真田太平記(七)関ヶ原

真田太平記(七)関ヶ原

小説・文芸
880円 (税込)

4pt

会津出陣中の徳川軍団から離れ上田に帰った真田昌幸・幸村は、ただちに城の守りを固める。家康は息子秀忠に中山道をゆく第二軍を率いさせ、真田信幸に先陣を命ずる。秀忠軍四万を上田城に迎えうった真田父子は、様々な謀略を使ってこれを釘づけとし、ついに関ヶ原の決戦に間に合わせなかった。真田父子が徳川軍の約半分を削いだにもかかわらず、結束のはかれぬ西軍は家康に敗れる。

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真田太平記 の一覧

1~12巻配信中 1巻へ 最新刊へ
1~12件目 / 12件
  • 真田太平記(一)天魔の夏
    990円 (税込)
    天正10年(1582年)3月、織田・徳川連合軍によって戦国随一の精強さを誇った武田軍団が滅ぼされ、宿将真田昌幸は上・信二州に孤立、試練の時を迎えたところからこの長い物語は始まる。武勇と知謀に長けた昌幸は、天下の帰趨を探るべく手飼いの真田忍びたちを四方に飛ばせ、新しい時代の主・織田信長にいったんは臣従するのだが、その夏、またも驚天動地の時代が待ちうけていた。全12冊。
  • 真田太平記(二)秘密
    990円 (税込)
    天下統一を目前にした織田信長が本能寺に討たれたことから、諸雄は再びいろめきたつ。上・信二州に割拠する真田昌幸は、関東の北条、東海の徳川、越後の上杉と対峙しつつ、己れの命運を上田築城に賭けた。一方、昌幸の二人の子供、兄の源三郎信幸と弟の源二郎幸村、そして従兄弟の樋口角兵衛をめぐる真田家の複雑に入り組んだ血筋が、小国の行方に微妙な影を落としてゆく。
  • 真田太平記(三)上田攻め
    1,100円 (税込)
    上州・沼田城の帰属をめぐり北条家と争う真田昌幸は、ついに徳川・北条連合軍と戦端を開く。出来たばかりの上田城に拠った昌幸父子は、捨身の決戦で数倍の敵を退ける。そして、旧態依然たる北条家のふるまいに嫌気がさした豊臣秀吉は、甲賀忍びの御伽衆・山中長俊の仕組んだ謀略を使って開戦にもちこみ小田原城を攻め落とす。こうして秀吉の天下統一はなったのだが……。
  • 真田太平記(四)甲賀問答
    990円 (税込)
    天下統一をなしとげた豊臣秀吉は、これまでとは人柄も変ったようになり、無謀な朝鮮出兵を号令。そこに豊臣政権のほころび目を見てとった甲賀忍びの頭領・山中俊房は、秀吉の御伽衆である又従弟の山中長俊に早くも手をまわし徳川方への加担を説く。ここに甲賀忍びと真田の草の者との凄絶な戦いが開始され、壺谷又五郎や女忍者お江の常人には推しはかれない活躍が繰り広げられる。
  • 真田太平記(五)秀頼誕生
    935円 (税込)
    肉親を次々と失い朝鮮出兵もうまくゆかず、豊臣秀吉は日に日に生気を失っていく。秀吉歿後をにらんで諸雄は動き始めるが、思いがけず秀頼が誕生したことで天下の行方は混沌となる。いったんは次の天下の主は徳川家康をおいて外にないと確信した真田昌幸であったが、「好きな男」秀吉の世継ぎに己れの命運を賭けようとして、徳川方から嫁をもらった長男・信幸との関係が微妙になる。
  • 真田太平記(六)家康東下
    1,045円 (税込)
    幼い秀頼と豊臣家の行方を案じつつ秀吉が亡くなると、徳川家康は朝鮮の役での文治派と武断派の対立を巧みに操りつつ豊臣家を分断していく。そして石田三成と結んだ上杉景勝を撃つべく家康が会津に兵を進めると、三成が兵を挙げ、ここに東西決戦の陣形が定まる。この重大局面にあたって真田父子は会津出陣の途上で一夜会談し、昌幸と幸村は徳川軍団を離れて上田城に帰り、信幸は留まる。
  • 真田太平記(七)関ヶ原
    880円 (税込)
    会津出陣中の徳川軍団から離れ上田に帰った真田昌幸・幸村は、ただちに城の守りを固める。家康は息子秀忠に中山道をゆく第二軍を率いさせ、真田信幸に先陣を命ずる。秀忠軍四万を上田城に迎えうった真田父子は、様々な謀略を使ってこれを釘づけとし、ついに関ヶ原の決戦に間に合わせなかった。真田父子が徳川軍の約半分を削いだにもかかわらず、結束のはかれぬ西軍は家康に敗れる。
  • 真田太平記(八)紀州九度山
    1,100円 (税込)
    真田昌幸・幸村のために関ヶ原の決戦に間に合えなかった徳川秀忠は、家康から痛烈な叱責をうける。家康は真田父子に切腹を申しつける決意でいたのだが、真田信幸の舅で徳川家譜代の重臣・本多忠勝の戦も辞さぬ助命嘆願に屈して紀州九度山に蟄居させることとなる。わずかの家来だけをつれて九度山に移った父子は「関ヶ原の戦い」が再びおとずれる日を夢みて孤立した日々をおくる。
  • 真田太平記(九)二条城
    935円 (税込)
    淀君によって大坂城から一歩も外に出されたことのなかった秀頼であったが、豊臣家を思う加藤清正らの奔走によって、ついに二条城において家康との対面が実現する。しかし立派に成長した秀頼の姿は、あらためて家康に豊臣家取潰しの決意を固めさせ、甲賀忍びに清正毒殺の使命が下る。東西手切れに向かって情勢が緊迫化する中、その日を見ることなく真田昌幸は永眠する。
  • 真田太平記(十)大坂入城
    935円 (税込)
    徳川家康が方広寺の鐘銘に難癖をつけるなどして強引に豊臣方を開戦に追い込むのを見てとった真田幸村は、密かに九度山をぬけ出て大坂城に入ることを決意する。大坂入城を果たした幸村は、外濠の外に真田丸と名づけた小さな砦を設け、これに拠って徳川軍を散々に打ちすえる。この一戦によって幸村の武名が初めて天下に轟くが、すでに家康の和平工作が淀君周辺に及んでいるのだった。
  • 真田太平記(十一)大坂夏の陣
    935円 (税込)
    和議休戦の翌日から、徳川家康はすべての参陣者を動員して外濠のみならず内濠までも埋め立てさせ、真田丸もまた破却されてしまう。幸村を取りこもうとする家康の計略により、信之(信幸改め)と幸村は京都で会見するが、幸村の家康の首を取るという信念はゆるがない。元和元年五月七日、裸城となった大坂城を打って出た幸村は、若き日の予感どおりに向井佐平次とともに戦場に倒れる。
  • 真田太平記(十二)雲の峰
    935円 (税込)
    関ヶ原の折の屈辱を忘れかねる徳川秀忠は、家康が死去するとただちに信之の真田藩に襲いかかった。秀忠は、信之の側近に送り込んだ隠密を使い、冬の陣の直後に幸村と密会した事実を突いて取潰しに追込もうとするが、ただ一人生き残った草の者お江の活躍で信之は難をまぬがれる。そんなある日、上田城に向井佐助の最期を見とった摂津の農夫が遺品を届けに現れる……。全十二巻完結。

