海野さだゆきさんのレビュー一覧
レビュアー
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それはタイムトラベルなのでは
僕は母を見送りました。ある日行方不明となってから「地獄の2年間」は始まりました。
筆者はお父上とのやり取りを克明に記録し、言葉から「認知症」という言葉を解体して行きます。
その過程は痛快極まり無いのです。
定義できないものを定義できるように定義する
そういう「科学」に対抗できるのは「哲学」だ、と筆者はそれを武器に快進撃を始めます。
ですが、「言葉で言葉を解体する」のには無理があるように思いました。まさに
言葉にできないものを言葉にできるように言葉にする
言葉にすれば「固定」できる。
言葉を仕事にしていた筆者の願いがそこに見えたように思いました。
僕は「感動的に分からないひとたち」と付き合うのがずっと仕事でしたので、
筆者の努力の方向に光が待っているとは思えませんでした。
「生命とは情報の流れの中に生まれた結節点のようなものだ」
「Ghost in the shell」の中で人形遣いが言っています。僕もそう思います。
個体側から言えば、その結節点は環境の変化により「組み替え」されてゆきます。
筆者の言う通り、時間には区切りがあり、それはその「組み替え」時期なのです。
その時点の認知地図、つまり生命維持に必要な情報の集合、は記憶として保存されているのです。
例えば現時点で生命維持に必要な情報が欠如し、その集合体が維持できない場合、
個体はそれを放棄し、保持されたある時点での集合体を採用します。
OSのバージョン変更に似ています。
当然齟齬が生じますが、個体に必要なのはつじつまあわせではなく、生命維持のための情報なのです。
他の個体の都合など知ったことではないのです。
筆者のお父上に致命的な疾患が発見されたというのを読んで僕は「やはり」と思いました。
僕の母もそうでした。
生命維持が難しくなったので、現在の集合体を破棄し、別のものを採用した、、、
僕は母の異変をそう直感し、直後に精密な脳血管検査、その他をしてもらいました。
やはり、ありました。
生命体としての母はこれ以上の生命維持が難しいと判断し、最終的なプログラムを走らせ始めていたのです。
僕の計画はひとつ。母を静かに、母の生命体としての最後を静かに過ごさせてやることだけでした。
幸いにして僕は、母が戦前、戦後をどう生きてきたのかを、子供としてはよく知っていました。
母がどの地点の集合体を採用したのかは容易に知れました。
そこが母の最後の秘密の花園ならば、そこで暮せるように。
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92歳、広岡達朗の正体
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購入済み結果が物語る
もちろん広岡さん側からの描き方だが、それが真実なのは結果が物語る。
現在も発言を活発にしていらっしゃるが、大抵野球ファンからは「老害」とか「今は違う」という受け取られ方をされてしまう。
残念だ。時代や状況に左右されない知恵の宝庫なのに。
僕は現役時代、新規事業、パイロットプロジェクトに多く関わった「敵前上陸型」だった。広岡さんの哲学方針行動にはいちいち深く頷けるし、畏敬の念しか抱けない。
氏の言葉は文字にするときついが、実際ご本人の声で聴いてみてほしい。実に柔らかく知的だ。
マスコミの作った虚像に踊らされて、氏の声で英知を耳にしないのは本当にもったいない。
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アニメ化の折は
アニメ化の折は是非triggerでお願いします。というか、あそこしか出来ない!で、バンド名はプロメアにしてとか勝手に思ってました。
アニメ化前提すると、「音」をどうするかが問題。『Blue Giant』『青のオーケストラ』でも、マジかよって思うくらい相応しい人が演奏を担当してる。ここは妄想したいところ。
ドラマーは色んな意味でシシドカフカさんかな。でも最近はパーカッションアンサンブルの方に行っているからなあ。勿論元気いっぱいJUNNAさんも良いよね。ガールズロックバンド革命での彼女のライブは本当凄かった。フロントが押されてた。しかし、テリーボジオ先生のお嬢さんMarinaさんも推したい。先だってAldious脱退しちゃったんだよな。迷うなあ。
ベースはZweiのMegu姐さんか、台湾のデスメタルバンドChthonicのリーダー、ドリスイエ姐さん。アルバム『高砂軍』は必聴。(映画『セデック・バレ』で背景を知ってもらえるといいのだが。)ここも迷う。
ギター。好きなギタリスト多すぎてこまるが、Lisa Xさんかなあ、Polyphiaの曲演奏してたし(よく出来るよね)。
キーボードは全然思いつかない。大西順子さんとか、上原ひろみさんとか、ジャズ畑の人の方がぶっ飛んでるから。大西さんが小澤征爾指揮サイトウキネンオーケストラとやったのはもうキースエマーソン超えてたよ。
と、妄想しながら読むと楽しい。皆さんは誰の音が聞こえて来ますか? -
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僕もやっちまったことあるのです
ブラバンの件で思い出しました。バンド首になってもう人前はいいやという気持ちになりつつも、最後に何かやりたいとメン募で「アマチュアの」洋物ポップスカバーバンドに加入したんだけど、メンバーとはバンマスしか会えないわ、音源なし譜面無しリハなしでぶっつけ本番、それも20曲という。思いっきり怪しいけど、二ヶ月後だし、まあやるか、準備して行ったら、お店のクリスマスダンパじゃん!これ絶対ギャラ出てるだろう、騙された、このー!でも即本番。これじゃハコバンのトラじゃんか。ダンスナンバーっていっても「コパカバーナ」とかプログレ並みにむずいし、「ダンシングクイーン」とかやるとノリを作るのむずいし、譜面起こすの時間かかったんだぜとか、16符オンパレードやってたら段々腹立ってきて、ラストの「君の瞳に恋してる」のリフで暴走してやるって、辺り構わず弾きまくって曲がいつ終わったかも分からなくなるくらいやらかしました(笑)こちとらジャックブルース先生に感動してベース始めたロック野郎なんだぜ!スカッとしました。あたりはシーン(笑)。もちろんそれが僕の人生最後の人前演奏になりました(笑)。ロック最高!
