あらすじ
英国式ローストビーフとアジの干物の共通点は?
刺身もタコ酢もサラダである?
アルジェリア式羊肉シチューからフランス料理を経て、豚肉のショウガ焼きに通ずる驚くべき調理法の秘密を解明する。
火・水・空気・油の四要素から、全ての料理の基本を語り尽くした名著。
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読書録「料理の四面体」5
著者 玉村豊男
出版 中央公論新社
p25より引用
“ この料理は、その後しばしば再現を試
みた
もちろん再現にはハンデがある。
砂漠近くのオアシスのような木陰、小川
のほとりで鍋を囲む、豪快にして繊細な感覚
の美は再現することが日本では不可能だ。
この料理の美味のかなり多くの部分はそう
した舞台装置に支えられているのかもしれ
ないから、その欠如はほとんど取り返しが
つかない。”
目次より抜粋引用
“料理のレパートリー
ローストビーフの原理
てんぷらの分類学
刺身という名のサラダ
スープとお粥の関係”
エッセイストである著者による、料理の
レシピと方法論をまとめたエッセイ集。
他社刊行作文庫版。
旅先で教わった料理から家で手軽に作る
ものまで、日々の料理により一層の彩りと
味わいの変化をもたらしそうな考え方が記
されています。
上記の引用は、アルジェリア式羊肉の
シチューについて書かれた項での一節。
なにかの再現には、体を囲む環境というの
が、かなり大切なのでしょう。
今発展中のVRなどの映像技術も、どれほど
視覚情報が美しく現実的でも、自室の食べ
かけのピザやお菓子や脱いだままの服の臭い
の中では、再現度が下がりそうです。
個々のレシピと共に、料理のレパートリー
を増やすコツが盛りだくさん。
これから料理を始める人だけでなく、より
日々の食事を充実させたい人には、ありが
たい一冊ではないでしょうか。
ーーーーー
Posted by ブクログ
料理の本質を見出せば、無限にレパートリー増えるのでは?
料理を理屈っぽく分類
I 料理のレパートリー
ソテー&ソース
油で肉or魚を焼く→鍋から出して、残り汁に具材と汁を入れて伸ばす(デグラッセ)→かける
煮込み
酒に漬け込んだ油で肉or魚を焼く(リソレ=旨みが後述のスープに逃げすぎないように)→具材と汁を入れて煮込む→味付け
→上記二つは本質的には同じ調理法。パラメータを変えるだけで無限のレパートリー
「ひとつの本質が時と場合に応じてさまざまに異なる姿を見せるだけ」
・カツレツ=コトゥレット(仏côtelette)。元々の意味は「骨付き肉」
・「ソース」の語源は「ソルト」。塩は原始のソース
IIローストビーフの原理
グリル
直火の近くで当てる
ロースト
直火のやや遠くで当てる
スモーク
直火から上る煙に当てる
天日干し
太陽という直火のかなり遠くに当てる
・ローストビーフの本場イギリスでは、ヨークシャープディングが付け合わせ出る。(味が想像できない)
Ⅲ
Ⅳ刺身というサラダ
・玉村さんの頭がいいということがわかる。理屈っぽい。organized でも無理がないか?サラダについて、野菜の話がドレッシングの話に飛躍してない?
