あらすじ
世界は信仰心で動いている――。
日本人は宗教とどう向き合えばよいのか。
教養としての宗教を、さまざまな視点から解き明かしていく。
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Posted by ブクログ
科学哲学者、科学史家として著名な村上陽一郎先生が、自身の信仰も披瀝しながら、宗教について書いた本である。
大変勉強になった。
宗教というと科学よりも以前からあったもので、原始的なものという、なんとなくのイメージで見ていると思うが、村上先生の語る宗教の姿は、人間という動物に欠損している欲望の抑制機能を補完する装置、だそうである。
宗教とは裸のままの人間が素朴に持っている信仰ではなく、合理的な目的のために存在している、という理解は意外だった。
惟神の道とカトリシズムを似ていなくもないもの、と称するまで自分には宗教に対する寛容な理解はないのだけれど、人類愛や博愛といった理想を描くのは、90歳近い著者の辿り着いた境地と言えるだろう。
90年生きても、人間は何を信じて生きるべきか、答えはないのである。軽やかな文体が却って熟練さを感じさせる本。
Posted by ブクログ
2025年刊。クリスチャンで科学史家、村上陽一郎先生の宗教をめぐる断想。
「まえがき」はドストエフスキーで始まっている。『カラマーゾフの兄弟』にしても、『罪と罰』にしても、ローマ・カトリシズムやプロテスタンティズムでは読み解けず、ロシア正教を理解していないと、読み解けない場面があるという。そう言えば、Orthodoxyなのだから、あちらのほうがキリスト教の正統・本家。そう考えると、キリスト教をみる見方もかなり違ってくる。
宗教と科学に始まり、スピリチュアルとオカルト、欲望と禁忌、聖書、無神論・反神論、科学的合理性と宗教といったテーマが続く。うしろのほうでは、ケストラー、パウリ、ユング、カレルといった名前も出てくる(みな懐かしい)。もちろん、ドーキンスも。そして、ルルドの奇蹟の話も出てくる。村上先生は、世界は必ずしも自然科学だけでは理解できない面があるというのだが……。
結論や強い主張があるわけではない。けれど、考えるための種子がそちこちに蒔かれている。
Posted by ブクログ
この本、目次を読まずに読み進めて行きましたが、終章で解ったことですが、著者はカトリックの信者だったのです。
改めて目次ですが、
まえがき
序章 教養としての宗教
第1章 宗教と科学
第2章 宗教の起源
第3章 スピリチュアルとオカルティズム
第3章 欲望と禁忌をめぐって
第5章 聖書とは何か
第6章 アジア大陸の聖典
第7章 国家と宗教
第8章 無神論・反神論
第9章 科学的合理性と宗教
終 章 信仰と私
碩学な著者による「宗教」なるものの説明、大変よく理解出来ました。
そして、所謂「科学的」アプローチで人間界の現象を分析される著者が、所謂「カトリック」であったということ。
でも、日本人で、日本文化から多大な影響を受けておられる著者の「カトリック」。
私は、著者の生き方、宗教との距離感はとってもすばらしいことだと思いました。
著者の説明ですが、ヨーロッパ・ギリシア・ローマキリスト教文明を分析するとき、ラテン語に遡り解説されていました。
終章まで読み終わりましたが、もう一度最初から読み直すつもりです(笑)。