中したこともありますが、西軍の自滅に助けられた感も強いです。
    さて、次が最終巻。どのように締めくくるのでしゃうか。

    0
    2026年03月07日

    Posted by ブクログ

    シリーズ11巻
    いよいよ大坂夏の陣が始まる。
    真田幸村は若き日に予感したどおり向井左平次とともに戦場に倒れることに。
    感動の幸村の最後でした。
    とても感動しました。良かったです。
    次はいよいよ最終巻。真田家の行末は、どのような展開になるのか。楽しみです^_^

    0
    2024年12月05日

    Posted by ブクログ

    大阪夏の陣、幸村、名を天下に知らしめて逝く!!

    「初一念とは、事にのぞんで一瞬のうちに決意をかためることだ。その一瞬に、決意した者の全人格が具現されることになる。」
    初一念を崩さぬことこそ、武士の本分、と池波正太郎は志記す。
    真田兄弟は、初一念に殉じた、と。

    人の一生は短い。故に、燃やし尽くさねば、生きる甲斐がない。
    幸村の末期、燃やし尽くされた生命の輝きは、強い印象を残す。

    0
    2024年01月16日

    Posted by ブクログ

    終盤のクライマックス、大阪夏の陣。
    見応えある回だった。
    やはりついつい大河ドラマの真田丸と比較してしますが双方独特の面白みが
    あった。

    0
    2023年03月12日

    Posted by ブクログ

    ついに幸村が逝く…
    「いまの天下に、初一念をつらぬく漢たちがどれほどいようか」(信之)
    池波正太郎さんがこの物語で言いたかったことではないだろうか。

    0
    2022年05月28日

    Posted by ブクログ

    真田幸村は、ジレンマを抱えながら大坂夏の陣を迎える。
    己の命に変えても、家康の首を取る。
    この覚悟を胸に、最後の戦場に出陣。
    幸村の戦ぶりを刮目せよ。

    0
    2020年04月25日

    Posted by ブクログ

    大坂夏の陣。

    読んでいて不快になるほど、大坂方のダメっぷり(というよりも淀殿と豊臣秀頼と大野治長なのだが、乱痴気騒ぎをしていた他の牢人衆も結局のところ同じ穴の狢である)が見事に描かれていて、(矛盾しているが)痛快である。

    秀頼に対する家康の意向が、山岡荘八の『徳川家康』とはまるで正反対であるのも興味深い。

    0
    2020年02月08日

    Posted by ブクログ

    十一巻「大坂夏の陣」
    子供の頃大坂の陣の順番が夏の陣⇒冬の陣の順番のような気がしていました。あくまでも季節の順番のイメージですが、冬が先ってなんか馴染まないんですよね。

    さて。
    和議と相成った豊臣と徳川ですが、家康はすぐにでも戦に持ち込み豊臣を滅ぼすように計ります。
    豊臣側は「これまでも何とかなってきたのだから、これからも何とかなるのではないだろうか。先のことは希望だけを見ていたい」しかし「何とかなる」ために有益な動きを取らない…という性質のため、幼いころから苦労と忍耐の末生き残った家康にかかればまさに赤子の手を捻るようなもの。
    しかし著者はこの強引な開戦に関して家康の言い分も書いています。「自分はこれまでずっと耐えながらここまで来た。生き残るために情報網を張り巡らし、あらゆる手段を講じてきた。豊臣家だってそのようにして来れば、もう天下が自分たちの者ではないと分かり、その上で家を存続させるために何をするかわかるだろう、それを何の手段も講ぜずただ天下人のつもりでいるもんじゃない」

    ついに大阪夏の陣が始まります。

    この期に及んで豊臣直属家臣と、牢人たちとの齟齬。
    連携の取りようのない戦。
    大阪城内に数多入り込んでいる徳川の間者。

    そんな中、信之に家康の密命が下ります。
    密かに弟幸村と会い、徳川に寝返らせるように。

    お互いに無駄と分かりつつ再会する兄弟。そして別れ。

    この対面が行われたのは、京都に屋敷を構える小野お通という女性の屋敷。
    お通さんは、美女で才女で文化人(浄瑠璃はお通の書いた草紙に節を付けた物が始まりらしい)、朝廷にも豊臣にも徳川にも信頼されあらゆる人脈を持つという女性。
    お通さんを書くだけで相当な物語になりそうですが、ここではすでに50を超えた信之が60近いであろうお通さんに痛烈な慕情を抱き、これから彼らの交流が続く…ということを示唆しています。