料理(日本)…中国語由来。原義は材料に上手く手を入れる。日本で魚を切っただけの刺身も十分な料理。むしろ切れるひとが「板前」。生に近いものを、いかに美しく「料り理め」られるか。
COQUERE …ラテン語で、「火熱を加える」。cuisine(フランス語)cooking (英語)に表れるように、欧米では火を入れないと料理ではない。生ガキや生ウニ、サラダ、オードブル(仕事の外)は料理にあらず。シェフが担当しない。ただし、「ヌーベルキュイジンヌ」では、酢や油とスパイスで和えた生魚が見られる
膾(中国)…太古は肉魚を生食する習慣があったが廃れる。鉄器と石炭の普及が早かったから?文章が上手なので長いけど引用。
「大体13世紀の終わり頃には、既に中国人は生色の習慣を捨て、全く日本人とは逆の方向に、ひたすら火と油の営みの中に料理芸術の完成を目指そうとして突っ走り始めていた」
「鉄鍋とか強い火力とか、大量の油とか、それまでに知らなかった文明の力を手にするようになって、以前のあぶり肉だとか、膾だとか、怠惰なコックにも、無能なコックにもできそうに見えるシンプルな調理法が、古臭く原始的に感じられてきて、近代化の衝動が中国人の胸中をよぎったのかもしれない。そのエネルギーが、火と油を手品のようにる中国料理の技法を一直線に発達させていったのだろう」
ユッケ(韓国)
タルタルステーキ(欧)
→生肉を調味料と和える調理法。馬肉を食べた韃靼人(タタール人)の名残か
サラダ
仏では肉料理の後に食べるもの。料理前では「クリュディテ(生野菜)」
→近年はサラダの定義が広がりりつつある。サラダドレッシングの範囲も広い。(ナムルはサラダ?カツオのたたきはサラダ?おひたしはサラダ?ステーキはサラダでは?)混沌。
→サラダの語源はsalt=塩味のついたもの。この本では「具材を調味料と和えたものと定義」。火を使って具材を加工する=料理の前後に接続する状態のこと
料理とは
火
空気 水 油 からなる四面体。底は生もの(料理以前、手を加える前のもの)
既存の料理は四面体内に収まるし、パラメータをいじれば創作料理ができる。一度できた料理を底に持ってきて、さらに手を加えることもできる
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料理の世界も抽象化すると多くの共通点があるよね。火、空気、水、油の四つの要素があって、火を頂点に空気、水、油を底面とした四面体で考えられるよ。という主張。
なるほど、確かに料理をするようになるとどの国も基本は似ているなと感じることは多かったが、この整理はかなり腹落ちした。
ただ、
中国は炒める
フランスは加熱
に詳しいなど各国で調理方法の偏りはあり、それが言語に現れるのは面白い。
その点、日本は切り方の表現が多いとのこと。
Posted by ブクログ
世界中の様々な料理を味わい比較してゆく。その中で本質的な要素を取り出してみると全て水・油・空気+火という要素を頂点に持つ四面体の中にマッピングできることに行き着く。料理という一見感覚的な作業を精緻に言語化しているが、語りかけるようなエッセイの文体で万人におすすめできた。
Posted by ブクログ
これは面白い。
途中途中にあるギャグ的な要素もにやけずには読めない。
そして料理という複雑な変数にまみれた事象を、簡潔に四つの要素にまとめるという試みが素晴らしい。
料理系の本は初だったが充実した時間であった。
複雑な事象を簡略化するヒントにもなった。具体と抽象を行き来し、物事の本質を知るとはまさにこの本である。
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これも素敵な料理本。「火、水、空気、油」を鍵に、料理の成立過程を原則から説くプロセスが、知る歓びにダイレクトに効く。この本質さえ踏まえて臨めば、世界のどこで何を作っても料理。冒険心を抱かせてくれる。それにしても冒頭の羊料理が美味しそう!
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今までに無い切り口で料理を解説している本。レシピ必須で家庭料理をしている人が、レシピを見ずに料理が出来るようになるための一歩を後押ししてくれるような内容です。
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紙面の大部分を世界各地の料理の分析、共通点の探索に割いている。
そう聞くと、淡々とした文章で読み進めるのが苦のように思えるが、そこを筆者の軽い文体とジョークを交えることで気づいたら最終章に辿り着いていたという経験をさせてもらった。
最終章では、それまで紹介された内容が水、油、空気そして火という4要素に還元され、それらの関係性をひとつの図形で視覚的にわかりやすく説明される。
この図形のどこかに点を置くことで新しい料理ができると同時に、すべての料理が(底面変換を繰り返すことで)この図形に詰まっていると考えると、これから料理を食べるのが楽しみになって仕方がない。
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火、空気、水、油の構成要素で世界中の料理が実は語れること、四面体の考えを使って無数のレパートリーで料理が作れること(ただし美味しいかは各自の腕前と味覚による)が語られる。適当な料理でも四面体のあの辺に位置するな…とかなるのでハードルが下がりそう。料理面白い、となる良い本だった。心平粥は家でだらだらしてる日に作ってみたい(米、ごま油、水を1:1:15の割合で混ぜて2時間煮る)
