あらすじ
敗戦の傷痕が残る昭和25年、冬の大阪。「タニザワさんですかっ、ぼくカイコウですっ」。著者と開高健の交遊は初対面としては少々奇妙なこの一言から始まり、平成元年12月、開高が亡くなるその日まで続いた。開高が読みたいといえば、その本を自腹を切って購入し貸し与え、開高の小説「パニック」が昭和33年1月の芥川賞候補になれば、居ても立ってもいられず店じまいまで酒を飲み、早朝、受賞を知るや「放心」してしまう著者。言うことは何でも聞き、することは何でも許す、わずか1歳年長である著者の開高に対する母性のような友情……。それを支えたものは、身近に才能を見ることへの喜び以外の何物でもなかった。そんな友情を結べる友をもつことは、まさに人生の至福だったろう。「開高健が、逝った。以後の、私は、余生、である」。本書の最後はこう結ばれている。生涯の友が「傑出した個性」との40年の交遊を綴った、感動の回想録である。
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Posted by ブクログ
開高健が亡くなって2年後の「新潮」(1991年12月号)に一挙掲載。
谷沢永一は、天王寺中学では開高の1級上だったが、知り合ったのは大学生になってから。開高は、谷沢の主宰する同人誌「えんぴつ」に参加した。住んでいたのが近所だったこともあり、頻繁に行き来するようになった。本書には、合評会の様子、開高の原稿、絶交事件、開高の寿屋勤務、東京に出るまでのことがとくに詳しく書かれている。開高20歳~26歳、メジャーデビューするまでの芽吹きの大阪時代に相当する。
同じく「えんぴつ」に参加していた牧羊子については、よい印象では書かれていない。開高への彼女のアプローチ、妊娠と結婚。谷沢は、開高が彼女のしかけた罠に引っかかってしまったと考えている。そのことについて開高に助言したことで、彼との仲が険悪になり、絶交することになった(しばらくして、交流は再開)。
牧羊子への恨み節はさらに続く。牧は、最期の病床にあった開高との面会を完全にブロックした。面会が許されていたのは彼女の気心の知れた編集者だけ。生涯の友であった彼も向井敏も、子分の菊谷匡祐も拒絶された。牧羊子だけの開高、そう、「私物化」と「独占」。通夜や葬儀でもそうだった。来訪者に親しく語りかける牧羊子、悲劇のヒロインは私。谷沢はそんな彼女を許せなかったのだろう。
最後のページは次のように終わる。「私の人生は多幸、であった。ひとつの傑出した男から、ふかく、あつく、信頼された。」「彼の知遇に、私は、値しない。にもかかわらず、彼は、私を、必要とした。至幸である。私は、開高健に、必要とされた。恵みを、受けた。謝すべきである。その、開高健が、逝った。以後の、私は、余生である。」
牧羊子や娘の道子は、この本(or初出誌)をどんな気持ちで読んだのだろうか。牧は怒り心頭だったかもしれない(あるいは読むのを拒否したのかもしれない)。そして道子は?
Posted by ブクログ
古本で購入。
小説家・開高健と評論家・谷沢永一との、40年にわたる友情の物語。
昭和25年の大阪にある語学塾での出会いから、平成元年の開高の病死による別れまでを描く。
「士は己を知る者のために死す」
という言葉があるが、著者の開高に対する想いは
「士は己を知る者のために生きる」
とでも言えるかもしれない。
ひとりの傑出した男から限りのない信と情を寄せられ、己のすべてを肯定され、期待され、必要とされる。
その篤い信頼をこれ以上ない喜びとし、想いに応え、己の人生は多幸だったとする。男の死以降は余生であるとする。そんな友情がどれだけあるだろう。
彼らの友情は決して狎れあいでも依存でもない、共鳴のようなものだった。著者の「同行二人」という言葉が、まさに真実を表している。
印象的なのは、妻でありながらついに開高を理解しなかった(し得なかった)、詩人の牧羊子への怒りが滲み出ていることだ。開高が牧に「呪いをかけられた」ことに気づけなかった自分への後悔が、どこか入りまじっている。
親友への哀悼をこめた回想録であると同時に、ひとつの青春群像として読んでもおもしろい。
開高のルポルタージュ作品である『ずばり東京』『ベトナム戦記』を読んだことがあるが、高度成長期の東京や戦時下のベトナムに生きるナマの人間を見る目、そして彼らを描き出す文章はとても魅力的だった。
次は小説を読んでみよう。
Posted by ブクログ
著者が、開高健との40年に渡る交流を回想した本。初対面のときから強烈な印象を著者に与え、きらめく才能によって著者を魅了し続けた開高という小説家の人物像が生き生きと描き出されています。
いかにもエネルギッシュな風貌にふさわしい、若き日の開高の豪快なエピソードや、その無邪気な人柄も語られていますが、それ以上に、狙い定めたところへぴたりと当たる言葉を、寸言ではなく大量に降り注ぐ開高の人物像が鮮やかに描かれていて、おもしろく読みました。