本書を読み返した当時、勤め先のベンチャーが倒産。そのベンチャーを引き継いだ次の勤め先は3ヶ月も給与未払いで退職。フリーランスをしながら、再起を図るも苦戦中。そんな時に再び読み返したのが、「原因と結果の法則」でした。
そんな私にとって「心の中の思いが私たちを創っている」という冒頭の言葉は、とうてい受け入れられないものでした。私は「自分の命を意味あることに使いたい」という思いで挑戦してきたのに、その結果がこれなのか?その思いが間違っているというなら、いったいどんな思いを持てと?
「私たちの運命を決定する神は、私たちの中にいます。私たちの思いこそがそれなのです。」やりきれません。そんな私に著者はこうも畳み掛けます。
「私たちは、良い結果に狙いを定めながらも、その結果と調和しない思いをめぐらすことによって、その達成をみずから妨害しつづける傾向にある」
私の「良い結果と調和しない思い」とは?
実は、私は「このベンチャーが成功する」という結果を見定めながら、心の底では「ビジネスモデルに無理がある」とわかっていました。
本書を読み進めるとだんだん苦しくなります。それでも、アレンはさらに追い打ちをかけてきます。「苦悩は、つねに何らかの方面の誤った思いの結果です。苦悩は、それを体験している個人が、自分を存在させている法則との調和に失敗していることの、明確なサインです。」
心の底では「このビジネスモデルに無理がある」とわかっていながらも、成功体験を重ねた経営者が成功すると見込んで始めたビジネスなんだから「このビジネスは成功する」という良い結果を信じ込もうとしていました。この不調和に素直に向き合わなかったことこそが問題でした。
「私たちは、人生の目標を持たないとき、つまらないことで思い悩んで、よけいな苦悩を背負ってみたり、ちょっとした失敗ですぐに絶望してしまう傾向にあります。」
自分の人生の目標を持たないときほど、他人の目標を無理やり信じ込もうとしてしまうという痛い教訓が残りました。