日高敏隆のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
人間以外の多種多様な生物は機械のように単純な仕組みで成り立つものではない。
生物それぞれに主観的な世界がある。それを環世界と言う。ダニは特定の匂いや、温度、接触に反応する世界を持っている。ウニは末端の器官から得る刺激そのものが世界を認識させている。
このように生物には、われわれ人間の見ている世界とは異なる世界が広がっているのである。
生物学を学ぶために、人間の見ている世界の認識を一旦脇に置き、生態を考察することが大切だ。
——————————————————
岩波文庫は難しい本が多いですが、その中で読みやすい本を選ぶとしたら本書を紹介する人も多いはず。ページが薄く、主張が一貫しているので理解しやすいです。本書はカントの自然学の理論が前提にあるように思われます。
-
Posted by ブクログ
再読。
動物行動学者、日髙敏隆さん著作エッセイ集。
以下一部抜粋。
『動物学では、現在の動物の形が必ずしも最善とは考えない。そうならざるをえない原因があり、その形で何とか生きているのだと考える。
なぜそういう格好をして生きているのか、その結果、どういう生き方をしているのか。
そういった根本の問題を追究するのが動物学という学問なのだと思う。
いろいろないきものを見ていくと、こんな生き方もできるんだなあ、そのためにはこういう仕組みがあって、こういう苦労があるのか、なるほど、それでやっと生きていられるのか、ということが、それぞれにわかる。』
『世界を構築し、その世界の中で生きていくということは、そのいきものの知覚的な枠のもとに構築される環世界の中で生き、その環世界を見、それに対応しながら動くということであって、それがすなわち生きているということだ。(ユクスキュルより)』
『つまり、幽霊はイマジネーションの産物だと昔からいわれてはいるが、そうではない。イマジネーションの欠如の産物だとライルはいう。ぼくはなるほど、これはおもしろいと思いました』
自然界を観察する優しいまなざしと、理屈が通れば真実ではないことを事実だと納得しイリュージョンという色眼鏡をかけてしまう人間の世界を、厳しくも面白く再発見する日髙さんの視線は、世界の片隅を懸命に生き抜く動物にも、人間の心にもきっと伝わるエッセイだと思う。
世界は世界のまま変わらない。
けれど読めば世界の見方が変わる、本。
-
Posted by ブクログ
人はしばしば、自分が見えている世界を「生物にはどう見えているか(環境)」と捉えがちだが、本書が説くのは「生物は世界をどう見ているか(環世界)」という視点。人の目には部屋の中に机や椅子、本棚が見えていても、飛び回るハエには机の上の皿にある食べ残ししか知覚されていない。飼っている犬には食べ残しの他にも椅子やテーブルといった"座れるもの"が知覚されているかもしれない。さらに人の中でも、読書家であれば本棚は別の色を帯びてみえるかもしれない。
このように似ているようで異なる、生物の数だけ存在する環世界という発想がとても面白かった。
ユーザーであれば使いやすさや工数削減、エラー率を知覚するだろうし、経営層であればROIやKPI、全体最適を知覚し、そしてエンジニアはコード品質や安定稼働をそれぞれの視点から知覚しているはず。つまり、ステークホルダーの数だけ環世界が存在して、Agentic AIもプロンプトや学習内容、MCP、確率的統計といった独自の環世界を基に判断しているだろうと意識する良い学びとなった。
また、盲導犬の調教を例に示されるように、異なる環世界を共有することの難しさ、それでも想像し理解する姿勢が出発点になるという示唆も。
挿絵の魅力もさることながら、「完全な国内平和を維持している『反射共和国』といえよう。」 「失敗に終わった結婚飛行を物語っている。」など分かりやすいんだか分かりにくいんだかな比喩表現も味わい深かった。 -
Posted by ブクログ
愛のある日高敏隆の翻訳が素晴らしい。著者のユクスキュルはエストニア出身の動物比較生理学者で、1934年に「動物と人間の環世界への散歩」という原題で出版された。副題の「見えない世界への絵本」が示すように、動物にとっての世界は人間の見る世界とはまるで違うことを科学的な説明とクリサートの絵で巧みに伝えている。訳者の日高は、その動物にとっての世界を「環世界」という訳語を発明して表現した。象徴的なのは第1章で、目が見えず音も聞こえないマダニの生活史を追い、光感覚と嗅覚でその世界が作られていることを描く。さらにマダニは獲物が通りかかるまで時には何年も待つことから、マダニと人間にとっては流れる時間さえ違うと説く。人間の見る世界がすべてというのは大きな誤りであることを教えてくれた。
-
Posted by ブクログ
なるほど、生物それぞれが持つ「環世界」という概念。人間の環世界、ダニの環世界、カラスの環世界といったように多種多様な独自の世界があるという考え方に感心しました。それぞれの環世界は知覚も視覚も違けりゃ時間の感じ方にも生物によって違う。またこの概念は実験に基づいた自然的なものから、超自然的な魔術的環世界まであるとの事でそれもまた面白い。さらに人間の中でも、各個人の持つ知識の違いで見える環世界もまた異なってくるといった指摘も頷けた。頁数も少なく、例や図もふんだんに使われているから読みやすかった。
昔の人が(おそらく)人生を賭けた功績を手軽に文庫サイズで手に入れる事が出来るのは、何というか本というものの有り難さを感じられますねえ。 -
Posted by ブクログ
読み難く十分に理解することはできなかったが、環世界(Umwelt)という考えはとても面白かった。
すべての生物は、自分の感覚器官と運動器官を通して「独自の世界」を構成している。生物が感覚できる環境である知覚世界(Merkraum)と生物が働きかける環境である作用世界(Wirkraum)の両者が繋がり、その生物にとって完結した環世界(Umwelt)がある。
