高遠弘美のレビュー一覧
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ドレフュス事件によって分断されてゆくヴィルパリジ夫人のサロンの様子と、死にゆく祖母の様子が描かれる。/
祖母の最期を描くこの巻は、老いた母を抱える身には、この物語の胸突き八丁かも知れない。
どうしてもプルーストが描く祖母の末期の様子が、母の姿と重なって見えてしまうのだ。
こんなことは四年前に吉川一義訳を読んだ時は思いもしなかった。
プルーストのこの物語は、流れる雲の位置によってその陰影を変化させてゆく山の端の木々の葉叢のように、読み手のその時々の心のありようによって七色に色彩を変えてゆくのだ。/
ヴィルパリジ夫人のサロンにおけるスノビズムにみちた会話の相克を読んでいると、ナタリー・サロートの『黄金の果実』を読みたくなって来る。
サロートの「地下のマグマ」にも、随分とご無沙汰だ。
それと同時に、サロンに漂うスノビズムには、ブルデュー「ディスタンクシオン」の匂いを感じる。/
【趣味(すなわち顕在化した選好)とは、避けることのできないひとつの差異の実際上の肯定である。趣味が自分を正当化しなければならないときに、まったくネガティブなしかたで、つまり他のさまざまな趣味にたいして拒否をつきつけるというかたちで自らを肯定するのは、偶然ではない。趣味に関しては、他のいかなる場合にもまして、あらゆる規定はすなわち否定である。そして趣味(略)とはおそらく、何よりもまず嫌悪(略)なのだ。】(ピエール・ブルデュー「ディスタンクシオンⅠ」)/
吉川訳で読んだ時に強い違和感を感じた祖母の最期に対するあまりにも文学的な美化さえも、祖母に仮構されているのがプルーストが34歳の時に亡くなった母であるとすれば、なんだか分かるような気がしてくる。
だが、この物語の本当の力とは、時が経てばしだいにおぼろげになって、ともすれば美化されて行きがちな人間の記憶のヴェールを取り払って、惨たらしいまでにその真実の姿をあらわにして見せる「異化」の力にあるのではないだろうか?/
巻末の「読書ガイド」で訳者の高遠さんが、自分の務めは読み進めることが難しいと言われるこの作品を、味読してもらえるような訳文を作ることだと述べているが、高遠さんの彫琢された文章は、流れるようなその読み心地といい、見事にその務めを果たすことに成功しているものと信ずる。/
「読書ガイド」及び「プルースト年譜」は、ドレフュス事件に対する彼の態度やコレージュ・ド・フランスのベルクソンの公開講義に出ていたことなど、プルーストに関する様々な情報を知ることができて、読書に一層の味わいを加えてくれる。/
【その間、実の娘すら直視しようとしなかった、変わり果てた祖母の顔つきに読み取れるものから目を離さない人間、祖母の顔つきに吃驚したような不躾で禍々しい視線をじっと注いでいる人間がいた。フランソワーズだった。】/
【(略)祖母の顔は小さくなるとともに険しくなった。顔に浮かぶ静脈は、大理石の石目ではなくて、ざらざらした石の模様のように見えた。呼吸が苦しいので前に身を倒したまま、同時に疲労のせいで外の世界に気が向かず自分自身のうちに閉じこもってしまった祖母の顔つきは、摩滅したかのごとく小さくなり、恐ろしく雄弁で、原始時代の、それもほとんど有史以前の彫刻に見られる無骨な、紫がかった、赤茶色の、絶望したような、どこか粗野な墓守女を連想させた。】/
【長年苦痛のために生じていた皺やこわばりや贅肉や張りや弛みが消えたことで若さを取り戻した顔のうえに、髪だけが老年の冠をむりやり被せているのだった。祖母の両親が娘のために婿を選んだ遠い昔の日々のように、祖母は純潔さと従順さが繊細に象られた顔立ちに戻り、頬は、歳月が少しずつ破壊してきた清らかな希望や幸福への夢、無邪気な陽気さとともに輝いていた。祖母から立ち去った生命は、同時に生への幻滅も持ち去っていった。祖母の唇のうえにほほ笑みがひとつ浮かんでいるかに見えた。死は中世の彫刻家さながら、この死の床に祖母を、うら若き乙女の姿で横たえたのである。】 -
