安岡正篤のレビュー一覧
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子どもの教育や人としての生き方として大切なことについての叙述が多く、子を持つ親としてひらめきの多い書となりました。
また本書の後半で述べられている陰陽相待性理論、いわゆる酸とアルカリについての話はとても面白く、読めば確かにその通りなのですが、そこまで明確にして意識をすることがなかったので、なるほどと膝を打つほどでした。
中村哲さんの書を以前に読み、本書で安岡正篤氏が語っていることと近しいことが幾つも出てきました。
生きた時代も専門とすることも違う二人が同じようなことを語っている。無論、中村哲さんが安岡さんの書を読んでいた可能性はありますが…。本書から幾つか引用してみます。
つまらない人間も「世界のため、人類のため」などと言います。あれは寝言と変わらない。寝言よりももっとわるい。何も内容がない。自分自身のためにも、親兄弟のためにも、ろくなことができない人間が、どうして世界のために、人類のために、なんて大口きけるか。それよりも、自分がおるその場を照らす。これは絶対に必要なことで、またできることだ。真実なことだ。片隅を照らす!(p.206)
現代文明の一つの危険は、この自然を犠牲にして、技巧に走ったこと、その禍を今も深刻に受けております。(p.173)
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本書は、孟子が性善説であるとか、孟子の構成はこうだとかはいわない
言っているのは、2つ、必要であるのは、「敬」と「恥」であると
また、あとがきにある言葉もいい
孟子で学ぶべきところといえば、あの信念に向かって何も恐れないという気力、迫力でしょう。
人間として一番大切なものは、気迫である。気迫がなければ人間もその国も危ういと言われましたが孟子にはそれがある。
冒頭にある、父と子の内容を見るに本書を手にとった価値があると思います。
父子の間は善を責めず
父というものは、子に対して、あまり道義的要求をやかましくするものではない
りっぱな人はなぜ自分の子どもに教えず、他人のもとに師事させるのか。
父が子に教えるからには、必ず父自身これが正しいことだと信じることに子に納得させ実行させようとする。それだけに、それが行われないとすると腹がたつ。子に対して腹を立てればかえってぶち壊しである。
子どもはこどもでなんだ親父、俺に道徳を責めるのか、自分はご立派というわけでもないじゃないかと。こうなると父子両方ともぶち壊し。これはいけない。
父は子どもの幼い頃からやかましく教えなければならないのかとなれば、それは間違いである。
父はあくまでも幼児の直接的な理想像であるのだから、子どものもつ本性である「敬」の目覚めを乱さないようにあることが肝心なところである。
人間というものは、4つの要素から成り立っている。徳性、知性・知能、技術、そして、習慣である。
愛だけでは人格として育たないのであります。愛と愛から出ずる配慮・世話だけでは人格は育たぬ。動物としては育つ。
人間が他の動物として違って、人格として、万物の霊長として育つためには、「愛」を要求するとともに、「敬」を欲す。
必ず自らかえりみる、己をかえりみる、己を修める これは孟子の真骨頂である
文化は決して全面的に意識されるものでもなければ、計画されるものでもない。われわれのすべての計画の無意識的背景が、また文化である
人間としての本質的なもの、基礎的なものができておれば、必要に応じて知識や技術は比較的容易に取得できるものであります。しかし、その逆はまったく容易ではありません。
今日の日本に何が欠けているかというと、資源でもない、経済力でも金融でもない、詰まるところ「人」である。人はどこにでも沢山いるわけですが、まさに、「多くある人の中にも人ぞ無き」であります。
今起こっているさまざまな問題は、これはすべて、人間が経験してきたことなんだ。過去の歴史の中にすべてあることで、にもかかわらず、歴史は、なんとか、発展してきおるので、今日の悩みも歴史が解決するというのです。
結局人を求めているということは、心を求めていることです。
すこし、肝心なところがくるって、もうすっかりものの芯というものを失ってしまっている。
急がば回れで、大変な回り道、あるいは、時間のかかる道でありますが、とにかく正しい思想、学問、歴史的・伝統的根拠のある正しい、優れた思想や学問、信仰というものを、できるだけ民間に復興すること、提唱することであります。
