安岡正篤のレビュー一覧
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▼ 100文字感想 ▼
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五計とは「生計」「身計」「家計」「老計」「死計」。いかに
生き、いかに死すべきか。病気にならないように、毎日
の生活に気をつけて、家庭も大事にしましょという指針。
西洋、東洋問わない先人の言葉が、名言集の味わい。
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▼ 5つの共感ポイント ▼
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■英語の先生が英語の本ばかり、医者の先生が医学
の本ばかり、これは案外良くないんです。別の分野の
書も、随時忘れぬように、怠らぬように読む、勉強する
ということであります
■教育とは、どんなことも初めからできる必要はない、
いつでも謙虚に熱心に学ぶことのできる心構えをつくる
■実際に教えるということぐらい学問になることはない
■自ら一灯となって、自ら座している一隅を照らす
■人間に根本的に必要なものは「敬」と「恥」である。
愛は他の生物にも見られるもの -
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論語について解説しているが、全ての一字一句についてを取り上げているのではなく、主要な考え方や孔子の弟子達について著者が講釈したものをまとめたもの。時代としてはオイルショック、ソ連の時代のものなので結構前のものではある。解説とはいえ、著者は論語を理論解釈で終わらせることを良しとせず、自分の行いや思考と照らし合わせ、実際の行動のために腹落ちさせるために読むべしとしている。また、この時代は論語ブームらしく、経営者や士業の人たちにもこぞって読まれていたらしいが、それ故漢文からの解釈が安易になされているものもあり、それらについても著者は、儒教という教えや孔子という人柄から俯瞰し、誤りを指摘することもしている。
この本で論語の基本的なスタンス?は知ることができるが、まぁ、これは儒教の上下関係重視的な面がこの社会にしっかり機能してはじめて、論語の教えが生きるのだなという印象。主に昭和時代の働く男性向き。現代なら政治家か。これを子育て・介護中の人に説いたらキレられそう。少なくともケア労働者にとっては実学ではないでしょう。人に対する態度等はこういうのが理想だなと思いつつ無理に理想を追い求めすぎないくらいが、我々一般庶民にとっては丁度いいのではないでしょうか。
とはいえ、成程実践的だなと思ったのが、悪について述べた一節。悪というのは悩みの種でなんとか対処すべきだが、それにあたって悪とは何か善とは何かの問答をする必要はない。まず現に目の前にある悪をどうするかについて考えよというもの。確かに、危機が差し迫っているのに本質論を議論している場合ではない。これぞ学問を理論で終わらせるなという主張に沿ったものだろう。 -
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ネタバレ2020年6月14日記述
運命を創る 新装版 人間学講座
安岡正篤(やすおかまさひろ)氏による著作。
2015年4月4日第1刷発行。
この作品は1985年12月に発行されたものを新装版化しました。
著者の安岡正篤氏は
1898年(明治31年)、大阪市生まれ。
大阪府立四條畷中学、第一高等学校を経て
1922年(大正11年)東京帝国大学法学部政治学科卒業。
東洋政治哲学・人物学を専攻。
同年秋に東洋思想研究所、1927年(昭和2年)に(財)金鶏学院、
1931年(昭和6年)に日本農士学校を設立。
東洋思想の研究と人物の育成に従事。
戦後、1949年(昭和24年)に師友会を設立。
広く国民各層の啓発・教化につとめ
1983年(昭和58年)12月鬼籍に入る。
岩田松雄氏の著作の中で会社等の組織で上に行くにつれて徳、人格を磨いておくことの大切さを説いており、その中で「人を動かす」や松下幸之助氏などと並び読んでおくと人格面を磨く効果があると安岡正篤氏を薦めていた。
それで初めて著者を知った。
Wikipediaを参照する限り、当時かなりの影響力を持った思想家とも言える。
ただ歴史教科書などで言及される事は無い。
自分も中学校、高校、大学受験でも日本史を愛好していた。
ただ全く知らなかった。
他の著作に目を通さないと評価しきれない所はあると思う。
ただ個人的には古いこともあってわかりにくいと思う箇所もあった。
古代中国の思想家の考えも今ならもっと噛み砕いた本も出ているしそっちを参考にしても良いのかなと思う。
あと本書は各地での講演をまとめた内容になっている事も本としては中途半端になっているのかなと感じた。
あと最初の部分に出て来る旧満州だけの野望、独立に留めていたら問題は無くいったはずであるという部分はちょっとどうなんだと。
