谷沢永一のレビュー一覧
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ネタバレ開高健が亡くなって2年後の「新潮」(1991年12月号)に一挙掲載。
谷沢永一は、天王寺中学では開高の1級上だったが、知り合ったのは大学生になってから。開高は、谷沢の主宰する同人誌「えんぴつ」に参加した。住んでいたのが近所だったこともあり、頻繁に行き来するようになった。本書には、合評会の様子、開高の原稿、絶交事件、開高の寿屋勤務、東京に出るまでのことがとくに詳しく書かれている。開高20歳~26歳、メジャーデビューするまでの芽吹きの大阪時代に相当する。
同じく「えんぴつ」に参加していた牧羊子については、よい印象では書かれていない。開高への彼女のアプローチ、妊娠と結婚。谷沢は、開高が彼女のしかけた罠に引っかかってしまったと考えている。そのことについて開高に助言したことで、彼との仲が険悪になり、絶交することになった(しばらくして、交流は再開)。
牧羊子への恨み節はさらに続く。牧は、最期の病床にあった開高との面会を完全にブロックした。面会が許されていたのは彼女の気心の知れた編集者だけ。生涯の友であった彼も向井敏も、子分の菊谷匡祐も拒絶された。牧羊子だけの開高、そう、「私物化」と「独占」。通夜や葬儀でもそうだった。来訪者に親しく語りかける牧羊子、悲劇のヒロインは私。谷沢はそんな彼女を許せなかったのだろう。
最後のページは次のように終わる。「私の人生は多幸、であった。ひとつの傑出した男から、ふかく、あつく、信頼された。」「彼の知遇に、私は、値しない。にもかかわらず、彼は、私を、必要とした。至幸である。私は、開高健に、必要とされた。恵みを、受けた。謝すべきである。その、開高健が、逝った。以後の、私は、余生である。」
牧羊子や娘の道子は、この本(or初出誌)をどんな気持ちで読んだのだろうか。牧は怒り心頭だったかもしれない(あるいは読むのを拒否したのかもしれない)。そして道子は? -
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渡部昇一、谷沢永一、知という知の巨人たちが「孫氏」を語る。知識があるだけでなく、それをどう活かすべきかについて、太平洋戦争に例を取りながら解説している。それが会社の経営にも通じるところが多分にあってとても勉強になる。参考にしたいと思うところが多すぎるので自分にとって戒めになる3つだけ。
■兵は詭道なり…正直なだけでは生き抜けない
■主は怒りを以って師を興すべからず…一時の感情で行動を
興すな
■半ば済らしめて之を撃たば利なり…宋襄の仁(ええかっこ
しい)では勝てない。
年初に読んだ高橋是清の本に出てきた、日露戦争時に日本に金を貸してくれたユダヤ人投資会社クーン・レーブが1940年に日本に使者を送ってきたことが書かれていた。ユダヤ人を苛めるドイツと手を組むのは何事か、という趣旨だと思われる。これを取り上げる機運も当時はあったらしいが、日独伊三国同盟を締結して帰国したばかりの松岡洋右の一喝で話が立ち消えたらしい。翌年から石油が止まってしまった。色々なウラ話もあって面白かった。 -
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古本で購入。
小説家・開高健と評論家・谷沢永一との、40年にわたる友情の物語。
昭和25年の大阪にある語学塾での出会いから、平成元年の開高の病死による別れまでを描く。
「士は己を知る者のために死す」
という言葉があるが、著者の開高に対する想いは
「士は己を知る者のために生きる」
とでも言えるかもしれない。
ひとりの傑出した男から限りのない信と情を寄せられ、己のすべてを肯定され、期待され、必要とされる。
その篤い信頼をこれ以上ない喜びとし、想いに応え、己の人生は多幸だったとする。男の死以降は余生であるとする。そんな友情がどれだけあるだろう。
彼らの友情は決して狎れあいでも依存でもない、共鳴のようなものだった。著者の「同行二人」という言葉が、まさに真実を表している。
印象的なのは、妻でありながらついに開高を理解しなかった(し得なかった)、詩人の牧羊子への怒りが滲み出ていることだ。開高が牧に「呪いをかけられた」ことに気づけなかった自分への後悔が、どこか入りまじっている。
親友への哀悼をこめた回想録であると同時に、ひとつの青春群像として読んでもおもしろい。
開高のルポルタージュ作品である『ずばり東京』『ベトナム戦記』を読んだことがあるが、高度成長期の東京や戦時下のベトナムに生きるナマの人間を見る目、そして彼らを描き出す文章はとても魅力的だった。
次は小説を読んでみよう。 -
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日本近代文学が専門の著者が、聖徳太子の実在を否定する日本古代史研究の成果を一般の読者に向けて解説した本です。
持統天皇と藤原不比等が体制イデオロギーを強化するために日本書紀を編纂したという説は、日本史研究のアカデミズムから外れたところに位置する上山春平と梅原猛によって広く知られるようになりました。その後、大山誠一によって主張された聖徳太子の実在を否定する説が、テレビ番組などで紹介され、人口に膾炙するようになってきました。本書もまた、そうした政治的な意図によって聖徳太子にまつわるさまざまな伝説が作られたという立場に立っています。
講壇っぽい語り口で読者に親しみやすいように工夫がされているのですが、単に聖徳太子非実在説の内容を紹介しているのではなく、研究史的な視点から従来の「聖徳太子伝説」がどのように受け取られてきたのかということを解説しているため、一見したところよりも読みにくいように思います。それでも、一般向けの解説書では珍しく研究史的な視点が示されており、興味深く読みました。もっとも、そうした研究史的な議論がときにイデオロギー的な偏向の指摘という形を取って展開されるところが、いかにもこの著者らしいのですが。