その道を尽くして死するものは、正命なり
羞恥心は、人間にとって重大な徳目である。場当たり主義でごまかしと小細工を弄する人間は羞恥心がないものである。自分の徳行や能力が人に及ばないのを恥ずかしく思わないような人間が、どうして人並みになれようか。
武士道とか任侠道とか、やっぱり根底はすべてここにあります。恥を知る。恥に耐えない。辱めを受けるということは、これはもう死より辛い。そういう恥をすることがいちばん根本の、いちばん情熱のある、いちばん生きた徳目になっておりました。
ちなみに、孟子七篇の目次は、以下のようになっています。ご参考まで
梁恵王章句
公孫丑章句
滕文公章句
離婁章句
萬章章句
告子章句
尽心章句
目次
第1章 父と子、そして教育
第2章 終末論と「孟子」の背景
第3章 「孟子」尽心章句を読む
あとがき
ISBN:9784569663678
出版社:PHP研究所
判型:文庫
ページ数:232ページ
定価:590円(本体)
発売日:2005年04月18日第1版第1刷 -
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第1部は、肥前平戸藩主松浦静山が収集した文献集「甲子夜話」に収録されている「水雲問答」、第2部は江戸初期の陽明学者である熊沢蕃山の語録「集義和書」の解説
2つの書が語る、指導者の条件、が本書です。
江戸時代は文化の爛熟期にあたり、儒教、仏教、国学の普及が支配体制維持の理由になっていて、これが、明治維新の原動力となったという
また、多くの家臣を擁し、幕府の監視を受けながら、その藩を維持していくさまざまな苦労が、ずいぶん殿様を練達の士たらしめた。また、学問風流にただならぬ造詣があった人々もすくなくありません。
松浦静山の他、真田幸貫、白河楽翁の三名君、学者としては、「言志四録」をあらわした佐藤一斎、その弟子で佐久間象山、山田方谷などを輩出しました。
気になったことは以下です。
■水雲問答
・識には3つある。知識、見識(価値判断が大事である、見識がなければ、語るに足らぬ)、胆識(確信するところ、徹見するとこを敢然として断行し得るような実行力・度胸を伴った知識・見識)
・人心を服させる、納得させる。これが治国の術という。
・徳義はたしかに良いところだけれど、その弊害は、述情、すなわち情に流されだらしなくなるということである。頭がいいという英明の弊害は、くだくだ立ち入る、細かい、小うるさいということになる。
・上位に立つと、寛ならず非常に厳しくなりがちである。これは、上位の人の心得としてはもっともである。
・才智不足のために寛厚に見えるけれど、見るところも見落とし、仕事もできないのがかえって寛厚に見える人もある。
・上にあって才智全備、そして寛厚であるという人が出れば、これはもう当たるものはない。天下無敵であるというのであります。
・私を去るの術は、これはもう勉強する、学問を学ぶ、勉学のほかありません。
・無用の用というものがあり、荘子の言葉です。棄てる物、あるいは棄てる人材というものはないということです。
・使うには、ちゃんと見分け、あるいは、使い分ける能力がないと、逆におういう与太者のためにしてやられる。その見識が必要であります。
・どうしても泰平になると人間が堕落する
・何事によらず筋道を通す。この風俗を改める。風俗に負けないで風俗に従わないで、この風俗を直していくことがまず大事dす。
・人間とは、自分の欲望、自分の趣味にあわせて何でもやり、油断をすると、何をするかわかったものでない。なんでもする。
・理性と意思の力によってはじめてできる。つまり、だらしのない人間の欲望や興味にまかせる生活に一つの締めくくりを与える。節をつけることである。それで初めて人間に「道」というものが立つ。これを義という。これを結んで、節義という。
・どうにもならないような退廃的傾向の世になったときに、すぐにどうしよう、こうしようとしたって、できることじゃない。無理にやろうと思うととんでもない副作用にかえって敗れることがある。
・それよりは、種を残す、こういう傾向を救えるような種、人物、精神、道徳、信仰そういったものを残す。そうすると時が来たら、それが必ず育って自ずから世を救う。
・諸葛孔明が、無理を頼みにきた陳情家に答える。「我が心、秤の如し。人の為に低昂する能わず」。自分の心は秤のようなものだ。人の都合で上がったり下がったりしない。
・権力について世間はなんでもかんでも悪いという人がいる。しかし、権力論は、現代でも社会学・政治学上の重要な問題の一つである。
