村上陽一郎のレビュー一覧
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[ 内容 ]
人間にとって科学とは何なのかを考える。
[ 目次 ]
序章 科学的なもの、人間的なもの
1 科学についての常識的な考え方
1.帰納
2.常識的科学観の特性
2 新しい科学観のあらまし
1.文化史的観点から
2.認識論的観点から
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
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この本を読んでいると、理解できてなるほどと思う箇所と、なんのこっちゃって箇所があった。
サブタイトルの「事実は理論をたおせるか 」に関することも自分の読解力・理解力不足から述べられない。
そして要点をまとめて感想を書け、と言われても自分の頭では無理なので、
とりあえず、自分がなるほどと理解できた箇所・そういう考え方もあるのかと意表をつかれた箇所を記録するに
留めたい。
●人間が五感を使って感じている(感じ取れている)ものは自然の中のごく限られた範囲である。
→つまり人間がいまの人間の姿・特徴であるからこそ感じる世界であって、犬やコウモリや細菌には
また違った世界がある。人間が知覚(色を認識したり、臭いをかいだり)できる世界は世界全体から見ると、
本当に限られた範囲なのである。
2009-03-21 -
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科学とそれを取り巻く社会のあいだに生じているさまざまな問題について、著者の考えかたが語られている本です。
19世紀になって「科学者」ということばが生まれ、専門家で構成される共同体と制度が形成されていきました。こうした科学のありかたを、著者は「プロトタイプ」と呼んでいます。これに対して「ネオタイプ」と呼ばれる科学のありかたが、20世紀になって登場します。このタイプの科学のもっとも大きな特徴は、クライアントの依頼にこたえて研究・開発をおこなうことです。これによって科学は、もはや専門家たちから成る共同体の内部で完結する営みではなく、社会に広範な影響をもたらすようになります。そしてこのことが、現代社会において科学をめぐるさまざまな問題が生み出していると著者は考えます。
その具体例には、医学と医療における倫理的問題や、核開発技術をめぐる安全性の問題、地球環境問題などがあげられます。これまで科学者たちは、専門家で構成される共同体の外部から研究を制約されることに抵抗を見せることもありましたが、ネオタイプの科学においてはこうした課題に向きあうことを避けてはなりません。他方で、専門家ではない一般の人びとにも、科学についてのじゅうぶんな理解をもたないまま、情緒的な意見に流される傾向がありました。著者は、科学を取り巻く問題が上述のような仕組みにもとづいていることを正しく認識し、科学教育から見なおさなければならないという意見を提出しています。 -
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現代社会において科学と科学者がどのような役割を果たしており、そこにどのような問題点がひそんでいるのかということを、広い観点から論じている本です。
科学者は、真理の探求をみずからの使命とする人びとによって構成された組織のなかで、その営みをおこなっていると考えられています。そうした科学者共同体のエートスは、本書でも紹介されているマートンによって提唱された、公有性・普遍性・私的利益からの解放・組織化された懐疑主義の四項目があげられます。しかし著者は、同僚たちとの競争のなかで科学者たちがかならずしも倫理的にふるまうとはかぎらず、むしろある意味では人間的な生々しい情念にもとづいて研究活動をおこなっていることを、具体的な例をあげて説明しています。もっとも、ここで問題にされなければならないのは、科学者個々人が高潔な倫理観の持ち主なのかどうかということではなく、外部の社会から閉ざされた科学者共同体のありかたでなければなりません。
一方で、二十世紀以降の巨大科学の発展は、科学と技術のいっそう密接な結びつきをうながし、それによって科学者はもはや自分たちだけで形成される共同体の内部にとどまっていることはできなくなっています。しかし、科学と技術が社会にもたらす大きな影響をコントロールするしくみはかならずしも整っておらず、社会とのあいだにさまざまな軋轢を生んできました。本書では、個々の論点に立ち入った検討を進めているわけではないものの、科学と社会の接点に生じる問題を概観することに努めています。そのことがかえって、本書が長く存在意義を保ちつづけている理由になっているように感じました。 -
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著者の科学哲学にかんする入門書としては、ロング・セラーといってよい『新しい科学論―「事実」は理論をたおせるか』(1979年、講談社ブルーバックス)があります。本書は、それとかさなる内容をふくみつつも、やや異なるテーマにかんしても考察がなされています。
本書のタイトルは「科学史・科学哲学入門」ですが、原本は「科学・哲学・信仰」というタイトルで、「信仰の問題を題材に組み込んで一冊の書物を造ってみること」を編集者からすすめられたことが、本書を執筆する機縁だったと著者は明かしています。そのなかには、自然科学的な世界観のうちに位置づけることが困難な人間の心をめぐる議論もあります。
