小室直樹のレビュー一覧
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マクニール『世界史』(上)でみた文明と宗教の広がりをながめ、次の図書はこちらにしようと積読から開放した。
小室直樹の天皇の原理は、「世界に比類のない日本の天皇はいかにして日本の歴史を動かしてきたのか。」について世界宗教、ユダヤ教、イスラム教、キリスト教、仏教、儒教と日本の宗教を比較しながら論じていく。
半分すぎてもなかなか本題に辿りつかぬ。なんといっても日本が出てこない!いよいよ6章で日本について法の不在を説明し始めるが、ここでまた日本教の成り立ちを他宗教との比較で説明する。が、これらが壮大な前振りであったことに気付かされる。自分の見てきた浅い歴史を小室直樹の絢爛豪華な知識で紡ぎ直すとこんなに違った景色が見られるんだな。な。
「天皇は神である」とする古代以来の天皇イデオロギーは承久の乱で死んだ。そして崎門の学を中心とする論争過程を通じて幕末に復活する。
キリストが死から復活して真の人、真の神になったように。
神が我々に平等か不平等か?なんて人間の基準で決めるのなんてちゃんちゃらおかしい。神の言う事は絶対。キリストの予定説について理解が深まってきた。統治者の思惑はわかったとして市民の生態はどうだったのだろうか。これらは民俗学とかでわかるのかな。また新たな欲がでてきた。
高ければ高い壁のほうが登ったとき気持ちいいもんな。な。 -
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宗教を知る。
大航海時代にコロンブスやマゼランが新大陸で何を行ったか?
正解は、罪のない現地人のみなごろし。大虐殺。
キリスト教の教えに従っての事だとか。
こんなこと習っただろうか。
『旧約聖書』の「ヨシュア記」に宗教の秘密が書かれているのだそう。
一一神はイスラエルの民にカナンの地を約束した。
ところが、イスラエルの民がしばらくエジプトにいるうちに、カナンの地は異民族に占領されていた。そこで、「主はせっかく地を約束してくださったけれども、そこには異民族がいます。」と言うと神は「異民族はみなごろしにせよ」とこう言った。
神の命令は絶対なので、敬虔な信者ほど異教徒は殺さなければならない。
キリスト教徒にとっては"隣人を愛すること”も"異教徒を殲滅すること“も神の命令なのだ。
植民地支配はこうして広がっていった。
何が正義かなんて全くわからない。
本書では世界3大宗教キリスト教、仏教、イスラム教に加え、儒教について学ぶ。
4章 ~【仏教】は近代科学の先駆けだった~
『空』についての庵の話しがわかりやすかった。
慈円の歌
『ひきよせて むすべば柴の 庵にて
とくればもとの 野原なりけり』
庵の存在、有無は「結び」にかかっている。
むすべば庵は有るし、むすぶまでは無かった。むすびを解けば庵はなくなる。
これが『空』
唯識論からスタートして目に見える事象は全て仮にすぎない、フィクションなんだと。
学びが多すぎて消化しきれないが、
キリストの『予定説』
仏教の『空』
イスラムの『コーラン』
儒教の『官僚制度』
無宗教による『アノミー(無連帯)』
このあたりをキーワードに再読する。 -
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本書を購入したのがいつ頃か覚えていないが、長らく本棚に並んでいたものを読んだ。
1932年生まれの著者が東京大学で法学の博士号を取得したのは1974年だが、もともとは京都大学理学部数学科を卒業している。その後、大阪大学大学院で経済学を学び、ハーバード大学では心理学と社会学を学んだ。帰国後の1963年に東京大学大学院法学政治学研究科に進み、1967年から「小室ゼミ」を開催していた。1970年に経済史の大家・大塚久雄について学んだ後、上記博士号を取得する、という経歴だ。
万般を修めた小室直樹の著書は、その広汎な知識と「小室節」で、縦横無尽に語るところに特徴がある。