・目的のためには、犠牲を省みんということで、人情味、人間味がなくなる、つまり軽薄になる。それでは人心がつかん。やっぱり、大功を成就する者というのは、人を使わなければならないから、忠厚である。
・自分で解決できると思ってやってみたが、自分の手に負えないとわかったときは、自分にまさる適任者にやらせたらいい。
・いくら知識を習得しても見識にはならない。見識とは判断力である。情報というものがあるけれど、これは、知識である。
・見識をどう養うか。それは、やはり人生の体験を積んで、人生の中にある深い理法、道というものがわからないと見識になってこない。
・小人を使うにあたっては、あまり罪を攻めすぎますと必ず弊害が生じます。たとえ罪をおかしても、自分の罪過を納得して罪に服させるためには、少々の過ちがあってもすぐに咎めないで、罪が外面に現れるまでは待ってやるのがよろしい。
・追い詰められると、獣すら反撃します。まして、人間にあっては当然のことです。あまり過酷に罪を責めると弊害を生じるとの言葉、ごもっともであります。
・あまり重箱の隅をきれいにつつかない。多少の弊害は残しておく。その小弊を突っつくと、かえって大弊が生じます。
・国家の滅びる兆候として、五寒をあげています。
①政外る 政治のピントがはずれる
②女はげし 女がでしゃばる
③謀泄る 機密が漏洩する
④卿士を敬せずして政治やぶる 教養がある者を大切にせず、無責任な政治を行う
⑤内を治むり能わずして而して外を務む 国内の目を欺いて、国民の目を外国ばかりに向ける
・軽率の益:軽率によって失敗することもありますが、その中にも益があります。精緻になりすぎることによる失敗も。それよりも実行段階では、躊躇しないで、さっさと断行してしまったほうがいいこといっています。
・世の中の道理をわきまえること分別は結構だが、あまりにも分別臭い人間ほど実行力はありません。それゆえに、無分別ほどよい者はないと思います。無分別であれば、たいていのことは押し切ってやり通すことができるからであります。
・「大事を倣し出すもの必ず跡あるべからず」跡をのこせば、必ずそこから禍が生じます。だから、痕跡があってはなりません。
・勤勉努力が善いことであると知っていても、現実には怠けがちなものです。そんなことはよくわかっている、いつでもできることだと言って、怠ける連中ばかりです。
・中庸に「力行は仁に近し」。努力して実行することは、道徳でいう、仁に近い。
・時世を知るということは、外でもありません。為すべきときには時機を外さず断行し、してはならないときには、行わないだけのことであります。
・「棺を蓋うて事乃ち了る」 人間の評価というものは死んでみないとわからない。
■集義和書
・人間を考察するに4つの要素
①特性
②知性・知能
③技能
④習慣
・道徳もその通りで、無理に押しつけて、型にはめることではけっしてない。いろいろのものにぶつかり、争い、苦しんで、まごまごするのではなくて、いつもゆったりと、自然に進んでいく。これが、道徳の真諦であります。
・法というものは、その時代時代、その時と所に従ってだんだん変化していかなければなりません。
・本質と実践とはおのずから区別があります。本質的には良いことでも、人情という現実の問題に違反するときは、性急に考えないで、長期的な見地から手加減しなければなりません。
・しかしながら、義の大なること、つまり、国や民族の運命を左右するような大問題に対しては、人情に囚われないで、断固として決行しなければなりません。
・日本くらい平和・平和といって大事な問題を抹殺する風俗はほかにない。平和は誰にでも口にするが、それをどう達成するか。こういう実際問題になると、これくらい難しいことはない。
・道というものは実践だ。信仰や宗教は日々の実践なんだという。つまり仏教も道徳なんです。広い意味において、すべては道徳であり、すべては人間いかに生きるべきかということなのであtって、これを間違えたら人間は破滅してしまいます。
・躾という字はまことにうまくできている。身体を美しくする。身体をきれいにする。人間のありかた・生き方・動き方を美しくするという、これは躾だ。
・道徳というものは自然である。自然であるから、原則として教師たる者は自ら範を示すことである。その上に有効なる手段は、人間をそのまま反映するところの情緒というものを主として、これに理性とか知性というものを結びつけて、出来るだけ文芸とか、音楽とか、つまりレ礼楽を興すことである。これが道徳学習を進めていく大事な根本原則であります。