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料理の四面体という理論が出てくるのは最後の章だけ。
それまでは、その理論を演繹法で導いていくのだが、そこがとても面白い。知らなかった知識や、今までの固定概念を覆された。
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料理を構造物として捉えるとても面白い作品だった。四面体モデルはなるほどと思わせる内容だし、ステーキはサラダという件は確かに頷けるし、暴論に見えて至極真っ当な内容を述べている様子がシリアルでとても良かった。
Posted by ブクログ
『料理の四面体』は、単なるレシピ本ではなく、「料理を構造で理解する」ための本だった。
普通の料理本は、「この料理にはこの材料、この手順」と個別に覚えさせる。しかし本書は違う。
料理を「加熱方法」「素材」「ソース」「調理の組み合わせ」といった“構造”で捉えることで、料理同士の共通点を見抜かせてくれる。
特に印象的だったのは、
「肉を焼き、ソースを作る」
という料理の根本構造。
例えば、アルジェリア式羊肉シチューでは、羊肉をソテーしてからトマトベースのソースで煮込む。(キャンプで作ったらとても美味しかったです。羊の匂い消しにローリエ、塩っ気追加、トマト缶すり潰しで代用)
一方、フランス料理では、肉を焼いた後にワインや出汁、生クリームを加え、鍋底の旨味を“デグラッセ”してソースへ変える。
つまり違うのは「料理名」ではなく、“ソースの設計”なのだ。
この視点が面白い。
ソースが変われば、同じ肉料理でも何百種類にも広がる。
さらに、
ソテー(フライパン)
グリル(網焼き)
煮込み
茹でる
など、加熱方法を変えるだけでレパートリーが増えていく。
料理を暗記ではなく、「原理」で理解できる感覚があった。
特に、自分の中で繋がったのが“生姜焼き”の構造。
豚肉を醤油・酒・味醂・生姜でマリネし、焼いた後、残った漬け汁でデグラッセしてソース化する。
これはまさに、ブフ・ブルギニョンなどの西洋料理と同じ構造だった。
和食とフランス料理は別物だと思っていたが、実は「肉を焼き、旨味を鍋から剥がし、ソースにする」という本質は共通している。
この“料理の翻訳”のような感覚はかなり知的で面白い。
また、ローストとグリルの違いの説明も印象的だった。
ロースト:火に直接触れず、熱線でじっくり加熱
グリル:火に近づけ、強火で手早く焼く
この違いを知るだけで、ローストビーフとステーキの関係性が理解できる。
さらに、「ローストビーフは焚き火でも作れるのでは?」と考えられるようになる。
つまり本書は、“応用できる料理脳”を育ててくれる本だった。
料理をレシピ通りにしか作れない人にとっては、少し難しく感じるかもしれない。
しかし、「なぜこの料理になるのか」を理解したい人には、とても面白い。
料理を「知識」ではなく「構造」で見る視点が手に入る一冊だった。
Posted by ブクログ
料理のレパートリーの少なさで悩み人が多い。しかし、火、水、油、空気の四つをもとに考えると、実は数多くの料理を生む出すことができる。本書は著者が提唱する「料理の四面体」から料理の構造を分析する。
Posted by ブクログ
本書は料理を構造として捉え直す本だ。
ソースの話から始まる。
料理を少しかじっている身としては、ここは素直に腑に落ちた。肉を焼いたあとのフライパンに残る油脂を、酒や出汁でのばす。その違いが無数のバリエーションを生むだけだという。
そして煮込みも同じだ。最初にリソレし、液体に漬ける。
焼くことは火との距離の問題。揚げ物も衣の付き方で分類できる。
つまり料理はどんどん分解されていく。そして因数分解した最後に「火・空気(生)・水・油」という四面体が提示される。焼くのか、生か、煮るのか、揚げるのか。料理は意外なほど整理できる。
理屈は分かったし、ほとんどの料理がこの枠に収まることも理解できた。
ただ、冒頭のアルジェリアの煮込みの話が頭に残る。
味は再現できても、あの野生的な空気までは再現できなかったという。
筆者も、構造は再現できるが体験は再現できないことを強調している。
ここで一つ、問いが浮かぶ。この構造化はどこへ向かうのだろうか。
もし料理がここまで分解できるなら、次は精度を上げる話になる。
食べる環境、音、光。空間や雰囲気まで含めてモデル化できると考えるのは、自然な流れだ。
その先にあるのは、最適化であり、自動化であり、AIによる設計ではないか。
それは悪いことではない。むしろ技術としては必然なのかもしれない。
一方で、料理は栄養摂取を超えた行為でもあることを、あらためて考えさせられる。
誰とどこで食べるか。その時間そのものを味わうこと。
そこには、生物学的な必要性を超えた人間的なよろこびがある。
もしそうだとすれば、料理はすべてを解き明かし、再現可能にする対象なのだろうか。
料理は、少し説明しきれないままでいてほしい
Posted by ブクログ
目次はメニュー状態。ズラリと並ぶ料理は馴染みのあるものから想像つかないものまで様々で、眺めているだけでワクワク。
玉村さんは、調理方法って無数にあるように見えるけど、ザックリ分ければどれも「料理の四面体」の方程式にあてはまると言います。
底辺の三角形は「空気」「水」「油」そして四面体の頂点は「火」。
例えば、水から火へ伸びる線が「煮る」ことになり、その距離が調理時間になります。
世界中どこでも、調理としてやってる事は大差ないのに、食材や文化の違いでこれだけ多様に進化した事にため息。
四面体の方程式はサササと読みましたが、世界中の料理はじっくりと、想像の中で味わいながら楽しみました。お腹すくー!