    夏の陣では作者はこの時代の人たちの死に向かう様相を描写します。
    幸村は大阪城に入った時からこの戦は豊臣には勝ち目はない、しかしそんなことは問題ではない、関ヶ原の合戦の時には上田城で徳川本隊を遅延させたものの、自分たちは関ヶ原に参戦できずわけのわからない負け戦になった。今度は天下の元でただ一度の決戦にすべてをつぎ込み正々堂々と家康と闘いたい、と戦に向かいます。
    幸村の下働き向井佐平次は、30年前に幸村(当時は源二郎信繁)と出会ってから自分は幸村と死ぬものと定めてここまで身を置いてきた。「左衛門佐様のようなお人は二度とこの世には表れまい。明日はどうやら、己のささやかな一生をうまく終えることができそうじゃ」
    佐平次の息子で草の者の向井佐助(おそらく猿飛佐助から名前を取ってる)は草の者として育てられた。「人間は必ず死ぬる者じゃ、死ぬる日に向かって生きているのじゃ、そのことを片時も忘れるな。迷えば迷うほどに草の者の『生』は充実をせぬ」という生き方が完全に身に付き、真田の草の者として命を燃え尽くします。
    幸村の息子の大助も、実に見事な若武者として描かれます。「大助の心は決まっていて微塵も動かぬ。今の天下に初一念を貫く漢たちがどれほどいようか。漢が武士が思い惑い、迷いぬいて、ふらふらと何度でも己の初一念を我から覆す世とはなった」「周囲の状況がどのように転変しようとも初一念を崩さぬ武士の本分を真田大助は十四歳にして体得していたことになる」
    父の代から豊臣譜代の毛利勝永は、関ヶ原後の蟄居先からすべてを捨てて駆けつけてきました。「それがしの意地は他人に対して張り通すものではなく、われとわが身に立て抜くものでござる」

    そして家康も、「いざとなったら儂と秀頼が組合い、上になった方が勝ちじゃ!」と気力充満、戦に対する意気込みを示すため、自分の親族や直属の家臣たちをもっとも過酷な戦場に配置します。

    それに対して豊臣家の家臣たちは、秀頼に何かあったら困る~豊臣家が潰れるようなことになったら困る~ウジウジグダグダで思い切った決断も行動もできません。

    後世から見れば、裸城で日本中全員敵で自分たちを殺すために囲まれていて、城内スパイだらけで、味方の主だった武将たちも次々死んでいき…と言う状況で、
    今更「牢人は信用できない」「秀頼公が怪我したら困る」なんて言ってる場合かと思ってしまうのですが、
    大阪城陥落の後を出た侍女の証言によると「城の南方で両軍の血戦が始まっても、なかなか落城などとは思いもよらず」とのこと。
    大阪城を完全に取り囲まれた状態でも落城するわけないと思っていたというから、本当に完全に堅固な城だったんですね…。

    時代劇などで大坂の陣を撮ると、だだっ広い平原で「わー」「わー」やってるだけで、大阪軍の「後藤がおびきだし、毛利が崩し家康本隊を孤立させ、真田が家康を討つ」というのがどうもピンとこなかったのですが、
    歴史検証番組で当時の地形説明や撮影で、森や狭い道や遺跡等がある物を見て、やっと「これなら孤立させる作戦が立てられるね」とわかった。
    できれば合戦ロケはちゃんと山あり谷あり川ありで撮ってもらいたいもんです(笑)。

    しかし現実はそのようにならず…
    真田幸村最期の日、最期の時。
    大阪城落城。

    幸村の妻と娘たちは、罪を問われることなくそれぞれの引き取り先が決まります。
    幸村は、真田丸での守備、撤退時の殿、家康本隊への突撃、と守・退・攻、すべてに見事な働きをしたので、
    敵軍の将とはいえ武士としての敬意を勝ち得ました。
    幸村の妻は家康から「あの大谷行部の娘で、あの真田幸村の妻ならば」と助命し、
    幸村の娘たちは「あの日の本一の兵真田左衛門助幸村の娘ならば」望まれての嫁ぎ先が決まります。

    関ヶ原の巻の記述でもそうでしたが、
    思いっきり闘った敵は敗将でも認められ、中途半端な裏切りをした敵や、宜しくない振る舞いをした味方のほうが侮蔑される、だからこそ自分の決断が一族郎党の命運を決める武将たちは、負け戦だろうと精一杯目いっぱい戦うのですね。

    0
    2017年06月22日

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