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語れないと思っていたこと。
言葉にできなかったこと。
東日本大震災が起きたとき、伊智花は盛岡の高校生だった。
それからの10年の時間をたどり、人びとの経験や思いを語る声を紡いでいく、著者初めての小説。
第165回芥川賞候補作。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
くどうれいんさんと同じ、高校1年生の3月でした。
当時私は福島県の内陸部に住んでいて、震災の被害はあれど、津波の被害は一切ありませんでした。
『被災県在住だが被災者とは言えない』
『震災について「語っていい」のは、それが許されるほど深い傷を負った人か、「進んで責任を負える人」だと思っていた。』
まさに、私がずっと思っていたことでした。
そして私も今まで震災について書かれたものには手をつけることはできていませんでした。理由はいろいろありますが書かないでおきます。
今回この本を手に取った理由は、作者がくどうれいんさんだったこと、裏表紙のあらすじに「被災県に住むものの被災者とは言えない自分の立場に葛藤する。」と書いてあったことです。
あとがきを読んで涙が止まらなかった。
なんの涙なのかは自分でも分かっていないです。
ただ、この本は真実だなと思います。
Posted by ブクログ
あとがきに書いていた、「この作品は「震災もの」ではない。だれかの日常であり、あなたの日常であり、これからも続くものだと思う」が切実で、的確に表現してると思った。被災者ではない私が震災を思う時、亡くなった方や当時の被害状況のことを考えるが、その横でこの作品のような人生を送っている人がいることを想像もしなかった。でもきっと震災に限らず、何か大きな出来事が起こるとその隅で同じような思いをして過ごす人がいると思うし、被災の経験がない私も震災とは関係のない日常のどこかで彼女たちと近い気持ちを感じたことがある気もしていた。
著者に誘導されている感じは一切ないのに、彼女たちの気持ちの変化がすっと入ってきて次々読めてしまうのがすごかった。
Posted by ブクログ
東日本震災2011年3月11日
くどうれいんさんも 盛岡出身 盛岡在中のかたなので
きっと実体験なのかと感じて読み進めました。
でも 主人公の名前は「伊智花」
検索しても くどうれいんさんは工藤玲音が本名
やはり 小説なのねと思いながら 読み進めました。
震災で 被害にあってない自分が 逆に苦しくなるパターン
私自身も感じていたことだったので
「同じ思いのかたがいたんだ」と本を通して安心したのです。
あとがきで
くどうれいんさんも 「被災県在中だけど被災者じゃない」
だけど 世間では「被災者」だと勘違いされて聞かれることの辛さ
沿岸の人たちこそ 本当に辛いのに。。。と思うジレンマ
この思い くどうれいんさんと感じ方が同じだった。。
そのため 取材をして 小説に仕上げたと書いてあって
納得しました。
キャンドルの明るさが辛い トラウマ
被災者だから就職できたと知り 逆に辛くなった人
実際あった話なんだろうなと思ったら
涙がでてきた。。
Posted by ブクログ
良かった。凄く凄くパーソナルな部分にぶっ刺さる作品だった。
作者のくどうれいんさんとは1歳違いで、盛岡市で中学3年生だった時に震災に遭ったので境遇としては非常に似ている。3月11日は入試が終わり早めの帰宅ができたので自宅にいるときに地震が発生した。沿岸の様子は電波が悪い中ガサガサな画質の携帯のワンセグで観たのが初めてだった。ついこの間家族で釣りに行った場所がどんどん黒い波にのまれているのを見て衝撃だった。困ったことと言えば、電気、水道が止まったことと、ガソリンスタンドが長蛇の列になるので朝五時から父と並んだこと。あとは部屋がめちゃくちゃになったことくらいだろう。
それから高校生になって、被災地の学生がアメリカに行き、リーダーシップを学ぶ研修会の応募があった、すべて企業持ちということで応募したところ審査が通った。アメリカで東北3県の高校生と出会ったが彼らは本当に普通の高校生だった。アメリカに行っている間に友達になり、楽しくその期間を過ごした。年末になり、年賀状を送ろうと教えてもらった住所を調べると、友達の半数以上の家は津波で流されていた。そのうち一人は友達を津波で亡くしていた。それを億尾にも出さずに彼らは私と話していた。それに気づいたときに、「自分は行くべきではなかった」と本気で思った。その時感じた、震災という言葉への向き合い方や、自分から発せられる言葉がどうも宙に浮いているような感覚を持ちながら生きていた。この小説は、私がそこにいた。境遇は違えど、今の私がいたように思った。
この作品では、震災を乗り越えるものとも向き合うものとも書いていない。ただ震災を経験した人は「震災の後を生きていく人になるのだ」とある。
日常は日常でしかないし、私たちはただただ生きていくしかない。非日常に踊らされてはならない。日常は川上からやってきて、川下へ流れていくのだから。でもその下っていく日常を、今をどう見るかは私たち次第だ。
自分のこれまでのもやもやを言語化してくれたこの作品はきっとずっと忘れられないものになると思う。
Posted by ブクログ
くどうれいんさんの文章が好き。
エッセイと同じく、みずみずしくて、優しいようでいて芯のある。
震災がテーマで、被災者とされる人たちのリアルな心情が描かれていました。自分より辛い被害を受けた人を前に申し訳なくなる気持ち、私は津波地域からは離れていたけれど、普通に考えたらしっかり被災した。
家の瓦はなだれ落ちたし、本棚で壁に穴が空いたし、食器棚が何度も飛び跳ねて、ほとんどの食器が粉々、床はボロボロ、電気は数日、水道は1ヶ月近く止まった。
それでも、津波の被害が凄過ぎて、自分が被災者だという意識がほぼなかった。被災した、なんておこがましい。。。たしかに私もそう思っていた。
普通に考えたらしっかり被災したけど、両親は東北に募金した。被災者が被災者に。普通に考えたら、あんたも被災者だよ、っていうとこだけど、もうそういうレベルじゃなかった。
そんなリアルな被災時の記憶が蘇ってくる、素晴らしい小説だと思う。
そして、あとがきがまた、強い。
Posted by ブクログ
活字が苦手で本と向き合う私にはやはりくどうれいんさんは優しくて手に取りやすい
氷柱の声は震災の話を綴っているけど、震災と言いきれないような被害しか受けてない私はあまり躊躇いなく手に取ってしまった
この本に限らず、くどうさんの本に出てくる登場人物をみんな愛することができる
あの人あの後どうなったんだろう、あの人とくどうさんはまだ繋がりあるのかな、と気になることがある
そういう風に出てくる人物たちを読み手が愛せるように書けるのもくどうさんの素敵なとこなんじゃないかと私は思う
震災を体験した、と言い難い私は、そういうかんじなんだ、そういうこともあるんだ、やっぱり大変なんだなあ、と思った
言葉にすればすごくペラペラな感想だけど、本当にそう思った
特に中鵜の記事は胸がぎゅっとなったし、蝋燭や海の話も心が痛くなった
無理に克服する必要は無いと思うけど、そうやって日常で時折苦しくなるんだな、と
震災の時にも辛い思いをして、その後も思い出す度に心が重くなるのは、なんというか、言語化が難しいけど、震災って災害だから仕方ないのにトラウマにもなり得て、うーん、震災を体験したと言えない程度の私はやはり言葉にすると薄くて、言葉にしていいと思えないな
でも、中鵜の話は本当に胸がぎゅっと苦しくなった
鴨しゃぶにでてくる松田も好き
トーミがぱかっと笑うのも好き
くどうさんから投げられた『 マイボール』を私はぎゅっと抱きしめました
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小説・文芸
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