目次
文庫版のまえがき
第1部 「水雲問答」を読む
第1章 治と乱
第2章 権と人
第3章 人間の用い方
第4章 失敗と工夫
第2部 経世済民の真髄
第1章 道と法
第2章 日本精神
ISBN:9784569664606
出版社:PHP研究所
判型:文庫
ページ数:240ページ
定価:680円(本体)
発売日:2005年10月19日第1版第1刷 -
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安岡正篤の「十八史略」の解説本で、本書はその下巻 始皇帝の中国統一から宋代まで
秦の始皇帝の中国統一、楚漢の戦い、三国志、五胡十六国、南北朝、隋唐帝国、そして、宋へ。
諸方から、侵入を繰り返す異民族との戦い、時を超えてリーダーの行動規範を示す、ビジネスリーダー必読書の1冊とある。
十八史略はおろか、正史でまともに読んだことがあるものは、司馬遷の史記ぐらいなものだろう。
気になったのは次のです
始皇帝の行った事業、文字の統一、あたらしい小篆書へ。度量衡の統一。
始皇帝は、合理的・科学的な頭脳をもった人間であったが、一面において、妙に神秘的な占いや予言といったものも好みました。
焚書坑儒 思想統制と、言論の弾圧、長城、阿房宮、墳墓の構築など、大規模な工事の実施
燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや 陳勝呉広の乱
項羽と范増、に対し、劉邦と張良 貧農と武官との戦い
蕭何と曹参の不思議な関係、個人的には仲がわるかったが、蕭何の死にあたって自分を後継者に選ぶだろうという、曹参の確信、不仲は私事、天下の政事はおれの他にあるか。
老子の名言 「大国を治むるは、小鮮を煮るがごとし」 小鮮とは小魚のこと、天下を治めるに引っ掻き回したら、頭もしっぽもみな取れてしまう、だからそっと煮なければならない。
老子の三宝 ①慈悲、②ぜいたくをしない、そして、③突っ走らない、慎重に構える
後漢の光武帝は、シナ四千年の歴史、二十四正史と言われる中で、最も代表的な英邁なる君主として有名です。唐の太宗と並び称される人でありますけれど、人物は純粋で拡張が高いということで光武帝に心酔する学者が多い。
一番いけないのは、私事で腹を立てる。憎しむという憤怒、憎悪、これが一番いけない。
水清ければ大魚なし 魚すまずは間違いで、西域経営の班超のことば
周恩来が、田中角栄に送った言葉 「言必信、行必果」は論語にあり、「言ったことは必ず守る、やるべきことはきびきびやる」という意味です。
曹操を指していったことば、「治世の能臣、乱世の姦雄」、世の中がおさまっている時は、有能な役人だが、世の中が乱れると、油断も隙もないどうも甚だ厄介なしかし英雄豪傑だと。
曹操の二人の軍師、荀彧と郭嘉、二人とも若くして亡くなったが、もし生きていれば、赤壁の戦いといった下手な戦さをしなくてもすんだにちがいない。
優れた政治家諸葛亮孔明、三国志曰く、孔明は政治というものをよくわきまえていた。優れた人材であった。刑罰や政事は峻厳でなければいかん。善良なものに対しては、寛でいい。悪い奴らについては、厳でなければいけない。寛厳よろしきを得るということが政治の秘訣である。
マルコポーロは、南宋の時代に、南京とか蘇州・杭州は非常に発達したと、驚いて伝えている。
南北朝時代に達磨大師の「碧巌録」が現れた。武帝との対話集である。そして、その原点は、小林寺にあり。
唐の太宗の政治の記録が、「貞観政要」であり、その思想は、北条政子の鎌倉幕府や、家康の徳川幕府へも伝わり、政治の基本となっていく。
創業と守成、どちらがむずかしいか
北宋の儒学者、資治通鑑の編者でもある司馬光は、明治天皇も愛読した、朱熹の宋名臣言行録には、誠実な人とある。
学問とは悟入が大事とあり、悟入とは一つの悟りから入っていくことを表す、直覚派である。単なる知識や、理論だけではつまらんといっています。
最後に本書は、チンギスハンの哲人宰相であった耶律楚材の言葉でおわる
「一利を興すは、一害を除くに若かず」 事を興そうとするならば、まず、害を取り除かなければなりません。一事をふやそうとすれば、ますその前に一事を減らさなければなりません。
目次
第5章 天下統一への攻防
第6章 「三国志」の主役たち
第7章 長い戦乱と内乱の後
(上巻)
文庫版のまえがき
序章 中国古賢・先哲の智慧
第1章 三皇五帝・三代の治
第2章 中国思想の淵源
