日高敏隆のレビュー一覧
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いきなり性の話で、しかも表紙がこんな感じなので、借りるのが若干恥ずかしかったけど…
生殖の話は生物学的に必ず通る道だし、女として生きていても大体通る道だし、やっぱり面白い。
遺伝的に適応してきた多様性の話も興味深い。
科学とは「その時点におけるもっともレヴェルの高いウソである」という見解もなるほどと思った。
日高先生の思想的にも哲学的にも非常にレヴェルの高い話を面白おかしくやるって、私は単純に面白いな。ありがたいな。って思うけど、
中途半端に科学をかじってる人(残念ながら中高の先生とか)は、面白いのは学問じゃないと信じ込んでることが多いらしい(*_*)
竹内先生は「私に対して意地悪をする人がいるとしたら、〜(中略)〜ああ、この人もやっぱり遺伝子のコピーを増やすというプログラムに従って、こういう行動をとっているのかもしれない」という、精神衛生的に非常によい考え方を話してるo(^-^)o
「人間の一生を考えると、みんな遺伝子のプログラムに従って成長するわけです。」
大人の色気の出る時期や適齢期の男女の選び方、死ぬタイミングまで。
人生を芝居のシナリオに例えて、最後まで一生懸命演じたい。と。
高校の時に読んでからずっと思想としてあった「利己的遺伝子」の考え方や、「社会生物学」の考え方は、とても興味深い。
種のため、相手のため、ではなく、結局は自分の遺伝子にとってよいかどうか、という判断基準で選択をしている。というところが、非常に納得。
相手のため、ということは、つまりは「相手のために自分がしたいことをする」という自分のための行動。だと思ってるから。 -
Posted by ブクログ
新聞に連載したエッセイを集めた本。
短いので、気楽に読める。
虫の越冬のしかた、ヤモリがなぜ壁を這うことができるか、美形のサギが万葉集に登場しない理由の日高流解釈などが面白かった。
『チョウはなぜ飛ぶか』『ネコはどうしてわがままか』の著者だけに、今回も疑問文タイトル。
でも、「なぜ飼い犬に手をかまれるのか」という題の文章はない。
(そういえば、『チョウはなぜ飛ぶか』も、その答えは本の中にはなかったような・・・)
今回は、そこまで「外して」いなくて、おそらく「犬の由来」がそれに答える内容なのだろう。
「アルファ化症候群」とやらが、さらっと言及されるだけだったが。 -
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はじめの掴み方がよいです。
下ネタってか性の話って、やっぱり男女問わず興味のあることなんじゃないですかね?笑
もともと日高さんの研究分野も好きだし、本も読みやすいのでファンだったんです。
で、この本は日高さんとその教え子の竹内さんとの対談なんですね。
やっぱりお話も面白いと思ったし、考え方も素敵だと思いました。
科学ってこういう面白さがあるんだよって伝えてくれている。
別に絶対的なものでもないし、お堅いものでもない。
「これってもしかしたら、こうなんじゃないの?」っていう発想から生まれるある種のエンターテイメントが科学。
科学系の本を読んでいると(といっても、そんなに読まないですが…)ワクワクします。
全部「なるほど」と鵜呑みにするわけではないんですけどね。
データだってそのワクワク感を演出する道具に過ぎないような。
なんていうか、ある意味小説を読んでいる気分になります。
そんなこと科学者の方々は求めていないのかもしれませんが。
とにかく楽しく読ませてもらいました。
またお二方の本を読んでみようと思います。
星が1つ足りないのは、若干悪口?が多いように思ったからです。
お互いの意見をぶつけ合うことは重要だと思いますし、特に学者の世界なんかはそれはそれは激しいとは思います。
でも、それはあくまで批判や批評であって悪口であってはいけないと思うんです。
なので、星1つ削りました。
えらそうにごめんなさい。 -
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
大雪渓の雪の上を一生けんめい歩いている小さな黒い虫たち。
彼らはどこからきて、どこへいこうというのか。
雪の上に食べものはあるのか。
日本を代表する動物行動学者である著者は、少年のころより生きものや自然とふれあいながら、じつにたくさんの疑問を胸のうちにためてきた。
身近な犬や猫の行動から、チョウやホタル、さまざまな虫たちの行動まで、深い関心を寄せ、疑問を解いていこうとする珠玉のエッセイ集。
[ 目次 ]
第1章 動物たちそれぞれの世界(庭のタヌキ;冬の越しかた;春のチョウ;小鳥の給餌;田んぼのカエル ほか)
第2章 動物の言い分、私の言い分(稲むらの火;京都議定書;二つの美;トルコの旅で感じたこと;遠野を訪れて ほか)
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
まえがきが、普段こういうジャンルの本を読まないわたしにとっては小難しすぎて、その先を読むのが不安になった。
だけど、そこから先はいたってわかりやすく、各章は短いのであっという間に読み終えた。
真面目な生物学書かと思って読み始めたら、イラストや文章もユーモアを感じられて、あ、これ作者も楽しんで書いたやつだ、とわかってよかった。
生物それぞれ見えている世界が違うというのは、なんとなく理解しているつもりだったけど、例えばウニにとっての世界なんて想像したことがなくて面白かった。水平線から太陽が昇ったり沈んだりは感じることができ、それ以外はぼんやりとしているのか…とか。
あとけっこう驚いたのは、生物によって流れる時間の速さというか、物体の動きのスピードの感じ方も違ってくるということ。
鳥にとっては、バッタがはねるときのスピード=エサだと感じるようにできていたり、ある魚にとっては人間の動きは早すぎて感知できなかったり。