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真田太平記(七)関ヶ原 のユーザーレビュー

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感情タグBEST3

    Posted by ブクログ

    戦国末期から大坂の陣に至るまで、真田一族の波乱の生涯を描いた壮大な歴史小説です。
    全12巻というスケール感は圧巻で、真田昌幸・幸村親子の知略と胆力に魅了されました。
    戦の華やかさだけでなく、時代に翻弄される家族や民の苦しみも細やかに描かれていて、物語に厚みを感じました。
    一方で登場人物が非常に多く、序盤は少し混乱する部分もありましたが、池波作品ならではの人間ドラマの深さに、最後まで心をつかまれる一冊でした。

    0
    2026年07月06日

    Posted by ブクログ

    ついに関ヶ原の決戦が始まる。
    西軍についた真田昌幸と幸村は徳川秀忠率いる大軍を上田に釘付けするも、結束のはかれなかった西軍は敗れてしまう。
    真田昌幸と幸村の運命はいかに。

    0
    2024年10月28日

    Posted by ブクログ

    ついに関ヶ原開戦へ。
    西軍と東軍が火花を散らす中、上田では兄と父弟が戦場にて対峙する。
    そして真田の草の者たちは、決死の作戦を決行する…。

    よく知られた関ヶ原合戦に、草の者と甲賀忍者の暗闘が絡むのが面白い。

    上田城の戦いでの、父子、兄弟の敵味方分かれての心理描写が最大の見どころ。

    司馬遼太郎の「関ヶ原」は三成視点、山岡荘八の「徳川家康」は家康視点であるのに対して、真田視点の今作では、比較的客観的に関ヶ原の勝敗の分かれ目を描いているのが興味深い。
    要は、リーダーの資質も含めた、核となる集団の実力の違いが結果に出た、ということになろうか。

