フランツ・カフカの作品一覧
「フランツ・カフカ」の「希望名人ゲーテと絶望名人カフカの対話」「絶望名人カフカの人生論」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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小説・文芸
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Posted by ブクログ
気色の悪い虫の描写は流石に世界文豪と呼ばれるだけのことはある。作品のテーマとして、障害を抱えた人とその周りの関係の比喩なのではないだろうかと感じる。虫になんて誰もなりたくないから。ただ、本題の結論として、ほったらかして正常な人間は新しい生活を始めようというのはいただけない。まあ時代が時代なので、そういう理解がないことは考慮するにしても、給仕をしない、意思疎通ができないことからの放棄は現代の身体障害者、精神障害者に対する所謂健常者の拒否反応を上手く言い表していると言えるし、そういった人の区別からの排斥は昔からも未来へも変わらないのだろう。
Posted by ブクログ
幸せになるために読書をするという発想を全否定し、「自分を嚙んだり指したりするような本だけを読むべき」
"ぼくらの脳天を直撃して目を覚まさせてくれる本でないなら、何のために本なんか読むんだ?本というものは、ぼくらの中にある凍りついた海を叩き割る斧でなければならない。"
・ユダヤ人迫害について
一つ目の理由は、資本主義の急速な発達、「ユダヤ人=金貸し」の伝統的なイメージ、ロスチャイルド家のような金融業での成功があり、ユダヤ人と資本主義の同一視。結局一握りだったが不安と不満の捌け口としてのユダヤ人だった。
二つ目の理由は、ダーウィニズムに代表される生物学的な発想。ユダヤ教である宗教集団はいつしか「人種」として定義し直され、イギリス発祥の優生学と、ナチスの排他的な思想が交差する。
Posted by ブクログ
なんといっても可笑しいのは、グレーゴルは虫になったのにその原因を探ることは一切せず、遅刻してしまう仕事の心配ばかりしていること。家族も彼の変身に驚きはするがすぐに事態を受け入れてしまう。なぜ虫になったのか、人間に戻れるのか、そういう疑問はまったく出てこない。
グレーゴルが変身した虫は原語だとUngeziefer(ウンゲツィーファー)で、語源的に「犠牲に捧げるのにふさわしくない動物」という宗教的な意味を持つ。捧げ物としてふさわしくない動物イコール役立たず、厄介者とも解釈できる。これまでは家族のために自身を犠牲にするかのように働いて一家を支えてきた男が、一晩で役立たずになる。グレーゴルの変身はいわば二重に起きているのだ。人間から虫へ、大黒柱から厄介者へ。役立たずの厄介者は共同体から排除される。資本主義の非人間性を描いていると見ることもできる。
引きこもり小説、または介護小説としても読める。引きこもりの息子は家族の恥だからと家族だけで問題を抱え込む。介護しているうちに物のように見なされていく。かつては家族を支えた男が、いつしか妹から「あれ」呼ばわりされ人間扱いされなくなる。
変身はグレーゴルだけではなく家族にも起きる。かつては一日中パジャマで過ごしていた父親は銀行の用務員になり、それを誇りに思って帰宅しても制服を着たままで過ごす(人格と職業が混ざり合うところも資本主義の一面を象徴しているように思える)。バイオリンに夢中だった妹は音大への進学を諦め店員として働き出し、将来の転職に向けてスキルアップの勉強を始める。そして借金を抱えているとグレーゴルは思っていたのに、一家にはひそかに貯金があったことが判明する!
意思の疎通のできない化け物になってしまったと家族は思っていたが、グレーゴルには人間性が残っていた。妹が演奏するバイオリンを聴こうと半開きのドアの陰からリビングを覗き込むシーンは、この小説中もっとも鮮烈なイメージとして脳裏に浮かんだ。「こんなにも音楽に感動しているのに、それでも動物なのか?」
過去に高橋義孝と池内紀の翻訳で読んだが、この川島隆訳がこれまで読んだ中でもっとも読みやすく感じた。70ページもの詳細な解説が付いていて読む助けになる。これから変身を読むならこの角川文庫がいいのではないかと思う。結びの文章が倒置法で訳されていてちょっと違和感があったけど、その意味は100分de名著の解説を読んで納得した。
グレーゴルが変身した意味や解釈を固定化してしまうと却って作品を矮小化してしまうと思う。曖昧なまま、各人が見えるものを見出せばいいのだろう。100ページに満たない分量に対して釣り合わないほどの巨大な作品。カフカすげえなあ、と今更ながら唸らされる。