著者は、自分自身が感じている空腹感のような心のありかたは、他者にはうかがい知ることができないという事実から、考察をはじめます。そこで通常は、自分自身の心のありかたからの類推によって、他者ふるまいにもとづいて彼の心のうちを理解するようになると考えられますが、同時に自分自身の心のありかたも、他者の心からの類推によって知られるということに注目しています。
こうした議論のはこびかたは、ウィトゲンシュタインが「箱のなかのカブトムシ」という例を通じて語った思想に似ていますが、著者自身の考察はすこし異なる方向へ進んでいきます。著者は、ユング心理学の無意識についての思想を参照して、人間の心のありかたには、海面上に見えている部分と、海面の下にかくれていて見えない部分があると考えます。そして、西洋の思想では個々人の目に見える部分の心をつなぐ役割を神が果たしてきたのに対して、東洋の思想では海面の下のつながりをさぐろうとしてきたのではないかと主張します。こうした西洋と東洋の文化のちがいが、科学の成立と発展とけっして無関係ではなく、むしろ文化の一部として科学をとらえなおすべきだというのが、著者の考えのようです。 -
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隠岐さやかさん、瀬川至朗さんの論稿が面白かった。
隠岐さんの論稿は、近代フランスにおけるprofession(法律家・聖職者・医師等の、特定領域での公的判断を行う者)とexpert(個別領域における技術的な助言を行う者)の関係性を取り上げ、expertがどのように地位を確立していったかについて文献に基づいて解説している。
瀬川さんの論稿は、自らの記者としての失敗経験をもとに、記者としてどのように専門家への取材に臨むべきか、専門家としてどのように記者からの取材に臨むべきかの提案を記載している。
その他たくさんの著者による論稿があるが、誰がどのような視点で稿を寄せているのかを、冒頭でまとめておいてもらえるとより読みやすい。書名になってる「『専門家』とは誰か」からは若干距離がある議論をしている著者もいくらか見られたので、それぞれがどのようなスタンスで議論しているのかが明確になると、より立体的な内容になるのかな、と感じた。 -
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2部構成です。
第Ⅰ部は、科学とキリスト教の関係について。
例えば、近代合理主義と自然科学はキリスト教を否定して始まったと考えられがちだけれど、カトリックに投獄までされたガリレオ=ガリレイの信仰は確固としたものだった。むしろ彼の科学は神のことばを自然の中に求めるというモチベーションに支えられていた、というような話です。
第Ⅱ部は、哲学について。
素粒子は目で見ることができません。素粒子の存在は、あくまで科学的知識・理論のネットワークによって認められたものです。
他方、目の前にある物(例えばペン)は、人間が直接経験できます。しかし、ペンの存在は、人間の持っている概念や認識枠組みによって認められている面があります。
最後に心ですが、自分の心の存在は自明なのに、他人の心の存在は証明しようがない。にもかかわらず、自分の心は、他人の心によって作り上げられてきたものでもあります。
ここまでは、西洋史や哲学の入門書にある話のまとめにすぎず、目新しさはありませんでした。
ただ、最後の約10ページで、科学と信仰という一般的には全く別の領域にあると思われている概念が、関連付けて論じられます。
ここは自分の中では盲点ででした。 -
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ネタバレコロナが見せた、私たちの社会の未来。
私たちは今、未曾有の事態の真っ只中にいる。ここから私たちは、何を考え、何を変えようとするのだろうか。様々な分野の人からの提言をまとめている。日本だけではなく、イタリアやドイツなど、海外の様子も描かれている。これは記録である。
緊急事態だからと、本来なら認められない政策に飛び付きたくない。緊急事態であろうとなかろうと、収入を減らした人や、感染症に弱い人に対して、サポートを手厚くしてほしい。緊急事態だからではなく、そろそろ本気で移動や流通のコストだったり、場所の共有だったり、エネルギーの使い方だったりを考えなければ。そして、緊急事態であっても、芸術やスポーツや娯楽を諦めたくない。 -
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クーンの「パラダイム論」に代表される「新しい科学論」の内容を、中高生向けに解説ている本です。
著者は、わが国に新科学哲学を紹介することに長く力を注いできた研究者です。本書は二つの章に分かれており、第一章では常識的な科学観にひそむ前提がとりだしされています。第ニ章は、前半で示された科学観をひっくり返す新科学哲学の見かたがわかりやすく解説されています。著者は、現代の啓蒙主義的科学観の来歴を訪ね、キリスト教的世界観に根ざしつつ、そこから脱却する努力のなかで形成されてきたという文化史的な考察がおこなわれています。つづいて、ハンソンが主張した「観察の理論負荷性」にかかわる認識論的考察が展開されます。
本書の主題になっている「新しい科学論」は、いわゆる社会的構成主義の理論的な基礎を提供してきたことで知られています。ただし、科学の社会学的な観点からの分析が認識論における相対主義にまで拡張されることに対しては批判も多く、この点にかんしては他の科学哲学の入門書などで補うことが必要であるように思います。