読む中で人間中心主義からの脱却というのがとても好ましく感じた。ヒトが生きる世界もまた一つの環世界にすぎず、その周りにはおびただしい数の環世界が多様に広がっている。
また、環世界を観察する際、われわれは目的という幻想を捨て、設計という観点から動物の生命現象を整理しなければならない。私が生物の構造や仕組みについて知ることを面白いと思う所以がわかった気がする。
小説ばかりではなく、生物系の新書にも積極的に手を出していきたいと思った。 -
Posted by ブクログ
生物や生物学に興味を持つ一歩としておすすめの必読書。
動物行動学という領域を開拓し、ノーベル生理学医学賞を受賞したコンラート・ローレンツ氏による動物行動学入門書。「動物たちへの分懣」という生き物への愚痴から入る。しかし、本書の根底にあるのは生き物たちの営みの美しさと深い愛情(そしてローレンツ氏の良い意味での異常性)。
「永遠の変わらぬ友」で登場するコクマルガラスの生態はとても深淵で「人間っぽさ」があるが、それは擬人化ではなくコクマルガラスの生態こそ生き物らしさであり、「人間っぽさ」は「生き物らしさ」であると感じさせる。
原書のタイトルは「Er redete mit Vögeln, Fischen und vielem anderem.(彼、けものども、鳥ども、魚どもと語りき)」で、「ソロモンの指環」が登場する旧約聖書列王記の記述から借用したものだが、著者が冗談めいて語っているように動物と対話を出来るという点では「ソロモンの指環」越えを果たしているのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ・利己的遺伝子説。調べてみたい。
・知らなかったこと:
『人間の場合もお尻は女の性的信号になっているが、直立して互いに向きあって話をするようになると、後ろ向きの性的信号は、思ったほど効果を生まない。これでは困る。前に向けてもきちんと性的信号を発信したい。そこで、なんとかしようとした。
元来、生物はあまり突拍子もないものを使ったりはせず、今あるものをうまく使おうとする。本来お尻が性的信号だったのだから、前を向いたお尻はつくれないか。なにかそれに使えるものはないかというと、おっぱいがあるではないか。「よし、おっぱいをお尻にしてしまえ」ということで、おっぱいをなるべくお尻に近いものに変えてしまったのである。お尻だから従来の細長い形ではダメだ。それでおっぱいをだんだん丸くしていき、今のような形ができてきた。それが人間にとっては非常に美しいものになり、大事な意味をもつようになったのである。
こういうことは、自然界ではけっして珍しいことではない。擬態と言えば、ガがハチを擬態するというように、自分がほかのものを 真似ることとして知られているが、「自己擬態」と言って、自分自身の体の一部で体のほかの部分を擬態することもある。もっとも有名なのがゲラダヒヒであろう。ゲラダヒヒのメスには、胸に性器のような模様がある。ゲラダヒヒはいつも座っているから、胸の色を性器のようにしてオスをひきつけることにしたのである。 また、マンドリルのオスの顔は性器をあらわしているとよく言われる。』 -
Posted by ブクログ
読書録「世界を、こんなふうに見てごらん」5
著者 日高敏隆
出版 集英社文庫
p32より引用
“ 日本はドイツ哲学の流れが強いのか、し
ばしば、人間は真実を追求する存在だといわ
れるが、むしろ真実ではないこと、つまりあ
る種のまぼろしを真実だと思い込む存在だと
いうほうがあたっているのではないか。”
目次より抜粋引用
“「なぜ」をあたため続けよう
人間、この変わったいきもの
宙に浮くすすめ
それは遺伝か学習か
コスタリカを旅して”
動物行動学者である著者による、世界と動
物とその中の一種類としての人間を見つめて
描かれるエッセイ集。同社刊行作文庫版。
目の前の事柄に不思議や疑問を感じる事の
面白さから研究の場での動物としての人間の
行動を見ることまで、抒情的というか情緒的
というか情感溢れる語り口で、人と動物、人
と人の縁などが綴られています。
上記の引用は、人という生き物について書
かれている項での一文。
本当はあるかどうかわからなくても、そうで
あると信じることで、前を向いて動けるとい
うことはあると思います。人に迷惑をかけな
いのであれば、真実と違うことを思い込んで
生きるのも悪くないのではないでしょうか。
著者がお亡くなりになられた後に出版され
た、遺作の一つとのこと。最後と思われる役
職の退官時の講演録も収録されています。
あとがきと解説から、何とも言えない寂しさ
がにじみ出ているように感じられて、著者の
エッセイが好きで何冊か読んできた私も、少
し寂しく思います。
ーーーーー -
Posted by ブクログ
興味深い本でした。わたしが読んだ本は,1976年発行の単行本。
ずっと前に古本屋から購入して本棚にあったのだけれども,やっと読んでみた。
ローレンツのこの本は,大学で学んだ教育心理学の時に知った著作なので,出会いはずいぶんと古い(40年以上前)。「動物行動学」「比較行動学」という学問を世に知らしめた人といえるかな。有名なひな鳥の刷り込み理論のもとになった実験など,貴重な話を読むことができる。
訳者の日高敏隆氏は,「訳者あとがき」で「ローレンツのこったドイツ語には,かなり頭をかかえたこともある」と書かれているが,翻訳ものにしてはたいへん読みやすくて,ここに取り上げられている動物たちとローレンスとのかかわりが手に取るようにわかる。
いやー,わたしも動物を飼うのが好きなんだなあって思えたわ。アクアリウムもゴールデンハムスターもマヒワもインコも買ったことあるしね。さらに,ずっと犬も飼っているし。