くどうれいんさん、染野太朗さんが交互に詠み繋ぐ、恋の歌集。
“すべて”って言いきっちゃってるタイトルがもうすごい。
ただうっとりするだけではない、様々な恋の形が、この一冊に。
北岡誠吾さんによるブックデザインも素敵。
【くどうれいん】
「焼きほっけしぶとく食べきるんですねわたしを攫うなら攫いきれ」
先日読み終えた大滝さんの歌集にも、魚の食べ方の歌があった。
魚の食べ方って、性格が出るもんなぁ。
私を狙ってるならチマチマつついてないで、ガバッと攫ってみろと。
くどうさんらしいな。
「この恋は海に行きたくない恋だ もういい、深いのもとおいのも」
重く深い恋や、願ったり想ったりする遠い恋。
そんなパワーを要する恋は、今はいらない。
そんな歌。
何故“遠い”ではなく“とおい”と平仮名にしたんだろうか。
地理的な遠距離だけでなく、心と心が離れてしまうような、見えない距離も含めたかったからだろうか。
「ハンドベルの出番の少ない子のようにささやかで大切な乾杯」
その大切なチリンという音が聞こえてきそうだ。
“ハンドベルの出番の少ない子”という例えが素晴らしいなって思う。
くどうさんでなきゃ、歌えない。
【染野太朗】
「おもうだけではあなたはぼくになってしまう触れたいのだと何度も気づく」
わぁすごい。
貴女を想っても想っても、想っているのは僕だから、結局この想いは僕自身に返ってきてしまう。
すごい恋の熱量。
想っても想っても、触れられない相手なんだろうか。
だから余計に思い詰めて、触れたいという気持ちに何度も行き着いてしまう。
苦しいな。
「きみはぼくのことばも呼吸(いき)も奪うのにさびしさに指いっぽん触れず」
ことばも呼吸も奪うとは、キスするということかな。
なのに心は満たされず、寂しさは変わらない。
いや、こんなキスを続けていたら、寂しさは増すばかりだ。
きみには本命の誰かが他に居るのかもしれない。
『Christmas』とのタイトルが付けられた章だから、より胸がギュッとなる。
「諦めと期待交互にかさなったミルクレープをひとくちのこす」
向かい合って二人でお茶していたのかな。
雰囲気はあまり良くなさそうだ。
喧嘩でもしたんだろうか。
いつもなら「ひとくちちょーだい」と言ってくる君が、今日はその一言を口にしない。
それでもいつも通り、ひとくち残してみた僕だったけど…。
「桜など咲かない街で書きたいよ心を込めてきみへの手紙」
心を込めて、誠実な想いを伝えたい。
桜が咲いて、浮かれているわけじゃなく。
桜のようにいつかは散ってしまうような、一時的な想いではなく。
だから、桜が咲かない街で書きたいんだ。
『贈答歌』の章
【くどうれいん】
「どこへでもいけるだなんて言わないであなたと行けるかを聞いてるの」
【染野太朗】
「もしきみじゃなければどこへでもなんて言えないよその先へ行こうよ」
ああこの二人は、長くは続かないな…。
そんな気がしてしまう。
だって、見ている先が違うんだもの。
男性の方は、女性の早とちり、もしくは勘違いだと思って返歌を返していそうだけれど、
女性が言っているのはきっと、男性が思っているようなそんなことじゃない。
女性はもっと現実的で、誰と何処へ行けるのかと、そしてそれを言葉にして欲しいと、今をしっかり見つめてる。
一方男性は夢見がちで、その先へだって行こうよなんて、今をすっ飛ばして未来の夢を語ってる。
男女の会話の食い違いって、こういうところからだよね。
読み込むほどに奥深い歌集だった。
全てを読み終えて、映画を1本見たかのような余韻が心地好かった。
恋は愛に変わらなければ終わるもので、儚く、ハッピーエンドではないのだけれど。