松岡和子のレビュー一覧
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本屋でたまたま目についた。常々シェイクスピアをコンプリートしたいと思いつつ、いつも他の本の誘惑に負け、シェイクスピアが後回しになってしまうことを気にしていたからか。
シェイクスピアの戯曲のうちの11作について、翻訳者の松岡和子氏が原書での言い回し等を例に出しながら様々な質問を投げかけ、それに対し河合隼雄氏が登場人物の心情等を心理学的に説明する等々…とてもバラエティにとんだ対談集。
まず、各戯曲がうろ覚えの私は、河合祥一郎氏「あらすじで読むシェイクスピア全作品」で各戯曲の流れや登場人物を再度頭にいれてから、各章に突入。シェイクスピアの裏話ではないが「そういった見方もあるのね‼︎」というような興味深い話ばかりで、俄然、シェイクスピアの戯曲をしっかりと読みたいという気持ちが湧いてきた。本当に面白かった‼︎
この本に出会えたことに感謝‼︎ -
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ネタバレハムレットは三訳目なのですが、拗らせたものでわたしはハムレットとホレイショーの友情物語だと思って読みました。オフィーリアも確かに悲劇のヒロインなんですが、初っ端の「なぜデンマークに」「いつものサボり癖が」「お前に限ってそれは無い」的なくだりからして二人の信頼関係透けて見えすぎ。そんな二人ですが死に別れ、ホレイショーも後追いを考えたものの「正しく歴史を語り継ぐ」使命を与えられて一人生き残る。ヒロインムーヴが凄い。このテーマだけで読書感想文10枚かける。解釈違い上等ですがこの二人の信頼関係だけで翻訳者ローラーする価値あるよなーと思って今後も読み漁る所存です。
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ネタバレ「4大悲劇」にも分類される、シェイクスピアの有名な戯曲。わたしは過去にもシェイクスピア作品をいくつか読んでいるが、本作はバツグンにおもしろく、ひょっとしたらベストかもしれない。内容はイアゴーの謀略によってオセローの人生が狂ってゆく話で、現代の感覚からしてもぜんぜん古びていない。だからこそいまだに世界各地で上演され続けているのだろう。一般的に本作のキイワードとしては「嫉妬」が挙げられるが、しかし登場人物たちの心情は、単なる「嫉妬」のひとことでは片付けられないところがあり、それこそがキモではないかと思う。オセローは被害者とはいえ、キャシオーの言葉を単純に受け容れてしまい最愛の人を信じてやれなかったという点で同情しがたいし、キャシオーも大悪人かといえば、夫婦仲が悪化していることなど人間臭い部分もあって、ひとつの像には単純には当てはめられない。作品じたいはさほど長くないが、会話のひとつひとつごとにその何倍も厚い感情が込められていて、やっぱりシェイクスピアは世界一の戯曲家であると思った。
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著名心理学者と翻訳家の対談でシェイクスピアの名作の数々の登場人物の心を読み解いていく!「ロミオとジュリエット」のジュリエットが14歳、ハムレットが30歳とあるのが、珍しい年齢の表記だそうで、両作品とも元作の年齢をシェイクスピアが変更していることにどんな意味があるのか。心理学的な観点から読み解いていく中で、シェイクスピアは凄い!ということを痛感させる2人の観察力に驚き。「ロミオとジュリエット」「ハムレット」の他、「真夏の夜の夢」「十二夜」「リチャード3世」。そして書名に「決定版」がつくのは、「リア王」「マクベス」「ウィンザーの陽気な女房たち」「お気に召すまま」に加え、最期に「タイタス・アンドロニカス」が追加になったからだという。シェイクスピアの作品をほとんど読んだことがない私でも、諸作品の登場人物の心理に非常に興味を持つことができる楽しい読み物になった。三つ子だっというエリザベス・キュープラ―・ロスの「私は何なの?」を感じた瞬間の話は実に面白い。日本の歌には「太陽」は全く出てこないが、西洋では多く歌われている!実に興味深い話を河合氏が紹介している。
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とても有名な作品だけど「シェイクスピアの四大悲劇」「デンマークの復讐劇」「to be or not ti be」ぐらいしか知らなかった。ので読みました。
こんなにたくさんの人が死ぬんだねぇ。死ななくてもいい人まで死んで、それがそのあとの伏線かなぁ、と思ったら、やっぱりそうで。セリフは詩的で難解。でも、クライマックスは圧巻ですね。
それにしても、なぜハムレットはちゃっちゃっと復習しないのかねぇ。絶好の機会もあるのにやらないもんなぁ。それなのに最後は一気呵成にことが進んで、そのスピード時間の差が印象的。
それにしてもオフィーリアはなぜ死ななくちゃいけないのか、よくわからないね。あれは自殺かな。事故死かな。 -
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福田恆存、小田島雄志の訳では読んでいたが、今回初めて松岡和子訳を読んだ。少し中だるみがあるし、変装すれば親兄弟でも分からなくなるのかといった突っ込みどころも多々あるが、やはりシェイクスピアの最高傑作はこの『リア王』で間違い無いだろう。途中経過がどうであれ、全ての希望が崩壊し、底なしの暗黒が世界を覆い尽くすかのごとき終盤のドラマチックさは、他の作品の比ではない。
あらためて胸を打たれるのは、グロスター伯爵の死がエドガーの口から伝えられるところ。その前にエドガーの作戦でグロスターが生きる意欲をわずかながらに取り戻し、親子が再び手を取り合う兆しを見せていただけに、死の場面すら描かれず、突然二度と会えない人になってしまった不条理さに胸が突き刺される。その不条理は、さらに壮大な形でリアとコーディリアのもとにも訪れる。本作の悲劇性は、登場人物がどん底から這い上がり、自らの過ちを認め、分厚い雲の隙間から光を見いだした瞬間に、その光が容赦なく叩きつぶされる点にある。『ハムレット』にせよ『ロミオとジュリエット』にせよ、ここまで用周到な残酷さは無い。
松岡和子の訳は相変わらずこなれていて実演向きなのだが、他の作品の訳に比べると微妙な体温の低さも感じる。あとがきで『リア王』に流れる女性嫌悪について書いていて、なるほどと納得したのだが、やはり彼女は根本的な部分で『リア王』という作品に共感しきれなかったのではなかろうか。また、この点を踏まえて黒澤明の映画『乱』を思い出すと、オリジナルに存在しない楓の方というキャラクターは、本作に流れる女性嫌悪のモチーフをより分かりやすい形で描いた、非常に優れた脚色だったのかもしれないとも思う。 -
Posted by ブクログ
さすがにシェイクスピア作品だけあって、非常におもしろかった。とくに「人肉裁判」の場面は白眉で、こういうロジックがあるのかと関心すらさせられた。しかし、いっぽうでたんなる喜劇としてみれない部分があることも事実である。シャイロックが一転窮地に追い込まれるシーンは、たしかに快哉を叫びたくなるし、実際舞台で観たら痛快このうえないと思う。しかし、人種差別的な要素も含まれており、シャイロックに対する同情の余地もすくなくない。たんなる喜劇とは違った深みがあり、そこもまたやはりシェイクスピアが書いた作品なのだと感じさせられる。喜劇をたんなる喜劇にしないところが、文学の文学たる所以なのだろう。