本書では前半の「論理は神との論争から生まれた」の件が斬新で、目から鱗の内容であった。後半の経済学との絡みは私の知識不足でイマイチ理解ができなかったのが悔しい。経済学の基礎を学んだ上で、再読したい。 -
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ソ連崩壊をいち早く見抜いた著者が、社会学的知見に基づき、ソ連の政治、経済や宗教的特徴を分析した予言書。日本を含む資本主義と、ソ連のような社会主義国家の特徴を、マルクス『資本論』をベースに分析する。前者、すなわち資本主義の場合、消費者の主権が強く、利潤追求のために、組織が合理化されていることを挙げる。それに対してソ連の社会では、非公認の特権階級が存在してることや、貨幣を所有したとしても、必ずしも商品を購入できるとは限らない。社会主義社会では、貨幣が根本的な富とはならず、生産手段が私有化されないなど、資本主義社会における論理が通用しない。
また、本書では西欧とソ連の権力構造の違いについても解析する。、ローマ・カトリック世界、すなわち、俗なる秩序と聖なる秩序を有しており、それが近代デモクラシーに繋がったと、著者はいう。一方、ギリシャ・カトリックは、俗なる世界の支配者は、同時に聖なる支配者でもあるという。そこから、ソ連型のマルクス主義は、西欧型と異なり、宗教的な理由があると見抜く。
最後に、日本の国防のあり方についても言及しており、中立が成立するには、周辺国の理解と尊重が欠かせないと警告する。 -
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・宗教により法の捉え方?が異なる。
・アラブ圏には、今も十字軍コンプレックスがある。
・モンゴルやトルコに支配されたが、征服者側がイスラム教に改修したことで、アラブ化したと考えたため、アラブ人は被支配者でありながらコンプレックスを抱かなかった。
・クリスチャンに対しては十字軍で軍事的には勝利をおさめたものの、改宗させられなかったことがひっかかっていた。
・またヨーロッパの心の故郷とも言える古典ギリシア文化は、一度ヨーロッパで忘れられた後で、アラブを通じて発見され、再興された。
・ムスリムからすれば、ギリシア文化を教えた師匠であるのに、弟子であるヨーロッパ人が「こちらこそが本家本元、文化的にも優れているのはこっち」としたり顔してるのが気に食わない。
・湾岸戦争で、フセインは十字軍コンプレックスを払拭する意味も込めてアメリカと戦った。 -
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1980年8月にソ連崩壊を予測した奇跡の書として知られる
ソ連の崩壊は、1988~1991かけて実際に起きた。
気になった言葉は以下です。
・ソビエト帝国は「資本論」という一冊の本が生んだ巨大な人造国家である。
・資本主義をへないでできてしまった社会主義、その存在の矛盾にすべてが帰着する
・階級のない国、ソ連という幻想:ソ連には革命によってなくなったはずの階級があり、その階級間の矛盾と対立がソ連社会に大きな影を落とし、ソ連の外交政策、国内政策を、大きく動かしている。
・威信とならんで重要な社会的な差別原理は勢力である。これは権力と訳されることもある。
・ソ連の特権階級の頂点にエリート階層がいる。これには、まず共産党、政府、軍などのトップからなる特権的支配階層がある。
・お金をもっていても物を買えるとはかぎらないソ連社会では、月給などいくら高くても、あまり意味がないのだ。一般大衆が夢想もしないような現物給与が与えられる。
・公認されない特権階級がもたらすのは何か ①正式に認められていない階級でなく、あくまでも非公式であること ②重要なことは市場機構を媒体せずに人為的配分に基づく階級である
・プロテスタンティズムの倫理を媒体として発展してきた資本主義の精神に基づく社会では、経済的に富んでいるということは、すなわちそれだけ大きな責任を社会に負うということである。これを、ノブレス・オブリッジという。日本での、武士道もその一つである。ソ連の特権階級にはそれがない。
