深沢潮のレビュー一覧
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父親は自分のせいで危害が及ばないようにと
自ら妻と娘の元から姿を消した。
浜田朋美は忽然と姿を消した父親に
いつか会えることを願いながらも
母親と心が通わず
孤独でたくさん淋しい思いをしながら
幼少期を過ごしてきた。
そのためか大人になっても心の中が空洞で
何にも夢中になれずにいた。
長い年月を経て
朋美が黒沢とともに父親に会いに行った時
朋美はとっさに自分のことを
「黒沢の娘」と伝えた。
でも父親は朋美を本当の娘だとわかっていた。
父親が朋美に呟いた言葉
「ミアネ、クレド、サランへ」
その意味は
「ごめん、それでも、愛してる」だから。
朋美は父親に愛されていたんだ。
離れ離れだった父親の心に触れたとき
その温かな愛情が
朋美の空洞だった心に広がっていき
朋美の中の怒りや孤独 淋しさ すべてを
包みこんでいったのだと思う。
読んでいて思わず胸が熱くなった。 -
Posted by ブクログ
李相周は家族に、特に妻には気持ちを
素直に伝えることがなかなかできず
妻に誤解や辛い思いをさせてしまったけれど
目まぐるしく変わる国の情勢や差別のなかで
愛する祖国と家族を最後まで愛し戦い抜き
オモニの教えの通りに
「雄鶏のように、賢く、耐え、
信頼される強い男」として生きた
強くて優しい人だった。
韓国にあるお墓に相周の骨と
ポクチュモニを埋め、手を合わせている時に
李相周の娘 梨愛の心の中で流れる
「故郷の春」の歌詞を
読みながら私も思わず胸が熱くなった。
愛する国で
自分らしく 誇りを持ち
愛する人たちと共に
幸せに生きられる世の中になるように
私たちが今 何ができるかを
考えることの重要性を強く感じた。
私は小さな存在にすぎないけれど
偏りのない心で世の中を見て
人と接しながら生きていきたいです。 -
Posted by ブクログ
「知らなければならないことだ」と思う自分が、そのまま主人公の葉奈に重なる。
小説家としてデビューするためのテーマを求め、慰安婦問題に出会って「これを知らなければ、書いて伝えなければ」と思う主人公の、自分自身としては必然でこれしかない!と思う心の動きと、客観的に見れば浅薄、浅慮に過ぎず、立場や視点が当事者性を欠き「どこの目線からそれを言ってるの」と言いたくなるようなあり方。私たち読者は、主人公の旅程を辿りながら、その主観と、「そんな甘いわけがない、そんな覚悟で書いていいものではない」という外側からの目線を同時に体験する。我々は主人公を客観的に見られる立場でありながら、そこに内在する危うさや甘さはそのまま自分自身にあるものだと否応なく自覚させられる。主人公に向ける咎めたい気持ちが、矛盾せず自分自身に向かう、すごい構造だと思う。
まずはきちんと知ることから始めなければならないと気づいていく主人公、その思考をなぞりながら、自分もせめてそうであらなければならない、と思う。 -
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本作は、YA向けのような読みやすさと、中身の深さを兼ね備えた良作でした。若い方を中心にどなたにもおすすめしたい一冊です。
深沢潮さんまだ2冊目ですが、日韓関係や在日コリアンなどの重いテーマを、とても丁寧に取り上げて作品に落とし込んでいる印象です。
タイトルの「緑と赤」は、ズバリそれぞれ大韓民国と日本のパスポートの色を示しています。
大学生の知英は、自分が在日韓国人だと親から聞かされていたものの、あまり深く考えずに過ごしてきました。パスポート取得を機に、2つの国を巡る状況やそこに渦巻く憎悪感情を知り、それらに向き合わざるをえない状況になっていきます。
6章構成で、知英をはじめ、韓流スターが好きな日本人の友人やおばさん、韓国人留学生などへ視点人物が変わっていきます。
日本と韓国、2つの民族とその狭間で暮らす人の気持ちを、深沢さんは巧みに書き分けています。とりわけ、狭間である「在日」である人の苦悩が実にリアルに描かれています。
