佐々淳行のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
佐々淳行氏がなくなった。
もと警察官僚として危機管理問題についてTVでコメントする姿になじみがあるが、退官後の本業は作家。全共闘の安田講堂占拠事件を扱った本作を大学時代に読んで今も印象に残っている(以下、うろ覚えの記憶で書く)。
反安保闘争が吹き荒れた年、学問の自由を守れ、警察権力をキャンパスに入れるな、と叫ぶ学生たちは研究室の設備を壊してバリケードを作り、貴重な文献を焚火にくべて暖をとった。大学に通う機会もなかった機動隊員こそ学術資料を傷つけないように搬出し、上空から浴びせられるガソリン、硫酸に立ち向かった、と著者は力説する。
安田講堂では過激派側、警察側ともに死者が出なかった。これは当時の世界的な社会運動とその制圧と比較して稀有なことであった(Kidotai、のノウハウはその後世界に輸出された)。そこには、以前の抗争(神田カルチェラタン?)の中でコンクリート片の直撃を受けて殉職した警官の教訓があったようだ。
葬儀のシーンが忘れられない。会場に参列している幼い子どもは遺族。並んだ警察官の列に白いさざ波が広がっている、よくみれば涙をぬぐう白い手袋が波打っているのだった。「ちくしょうバカ学生ども、こんな大きなコンクリートを頭の上に落として、当たったら死ぬに決まっているじゃないか。おれたにちも家族がいるんだぞ」。
それだけに、この本のラスト近く、秦野章警視総監が皇居で顛末を奏上する場面で、昭和天皇が発した言葉が深く胸を打つ。
もちろん闘争への評価は描く立場によって違うだろう。
娘が読んでいた宗田理「ぼくらの七日間戦争」、どんな本かと覗いてみたら、中学生が学校に反抗して立てこもり、安田講堂での「学生放送」を今こそ再現する、という物語だった。
この時代をどう捉えるか。ほんとうにひとそれぞれなのだった。 -
Posted by ブクログ
ずっと気になっていた事件に関する本をやっと読む。
事件自体は、生後間もない頃の話なので、当然ながら記憶はないが、鉄球を使った場面はテレビで観たことがあある。
本書は、そのあさま山荘事件で現場指揮を執った筆者によるドキュメント。
テレビのワイドショー?などで、そのお顔は拝見したことがある。そんなにすごい人だったのかと始めて知った。
本書では、警察内部からの視点で、当時の事件が振り返られている。
まさに死闘という言葉がふさわしく、殉職された方々も含め、現場の方々の気持ちがひしひしと伝わってくる。
佐々氏の能力もスゴイが、一方で、文体的に自慢話っぽくも受け止められるので、その点だけ残念。
まあ押出しの強い方なのだろうな。
本書だけでは、時代背景があまり分からないので、赤軍の側から見た本も読んでみたい。(105)
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(目次)
第1章 出陣
第2章 苦杯
第3章 爆弾
第4章 戦略
第5章 偵察
第6章 死闘
第7章 凱歌 -
Posted by ブクログ
70年安保の際の東大安田講堂立てこもりに対し、鎮圧側の視点から見たドキュメンタリー。ちなみに、日大や東大でも他の建物の立てこもりの話も有り。
70年安保闘争およびあさま山荘事件において、警視庁警備課長だった、テレビのコメンテーターでもおなじみの佐々氏。「異例の人事」から「常識を覆す解決法」「縦割りをぶち壊す」という幾つかの視点において、自分で見たとおりに書いているので、他の著作に比べてイキイキとした文章なのが第一印象。自ずとのめり込んで読んでしまう。
現場の描写は、それなりに荒っぽく書かれていたりして、てんやわんやではあるものの、その辺が本書の良いところとも言える。
全体に、根性論のようなものが支配しているところがあり、そういうものが嫌いな人には気になるかもしれない。また、時代背景を論じると宣言している割に、当時の安保闘争が暴力的だったことだけシカ印象に残らないところもあり、そちらに肩入れしてしまう人たちには、カチンとくる表現が多いかもしれない。
ただ、実際に「全国の学生が一致団結して」というきれいな断面ではなく、実情は内ゲバだらけの矛盾ばかりの組織であったことは、現在のアンポハンタイ論者とも重なるわけで、こちらのほうが正確なのではないかと思う。
思想だのとは関係なく、オモロイドキュメンタリーの1つだと思って読めば、かなり楽しめる1冊である。あさま山荘事件も買った。 -
Posted by ブクログ
古本で購入。