・ソ連の特権階級には、救いがたい致命的問題点がある。それは、富も、威光も、権力もみんなエリート階層が独占しているということである。こんなときには、社会がいちばん危ない。
・フランス革命も、ロシア革命もみんなこんなありさまであった。革命以前においては、体制はあまりにも堂々としているので、だれも革命がおこるなんて思ってもみない。ところが、革命が起きるとたちまち巨石が急坂を下るがごとく、フルスピードで回転を開始し、あっというまに王朝も貴族も圧殺され、影も形もなくなってします。
・ドイツや、日本ではそれは起こりえない。なぜなら、分散してもっているから。富は町人、名誉は公卿、権力は武士のような社会には急激な革命は起きにくいのだ。
・ソ連の企業におけるノルマは、量にあって質にはない。もっと需要なことは、消費者の好みに関しては、まったく責任を負う必要はないということだ。
・要するに、なんでもいいから多量に生産した者が評価されるのだ。
・ソ連の企業においてh、技術革新が極めて行われにくいことにならざるを得ないのである。
・ソ連がマルクス主義の国になったことは、日本にとって、たいへん幸せなことだったのではないか。本来日本の産業の大変な強敵なはずなのに、みずからの内部矛盾により、その潜在力をまったく生かせないからだ。
・ここで注意すべきは、私営農場だ。全体の面積としては、わずかに1%にもみたないものでありながら、その所得については、なんと全体の27%にもおよぶ。
・ソ連および東欧諸国にとって深刻なのは、マルクス主義がイデオロギーとしての魅力を完全に喪失してしまったことだ。
・日本では、宗教が異なっていても、行動様式は変わらない。しかし日本以外の国では宗教を異にすれば、風俗、習慣、規範などすべてちがってくるのである。このため宗教を異にする人とは結婚はできない、と考えたほうがよい。
・儒教やヒンズー教においては、歴史は、永遠のくりかえしであって、現在は、歴史の次の段階に対する一つのプロセスであるという考え方はまったくみられない。
・マルクス、レーニンは、ユダヤ教の預言者である。マルクス主義の解釈として、大きな謎となってきた諸点も、これをユダヤ教と対比して解釈しなおしてみるとたちまち氷解する点も少なくない。
・ソ連はローマ帝国の末裔である。現在のソ連を考える時、忘れてはならない点は、第1に、この国がユダヤ教の原理に近いマルクス主義という宗教にのっとった国であること、第2に、ソ連という国は、東ローマ帝国の伝統を継ぐ国であるということだ。
・ローマ・カトリックにおいて、聖俗二元論をとっているが、ギリシア・カトリックにはそれがない。ビサンチンでは、東ローマ皇帝は同時に宗教上の首長となる。
・支配とはあくまでも人間行動の外面的支配にとどまるものであって、人間の内面は、あくまでも自由でなければならない。ソ連体制下において、そもそも内面的自由、良心の自由がないと知ったとき、ソルジェニーツィンは、敢然としてソ連体制に反抗し、それを否定するのである。
・スターリン批判は、同時にレーニンをもいっしょに否定しまったことになる。ソ連においては、共産主義そのものがスターリンの信仰と密接に結びついて成立したものだった。スターリン批判により、ソ連人は、アラーに逃げられたホメイニになってしまった。
・ソ連は巨大な国鉄である。
・自己目的化した組織のなかで、最大のものが軍隊である。戦前の日本でも自己目的化した軍隊は、国家の癌であった。国家は軍隊によって破局にみちびかれることになる。
・関東軍とノモンハンでやり合った、シベリアの将軍ジューコフは、日本軍のこわさを知っていた。ノモンハンは練兵度の低い部隊であったが、それでもソ連軍に五分の闘いを挑んだ。ゾルゲ情報によって日本のシベリアでの侵攻がないことを知ったソ連は、シベリア守備の近代化部隊を率いていたジューコフを欧州戦に投入することができ、ナチスの侵攻を辛くも食い止めた。
・ソ連は自軍が弱いことをよく知っていた。大戦でロシア・ソ連が勝利したことはない。それゆえにソ連は脅しだけで、戦争を起こすのは、周辺国の内戦レベルにとどめていたのである。