「自分は何者か」などと考えず、外国もほとんど訪れたこともない私には、国や民族の帰属意識やアイデンティティの自認がありません。しかしながら、本作発刊が10年前で、現在、ヘイトスピーチやレイシズムは改善されているのかを考えると、決して他人事では済ませられない気がします。
軽くテンポよく読み始め、次第に身の回りの偏見、すれ違いなどに傷つき、心を病んでいくような展開にいたたまれなくなりましたが、優しさと希望をもたせてくれる終末に救われました。
様々な立場の人の想い、差別や人権について知るための、十分過ぎるきっかけになる格好の物語と感じました。 -
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読み進めるのにとてつもない痛みを伴う作品でした。繊細で重い「慰安婦」と「沖縄」をテーマとし、過酷で悲惨な内容は衝撃的ですが、目を背けずに読み切る覚悟も必要と思いました。それでも、久々に強く心揺さぶられる一冊との出会いでした。
物語は、現在パートで作家を目指してもがく契約社員の「私」と、戦時中パートで朝鮮半島から連れて来られ、沖縄本島や離島で"慰安婦"として軍に搾取された「わたし」の2人が語り手です。交互に視点が変わり、時代を越えて交差します。
深沢さんの、2人の女性に込めた想いがひしひしと伝わります。とりわけ、慰安婦について表面的にしか理解していなかった作家志望の「私」を通して、読み手にも有無を言わせずその無自覚さを強烈に突き付けます。
尊厳が奪われ心が壊れるような描写が多いのですが、民族や当時の立場を超えた人の温もりや優しさも垣間見られ、救いもありました。
深沢潮さんは、在日韓国人の両親をもち、後に日本国籍を取得している女性作家です。もがきながら取材する作家志望の「私」は、自ずと深沢さんと重なります。
直接の当事者ではないにせよ、巻末の膨大な量の参考文献・映像の一覧を見ると、記述の精度へのこだわりと入念な考証がうかがえます。
読後、当時確かにいた彼女たちに向けて、美しい海の光景、韓国の望郷の歌・アリランを想いながら、せめてその魂の安寧を祈りたい気持ちでいっぱいでした。深く胸に刻み込まれるような感銘を受けました。もう少し深沢潮作品を読んでみたいと思いました。
※ 以下は最近の気になった報道です。世の中の風潮への不安と危惧が拭えません。スルーしていただいて構いません。
つい先日、週刊新潮のコラムで、深沢潮さんが名指しで「日本名を使うな」などと差別的論調の被害を受けたようです。深沢さんは会見で、謝罪と誌上批判・反論する場を要求するも、コラムは打ち切りになり、根本的な解決に至っていないと…。
先の参議院選挙でも大きな社会問題となった「日本社会の外国人への排外的空気」…。悲しいし、人権感覚を疑います。とても居心地悪いです。
セクハラやパワハラなどの暴力、差別や搾取は現在も無くならず、普遍的な問題ですね。 -
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著者である深沢潮さんとの出会いは、アジア・太平洋戦争中の沖縄戦と慰安婦問題を巡って2人の女性を綴った「翡翠色の海へうたう」であり、とても感銘を受けた。著者からのお薦めも頂き、複数の書籍を読ませて頂いた。今回は、著者のエッセーであり、在日コリアンとして、また両親の民族意識や家父長制による価値観の押しつけ体験と葛藤を「食」を通じて振り返ります。恋愛観などの葛藤と人としての成長、人生観の変化などを韓日の「食」文化を手がかりに、韓日のかかわりを紐解き、想像を巡らせます。また、韓国への来訪を中心に、アメリカへの留学体験や様々な国々への訪問・旅行を通じて諸外国の方々との人間関係や交流など、世界の食文化と韓日の関係も紹介し、韓日との関係に思いを巡らせます。韓日との「はざま」で揺れ動く「わたし・女性」を追体験することで、懐かさが蘇ったと共に、在日や外国籍の方の心情を顧みる貴重な機会となった。
追伸