結果を見れば旧日本軍、関東軍は制御できなかったし。
明治時代までは良かったが・・・昭和はまるで駄目という感じは司馬史観とよく似ているなと。
(もちろん昨今ますますカルト化している上念司氏や百田尚樹氏などのトンデモ歴史認識よりははるかに良い事は事実だ)
睡眠や食事に気をつけ健康管理を重視せよという指摘はその通り。
ナポレオンも負けた戦、悪い判断をした人生後半の時期はかなり体調が悪くなっていたのだという。
印象に残った部分
人に嫌われぬための五箇条
1初対面に無心で接すること
有能な人間ほど、とかく慢心や偏見がありまして、どうしても有心で接する。
これはいけない。どんな人にも初対面に無心で接せねばならぬ。
2批評癖を直し、悪口屋にならぬこと。
3努めて、人の美点・良所を見ること。
4世の中に隠れて案外善いことが行われているのに平生注意すること。
これは自己を明るくし、社会観を明るくします。
実存主義者の反対です。
5好悪を問わず、人に誠を尽くすこと。
学問というのは片輪ではいけない。
今までのような専門なんてものにとらわれておっては行き詰まりだ。
専門家になると、型が決まって非常に狭くなってしまって、その結果、あることについて深く知っているが、他のことは何も分からぬということになる。
ほかのことが分からぬだけならいいのだけれども、
他のことが分からぬと専門が行き詰まる。
専門になるほど富士山のように裾野が広くなければならぬ。
できるだけ、他の世界に関心をこまかに持たなければならぬ。 -
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解説は「まあ…」という感じで、ほぼ流し読み。
ただ選ばれている文言は良く、参考になった。
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四耐というが、一番難しいのは閑に耐えること。
世の中には長所が短所の人間があり、短所が長所の人間もある、この短所が長所の人間程偉大なる人物。
人間の精神というものは、それが低い場合には何かに衝突する。
(→即ち、意識レベルを上位概念へと高めると、対立は不思議と解決する。これ、小倉広氏のコンセンサス・ビルディングそのものだと思う。)
人間の顔は、自分の生理・心理のすべての報告書。
人に嫌われぬための五箇条
一、初対面に無心で接すること。
二、批評癖を直し、悪口屋にならぬこと。
三、努めて、人の美点・良所を見ること。
四、世の中に隠れて案外善いことが行われているのに平生注意すること。
五、好悪を問わず、人に誠を尽くすこと。
生活上の問題に一喜一憂しやすく、特にすぐ悲観したり、興奮しやすいというのは病的で、事を成すに足りない。こういう人は環境に支配される力が強いのであるから、自己の主体性がないのである。
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など。
一喜一憂しやすい人は環境に支配される力が強く、自己の主体性がないというのは…耳が痛い。。
非常に鋭い意見である。 -
Posted by ブクログ
裏の政治家 安岡正篤(やすおか まさひろ)氏による人間形成を説いた本。仏教や論語などの古文、孟子や老子などの古人を引用し、平素から心がけるべきことを述べている。なるほどと感じた事もあるし、あまり響かない言葉もあった。印象的な箇所を記す。
「外国人と付き合うとよくわかりますが、外国の知識階級は非常にクラッシックというもの、古典というものを大切にいたします。この古典的教養というものがあって、初めて新思想も新文明もあるのであります」
「大切なことは読書をすること、良い書を読むことであります。読書も、つまらない時間つぶし、気晴らしというような読書では駄目、我々の人間味というもの、我々の内面生活というもの、つまり我々の表、社会生活というものから隠れておる潜在面、即ち精神生活というものに得るところのある人間的教養の書物というものをできるだけ豊かに持つということであります」
「家庭にラジオとテレビと面白そうな新聞・雑誌を幾種も揃えてごらんなさい。子供はほとんど勉強できないでしょう。暇さえあればラジオとテレビにかじりつき、雑誌を操るでありましょう。大体、そういうことで毎日を暮らしていたら馬鹿になってしまいます。自分の思考力だの判断力だの批判力だのというものが全然なくなってしまいます」
「政党政治は非常に注意を要する。国あることを知らず、ただ党あるを知り、その党よりも実は己の利を図るばかりというように、政党が堕落してオランダも衰退してしまった。だからどうしても、己より党、党より国家という精神に燃えた政党員を作らなければ、到底、政党政治というものも国民のために危ういということを通説に論じておる」
「志ある者は進を己に求むべきで、人に求めてはならない。その進を己に求むということは、道業学術の精にほかならず、進を人に求むとは富貴利達の栄に過ぎぬ」