・国家の行動原理には2つのものがある。1つはワールドパワーとして世界に果たすべき責任行動、もう1つはローカルパワーとして国益にそった行動である。
・法とは、いわば主権あっての法である。したがって超法規的という考え方がすでに日本人の法の理解の欠如を示している。
・天皇、総理、国会の連絡がとだえると日本は国家ではなくなる。
・シビリアン・コントロールを必要とするような防衛力をもってはいけない、という規定があるにもかかわらず、国会議員からはじまって自衛隊、国民に至るまで堂々と、シビリアン・コントロールを話題にしている。
目次
まえがき
1 ソビエトの内部崩壊がはじまった
1 ソ連社会はロシア革命直前とそっくりだ
2 ソ連的経営には致命的欠陥がある
3 中世的意識のままのソ連労働者
4 農奴意識から脱けきれないソ連農民
5 マルクス主義はユダヤ教
6 ソ連式マルクス主義は、神政政治である
7 ソ連の内部崩壊はもう止められない
2 ソビエト軍は見せかけほど恐くない
1 ソ連軍を、”張り子の熊”にした組織の論理
2 みずからの弱さを知ったソ連軍が危ない
3 日本を滅ぼす”平和・中立”の虚構
主要参考文献
解説 橋爪大三郎 -
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ソ連崩壊を予測したという小室直樹による『ソビエト帝国の崩壊』。文庫として復刊されたもの。
当時の状況はビビッドにはわからないけれど、フルシチョフによるスターリン批判とかアフガン侵攻とかはあったにせよ、これほどまでにソ連の状況を伝えた書物もなかったんだろう。その意味ではやはり著者の慧眼は光るものがある。
特に何よりもノルマが優先し効率性や経済的な合理性が顧みられない共産主義体制、官僚主義による組織の暴走に着眼しているのは今となっては当たり前かもしれないけれど、1970年代に言及できたのは著者一流の洞察力の賜物だろう。
また、最終章で日本に言及されているけれど、日本人の好きな非武装中立の不可能性、シビリアンコントロールの定義など、勉強になるところは多い。
所々、ロジックが飛んでいて?となるところはあるが基本的には理解できる内容かと思う。
いま復刊してくれた光文社に感謝。 -
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この本の著者の小室氏はすでにお亡くなりになっていて、今から20年以上前の1997年に発行されたものです。国際法とは何か、それができる背景としてキリスト教と、イスラム教・仏教との違いも詳しく解説されています。
また国際連盟と国際連合との違い(国際連合は、連合国にとて最後まで敵国であった、ドイツ・日本に対する軍事同盟)も理解できましたし、なぜ安全保障理事会という会議体のみが各々拒否権を持っているかも私なりには理解できました。
現在世間を騒がせているウクライナ侵攻も、拒否権を持っているロシアが引き起こしていることなので国連による解決は期待できないでしょう。国連に代わる会議体をどこかの国が提唱できれば良いのでしょうけれどそれも難しそうですね。
以下は気になったポイントです。
・キリスト教の本質は、カルケドン信条である、つまりイエス・キリストは神であるという信条、つまりイエスは完全な人間であり、完全な神であるということ。ローマ・カトリック、ギリシア正教、ロシア正教、プロテスタント各派、みんな、カルケドン信条と三位一体説を信じている。唐代に中国に渡った景教はネストリウス派であってカルケドン信条を否定するが、日本に入ってこなかった(p10)
・仏教では「法前仏後」といい、はじめに法があったと考える、この法を悟った者が仏となる。仏教では仏といえども法(法則:自然法則、社会法則や規範)を変えることができない、これに対してキリスト教の神はこれらを自由に変えることができる、すなわち神が欲することが善であり、神が嫌うことが悪である。神は自由に意思決定することができる。(p16)この特徴がある故に、キリスト教共同体から、近代法、近代政治、近代経済(資本主義)が生まれてきた(p18)
