雨宮処凛のレビュー一覧
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こういうエキセントリックなキャラクターで,社会運動を興していることがとてもいいと思っていた雨宮処凛の新書。
左派的なメディアにはもはや出ずっぱりといった感がある。ただ,こんなにテレビ向けのキャラなのに,肝心なテレビには,あんまり映らない。それは,彼女のいうように,彼女が指弾しているのが,わが国の巨大自動車メーカーだったりするからなのだろうね。テレビにとってはスポンサーだから。なので,これまでの派遣切りの報道がいまいとつキレが悪いのは,そういう構造だからなのだろう。
本書では,派遣切りはもちろん,秋葉原無差別殺人,三万人の自殺,メンヘラー,シングルマザー,イラクの傭兵などを取り上げ,わが国の格 -
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興味があったので読みました。
何で私たちがこんな目にあわないといけないんだという叫びが詰まった文。
しかし私は全面的に支持は出来ない。だってさ、どうしようもない人も居るだろうけど。もっと頑張れよと思うエピソードもあるからです。
親が祖父が貧乏だから今不幸なんだ。。って何考えてんだよ努力しろよ。自分で頑張って抜け出せよ。家だって貧乏だわ。国立大学にいってたせいか学生ながら親元に仕送りをするような子もいたんだ。そういうのを見てるので私は彼らは甘えていると思ってしまった。
自己責任という言葉の元で不幸になると書いてあるけど最低限しなきゃいけない事、するべきではない事を考えないといけない。 -
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ワーキングプアと呼ばれる環境について、細かな取材をもとに書かれた、ドキュメンタリー調の内容。
労働者をアジテートするような、扇動的な文章や表現がやたらと多いので、その点でかえって興醒めしてしまうところもあるのだけれど、それを除いて考えても、今の労働環境の過酷さはよく伝わってくる。
派遣や請負という勤務形態で働く労働者は、企業にとってはかなり便利な存在だけれど、当人にとっては何の保証も権利も与えられない、使い捨て労働力になってしまっている。
では、正社員なら、派遣や請負で仕事をしている人よりもマシかというと、それが全然そうでもない場合もある。
Y電器やニコンをモデルケースとして解説した、過労死 -
Posted by ブクログ
対談なので多少冗長な感は否めないが,問題を考えるヒントは散見される。特に,第3章「認められることの困難とナショナリズム」は示唆に富む。日常生活で承認を得られない弱者が,日本人でさえあれば受容されるコミュニティとして右翼を見出すというのは,ありうる話だと思う。フリー=どこにも所属しないという定義付けも有用だろう。どこにも所属しないからこそ,徹底的に自己責任に追い詰められる。他者からの承認を過度に要求される社会において,承認を得られないことは,厳しい疎外感を生むことは身をもって感じている。ただ,そこから生まれる「連帯」は,常にナルシスティックなものに堕する危険を孕むのではないだろうか。僕が,インデ
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ネオリベラリズム(=ネオリベ)が推し進める策略による犠牲者の現状を取り上げる。「働かざるもの食うべからず」なんて言葉はネオリベの欺瞞。現実は働いても食えない、生きられない、逆に働くことで死んでしまう、死ぬために働いているような状況にある。
明らかに犠牲者であるプレカリアート(不安定さを強いられた人々)はしかし、ネオリベに仕組まれた巧妙な詐術によって自己責任論を内面化させている。ネオリベはさらにそこにつけこむ。私たちにとっては負の循環が、ネオリベにとっては願ったりのスパイラルなのだ(不安定にされている人々を殺し続ける限りいずれは破綻するけれど、今のところ)。自己責任論を内面化させられているプレカ -
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Posted by ブクログ
これは、前半いらないと思う。
ちょっと読んでてイライラした。
もうちょっと簡潔に、リアルに書けていれば読み手も入り込めて面白かったように思うんだけど・・・。
前半部分が同じ事の繰り返しで、まるで最初から読み返させられている気になってちょっとイライラっとする。
しかも、構成がなんとなくアヤフヤで、誰の話だっけか?って思う事が多い。
小学生の作文みたいな感じ。
でも、最後は良かった。結局言いたいのは最後だけなら、もうちょっとマシな書き方あった気がする・・・。
もう少しまとめた書き方をして、2編ぐらいに分けたらよかったんじゃないかな〜と思う。