    0
    2024年01月11日

    Posted by ブクログ

    中盤の山場。見どころ・エピソードが多い巻。
    その中でもやはり、お江や又五郎など草の者の活躍が見事だった。

    0
    2022年07月21日

    Posted by ブクログ

    やはり関ヶ原についての作品は面白い。義を貫いた大名、保身のみを考え姑息に裏切りを行った大名、池波正太郎さんの好悪が文面から溢れ出ていて面白かった。

    0
    2022年04月29日

    Posted by ブクログ

    真田家が東西に分かれて、臨んだ関ヶ原の戦い。
    どちらが勝っても真田家は生き残る。
    西軍側の愚ばかりが浮かび上がり、家康の優れた部分がクローズアップされる。
    敗れた真田本家は、高野山に封じ込められてしまう。
    ここから、昌幸、幸村父子がどうなってしまうのか、次巻からが楽しみである。

    0
    2020年03月19日

    Posted by ブクログ

    関ヶ原から昌幸・幸村が九度山へ流される直前まで。

    史実は不明であるが、表の戦いと裏の戦い(忍び)が同時進行で描かれているのが面白い。

    石田三成は、政治家・事務方としては優れているが、軍人としてはまるっきし無能といっても良いような描かれ方をしている。

    石田三成に対する池波の人物評なのだろう。

    0
    2020年01月31日

    Posted by ブクログ

    第7巻「関ヶ原」

    三成側についた昌幸、幸村親子は上田城に篭ります。
    もし三成が勝ったら真田家は豊臣政権の中心に抜擢されるかもしれません。
    真田親子は、距離的に三成と家康がぶつかり合う合戦場に行くことはできません。
    だから家康の嫡男、徳川秀忠の率いる徳川本体を家康の元に行かせないための時間稼ぎをします。
    信幸は徳川側についたので、父のもとに城明渡しの使者として訪れます。

    昌幸は安房守、信幸は伊豆守です。
    NHKドラマで丹波哲郎さんが渡哲也さんを「ずしゅう(豆州)」「ずしゅうどの(豆州殿)」と呼ぶその呼び方が何とも印象的でその声と口調で頭に浮かびます。

    昌幸と幸村親子は知略と武力を尽くして徳川本体を足止めしたので、あとは石田三成率いる西軍に任せるしかありません。
    真田家の草の者、壺屋又五郎やお江さんたちもそれぞれが主家と離れ自分の意思と知略で家康暗殺を謀ります。ここが真田家の忍びが一般と違うところ。普通は忍びが主家から離れて独自の頭脳で動くことはあり得ないという立場。

    しかし徳川軍と石田軍は前哨戦を経て思いがけず関ヶ原にて野戦となり、石田方は7時間の決戦で大敗します。
    ここでも真田家草の者は家康本陣に詰め寄り家康の首級にあと一歩と迫りますが…、
    講談?か時代劇のお約束?で「家康の本陣に七人の刺客が切り込んできた!」というものを聞きますが、それを元にした池波エピソードですね。

    関ヶ原大戦後の勢力図の変更の様子が描かれます。
    後世から見るとどう考えても家康が天下を狙ってるだろうとしか思えないのですが、この当時の武将たちはあくまでも家康は秀頼のために三成を排除し、今後は皆で秀頼を盛り立てると本当に思っていたようで。
    しかし関ヶ原後明らかに天下人のようにふるまう家康。
    そこでやっと何かが違う…と思いだす豊臣家家臣たち。
    しかしこうなっては家康に従うしかありません。

    さて。
    この巻は著者の個人的見解と言うか好感嫌悪がよく表れています。

    まず著者が優れているとしている人物の描き方。
     昌幸と幸村親子のこと
     「この時代のすぐれた男たちの感能はくだくだしい会話は理屈や説明を必要とせぬほどに冴えて磨き抜かれていた」
     「人間と、人間が住む世界の不条理を極めて明確に把握していたのだろう。人の世は、どこまで行っても合理を見つけ出すことが不可能なのだ。合理は存在していても人間と言う生き物が”不合理にできている…”のだからどうしようもないのだ。人間の肉体は誠に合理を得ているのだが、そこへ感情と言うものが加わるため、矛盾が絶えぬのである」(P127)