第3章 春秋覇者の台頭
第4章 戦国時代の英傑
ISBN:9784569663241
出版社:PHP研究所
判型:文庫
ページ数:304ページ
定価:760円(本体)
発売日:2005年03月16日第1版第1刷 -
Posted by ブクログ
論語を講釈ではなく、生きた学問である「活学」として捉えた書
論語読みの論語知らずとは、人を中傷するための言葉ではなく、自分自身に向けて学問をちゃんと身につけていないことだと指摘をしています。
安岡正篤という方は、儒学古典の人かとおもっていましたが、欧米からも仏教からも引用があり、現代人という印象を受けました。
3部にわかれていて、論語の概要、中庸の概要、論語の人物像になっています。
得てして、知らず知らずの論語の言葉をなんとなく知っているというものが結構でてきます。
気になったのは、以下です。
・人間というものは自分ではわかったような心算でも、なかなか本当の事がわからぬものである。
・利によって行へば怨多し:利を追うばかりでは人の恨みを買う。利の本は義、義がなければ、いくら儲かっても長続きしないのである。
・行いに敏ならんと欲す:頭で考えるだけではだめで、実行に移すこと。敏とは、頭をフルに使うこととある。
・未だ生を知らず、焉んぞ死を知らん:生とものを知らないのに、死を知ってどうするのか。もっと自分の生そのものに徹せよ。
・巧言令色:口先がうまくて如何にも表面はよいが、中身がない
・人の己を知らざるを患へず、己、人を知らざるを患ふ:人が自分を知ってくれないということはどうでもいい。そもそも、自分が人を知らないことが問題である。
・中庸とは真ん中ということではない。「中」とは相対するものから次第に統一的なものに進歩していく働きのこと、「庸」とは、絶えず更新してゆく。続くという意味。「中庸」とは、すべての人が如何に変わらずに相待って和やかに、調和を保って、進歩向上していくことをあらわしている。
・六中観
忙中、閑有り
苦中、楽有り
死中、活有り
壺中、天有り 壺の中にもう一つの世界、別天地があるとこと
意中、人有り 心の中に人がある
腹中、書有り 腹の中に本をもっている
・君子多能を恥づ 器用貧乏とのこと、あれこれやることなしに、何か一つのことに打ち込んだほうがいい
・誠実、質朴といった内実が、外貌のあや、かざりに勝れば、粗野になり、負ければ、礼にはかなっても、誠実に欠ける。両者がうまく調和してこそうまくいく。
・知;賢人とは似たりよったりだが、愚:馬鹿にはそうそうなれぬもの。知より愚のほうがはるかに難しい。
・君子とは、2つの意味がある。一つは民衆に対して指導的立場にある人、今一つはその立場にふさわしい人格・教養を持った人。この二つをもっていることが君子である。
・あたかも愚物のごとし。孔子の優秀な弟子、顔回も曾子も、一見はいはいと愚者に見えるが実はそうではない。しかし、退いた後の行動をみれば大いに啓発するものがある。見た目で判断をしてはいけない。
目次
「論語に学ぶ」によせて 田中忠治
論語読みの論語知らず
其の一 本当に読みたい人のために
其の二 活学としての論語
中庸章句
一 序論 変わらざる進歩向上の原理
二 本論 人生に活かす中庸
論語の人間像
一 時代背景
二 此の時代の人物の種々相
三 孔子の人と為り
四 救い難き人物
五 この世の難しさ
六 斉の名宰相・晏子
七 子産と寗武子(ねいぶし)
八 周公旦と蘧伯玉(きょはくぎょく)
九 孔門十哲
日本と儒教
日本民族には創造力がないか
ISBN:9784569578132
出版社:PHP研究所
判型:文庫
ページ数:304ページ
定価:619円(本体)
発売日:2002年10月03日 -
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●「現代文明の危機は真我の喪失にあり」
今日の世の中に忘れられ、なおざりにされておる最も大切なもの、それを回復しようということで、それはなにかと言えば、結局真実の自己であります。・・・現代は知識階級ほど雑学・俗学・曲学に覆われている。真実の自己というものは、こういうものを払い落としてしまって、はじめて発見する事ができるのであります。
●経済こそ我が国民の将来を決定する要素だと考えるのは、枝葉の繁茂を見て根幹を見ぬからであります。すべての物質的生活問題も、これを有効円満に解決してゆくためには、必ず美しい精神的、感情的要素がなければなりません。 -
