大門剛明のレビュー一覧
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エンヤ、それエンヤ。
「お木曳(おきひき)」とは、伊勢神宮の式年遷宮(20年ごとの社殿の建て替え)に使うご神木を、伊勢市民が力を合わせて神宮へ運び入れる、伊勢の伝統的な民俗行事です。御用材を運ぶ方法により、内宮では五十鈴川を使う「川曳(かわびき)」、外宮では陸路を「陸曳(おかびき)」と呼び、独特の「わん鳴り」という音を立てる木製の「奉曳車(ほうえいしゃ)」で運ぶ様子は、伊勢のまちが最も盛り上がる行事の一つです。
次の遷宮は2033年、昨年御用材の伐採が行われ、その後8年間にわたり各種祭りや行事が行われるということです。
お木曳は第一次が今年、第二次が来年行われる予定です。
神都ビール -
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戦中から令和まで
80年間を描いた冤罪ミステリー
昭和18年4月20日、事件は起きた。
伊勢神宮の二十年に一度のお祭り・御木曳は、すごい人出と掛け声で賑わっており、見物に訪れていた父と娘も楽しい時間を過ごしていた。
ところが…
父・谷口喜介は強盗殺人の犯人として逮捕されてしまう。
その犯行時刻は御木曳の見物をしていたのだから、もちろん無実だ。
残された8歳の娘・波子はどうなってしまうのか…
冤罪における死刑ほど怖いものはないと感じた。
いくら乱暴な時代とは言え、恐ろしさと憤りで胸が破裂しそうだった。
罪を晴らすのに80年って…
あまりにも長い…長すぎる。
弁護士などこの事件に関わ -
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面白かったー!戦時中に冤罪で死刑になった男の無実を証明する長い年月に渡る弁護士や検事たちの闘いの日々。戦中の横暴な官憲による取り調べや天皇や国家の前で平然と一般市民を蔑ろにする裁判、現代の複雑であまりにも時間のかかりすぎる裁判制度、、あらゆることが壁となって立ちはだかるのにも屈せず、時代を超えて継承されていく信念、執念、絆。もう夜中に読んでいても何度も「え⁈」と声をあげてしまうほどの、そんな展開なの⁈みたいなことが続き、2日間一歩も外出せず引きこもって500ページいっき読み!舞台の伊勢地方の方言で紡がれる語り口調にも気持ちよく引き込まれて、ある父娘をめぐる怒涛の80年の歳月の流れに飲み込まれた
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正義が失われたとき、
私たちは何を信じて生きればいいのだろう。
『神都の証人』大門 剛明
読み終えたあと、しばらく言葉が出なかった。
幸せだった日常は、ある日突然、音もなく壊れてしまう。
父親が一家惨殺事件の犯人として、死刑判決を受けたのだ。
ただ一人残された幼い娘・波子。
「お父ちゃんを助けて」
その切実な声から、長く果てしない戦いが始まる。
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重くのしかかるのは、「冤罪」という現実。
物語の発端は昭和18年、戦時下の日本。
「お国のために」がすべてに優先される時代に、
個人の正義はほとんど意味を持たなかった。
秩序の維持が最優先。
国があってこその人民。
そんな社会で、死 -
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ネタバレ読み始めた直後は、登場人物の多さや小堀と太田の冤罪の話が次々と登場し、「前作があるのだろうか」と感じるほど情報量の多さに少し戸惑いました。しかし、物語の背景が頭の中で整理されるのに従って、少しずつのめり込んでいったように思います。
とりわけ衝撃的だったのは、物語の要となる人物の突然の退場。加えて、真相に近づくほど強大な権力による妨害が重なり、この先ちゃんと事件は収束・解決するのかとう不安感が強烈な求心力となって一気に引き込まれました。
終盤の展開にはやや割り切れない思いが残ったものの、それ以上に没入感高く読ませる力のある一冊だったと思います。 -
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山田風太郎賞
直木賞候補
直木賞候補ということで読み始める。著者の本を読むのは初めて。
最初から最後まで、ページをめくる手が止まらない。ちょっと荒唐無稽な点もないでもなかったが、面白さがまさった。
袴田事件などもあったが、冤罪事件に立ち向かう弁護士たちの正義感が素晴らしい。
戦時中など、人権などない時代ゆえ、弁護士が非常に軽んじられていて、街中の子供たちからも『お前ら、正業につけや』とやじられるほどだったが、冤罪事件を晴らすため闘った弁護士、吾妻から物語は現在まで続いていく。
法的安定性(判決がころころ変わってはいけない)という言葉をたてに、再審を妨害する検察にも怒りがわいた。
また -
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直木賞ノミネート作品ということで拝読。
戦時から今の令和の時代まで、途方もない時を巡り、事件の真実に辿り着く。
こんなにも人の想いが受け継がれていく物語は、他にないのでは。
この物語は、時代の流れに沿って、3人の人物の視点で展開されていく。
それぞれの苦悩や迷いが丁寧に描かれていて、それ故に読んでいる読者側もしんどくなる。
ただ、そのしんどさの中でも、この3人の信念は煮えたぎるほど熱いものだった気がする。
そして、信念を貫き通すことは、大切な誰かを傷つけてしまうリスクもある。
人は、時として、誰かの親であったり、子であったり、配偶者であったり、恋人であったりする。
どれかの立場であろうと -
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昭和十八年、宇治山田市で起こった一家殺人事件で犯人として逮捕された谷口喜介は死刑判決を受けた。彼は無実を訴えるものの、時代が変わっても判決は覆ることはない。父親の無実を信じる波子を中心に、冤罪事件の重さとそれに立ち向かおうとする人々の戦いを描いたリーガルミステリです。
証拠物件の適当さといい取り調べの横暴さといい、戦時中日本の時代情勢がそういうものだったから、と言ってしまうのは簡単ですが。しかし時代を経ても冤罪を雪ぐことはなぜこんなに難しいのでしょうか。もちろん判決の揺るぎなさというものがなければその判決に安心できないというのも納得はできますが、それでも冤罪の被害者からするととんでもないことで