玉村豊男の作品一覧
「玉村豊男」の「明けゆく毎日を最後の日と思え 玉村豊男のコラム日記2019~2020」「隠居志願」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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Posted by ブクログ
玉村さんには3度お会いしたことがあり、おかげでパリ渡航の後押しにもなった。20年以上前のこと。
時が経ちだいぶ意識が離れてたところで、ご逝去の報せが。。
かつてヴィラデストを訪ねたことなども思い出し、また著作を読みたくなり、こんな本があったんだと初めて読んだら、玉村さんらしい料理理解で、1980年の時世に30歳の若さでこのレベルに達されていたとは改めて脱帽。
最終章でそれまで紹介してきた世界の料理を構造的普遍性の観点から図式で明示する手腕は感動。(マイケルファラデー著『ロウソクの科学』ラストの感動を思い出しました)
人生の師と感じて来れたのは幸運でした。謹んでご冥福をお祈り致します。
追記 2026.10.17
「ブッフ・ブルギニョン」は最も満足感のある料理の一つだ。かぶれてた20代(20年前)からそう。
これぞフランス料理!手間暇掛けた逸品、スペシャリテです!を譲らない最高の一皿。これぞ人生の絶頂と言うべき料理だ。
フランス料理店のコースでも+1500円とかの花形で思い切った意志が必要だった。
しかしそれは本書において庶民のテリトリーまで拡げられる。
マリネして、リソレして、ある程度煮込む。それだけ。
今日スーパーで和牛のすね肉が半額だった(週末イベントでありがち)。ブッフブルギニョンを作るのは10数年ぶりだ。お金のない当時とも違うし、すね肉ではあるが和牛だし半額である。玉村さんの軽やかな文章に乗って、サクッと仕込んでそれなりに煮込んでみた。
4時間後、あわや焦げ付くか、に汁は激減しててドス黒く心配したが、いやいやこれがブッフブルギニョンの色味ではないかと。
肉はほろほろに崩れつつ、味も凝縮。かつて東京で食べ連ねた味と遜色なく、感動を通り越して達観した気分にさえなった。『簡単にできるではないか』。
食後に玉村さんの文章を改めて読んで、その天才ぶりを改めて感じ、このエスプリが未だ現代日本に浸透してないことを疑問に、不満に思った。
まぁ、冷静に考えると食材費用が比較的高いのか。1人前200g(目減りして実食体感120g)で400円(半額でこれ)なので。今回は肉400gで作ったが、こんなにおいしくできるのなら次回は2倍3倍いきたいところ。
料理をし、料理を食し、再読する。これが一番幸せに感じる。
Posted by ブクログ
2010年刊の画文集。書名『玉村豊男 パリ1968-2010』は、個人的クロニクルのようにも読めるが、そうではない。
23歳で初めてパリの地を踏み、以来42年、足繁く通ったカフェ、ブラッスリー、レストラン、そして定宿のホテルなど、その移り変わりを回想する。そこに添えられているのが、自筆の水彩や鉛筆の画、48点。
1968年、自分の通う大学が紛争で騒然とし始めた時に、奨学金を得てパリに留学。留学先のパリの大学では、学生紛争(五月革命)はぼぼ終わっていたものの、まだ混乱状態は続いていた。そのため、授業がない。それがすべての始まりだった。テリトリーはパリ左岸、オデオンやサンジェルマンデプレ界隈。玉村の『パリ 旅の雑学ノート』や『パリのカフェをつくった人々』で見かけた店や人も出てくる。
玉村は41歳で絵を描き始め(高校時代にも描いていたようなので、正確には再開か)、50歳からパリの街並みを描くようになった(そういえば、父親は日本画の画家だった)。本書はその作品集でもある。