よく考えてみれば、子供の頃と今とでは時間の流れが違うように感じるので、そういう感覚なのかもしれない。 -
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動物行動学を扱った「古典」として有名な作品です。
筆者が実際に飼育し、生活を共にしてきた動物を取り上げ、彼らの行動や、それを引き起こす本能的・遺伝的形質について分析している本で、緻密な観察に裏打ちされた記述には説得力があります。
「自然の美しさ・素晴らしさ」に傾倒する筆者が、動物がありのままの姿(≒野生で見られるような特質を失わない)で過ごせるように努力している様子には頭が下がる思いがする一方で、冒頭にある通り「読み物」としての脚色をしない、という姿勢が貫かれているため、多少の読みづらさがあることも事実です。シートン動物記のような「読み物」を想像して手に取ると、期待を裏切られたと感じるかもしれません。
登場する動物も日本に生息していない種類のモノであったり、一般に飼育される種類ではなかったりと、「親しみやすさ」という面でも少し敷居が高い部分もあるでしょうか。
とはいえ、動物に対する惜しみない愛情が感じられる作品であることは事実ですし、動物行動学をはじめ、生きものに関心がある人にはぜひ一度手に取ってもらいたいと思う作品でした。 -
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日髙敏隆氏の科学への姿勢が、自身の経験を交えて語られている。月刊誌「青春と読書」(2009年)に連載されたエッセイと、2007年の講義録が1本収められており、中高生にもお薦めしたい内容である。
科学者の中で「なぜ」を問うのはNGだった、というようなことが書かれているのだが、自分が人文系のせいかピンとこなかった。そういう時代があったのか。あるいは、今でもそういうところがあるのだろうか?
エッセイの後半で、体にいい悪いでタバコを止める気はないと書かれている日髙氏だが、この連載のすぐ後に肺癌で他界されている。その書きっぷりからすると、おそらく後悔はされていなかったろうとは思うけども、執筆時に自らの罹患についてご存じだったかもしれないと思うと、なんともいえない気持ちになってしまった。 -
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生物の教科書に載っていた「刷り込み理論」のローレンツが書いた一般向けのエッセイである。動物とは全く関係ない『文学のなかの法感覚』という本の中で面白いととりあげられていたので手にとった。
ローレンツの業績は「動物行動の観察という当時は軽視されていた古典的な手法を厳密に用い、科学の名に値するものに仕立てたこと」(Wikipediaより)らしい。本書は一般向けエッセイなので、科学的な業績や理論に直接触れるものではないが、紹介されるエピソードやそこから導かれる結論には素人目に見ても怪しいものもある。
本書のみどころは、家を動物園のようにしていたローレンツがどのように動物を見ていたかがわかることだと思う。近所の人から奇異の目を向けられつつ、ガァガァと鳥声で鳴いたり、子ガモを連れて這いまわったり、悪魔の扮装で屋根に出たり、耳に芋虫を詰められたりしながら、動物を育て、観察しているのだが、とても楽しそうである。餌を得るのに魚屋をはしごしたり、迷子の鳥を迎えに延々歩いたりと、動物を育てる苦労もユーモアまじりに紹介されるが、ローレンツの飼育に対する責任感と覚悟がうかがえるものとなっている。
動物の行動に一瞥もくれないというか、カラスが鳴いているのをみたところで「なぜ鳴いているのか」「どんなときにどう鳴くのか」など気にもとめてこなかったが、本書を読み、がぜん興味が湧いてきた。彼らも主体性をもって生きている、ヒトと同じ動物であって、何かを思って(擬人化か)行動しているはずである。人間以外の生きとし生けるものについて、ちょっとした仲間意識を得ることができた。
Wikipedia によるとローレンツはナチ党員で人種衛生学(優生学)に賛意を示していたらしく、時代の事情とはいえかなり残念な事実である。ローレンツの共同研究者であるティンバーゲンはレジスタンスに身を投じていたし、フランツ・ボアゾ(文化人類学の創始者)はインディオの身体測定を行って科学的に反対をしたりしていたのに…。もちろんドイツ人であるローレンツとオランダ人であるティンバーゲン、アメリカ人であるボアゾとは比較できないし、当時のやむを得ない空気というのはあっただろうから、後世の読者が気軽に断罪できるものではないのだけど、残念ではある。
ローレンツは大戦経験者のはずだが、エッセイは終始呑気な調子で、戦後の人かと錯覚したくらいである。地球を亡ぼすような武器を持つヒトがほかの肉食獣が進化の過程で得る、暴力抑制の行動様式を持っていないことを懸念している点に彼の思うところが凝縮されているのかなと思った。というより、思いたい。
(参考) 本書が好きな人はジェラルド・ダレルの著書もおすすめ -
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植物を研究する人はどのように植物に興味関心を持ったかを知りたくて読む。
植物の話というよりは、それを介して世界をどう見るかという方が主題であった。植物、動物の様々な特徴を観察し仮説検証を繰り返す中で、物事の成り立ちの複雑性を気づき、決まった真理等を見出しそれに沿って生きることに疑問を呈している。それよりかは、真理とされているものも一時点で通っている考えにすぎない一種の幻(イリュージョン)ととらえて、複数の視点を持ちながら分からないことも受け入れる姿勢が良いとのこと。
決まった答えや正しさに固執しがちだが、そうではなく寛容な態度で物を見たり人に会ったりして、いろんな疑問を持ちそれを自由に解明する態度を持ちたいと思う