名称未設定さんのレビュー一覧
-
構成が良い。
年代を追って、作者山本周五郎の成長の軌跡が概観できる。
『宗太兄弟の悲劇』から『渡の求婚』までは年代順に時代劇、その後『出来ていた青』『酒・盃・徳利』という初期の異色作が置いてある。型にはまった人間描写しか出来ていなかった初期から、徐々にストーリーにユーモアが加わってきて、『渡の求婚』に到って円熟を得る、という具合である。初期の二作は、読むに値するかどうか疑問なくらいの出来だが、「名人にしてこの時代あり」という興味で読める。
この人の場合は、人間としての成長と、小説の円熟とが、ピタリと一致している気がする。差別意識や原理主義が減退するに従い、小説が面白くなる。芸術家の模範と言うべき人だろう。 -
-
-
-
-
-
相も変らず病んでいる
この人の『檸檬』は傑作だ。紛れもなく傑作だと思う。それは、病み果てた主人公の心理が克明に描写され、絶望的な風景に終始しながらも、彼がすがっているささやかな癒しや明日への希望が、檸檬その他の小道具でもって象徴されているからだ。
が、この作品にはそれがない。代わりに蝿。主人公は自分自身の病いと陰鬱に戯れながら、ますます自分を傷つけて、死に向かって堕ちて行く。その自分が蝿に思える……。これは、何と言うか、ただの甘えである。とうてい『檸檬』には及ぶべくもない。作者の関係者からしたら「折角療養に出してやったのに、歩き回ったり酒飲んだり女郎買いしたり、治る気があるのか!」と言いたくなる事必定であろう。
が...続きを読む -
-
権威に敏感な太宰
人間は得てして、得意分野でこそ、馬脚をあらわすということがある。思い入れが強いために、却って自分を客観視できず、暴走してしまうようだ。私はこの文章をそう読んだ。
太宰は熱狂的なキリストファンだから、他人がキリストを語ることに厳しい。あたかもゲームの「名人様」が、他人のプレイに辛辣であるように。私は太宰の小説を読むにつけ、もうちょっと思慮深い人という印象があったので、この文章での彼は少しく意外であった。
キリスト研究の「世界的」権威を否定する一方で、日本人の「世界的」思想家の名声を讃える……真珠湾前夜で、太宰も愛国心に燃えていたのであろうか?
この「世界的」人物が誰なのかは分からないが、一時の権...続きを読む -
-