・仏教の僧侶は本来は修行に専念することを要求され、一切の経済活動を禁止され労働を許されていない、その生活は喜捨(ほどこし)に依る、これに対して労働は修道士の義務の一つである「祈りかつ働け」というのがスローガンである。働かざるもの食うべからず、とはカトリック修道院から出た言葉である(p35)
・宗教改革を行なった、ルター、カルヴァンが心から責めたのは、カトリック教会が「内心における信仰」だけを絶対としないで、なんらかの外面的行動でも救済されるという教義をたてたから(p41)
・イスラム教ではキリスト像に象徴されるイエスキリスト像を拝むことは許さない、ギリシア正教と異なって聖画像も認めない、カルヴァンが偶像崇拝を思わせるものは悉く破壊し尽くしたと言われるが、キリスト教で偶像崇拝を厳禁しているのはプロテスタントのいくつかの宗派のみ、イスラム教では厳禁しているだけでなく、その可能性をにおわすものまで作らせない(p49)
・キリスト教だと、救済されれば、永遠の生命、救済されなければ永遠の死である、仏教では救済されれば永遠の死(涅槃に入りこの世に戻ってくることはない)であり、救済されなければ永遠の生命(輪廻転生の法則でいつまでも生まれ変わってくる)全く逆である。キリスト教は予定説であり、悪いことをしても救済される(p69)
・イスラム教は勤行(修行)を明確に特定している、これはキリスト教と根本的に異なる、勤行とは、信仰告白・礼拝・断食・喜捨・巡礼の5つである(p78)
・アメリカの奴隷の歴史を見るとわかるが、彼らにとって一番悲惨なことは、親子兄弟夫婦に関係なく家族がバラバラに売られてということ、農奴はこういうことはなかった。農奴の権利は殆どなかったがゼロでなかった、ゼロでない権利が少しずつ拡大してついには農奴解放となった(p93)
・中世において一番近代国家に近い組織は教会であった、その機能は国民生活の管理であった、生まれたら教会で洗礼を受けなければならない。そうしないと人として取り扱ってもらえない、結婚を教会であげないとそれは結婚とみなされない(p97)
・権力と権威との分化、二元化こそ中世ヨーロッパの特色である、世俗的権力のトップには皇帝がいたが、皇帝には精神的権威はなかった、それはローマ教会にあった(p99)
・要するに初めにヨーロッパは一つであるという概念があった、そして主権、国民、国境という概念とともに出来上がった近代国家が、お互いの絶対的な主権を前提として対等な国際関係を結びましょうという関係から発達していったのが、近代国際法である。その前提として、ヨーロッパは根本的なカルチャーが同じだということ、とりわけ宗教が同じだったということは大事である(p105)
・仏教は共通の正典がないので仏教は共通の基盤になれない、故に、インドと中国も、中国と日本も、ヨーロッパがキリスト教を基盤に一つの世界になったように、仏教を媒介にして一つの世界になるということができなかった。近代国際法は主権概念ができることによってできるが、それは同時に資本主義を発達させるための道具となった。(p108)
・異教徒は片っ端から殺していい、略奪していい、奴隷にしていいという態度であった、ヨーロッパは南米でも北米でも皆殺しにした。しかし18世紀以降になると、高い文明を持っていても前期的資本が資本に範疇変換を遂げていない国、あるいは資本主義としては未熟に見える国に対しては、半独立国家、半主権国家といおう概念を持って、不平等条約を押し付けることにした、それが、中国であり、トルコであり、日本であった(p109)日本は1854年に日米和親条約によって不平等条約を結び、1858年には、米・英・オランダ・ロシア・フランスと通商条約を結んだ(p110)
・国連は軍事同盟である、国連の本質は、日本とドイツに対する軍事同盟である。対比すべきは、国際連盟ではなく、ナポレオン戦争における四国同盟に退避されるべきものである、対日独軍事同盟である証拠は、敵国条項を含むこと。日独が少しでも不穏な態度を示したら、国連は征伐の軍を起こすと取り決められている。1942年1月1日、日独伊枢軸国の交戦中の26カ国は、個別的休戦を結ばないことを宣言、同盟関係を確認しあった。この軍事同盟を国際連合と呼んだ(p177)