中でも一番気になるのはなんといっても冒頭の「アルジェリア式羊肉シチュー」
ぜひぜひ現地の、砂漠近くのオアシスの木陰、小川のほとりで食べてみたい!
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世界中を旅して、その土地の料理を食してきた著者が「料理の一般原理」を明らかにすることを目指した著作。
1980年刊行。
著者曰く、「地球上にはあらゆる国家・民族・文化が存在するが、こと料理の方法においては、そう違いはない」
これを裏付けるように、いくつかの実体験を紹介する。
著者が若い頃、アルジェリアの道端で現地の青年に「羊肉シチュー」を作ってもらった。
彼は肉を煮る前に、表面を強火で焦げ目が付くぐらい炙った。これはフランス料理でいうところの「リフレ」という技術であり、彼がフランス人から習ったわけではないだろうから、現地でも同様の手法があるということだ。
アルジェリアの野生味溢れる「アルジェリア式羊肉シチュー」と、フランスの高級レストランで提供される上品で洗練された「コトゥレット・ド・ムトン・ポンパドゥール」の間にあるのは薄皮一枚ほどの差でしかないということだ。
このように世界のあらゆる料理を分解し、比較して、その共通項を見つけていく試みが追体験できる。
一方で、国や文化によって好まれる手法は異なり、位置付けも違う。
例えば、「揚げる」「炒める」を表すのが「fly」の一語である英語に比べて、中国語には遥かに多くのボキャブラリーがある。
炸 ザ たっぷりの油で揚げる。
炒 チャオ 炒める
爆 パオ とくに熱い油を使って手早く炒める
煎 ヂエヌ 油をもっと少なくして材料の両面を煎り焼く
貼 ティエ 材料の片面だけを鍋に貼り付くようにして焦げ目がつくほどパリッと焼く
烙 ラオ 油気なしに煎る
これは中国人が油脂料理において豊富なレパートリーを持っていることの証左に他ならない。
一方で、中国人は「ロースト」をまったくしない。
他にも、「cooking」の原語がラテン語の「coquere(火熱を加える)」という意味であるように、欧米人にとっての料理とは加熱することであるが、日本人のコックで一番偉いのは「板前」、つまり、まな板の前に立っていかに魚を切るか?を決めることができる人だ。
このように、文化によって現れる違いが興味深い。
また、「ステーキ」は、火源からの距離によって「グリル」「ロースト」「燻製」と呼び方が変わっていくという話も面白かった。
この意味では「干物」も「ステーキ」である。火源との距離が1.5億キロメートルほど離れているに過ぎない。
(因みに、直火をフライパンで受けると、それは「ソテー」になる)
本書における著者の結論は、頂点を「火」、底の3点を「空気」、「水」、「油」とした「料理の四面体」モデルで料理の一般的原理を示すことができるということだ。
火と空気が介在する料理が「焼きものライン」、火と水が介在する料理が「煮物ライン」、火と油が介在する料理が「揚げもののライン」となる。
そして、それぞれのラインにおいて、火の頂点に近ければ近いほど、三要素の介在の度合いは少ない。空気のラインで火の頂点に最も近いところは炎が肉を直接舐めるような直火焼きだといえる。
反対に、火が全く関知しない底面を「ナマモノの世界」と呼ぶことができる。
この世界のすべての料理は、この四面体のどこかに必ず置くことができる。
そして、ひとつの材料は、四面体を移動することでレパートリーを増やしていくことができる。
50年近く前に書かれた本ではあるので、特有の文体の癖による多少の読み辛さはあるものの、内容はまったく色褪せない。料理というものがいかに成熟した技術であるかをよく表している。
非常に興味深い内容の良書だった。
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抽象化うますぎて本当に気持ちいい文章。著者のことあんま知らんけど多分超賢い。羊のトマト煮みたいなやついつか完全再現したい。また読み返そうと思う。
