出渕裕のレビュー一覧
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クエスとαアジール。振り回されるグラーブ。シャアとメスタ。ルナツー襲撃。父親殺し。
CCAの戦局が動き出した3巻。
悪女っぷりを披露してゆくクエス。初恋も野心も懐柔も、全てが彼女を中心に機能していきます。ガンダム3大悪女談義に名を連ねるだけのことはある。3大悪女は、ニナとカテジナさんは決定なので、あと1枠を誰が埋めるかが議論の的。
こういうので選出される内の3枠目というのは、選出者が一番その議題に相応しいと思っている人を選ぶらしいので、十人十色になるのも仕方がないかなぁ。
自分は、ネーナかなぁ。プロスペラもいいセン行っていたのですが、事の真相を知ってからだと、なんとも。悪であることを理解しての行動、ということになると、悪であると理解していない面々とは違ってしまいます。
だとしても、カテジナさんは別格。ニナはリアルにいるタイプの悪者。ネーナは性悪なので。クエスも近いけど。 -
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ハサウェイとクエスの出会い。サイコ・ドーガからサイコフレーム。ベルトーチカの妊娠。アムロとララァの夢。アクシズの譲渡。アムロとシャアの取っ組み合い。クエスがシャアの下へ。
ドラマパート多めの2巻。過去も現在もひっくるめての人間関係のパートです。クエスが語ったニュータイプのあるべき姿というのは、的を射ているとは思うものの、理想論というか原理主義というか。もう、そういう理想の元にニュータイプという言葉は使われていないんだよなぁ、と。
そこを純真に、それゆえに悪意のない悪意で、表明できるのが若さというものかな、と思います。バナージがそれでも、と叫ぶことと似ているとは思う。彼の場合は、うまくいかない現実を見た上で、それでも理想を追い続けるという叫びなので、似て非なるものではあるのですが。
この時点のハサウェイのは楽観かな。
CCAの物語は、シャアがアムロと決着をつけたいだけ、という言説。アムロ本人の口からそう語られてしまうと、シャアあんたって人は…となってしまうなぁ。
ガンダムに初めて触れた時に感じたエースパイロット・赤い彗星のシャアのかっこよさというものが、自分が時をとるごとにどんどん減ってゆくのが悲しい。
アムロもそうだけど、物語の一主人公として存在しているだけではいかなくなってしまったのだな、とメタ的にも思います。
やはり、セイラさんと共に表舞台にいるべきだったんだよ。共に、でないといかんと思います。なので、GQUXも暗雲漂っていると思います。 -
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「逆襲のシャア」のコミカライズ。劇場版アニメではなくて小説版の方です。
なので、アムロの機体はHi-ν、シャアはナイチンゲールです。
汎用MSだけど高スペックと重MSというのはガンダムとジオングから変わらずか。
まあ、ガンダムというシリーズを通じての基本的な対峙かなとは思います。
ラスボスは見た目から圧倒的に強くないといかん、という様式美か。
ZZとキュベレイは違うけど、宇宙世紀って大体そうな気がする。V2とゴトラタン?あれはMSの見た目と搭乗者の行状含めてのラスボス感ということで。調べると色々と相違点や粗が出てくるので、お手やらわかに。
物語は5thルナ落とし完結まで。序章ですな。
ギュネイがグラーヴ、ナナイ・ミゲルがメスタ・メスアに変更されているのはなぜだったか。小説はスニーカー文庫版を読んだけど、昔々なので記憶はあやふや。
ガンダムシリーズは媒体の展開が広いのよ。それが楽しみではあるのも事実だけど、追いきれないのも事実。
絶対に、全てを知るものはいないでしょうな。それこそ、刻が見えるぐらいでもないとさ。 -
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ネタバレ3作目にして(上下巻なので4巻目ですが)、壮大な冒険譚でした。
それぞれの目標に向かって旅の仲間がいくつかのパーティに分かれたり、最後の決戦の舞台で終結したり、互いに手に入れることをめざして競っていた宝物が火山の中に消えていったり…と、「指輪物語」のオマージュか? と思われるような場面が多々ありました。
もっとも、だからといってこの作品が面白くなかったというわけではありませんが、トールキンの「名作」が長く読みつがれてきた意味や、その作品のもつ圧倒的な影響力を見せつけられたような気もします。
シリーズが始まった時には「正義一直線」の熱血少年だったパーンが今回の冒険を経てまたひとつ大人になったように思います。
ディードリットとの恋愛関係も次回作以降で進展があるかもしれません。
残り2作(3冊)も楽しみにしたいと思います。 -
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第1作目で滅ぼされた「魔王」の部下が、その遺志を継ぐように活動を始める、というストーリー構成も決して珍しいものではありませんが、むしろこの作品が先駆けだったのではないか、とすると感慨深いです。
今のファンタジーで描かれるドラゴンは短い命を持つ人間の愚かさにあきれながらも、意思疎通も可能で往々にして主人公に味方することが多いように思いますが、本作では「魔物」として問答無用で人類に敵対する存在として描かれています。敵役として登場する人間よりもはるかに邪悪で討伐すべき存在として描かれているのは新鮮でした。
このあたりも「多様性(特に生物多様性)」を認めることが当たり前とされる現代と、30年以上前の社会常識の差なのかもしれません。