『ブルックリン・フォリーズ』を読んでポール・オースターにハマり、『ガラスの街』、『幽霊たち』、『鍵のかかった部屋』とニューヨーク三部作を読んで、一作飛ばしてオースター5作目となる本作を読んだ。
ニューヨーク三部作のようなメタ的な作品ではなく、程よくエンタメしていてどちらかといえば『ブルックリン・フォリーズ』に近いが、人間ドラマには全く収まっていない。登場人物が少ない分、主人公の内面がフォーカスされ、極限的な状況と強烈な人物の洪水によって現実離れした魔術的な魅力を持った作品となっている。
物語の前半は、全てを失った天涯孤独の青年が友人や恋人など周りの人たちの力も借りながら自分のアイデンティティを取り戻していく人間ドラマなのだけれど、落ちぶれ方が極端過ぎて逆に面白い。そして天使のようなキティ・ウーに出会い、悪魔のような老人エフィングに出会う。キャラクターはいずれも魅力的でウィットとアイロニーに富んでいて読んでいて飽きさせない。そして象徴的に繰り返し出現する「月」。
後半になると物語はさらに加速し混迷を極めていく。まさに人生の不条理さが凝縮されていて、極端過ぎるほどに喜劇と悲劇が何度も何度も繰り返される。場面が変わるごとに新たな世界が描かれて、いくつもの短編小説を読んでいるようだが、全てが見事に繋がり、関係し合いながら物語に深みを与えていく展開は、読む人によって様々なテーマやメッセージを受け取ることができる。ポール・オースターが目指したのは読者によって完成される小説らしいが、まさにそうなっている。
かと言って複雑な難しい話では全くない。物語は過酷だが全体的にはとても読みやすい文章で、外で読んでると笑いを堪えるのが大変なくらい笑えるシーンも多い。難しいことは言わずにテーマも明快で、読後感は疲労感とともにスッキリとした前向きな気持ちになる稀有な小説だ。著者も本作をコメディだと評している。この作品をコメディと言うところにポール・オースターの凄みとアメリカという国の懐の深さを感じる。本書のエピグラフはジュール・ベルヌの「何ものもアメリカ人を驚かせることはできない」である。
他にも凄いと思うところはたくさんあるけれど、並べてもしょうがない気がする。何より素晴らしいのは、全体を通して物語が活き活きとしているのだ(今の自分の気分と合っているのもあるかもしれないけど)。なんだか読み終わるのが惜しいくらい好きな小説だった。登場人物全てが無様で愛おしい。そう、無様さこそ人間の魅力なのだと優しく教えてくれる。人生の残酷さに立ち向かう人間愛に満ち溢れている。
本作で五作品読んだが、読むたびにポール・オースターが好きになる。書き方も巧いなぁと思う。技術的なことは分からないけど、さらっと描いてくれる。それに多作なので他の小説もまだまだたくさんある。幸せなことだ。