・中国人であるための判別基準は、人種・民族・居住区などには関係しない、単に中国の文化を受容し、「中国人として生きる」かどうか(p206)
2022年4月2日作成 -
Posted by ブクログ
・近代デモクラシーはヨーロッパ社会で誕生した政治思想で、そのエッセンスは、「アメリカ独立宣言」に示されている。
「われわれは、自明の真理として、すべての人は平等に造られ、造物主によって、一定の奪いがたい天賦の権利を付与され、そのなかに生命、自由および幸福の追求の含まれることを信ずる」
・アメリカ独立宣言は、トマス・ジェファソンが起草した。彼が念頭に置いたのは、イギリスの思想家ジョン・ロックの「社会契約説」であった。
・国家や社会が生まれる以前の「自然状態」においては、身分も制約もなく、人間は自由で平等だとする。
そして、どんな国家や社会も、「自由で平等な」人間たちが対等に社会契約を結ぶことで生まれた、と述べた。
・国家権力は人民の同意と契約によって作られた物だから、その権力は人民に奉仕する為にある、とした。
・どんな権力であっても奪えない基本的人権として、「生命」「自由」「財産」の3つを挙げている。
・日本国憲法第13条には、ロック以来のデモクラシー思想、民主主義のエッセンスが詰め込まれている。
「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」
・国家はどんな理由があろうとも、国民の生命、自由そして幸福追求の権利を守るべし。憲法第13条は国家にそう命じている。だが、この命令を、政府や国会は遵守していない。憲法違反が堂々と罷まかり通っている。 -
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ネタバレ最近機械学習関連で数学を学んでいるが、著者である小室氏がその数学についてどんな論を展開するのか、興味があって手に取った本。
結果、すごくタメになった。
通常の数学本には数式がかならず出てくる。
著者は物理学や数学を大学で学ばれているので、そういう本にも出来たはず。しかし、この本では数式はほぼ出てこない。
なぜ、数学が西洋(宗教)から生まれたのか、ここまで発展したのか、などが簡易な文章で語られている。1つ1つの論はそれほど詳細ではないけれど、神との対話で生まれた(形式)論理学が、数学を理解する上での要諦だということは腑に落ちた。たしかに需要だ。
日本の数学教育では、命題や同一律・矛盾律・排中律、対偶・逆・裏、必要条件・十分条件などの論理に関してはほぼ時間を割かない。自分も勉強した記憶がほぼない。良く考えれば、なぜ高校数学の授業で命題とかをやってたのか不思議だったのだが、この本読んでその理由がはっきりとわかった。むしろ、数式を覚えるより、この論理を覚えた方が社会に出たとき数倍役に立つ。数学を学ぶと論理的思考が身に付くのも、結局この形式論理学の基礎を数学を通して無意識に学んでいるからなんだろう。
また、西洋と東洋の論理の違い、そして日本の論理がさらに異なることなども興味深い。宗教的バックボーンが薄い上に、仏教の空思想がなぜか好きな日本人に、西洋の論理が根付かないのはたしかに納得できる。玉虫色が好きだもんね、日本人って。要するに矛盾してるってだけなんだが。。
空思想から数字のゼロが生まれたのかな?
西洋の数学にゼロを混ぜると、色々と矛盾が出てくるもんな。分母がゼロだと分数も崩壊するし。
なお、後半に書かれていた資本主義や経済学の話は、小室氏の別の本と内容が被っていたので、ここではあまり触れないことにする。
物理学・数学・経済学・法学・政治学・社会学など、本当に幅広い学問を学ばれた著者だからこそ書ける本。まさに「数学原論」。専門知に埋没して勘違いしているその辺の学者には絶対書けない。
こういう知的探究心を持って幅広い学問を学んでいる人って、少しずつ少なくなってきている気がする。最近の所謂括弧付き「学者」って本当に信用できないし。。
著者がご存命のうちに、直接学びたかった・・本当にそう思います。