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ネタバレ語り手の初恋、スワンの娘・ジルベルトとの恋についてあれこれと語り手が考えを巡らせるが、ジルベルト自身の印象は薄く、スワン一家、特に第一部のタイトル「スワン夫人のまわりで」が最初から最後まで通底している印象の第3巻。
ジルベルトは語り手の中のこうあってほしいと思う理想のジルベルトが描かれ、スワン夫人(オデット)については、服装、趣味、会話が事細かに描かれている。
話の筋としては単純なのに、その情景も空気も心情も丸ごと作品に閉じ込められている。
流麗な文体の中に語り手の若さが出ていて(憧れの作家に会いその風貌に落胆したり、相続した壺を売って「毎日ジルベルトに花を贈ることができる」とウキウキする)クスっとしたり、うろたえたりしました。恋は怖い。
スワン夫人と女性たちのサロンでの会話もぞわぞわします。上流階級に生きるというのは心が休まらなさそう。
注釈が丁寧で助かっています。これがなかったら私には手の届かない作品です(;´∀`)
巻末の「読書ガイド」のユゼフ・チャプスキ『精神の荒廃に抗するプルースト』やココット(高級娼婦)の詳細な説明、馴化園(ジャルダン・ダクリマタシヨン)の説明も興味深いものでした。 -
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ネタバレ~P475「スワンの恋」、P476~「土地の名・名」という475頁まで語り手の私ではなくスワン(と高級娼婦オデット)の恋が綴られている。
スワンの恋情のすべてが綴られている、恋に落ち、夢中になり、嫉妬し、そして唐突に心が変わる。人の気持ちだけで475頁!普段読んでいる小説だと考えられないボリューム。スワンがあるグループから冷遇されるぐらいで(少し「浮気してる?」っぽい描写はあるものの)大きな出来事は起こらないのにこれだけ書けるってプルーストすごいなぁ。恋情すべてを書くとこの頁数になるのか…。
次のパートは語り手(私)の恋。スワンが大人の恋、こちらは青年の恋で躍動感に溢れている。自分からじゃなくジルベルトに「告白してくれたらいいのに」なんて期待するところが思春期真っ盛り。 -
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ネタバレ私(語り手)の幼少期から物語が始まり、美しい風景描写、当時の貴族社会の人間模様、それらが語り手の世界のあちこちに漂っていてそれが順序関係なく語られていきます。
形式に慣れるのに時間がかかりました(´∀`)文章一つ一つは長いものの訳文は読みやすいです。訳者さんが粉骨砕身されたことがうかがえます。
内容を追っていくのではなく、内容に揺蕩うように読む、が正解なのかな。優雅な読書。
1つの出来事が起こると語り手はそこからどんどん自分の中の想い出を語っていきますが、私たちが読書中に「ああ、こんなこと私にもあったな。」と想起することに似ている気がします。
有名なマドレーヌのくだりはP116~P122です。一度やってみようと思います( *´艸`) -
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小説の中の恋愛というと、ロマンティックでドラマティックで…という先入観にも似たイメージがあり、実際そうした小説も多い。フランス小説となればなおさら。けれど、この『失われた時を求めて』第二部「スワンの恋」で描写されるスワン氏の恋愛は、とことんリアルである。恋の始まり、思いが通じて盛り上がる蜜月期間、相手の心が遠ざかるにつれ深まる苦悩。それらの経過すべてが、幻想を相手にした思い込み、独り相撲のような空回りとして淡々と描かれ、容赦のないその筆致は可笑しくも残酷なほど。
特別な思いを持っていなかった時にふと感じた、好んでいた絵画の人物像に似た一瞬の印象。そして当然会えると思っていた時に会えなかったことで戸惑い、その苦しみをもたらした相手が唯一無二の存在となる。出会った瞬間に相手に魅了されたというような運命の恋ではなく、相手の中に自分好みの部分を見出したことで相手全体に感じる魅力が高まり、また、自分を苦しめた特別さが後付けの理由となって、始まってゆく恋。所有の感覚が生む喪失への恐れから相手に対する欲求は深まり、絶え間ない欲求と嫉妬が燃料となって恋情は燃え続けるものの、相手を強く求める方が求められる方より弱い立場となる恋の摂理によって、相手の態度は男の恋情の深まりに反比例して冷めてゆく。そして男もまた、突然に相手が「とくに好きでもない、ぼくの趣味に合わない」女であることを思い出し、幻想から解き放たれ、恋が終わる。