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書かれてることはだいたい考えてみれば当たり前のことなんだけど、それをここまでよくオーガナイズして、しかもヒキのあるエピソードなんかを差し込みつつ、かつトピックの羅列にはならないよう話題の接続に注意を払って一冊に整えるというのはまったく当たり前ではないどころかほとんど曲芸みたいなものでしょう。写真も材料の分量リストもないけど、料理本の傑作だった。
Posted by ブクログ
20250614035
「料理」とは日本では「料(はか)り理(おさめ)る」ことだが、海外では火を入れることが料理の語源らしい、という蘊蓄から始まり料理を「火、水、空気、油」の四面体で理解するという発想。面白い。
Posted by ブクログ
ゆる言語学ラジオで堀本さんがおすすめしてた本質本ということで読んでみた。目次があんま意味ない、というか、内容とあんまりあってなくて読みにくかったけど、料理の四面体の概念は確かに面白い。
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玉村さんの本を読んでいると料理がしたくなる。四面体理論のような構造としての料理の捉え方は新鮮だしレシピに縛られた料理概念から解放してくれるような気がする。
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2021/10/17 読み終わった
ゆる言語学ラジオで紹介されていたので。堀元見のいう「本質本」を食らってみたかったので。本質本については当該YouTubeチャンネルの#36をご参照ください。
料理のプロセスを分解すると、火、水、空気、油、の4つの要素のパラメータバランスで全てが説明できるというもの。
確かに、という感じ。例外は無さそう?この知識が料理実践に活きかどうかはわからないけど、思考の整理にはかなり役立つと思う。
Posted by ブクログ
料理の四面体とは頂点に火、底面に水、油、空気からなる三角錐であり、どんな料理も三角錐にプロットすることができる。
序盤では世界中の色んな料理・調理法を紹介しながら、帰納法的に火、水、油、空気を用いていることが示され、終盤では演繹法的に左記4つの要素を組み合わせた蓋然性が述べられている。火が加わった食材を再度底面にプロット(底面変換)することで様々な調理方法を説明することができる。
ビジネスでも同様に底面変換を繰り返すことでUSPを云々…的な事は考えずに、中華ってすごいな!今日は青椒肉絲だ!とか思いながら読み進めるのが楽しかった
Posted by ブクログ
料理を創意工夫し楽しむときに役立ちそうな本。
料理の基本要素は(1)火(2)空気(3)水(4)油でこの組み合わせとのこと。フランス料理も怖くない。
Posted by ブクログ
ずいぶん前にゆる言語学ラジオで堀元さんが本質本として挙げていて、ずっと読みたいと思っていた本。
ようやくポチった。
料理することは、面倒くさいのでそんなに好きじゃないんだが、食べることは好きだ。
毎日なんだかんだ言いながらも食事の時間が楽しみなので、必要に迫られて料理をしている。
例えばサラダを作るとき。
調味料に加える油の種類によって、
中華っぽくも洋風っぽくもなるなー…あ、和食のサラダなら酢の物とか油入れなきゃいいか、その代わり麺つゆ投入!
とか、
汁物もお水に適当な野菜を入れて、出汁のもとや麺つゆにするか、鶏がらスープにするか、コンソメにするかで和洋中が変わるよなー…、
ぐらいのゆるーい認識はもともとあった。
料理の構造をここまでロジカルに説明してくれる本書は確かに本質的。
上記したわたしがふんわり感じていた味と料理カテゴリーの関係のみならず、調理段階で関わる4つの要素がどのように料理に影響し、完成に繋がるかを見事に構造化してみせる最終章は圧巻だった。
それまでの、焼く、揚げる、煮る、などの調理法に沿った各国のいろんな料理の紹介も面白い。
特に冒頭のアルジェリア式羊肉シチュー。アルジェリア南部で著者がご馳走になったそれを、現地の方が作っている描写が本当に美味しそうで、その他にも試してみたくなる料理のレシピが載っていたりして、
…あれ、もしかして私、料理好きなのかも…、と錯覚してしまいそう。
食べたい欲が、作るの面倒くさいを越えたらいつか挑戦するかもしれない。
しかしこれ、美味しそうだし、
そのくせめちゃくちゃ理屈っぽくて、
本当に好みの本だったな。
復刻バンザイ!