「元来世間の人々は、長編論文なんていうものによって人生を渡るものではない。大抵は片言隻句、即ちごく短い、しかし無限の味わいのある真理・教えによって、生きる力を得るのであって、論理的知識を駆使して長々と書き記された論文・論説などは、専門家の知識・技術の研究には役に立つけれども、人生の案内にはならない」
「このごろの世相でも、少年や青年男女が、いやに早くませてしまって、人間臭く、俗悪になっているのは、決して文明文化ではなく、人間の動物的退化現象にほかならない」
「苦難は人を強くするが、安楽はすべてただ弱くするばかりである。副作用の無い安楽は、雄々しく堪えた苦難に伴う休息所である。およそ正当な苦難は、自ら必要な喜悦をもそれ自身に内蔵するものである。(ヒルティ)」 -
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本書の目的は、題名どおりオブジェクト指向設計方法の解説することである。オブジェクト指向設計と一口に言っても、1)アーキテクチャを決定する2)オブジェクトを見つけ出す3)オブジェクトの責務を定義をする4)オブジェクト間の関係を見積もる5)オブジェクト指向言語でコードを書く(設計にはコーディングを含めないこともある)6)1~5(もしくは1~4)を何度も繰り返し設計のレベルを上げるというようなことを実践しなければならない。つまり、オブジェクト指向設計を語るとは、上記ステップの詳細を語ることである。 本書の偉いところは、これをまともに行っていることである。だから、厚いし、退屈極まりない。しかも、ソフトの本なのにほとんどコードが出てこない。要は、本書を読むことに喜びはない。苦痛のみがある。読むのを止めようかと思ったが、そのときユークリッドの言葉である「幾何学に王道なし」を思い出した。オブジェクト指向に王道なし。ということで読み終えた。そして、5年前に読むべき本であったということを確信した。本書を読むタイミングは、オブジェクト指向設計に取り組みだして半年程度経過したときが良いと思う。それより前だと理解できないして、2年も経つとこの本から得られるものはない。そのような人に、お勧めする。
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十八史略とは、原初中国から宋までの十八の政権の歴史である。本書は、その十八史略をもとにした歴史上の人物の紹介と、その他の人物の対比である。大人物は天井の高い家に育つというが、正にその通り。大陸に育つと、こうもダイナミックな人物が育つのかと感嘆また感嘆。曹操、劉備、諸葛亮はもとより、日本でほとんど聞いたことがないような人物まで個性と能力に富み、悪党はどこまでも悪党、女傑はどこまでも残忍。やはり中国はダイナミックレンジが大きい。 自分をこれから大きく育てたい人にお勧めする。なお、順序だった十八史略が読みたい人には、陳瞬臣の十八史略をお勧めする。 「言必行、行必果」という言葉が気に入ったので、明記しておく。
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読書家としては古典も、、、と書いていて少し気になった。読書家?読書家とは?ググってみると、色々出てきたが、Webのタイトルと数行見ただけで不毛だなと思い止める。
まあ読書家でいいや。「読書家としては古典も読むべし」と思い、定期的に読むように心掛けている。
今月は、誰か起業家オススメの「論語の活学」古典の読み方則ち「どんな言葉でも受け入れよ、書いてある言葉がおかしいと思っても、それは古典がおかしいのではなく読み手がそこに至っていないだけなのだ」に則り読む。
読んでいくと、どこかで読んだようなフレーズがいくつか出てくる。おお私も、少し論語に慣れてきたかと思ったが、後々調べてみるとこの本読んだこと有るね。表紙が違って分からなかったのか。それならば、内容の覚えていなさにがっくり自分。
まあ続ける事に意味がある。
【学】
後世になるほど、人は泣かなくなってしまった。そういう感激性が無くなってしまった。これは民族精神の悲しむべき衰退に他ならない。卑屈な利害、打算、私利私欲のみに走って、もっとも人間らしい天下、国家、仁義、道徳、情緒、を失った民族は衰退している証拠だ。 -
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ネタバレ【縁尋の機妙(えんじんのきみょう)】p43
人間の縁の広がりによる働きの不可思議なことは到底浅はかな智慧では計り知るべからざるものということ。
【真の正学に鍛えられた人材の出現こそ急務】p52
真に活きた正学によって鍛えられた人材が出なければ、やがて日本に恐るべき混乱と暗黒の時代がやってくることを覚悟しなければなりません。然し時局がそういう風になって参りますと、時代・人心というものは自ずから霊妙なものがありまして、人々は意識しないけれども、何か真剣で真実なものをもとめるようになる。これが良知というもので、人間である以上誰もが本具するところであります。
致良知とは、その良知を発揮することであり、それを観念の遊戯ではなくて、実践するのが知行合一であります。