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安岡正篤氏が、昭和36年から昭和59年の間に「師と友」に連載した記事をまとめ、1985年に刊行されたものの新装版。
言葉使いをみなければ、ごく最近書かれたものではないかと間違うくらい、現代の問題と重なるところがある。
一番最初の「肉眼と心眼」のところにある「顕在エネルギーと潜在エネルギー」は、野村監督のいうところの「有形、無形の力」に通じるところがあるなぁと思った。
これからじっくり読み進めていきたい。
(3.31追記)
運命、天命、知名、立命
先天的に賦与された「天命」と、いかようにも変えることのできる「運命」、これを知る「知名」、知ってそれを完全に発揮していく「立命」。
命は我より作(な)すもの・・・袁了凡の悟り
無心であればそこに神の慧智が発し、ものの道理、因果の関係、命数などが明らかに観ぜられ、自分が自分の運命の主になってそれを使いこなしていける。
孟子「求むればこれを得。我に在るものを求むればなり」
「万物我に備わる」
「これを求むるに道あり。これを得るに命あり」
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現代人はものを知ることしか知らぬものが多い。
真の知とはもの自体から発する光でなければならず、自我の深層から、潜在意識から発生する自覚でなければならない。これを悟るという。
すなわち「活きた人格と人格との接触、触発」であり、「全生命を打ち込んで学問する、身体で学問すると、人間が学問、叡智そのものになってくる。
これからは知識ではなく悟道の文明を! -
Posted by ブクログ
陽明学の内容を良くあらわす「伝習録」その中でも「抜本塞源論」は傑作といわれる。
●頽廃・混乱の世では、枝葉末節にこだわった議論ではなく、病弊の根本を抜いてその源を塞ぐことを考え、自ら奮発し、身をもって事に当たるべし。
●平生において学問修養し、心を練っておくこと。いかなる問題も結局は心の問題に帰する。
●時代・人心というものは自ずから霊妙なものがあって、混乱と暗黒の時代がやってくると、人々は無意識の内に何か真剣で真実なものを求めるようになる。これが良知。人間誰もが本具するところ。
●私利私欲がなかったならば、精神のもっとも本質的な直観が顕われる。 -
Posted by ブクログ
あいまいな認識を詰めてくれるような含蓄の深い言葉にじわじわ来ます。
●民族、国家のために全てを捧げようという幕末・明治のような気分にある「個人の滅却・献究」と、機械文明・都市生活のために個人の主体性がなくなり、群集心理が横行する「人間が無内容」になる事は全く異なる。
●真のインターナショナリストになるには、最も洗練されたナショナリストでなければならない。(内が充実していないと外とも関係できない)
●機械的・享楽的文化の中であまりに情報に振り回されると自分の思考力・判断力・批判力など内面的自己がなくなってしまう。
●「知識」は大脳皮質の作用で得られ薄っぺら。「見識」は人格、体験、悟りなどが内容になる。決断力・実行力をもった知識・見識が「胆識」となる。
●道というものは、本に反り、始めに復って、絶えず新しく出直していくこと。日本は現在事窮している。創業垂統の明治精神を尋ねるのが良い。 -
Posted by ブクログ
危機に瀕した日本と日本人を再生するには、東洋の叡智と伝統に学ばねばならない。透徹した人間観・文明観に根ざした珠玉の講話集。
今日の日本国家や政治家、そして国民のあり方に満足する者は何人いるであろうか。まさに日本の進むべき道は暗中模索の状態にある。
本書は、東洋学の泰斗が、戦後、高度成長期の物質文化先行のもとに置き去りにされた精神文化を今一度喚起させるべく、日本の伝統精神が如実にあらわれていた時代・思想・理念をあげ、日本の進むべき道を説き明かす。幕末明治の志士たちを筆頭に、道徳教育が庶民にまで行き渡り、大業がなされた『明治維新』や「和を以て貴しと為す」といった聖徳太子の『十七条の憲法』など、自主・自律の心が老若男女に培われていた古き良き時代を顧み、日本国家と国民に東洋の思想と叡智こそが現在において最も必要とされることをわかりやすくといている。
過去の歴史・伝統を無視し、表面的繁栄の中没落の道を進んでいる日本国家と国民に一筋の光と希望を与え、活路を見い出す。
透徹した人間観・文明観に根ざした珠玉の講話集。文庫オリジナル。
日本人ですもの。
自国のことは自分たちでなんとかしていきましょ♪
なんつって(*^_^*)