高野文子のレビュー一覧
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今から30年前、バブルの終焉を迎えようとしていた時代の30代の独身のるきさんとその親友えっちゃんの日常の漫画
多分あの時代では珍しい在宅ワーク、ミニマリストのるきさんとあの頃の代表のようなキャリアウーマンでマキシマリストなえっちゃん
2人の対比でなにか特別な事が起こるわけではないありきたりの日常
お金が好きだから貯めとくるきさん、お金が嫌いだから物に変えるえっちゃん
互いの誕生日に家事を請け負うプレゼントを送ったり、病気になったら互いの家にいったり、執着せずただ流れる時間を共有する2人の関係が素敵だなぁと……
と、思ってたらまさかのラスト!これは続きが読みたい……でも自分で想像もしたく -
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何気なく借りた本だったが、出だしの球面世界から惹き込まれる。赤ちゃんの視野やともこさんの視線を追って読むと自分が覗かれているような
不思議な感覚に導く。この不思議な感覚
や疑問が、朝永振一郎さんの言葉
(不思議だと思うこと、これが科学の芽です。
よく観察して確かめ、そして考えること、
これが科学の茎です。そうして最後になぞが
とけるこれが科学です。)に繋がっていく。
ともこさんが営む学生寮ドミトリーに下宿している4人の若き科学者 朝永振一郎、牧野富太郎、中谷宇吉郎、湯川秀樹。
中でも『マキノ君 蝶々です』が好き。
袴姿のマキノ君がイケメンっていうのもあるが、
蝶が花の受粉の役割を担うのを人間 -
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僕は「古本屋」がとても好きで、ちょっぴり苦手だ。やはり本好き(これは、「読書好き」とはまた異なる。どちらかというと、本という「物体」が好きである)であるから、こぢんまりした空間に無数の本が並べられているのにはものすごくわくわくする。古本屋に並べられたそれらは当然、「誰かが売ったもの」である。そして、それらはわざわざ「古本屋に売りにくる」ようなちょっと変わった人が所有していたものであったり、めぐりめぐって「古本屋にやってくる」ことになったような風変わりなものであったりするわけで、そう考えると古本屋に並べられた本たちというのはなんだか不憫で愛おしい。日陰者たちが集められた空間が、日陰者にとって居心
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柴田聡子の曲、遊んで暮らして に「るきさん読んだって諦めつかない」という歌詞があり、「るきさん」ってなんぞ?と疑問を抱いたことがこの作品を知ったきっかけ。
るきさんもえっちゃんも、なんだか自由に暮らしていてすごくいいなあ。大きな展開があるわけじゃない、ただの日常を描いた作品だけど、そこから感じられる彼女たちの生活や関係性がとても好きだった。
自分は自分、他人は他人
なんていうような意識がるきさんにはあるんだろうな。誰かがずっと隣にいなくても、1人で自分のご機嫌を取れるし、楽しく暮らせる。すごく自立した人だ。
私もこうやって生きられたらいいなと思うけど、かなり難しいことだと思う。とても尊敬 -
Posted by ブクログ
なんと心に染みる作品だろう。
と言ってもジーンと胸に刺さったり、涙したり、なるほど、と感じるわけではない。
うらやましいのだ。
るきさんの生き方と感性、そして多分親友「えっちゃん」との距離感のある親密さ。
るきさんは世の何事にも揺さぶられることなく自分の感性に従っている。
えっちゃんはそれよりもちょっとだけ普通の人寄りのけれどやっぱり自分流で生きている。
るきさんもえっちゃんもお互いに認め合いながらベタついておらず、掛け替えのない存在でありながら束縛しない。
そばにいる時はそばにいるなりの親密さで過ごし、離れていればそれぞれの楽な過ごし方。
理想の二人関係だな。 -
Posted by ブクログ
ハードカバー版も文庫版も持ってる数少ない本。
「ふやけた友達」というタイトルの素敵な1曲をわたしは知っているのですが、るきさんの親友、えっちゃんから見たるきさんはまさしく、ふやけた友達なのでは?と思う。
天気の良い日にはすととーんとスキップしたり、おせんべいをくわえて自転車に乗ったり、障子張りをしながら電話に出るから聞いた話は右から左へとするする流れる。
のんびりマイペースであっけらかんとして、「気のせいかなって思えば平気よ」とかビタミンのような言葉をくれるるきさん。
ひと月分の仕事を一週間で終わらせて残りの時間を好きなように過ごしつつ、貯金もしているしっかり者な一面も。
自由(?)にお互いの
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