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砂まみれの名将―野村克也の1140日―
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購入済み最後のパズルが埋まった
よくぞ書いて下さった、残して下さった。野村監督がいないシーズンが過ぎる中、何かが足りないという思いが私の心にはあった。
そのパズルの最後の一つが埋まった。そしてその瞬間、パズルの絵が全く見たこともない絶景に変わった。
誰かこの大河ドラマを映像でもいい、小説でもいい、かたちにして残してくれないか。世界中の野球ファンにこういう野球人がいたことを伝えるために。クリントイーストウッド監督に頼みたいくらいだ。
私は監督を苦しめた阪神タイガースファン。
シダックス、楽天での監督をみて、ちょっと安堵していた。
監督は阪神では結果は残せなかったけど、やはり人は残しました。いつかあの時の新人たちがタイガースを刷新して優勝する日を夢見ています。 -
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これぞ奇跡
まさかのマンガ化。めぐみ視点での再構成というのが新鮮。元に群像劇としての結構複雑な作りがあったので可能になったと思います。伊藤脚本恐るべし。
めぐみの揺れ動く心理、良く描かれていて、マミの物語に新たな命を吹き込んでいます。よくぞ読み取って下さった。
後書きのマンガ化の苦心葛藤話には頷くばかり。大丈夫ですよ、ファンとして重なり合うところが同じなのが読んでいてうれしいですし、何より絵が美しい。
社会人一年目。薄暗い独り暮らしのアパートで偶然観た再放送はとても複雑不思議な物語で、アニメを観ない映画ファンだった僕を、映画も観るアニメファンに変え、将来への不安に頼りない毎日を送っていた僕の心を温めてくれたのでした。
そんな感動を再び思い起こしてくれました。 -
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これがまんがだよ
読んでいる途中、我に返って、ハットした。我に返った?そこまで没入していたなんて、一体何年ぶりなのか、もう数十年なかっただろう。
いつの間にか、頭で読むようになっていたのだ。こころが、体が持って行かれるような、自分を解き放つ向き合い方をしなくなっていた。
それをすると、日常に帰れない、いや、日常が別の日常になるからだ。それを止めることで大人の人生を生き延びたのだ。
年をとって抑制が効かなくなっているのだろうが、もう義務や責任はほとんど果たし、このゴワゴワした服は捨てても良いのだ。
1972年秋。病院の待合室に置いてあったボロボロの『マーガレット』は、魔法の世界の入り口だった。それから日常は別の世界と重なり合う色、音、感触あふれる愛おしいものになった。
あの日読んだ山田ミネコ『緑の目』にここで再会するとは。
今は2019年。私もまた、あの時に戻るべく、お迎えが来たらしい。世界は再び目眩のするような鮮やかさと、心揺さぶる音に満ち始めた気がする。
どこか遠くから、どこか遠くへ。マンガってそういう強い引力があるよね。
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武とは生き残ることである
武とは生き残ることである。戦国の武将、剣聖たちが現代にいたならば、金融、IT、脳科学などを「楽しく命がけで」学び実践しているはずだ。それが現代で生き残る術だからだ。館長がお金、経営戦略の話をするのに、ケイのように違和感がある人は、武が体術、剣術などに限られると誤解しているからだ。何かにつけ、型にはめ、そこから動かないことこそ、武から最も遠いのである。
安易に予測せず、起こった事象に最速最善で臨む姿勢が武なのである。それが生き残るということだからだ。伝統空手を真面目に稽古した清水が勝てないのは、型の中に安住して、生き残る術を学ばなかったからだ。
「試合を投げるな」という館長の叫びを私もまた、心震えて聞いている。正々堂々とやられて終わってたまるか、生き残ることができれば、それが勝利なのだ。予想外の事態にジタバタせず、次の手を繰り出す館長の生き残る術に学び励まされることは多い。