1969年(昭和44年)1月、東大安田講堂事件。
学園紛争の「天王山」と言われるこの攻防戦を、警備側の責任者のひとりであった佐々淳行の実体験を基に描くドキュメント。
「安田城籠城は彼らにとって疑似戦争体験だった。それはイデオロギーにゆがめられた、幼児的ともいえる憂うべき心理状態だった」
と筆者が喝破する、本書に記された暴徒学生たちの振る舞いと他者不在とでも言える暴力は、実に幼稚で、身勝手である。筆者は彼らの行動の動機の純粋なる部分を認めつつ、やはり怒るのである。
“最前線”で状況を見続けた当事者なだけに、その描写は生き生きとしていて、文章も読ませる。
警察側の人々が魅力たっぷりに、かっこよく描かれているのは、その功績を知られることなく亡くなっていった「彼らを顕彰する鎮魂賦」として本書が書かれている以上、当然のことだろう。 -
Posted by ブクログ
昔の日本にはわけの分からない、悪い連中がいたものだな・・・。本書は40年以上前の事件で、警察と機動隊の命がけの人質救出作戦の記録だ。当時現場で指揮を執った佐々氏の著書である。警察と県警との権力関係、組織内の上下関係、真冬の軽い沢の極限に寒い様子などが伝わってくる。
突入の瞬間など、ハラハラしながら読み進めた。残念にも殉職者が出たものの、人質が無事救出されたときはほっとした。
自らの危険を顧みずに事件解決に向かう警察官の正義感の強さには心を打たれ、頭が下がる思いだ。本書に書かれている通り、その姿勢はまさに現代の武士である。
著者の佐々氏自身が大活躍しているように、つまり自分の手柄を描いているように少し見えてしまうが、この事件そのものに興味があったので、読んでよかったと思う。 -
Posted by ブクログ
警備側から見た安田講堂事件の回想。
学生や当時の世論、そして国家、
それぞれの主義主張の正しさは正直良く分からない。
大学側も落ち度はあったし、
学生側にもそれなりの言い分はあった思う。
ただ、学生側のいざ捕まった時の情けない態度や、
どこか人を殺すことを軽く考えてそうに見えている辺りが
読んでいていらいらしてくる。
参加していた学生全員が全員そうではなかったと思うが、
闘争すること自体が目的となり、
スポーツ感覚で参加していた学生は
ホントにどうしようもないと思った。
そりゃ総括しようにもできないんじゃないか。
まあ警察側からみた回想なので、
これは運動に参加した学生の一面だと思いますが。 -
Posted by ブクログ
警備幕僚長として、東大安田講堂事件に携わった著者が、安田講堂における攻防戦と、それに続く神田カルチエラタン闘争を振り返ったドキュメント。
学生たちの過激な行動とは裏腹の幼さや、大学教授たちの日和見主義、その中で教育者としての責任を果たした加藤一郎学長代行や林健太郎文学部長と彼らに対する学生たちの敬意、そして何よりも、強い責任感と仲間を思う情熱を絶やさなかった機動隊員たちの様子を活写しています。
事件後に発行された当事者たちの記録の多くは、「難解なセクト用語や独善的で説得力に欠ける生硬な理論の羅列、あるいは当時のマスコミに迎合する「機動隊憎し」の感情論、浅薄なウォー・ゲーム感覚の感想文ばかりが目立ち、客観的で正確な事実と透徹した史観に立った文献が見当たらない」という著者の不満はもっともだと思いますし、本書が記録として高い価値を持つこともおそらく間違いないのだと思いますが、まったくのニュートラルな立場からの記述ではないことにも注意する必要もあると思います。
また、機動隊員たちの「ゲマインシャフト」ないし「運命共同体」意識の強調や、「反権威闘争」を標榜していた学生たちが、じつは本物の権威、本物の教育者、強力な指導者といった「父権」への郷愁を感じていたのではないかという感想が語られているのですが、青年たちの心理の問題へと切り縮めてしまってよいのかという疑問も感じます。 -
Posted by ブクログ
あさま山荘以来の氏の著書。若干大げさな言葉ながら、迫力ある記述はそのまま。細かい記録もすごい。他にもクライシスマネジメントのプロは何人もいるはずだが、断然氏の存在が目立っているのはなぜだろうか、とふと思った。これくらい迫るノンフィクションは珍しいので、もっと多くの著作が読みたい。
ハイジャックは最近は国内ではきかないが、自分の生まれたころには示されるように多くの事件が起こっていたことを知る。この赤軍という集団も今となっては今ひとつピンとこないが、当時の雰囲気を知ることができた。読後の今は迫力にただ押されているだけだが、じっくりと他の本も読むなりして咀嚼していきたい。そう思える本。