     関ヶ原の激戦の最中、家康は「小早川の裏切りはまだか~~~」とうろうろしして「小早川はどっちに付きそうだ?」と問う使者を出しまくるのですが、それを一喝したのは黒田長政。
     「おれはいま敵勢と戦っておるのだ。ならば何としても駅の本陣を突き崩さねばならぬ。小早川がことはその後の事じゃ。しかと申し伝えるがよい。よいか、うろたえるなよ!」「内府もどうかしているのではないか、戦っているわしに松尾山の様子が分かろうはずはない。内府ともあろうものがなんたることだ、かくなれば運を天に任せ、戦って戦って戦い抜くよりほかに為すべきことはない」(P301)

     さらにさんざん迷った小早川秀秋が、結局家康に味方し三成を裏切り西軍を攻めることにした…ことに対しての小早川家老。
     「裏切りがいかぬと申すのではない。裏切るからには裏切る頃合いがある。今この時、東西両軍の乱戦を目の前にして、味方を裏切るとは何事か。これによって小早川の家名に深い傷がついてしまうことが分からぬのか。裏切りはならぬ。かくなればどこまでもこの松尾山から動かず戦の終わるのを待てと申せ!」(P135)

    そのほか、勝敗が決まった時に敵中突破で退却した島津隊、居城に戻り立派に立て籠もった後開場に応じた立花宗茂などは、敗戦側とはいえ清廉な一念を通したということで敬意を持たれています。

    反対に著者がいらだちを感じているのは、優柔不断で自分で決断できないような武将たち。
    石田三成は、まさに清廉な一念を通してはいるのですが、決断が遅い!事前調整ができない!人に任せない!完璧な計画でないと実行できない!リーダーなのに細かいこと気にし過ぎ!リーダーなのにうろちょろしすぎ!…などと著者のいらだちを感じます(笑)。
    著者としては、関ヶ原で石田三成が大敗したのは味方の裏切りとは別儀で、「七時間も戦ったのだからその間に家康本陣に攻め入ることができなかったとはよほど采配が悪かったのか?」と、幸村に言わせております。

    さらに関ヶ原合戦真っ最中に西軍でありながら日和見を続けた武将たち、裏切った武将たちに対しても著者は「裏切るのは良いけれどタイミング悪すぎなんだよ!大決戦しているその場で、どっちかが完璧に勝つとわかるまでは裏切りさえできないってどういう奴らだ!」「○○軍が動かないから自分も動けない…って子供の使いか!」などイラついている(笑)

    そして大阪城に入った西軍リーダー毛利輝元が、関ヶ原後に一戦挙げるどころか余りに容易く家康への大阪城明渡したことへ「大阪城を明け渡すにしても事前交渉も碌にせずに甘い口約束に乗っかってただで出て行っちゃって、そのおかげで難癖付けられ所領削られ、輝元を丸め込むのは赤子の手を捻るより容易い」と言う様子。

    また著者は官僚タイプで机上の戦論には厳しい目線を向けているようで、
    東北で戦を繰り広げている上杉景勝へは敬意を払いつつ、その重臣直江兼続に対しては「著者は世上にもてはやされているほどに直江山城兼続を買っていない」んだとまで言っている。三成も兼続も「一か八かの激烈な闘志に揺り動かされて大局を見ることができない」のが低評価みたい。

    そして真田家への処遇。
    本家の昌幸と次男幸村は石田方について徳川秀忠の軍を足止めし、家康と秀忠を激怒させていたのですから、死罪が妥当と思われていたようです。
    そして分家した長男信幸もいくら徳川方に附いたからと言って非常に覚えが悪いです。
    そこへ信幸の舅であり家康の重臣本多忠勝の説得。
    「かくなるうえは、それがし伊豆守殿とともに沼田城に立て籠もり、殿を相手に戦つかまつる」
    脅しでも駆け引きでもなく、一貫して家康への忠義を貫いた真田信幸に命懸けで応えようと腹を括った説得に、家康も折れるしかなく、真田昌幸・幸村親子は流罪となったところで七巻終わり。

    0
    2019年03月22日

    Posted by ブクログ

    忍びたちの活躍はフィクションだと知っていても、ドキドキしながら読めた。
    ああいう働きをして死んでいった忍びたちが、実際もたくさんいたのかなと思うと、哀しく思った。

    0
    2015年11月17日

    Posted by ブクログ

    政治家として有能だけど武将の資質に欠ける三成と、両方を兼ね備えて、かつ人の心を操る家康との対比が明確に意図されています。
    真田の草の者の果敢なアタックはフィクションでしょうが、その後の日本の状況を左右する分岐点でした。
    真田父子の腹の括り方と不甲斐ない西軍に対する無念は察するに余りあるけれど、本多平八郎ご見せた気合いは感動的です。

    0
    2025年10月24日

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