Posted by ブクログ
おいしさは、五感だけで感じるものじゃないかも。
このごろ「実用的でない料理本」というのが好きで。料理が自分のライフスタイルや思想に与える影響、原始から続く料理という運動が、どんな歴史をたどって、世界にどんな影響を与えたか等に興味があり、色々本を漁るうちに『料理の四面体』と出会いました。
この本を読んでも、包丁さばきがうまくなるわけでも、火加減の調整が適切になったり、盛り付けセンスが磨かれるわけでもありません。実用的な料理指南書やレシピ集ではないですが、「料理は単純な原理で成り立っていながら、無限の可能性がある」というメッセージを伝えてくれます。
他方で得た知見がまったく無関係の分野と結びついたりする、そんな瞬間こそが私の生きる喜びのひとつ。料理で得た経験がマラソンに活きることや、農業のノウハウが油絵に活きること、暗算がロッククライミングにいきることもあるかもしれないと思うだけで人生は楽しい。だから自分の生活に直接役に立ちそうにない本の方がワクワクします。
本書ではまず世界のあらゆる料理が紹介されます。フィレンツェのビステッカとか、コトゥレット・ド・ムトンとか、いかにも美食家が好みそう料理名が頻出する上にとても文学的な表現もあり、グルメ評論アレルギーがある人にとっては、著者がうっとり自己陶酔しつつ書いたように感じて鼻につくかもしれません。
最初こそ気取ったグルメエッセイのような印象でしたが、少しずつ確実に、私たちは著者が導き出したある一つの論理に一歩一歩と近づいていきます。高級フレンチも、アルジェリアの野外で野蛮に作られたシチューも並列に語り、目玉焼きもスクランブルエッグもオムレツも「卵の油いため」という点で同じ料理だとする大胆さをもって、紙上・世界グルメツアーは展開していきます。スープとシチュー、果てはサラダと刺身の境界線もぼやかせる力技にクラクラしながら読み進めていくと、最終章でついにモノリスにたどり着きます。
それがタイトルの「料理の四面体」です。
食材⇆媒介(水、空気、油)⇆火
という関係性を暴き出したのです。料理の工程を分解し、四面体(三角錐)の立体チャートにあらわす。頂点に火、底面の三点は空気、水、油。この世にある料理をその四面体チャート状の座標ですべてあらわすことで、調理の原理を解き明かしたものです。
逆に言えば火を使い、水、空気、油をどの程度か媒介させれば、それはもう「料理」と言いきれてしまうというコペルニクス的転回が起こるのです(生食は除く)。世界中に料理は数多あるけれど、調理の本質は基本的に変わらないということと同時に、そのチャート上にまだ誰も見つけてない一点の座標、つまりまったく新しいレシピが隠されているかもしれないといったロマンも感じます。
こういった本を読むたびに思うのは、おいしさというのは、五感からのみ感じるものではなくて、その調理の工程などに思いを馳せることからも感じるのかもしれないと思います。その食材の生産地の風土のことを想像したり、生産者の顔を思い浮かべたりすること(野菜コーナーに農家の名前と写真が添えられていますよね)、伝統を感じること、思い出と結びつけることなど、五感以外の「気持ちのおいしさ」があるのだろうと。
Posted by ブクログ
料理とは、火に、水、油、空気の3要素を加え、その調整によって料理素材を変化させるものである、ということ、世界各国にあらゆる料理があるが、調味料や調理器具などに違いはあるものの、料理の考え方は同じであること、それを理解すると料理のレパートリーも数多く考えることができること、という、料理の考え方はに新たな視点を加えさせてくれる本。考えたこともない視点で面白い。
また、日本食や中華料理、フランス料理の歴史や料理の考え方も学ぶことができ、その点も勉強になった本。