竹内一郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「やっぱり見た目が9割」
竹内一郎著 新潮社
「第一印象は0.5秒」
「初頭効果」
第一印象は強烈で、二回目、三回目に会ったときに別の印象を受け取っても、人は最初の印象を変えにくい傾向がある。
「やまびこ効果」
最初に会ったとき「この人、いい人だな」と感じる。すると、次に会うとき気持ちが軽い。必然的に表情も柔らかくなる。リラックスして話すことができる。こうなると、相手も「この人、自分と気が合うな」と感じるようになる。やがて、双方表情も柔らかくなり会話も弾む。このような人間関係の循環を「やまびこ効果」と呼ぶのである。
「二重符号化説」
「絵」+概念(言葉)」の二つを指している。英単語の“train”を覚えるのにも、文字だけより、汽車の絵と同時に入ってくれば、やはり記憶は強化されよう。
その人が発する「非言語情報」の総合力が一定の値を超えている時、「受けてはオーラを感じている」
「背筋を伸ばせ」の意味
姿勢の根本は背中
「運動では腹筋よりも背筋を鍛えることが大事なんです。(略)正面からは見えない背中が、人間を支える一番の大事な部分です。人間も外から見えない内面が大事。(略)」郷ひろみ
世阿弥 『花鏡』 「目前心後」
概ね、魅力的なものを見たとき、興奮状態のときは瞳孔が大きくなる、という傾向が見られる。 -
ネタバレ 購入済み
慮
衝撃的なタイトルで,読む前は抵抗を感じた。
しかし,想像していたような,容姿の良さを重視する内容ではない。
大人としてのマナーや身だしなみ,人への配慮について,今一度考えさせられる。 -
購入済み
小川悦司先生好きならオススメ!
この漫画は、裁判員制度で選ばれた法曹界の人間ではない人、弁護士、裁判官、検事などが出てきます。
推理漫画のエッセンスもあり、絵も綺麗で迫力があり、心を揺さぶられるシーンもあり面白いです。 -
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自分の癖が誰かにとっては拷問になる。
最近、日常的に感じていた事が書かれていた。
周囲の誰も気にしていないが、自分はどうしても気になってしまう他人の癖。
「たかが癖」ではあるが、それが原因で会社を辞めてしまう例も書かれている。
色々と癖の直し方も書かれているが、結局自分では無い(そして相手に言えるものでもない)ので状況は変わらない。
が、自分だけの悩みが書かれているだけで気持ちは軽くなった。
誰かの癖に悩んでいる人だけではなく、「なぜか周りが(心当たりはないのに)冷たい」と思う人は一度読んでみた方が良いかもしれない。
知らないうちに誰かに拷問しているかもしれないのだから。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「手塚治虫の何が具体的に新しかったのか? なぜかくも洗練された表現技法を手にするに至ったのか? 「手塚治虫」という天才の膨大な発明群を1コマ1コマ精査し、ストーリーマンガの起源に遡行する。日本初の本格漫画評論。」という「竹内一郎」さんの本。
●日本にストーリーマンガが生まれた理由
●日本にストーリーマンガが文化として定着した理由
■手塚治虫の「才能」と、「取り巻く環境」の協力、反発、せめぎ合いなどの
結果として「ストーリーマンガ」は生まれた。有名無名の多くの漫画家が創意工夫を
重ねて日本漫画として定着した。
ページ101から113までの映画技法との比較。169から182までの手塚技法は
見ておいて損はないでしょう。
目次構成は
第1章 手塚以前の漫画と戦後の漫画状況(手塚以前の漫画;
先行する児童文化 ほか)
第2章 アニメ、映画、SFと手塚マンガ(アニメの影響;映画の影響 ほか)
第3章 手塚はマンガの何を新しくしたのか(演劇の影響;手塚の斬新さ)
第4章 ストーリーマンガの方向性(『漫画少年』;劇画との葛藤 ほか)
作成日時 2007年03月05日 00:27
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「手塚治虫の何が具体的に新しかったのか? なぜかくも洗練された表現技法を手にするに至ったのか? 「手塚治虫」という天才の膨大な発明群を1コマ1コマ精査し、ストーリーマンガの起源に遡行する。日本初の本格漫画評論。」という「竹内一郎」さんの本。
●日本にストーリーマンガが生まれた理由
●日本にストーリーマンガが文化として定着した理由
■手塚治虫の「才能」と、「取り巻く環境」の協力、反発、せめぎ合いなどの
結果として「ストーリーマンガ」は生まれた。有名無名の多くの漫画家が創意工夫を
重ねて日本漫画として定着した。
ページ101から113までの映画技法との比較。169から182までの手塚技法は
見ておいて損はないでしょう。
目次構成は
第1章 手塚以前の漫画と戦後の漫画状況(手塚以前の漫画;
先行する児童文化 ほか)
第2章 アニメ、映画、SFと手塚マンガ(アニメの影響;映画の影響 ほか)
第3章 手塚はマンガの何を新しくしたのか(演劇の影響;手塚の斬新さ)
第4章 ストーリーマンガの方向性(『漫画少年』;劇画との葛藤 ほか) -
Posted by ブクログ
ネタバレ中野信子さんの自分を大事にしていないのなら他人からも大事にされないという趣旨の言葉を聞いて、その例としてボロボロの車と新品の車、どちらなら蹴っ飛ばしていいかというときに前者を選ぶ人が多いという話があった。この話を聞いて外見というものについて考えを巡らしたいと思い、たまたま出会った一冊。
視覚情報や外見などのノンバーバルな情報から得られる部分があるのは事実だし、人間は中身という言葉があるけれども、結局外見という情報が先行して入ってくることは否めない。だからこそ、内面だけでなく外見にも気をつかうこと、もっと言うとフィーリングや五感的な部分に気をつかうことが大事だと学んだ。もちろん、過度に周囲の目を気にしすぎる必要性はないだろうが、一方で人間は集団で生きる生き物と考えたときに排除されないようにうまく振舞うことや出る杭にならないことも大事なのかなとも思う。これが多様性という部分とどう折り合いをつけていくのかが個人的には楽しみであり見ものかなと。
本書は浅く広くのような印象を受けた。個人的にはもっと具体的にもっと深く掘り下げてくれると面白いと思った(まだそこまで研究が進んでいないのか、2005年発行ということが影響か)。演劇や漫画の話が出てくるが、それが日常生活等と繋がりが薄い印象があった。点は提示されているものの、線になり切らないイメージ。そもそも伝統が必ずしも日常とリンクしていると言い切れるのか?趣向品は趣向品として成り立っているだけの話で日常生活とは一線を画すものなのか?続編が売っていたので、もっと深堀していることを祈る(読むかはわかりません)。
「人を外見で判断しても問題ない。ごくまれに例外がいるのみである」というフレーズがあったが、これをもとに考えたことは、偏見や第一印象、フィーリングなどはなくしちゃいけないと思った。偏見は良くないなどが言われる世の中であるが、もちろんそれも事実だと思うが、本能的にそして経験則的に持つのが偏見である。それを例外がいるという理由だけで、持つべきではないというのはおかしな話だと思う。ならどうしたらいいのかというと、持論としては、偏見があるのが第一でそのうえで例外を想定することが大事だと思う。
最後に感じたこととして、効率、タイパ、コスパが重視される現代において、本書でいうのなら”間”などのいわば非効率的なものをあえて取り入れることの重要性を感じる。あえて遠回りしてみる、あえて手間のかかる事を行ってみる。これこそが人間にとっての趣であり、人生を豊かにさせるものではないのかと考えている。一見無意味に思えることに没頭してみるのもいいのかもしれない。