だが、プルーストの手で徹底的に解剖された「恋」という一種の熱病の有様は、その身も蓋もない愚かしさにも関わらず、むしろそれゆえに、理性ではどうにもならない恋というもの、落ちてしまったら最後自分でも抜け出せない不思議な感情の罠がもたらす、めくるめく幸福や胸を締め付ける切なさを、臨場感たっぷりに伝えてくる。恋人が世界の中心となり、恋人との関わりの有無によってあらゆるものの価値が決まり、共に過ごす時間が幸福であるほど離れている時間が辛くなる。ふんわりしたロマンとしての恋愛ではなく、身を投じて傷だらけになりながら勝ち取るリアルな経験としての恋愛が、そこにある。また一方で、カトレアの花やヴァントゥイユの小楽節などの小道具が生む確かにロマンティックな空気も、プルーストの詩情あふれる表現と共にとても豊かな読後感を残す。
続いて収録されている第三部「土地の名・名」は、再び第一部の語り手の世界に戻り、コンブレーで見かけたスワンの娘・ジルベルトとパリで出会う経緯が語られる。地名、人名、その名の持ち主に対する憧れや強い思いが、その「名」に意味を持たせる。語り手が憧れの「ヴェネツィア」や「ジルベルト」という「名」に感じる輝きは、それこそ思い込みによる幻想とも言えるもので、スワンの恋と響き合うものがある。「名」の持ち主との関係が遠いからこその少年の憧れが生んだそれらの幻想は、続く第二篇以降、現実の関係が近づくにつれ、変容していくこととなる。 -
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恋人というのは、信じているさなかでも疑ってしまうものであり、その心を我がものにすることなど決してできない。
心理学の教科書には必ず、マドレーヌの香りで記憶がよみがえる箇所について言及される本書。一度は読んでみたく気軽に手に取ってしまったのだが、14巻まであるということで長い旅路になりそうだ。それにしても語りが長い。カラマーゾフもお喋りだと感じたが、こちらの方が勝ちかもしれない。そしていつの間にか違う話題になっている。普通なら結論のない話にイライラしてしまうところだが、そこは20世紀を代表する小説。いつの間にか引き込まれていってしまう。そして気づいたら同性愛の話になっていた!訳はすらすら読むことができる。解説も詳しいし、14巻まで頑張れそうな予感。 -
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パリ旅行の予習に読んだ。パリ愛がぎっしり詰まった本でした。
第1部は、パリの古代から現代までの歴史。
登場人物が多いからざっくりで読み進めた。知識たっぷり詰め込みまくりな文章は、読むのが難しかったな。一文が長いし、括弧内の補足も長いし。その分、溢れんばかりのパリ愛は感じた。
美術館とか教会とかの名所にまつわる歴史話はおもしろかったなあ。いろんな教会を巡りたくなった。
著者さんのプルースト愛も溢れてた。合間合間にプルーストの小噺が詰め込まれてる。読んでる側としてはそこまでプルーストに関心ないけども...。
第2部は、パリの街についての著者のメモ書き。1部よりもこっちの方が気軽に楽しく読めた。
パリをぶらりと散歩したくなりました。 -
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パリ。フランスという国名を超え人々を惹きつけてやまない響きがある。ルーヴル宮に描かれた歴史、セーヌ川に映る光と影。古代ローマの街ラテンスから中世の栄華、革命の激動までパリはいつも時代の中心にあった。
その輝きは豪華な歴史だけではない。カフェのテーブルで交わされる議論、美術館の静寂、パン屋の甘い香りにこそパリの本質が宿る。過去を知れば今の街角の表情に虹のごとくに陰影がかかる。歴史の物語だけではなく美術館博物館を巡る。なんと言ってもということで旅の終わりの楽しみは美味を堪能することも忘れず語られている。真のパリ愛好家の流儀ということであろう。