「週刊新潮」7月31日号(7月24日発売)では、韓国にルーツを持つ作家の深沢潮さんを名指しで差別対象にしたコラムを掲載したとして、8月4日(月)国会内で同誌版元の新潮社に抗議する記者会見を開いた。深沢さん側は、コラムの内容は事実でなく「外国にルーツがある人が日本を批判することを敵視するもの」だと指摘。「創氏改名」は植民地時代の朝鮮半島での日本への同化政策で「度し難い人権侵害のコラム」だとして、日本全国に広めた新潮社の責任を問うとしている。会見で、深沢さんは「心が打ち砕かれた」として、出版社がレイシズム(人種差別)を放つとは「文学そのものへの毀損(きそん)、文学界への極めて無責任な態度」だと批判。在日コリアンは長年差別され、「みんな隠れて生きている。声を出せる立場だから」と、抗議した思いを語った。日本共産党の吉良良子参議委員議員が連帯のあいさつ。立憲民主党、社民党、れいわ新撰組の議員が参加した。なお、明日香さんがコメントを寄せ、多くの作家・著名人が、深沢潮さんに連帯したメッセージを寄せており、昨今の参議院選挙で跋扈した排外主義に対して、満身の怒りを込めて抗議したい。 -
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ネットで連載されていたタイトルが「李東愛(イドンエ)が食べるとき」なのだが、その冒頭で、自分を偽らないで書きたいと書かれていた。李東愛とは、深澤潮さんが日本国籍を取る前の本名。そもそも、日本国籍を取ったのも、就職や結婚などで、大変な苦労をしたからだそうだ。
本書は、食を軸にして、自分の越し方を書いているが、現在ではともかく、在日であるというだけで、相当な差別があったということだ。
たぶん、朝鮮半島が日本の植民地であったことで、日本人が朝鮮人を見下していたことに加え、日本とは違う風習や文化に眉をひそめる日本人が多かったからではないだろうか。
韓国人であることがばれないように、ビクビクしながら生きていた著者。また病弱な姉や、すぐに手をあげる両親、ひねくれ者の思春期の自分自身のことなど、洗いざらい吐露している。
また、韓国が民主化する前は、在日イコール スパイとみなされ、韓国に住む韓国人が在日韓国人と交流するのも躊躇われたそうだ。
韓流がブームになるなど、著者も言うように、そう言う意味ではいい時代になったと思う。86歳のお母さんが、堂々とキムチを買えるようになったのもよかった。 -
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"自分で道を選べない"の重さが桁違いだった方々…
皇族という、国を背負う一員だったはずが、数々の戦争によってかわってしまう。
ただ最後は自分の道をしっかりと掴まれた。
史実が元のお話故に、救いがない箇所も多いが、だからこそ没入して読んでしまった。
フィクション部分も上手く絡んで、よりいろんな立場の人から見たその時代を感じられた。
この間パレスチナ問題について学んだばかりで、韓国との関係は余計に考えてしまった。
島根県出身の自分としては竹島問題が気になるところではあるが、過去に韓国にした仕打ちはなかなか…
正直日本を嫌う人の事も否定できないなと思ってしまう。
戦争で得たものは脆いし、今まで大事にしていたものを急に奪うなど、人々の気持ちに寄り添わないなんて、それはうまくいかないだろうなとも思ってしまう。
戦後皇族ではなくなった方について思いを馳せたことはなかったが、考えるきっかけになった。 -
Posted by ブクログ
本作品は、時代背景として元号では大正時代、西暦では1910年に朝鮮併合を行ったあとの日本と朝鮮の歴史について世界史を俯瞰しつつ2人の女性の生涯を丁寧に描く。一人の女性は、朝鮮王朝に嫁いだ日本の皇族の方子。日朝融和の象徴としての政略結婚に五里霧中する気持ちの揺れ、何とか夫である李垠を支え、子孫繁栄と家族の安寧を願う生活を丁寧に描写する。一方、もう一人に生活困窮した日本人の少女マサは、基督教信者で朝鮮独立運動を続け、厳しい拷問にも耐えながらも祖国の独立運動に身を投じる男性に恋心を寄せ、夫婦になる。世情や日常生活を丁寧に描きつつ、忍び寄る軍靴、そして帝国日本の敗戦による占領政策により、日本国内で没落していく垠と方子は一子の成長に一縷の望みを託し、生きがいを見いだそうとする。一方のマサは、日本人であることをひた隠しにしながら朝鮮で生き続ける決意を固め、帰らぬ夫を待ち続ける。2人の女性の全く異なる境遇が、最後に一つの線、そして縁としてつながる様は、さすがに著者の真骨頂と言えるだろう。