村上陽一郎のレビュー一覧
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読書会の魅力を知ることができる
書かれた時期が少し前なので、現在は異なっているものもあるかもしれません。
それでも、読書会というものに関する知識を得ることができ、長所を学ぶことができました。
印象に残ったものは、江戸時代の「会読」について書かれている項です。 -
Posted by ブクログ
読みやすかった!
隣の同僚が読んでいる本の中でも村上陽一郎が紹介されていたので、もう一冊くらい読むかな。
科学とは、科学者とは。
という所から、「技術と安全」の章からは、臨界事故・クローン技術・情報化社会という、なるほど2000年のホットなキーワードが。
ただ、JCOの臨界事故は新潮文庫のドキュメンタリーを読んでから、本当に忘れられない。
効率化によって、自分たちが扱っているもののリスクを忘れてしまった痛ましい事故。
それでも、福島原発に繋げてしまった訳だが。
科学者の倫理から、最後は科学(理科)教育の在り方へと飛んで、終わる。
小学校段階では理科嫌いがそれほどいないのに、中学段階で4割が、そして残りも高校段階で更に4割が理科嫌いになってしまうことを、ある意味当然と筆者は言う。
むしろ、全員理科大好きなんて不健全で、適正から見るとそうだろう、と。
なるほど(笑)もちろん、だから理科嫌いを増やして良いとは言ってないんだけど。
冒頭の教科書文言をダメ出しされて、……となっている所も含め、この人の理科教育の話はもう少し深く聞いてみたくなった。
「かつて一九六〇年代の終わりに学生叛乱が世界的に起こったとき、学生たちは、とくに理工系の教師たちに、「産学協同」の非を弾劾して迫った。科学者たちの研究が、企業のための研究に向かいかねない状況を詰ったのであった。しかし、今日、人々は大学と企業の結びつきが足りない、と言って大学を批判し非難する。」
「東京大学は、伝統的な欧米の大学にはない際立った特徴を備えていた。最も重要な点は、神学部を欠いていたことである。……もう一つの大きな特徴は、最初から理学部を備えた大学として、東京大学が発足したという点である。すでに述べたように、欧米の大学がようやく理学部設立ということを考え始めたちょうど同じころ、東京大学は、その最も先端的な組織をいとも簡単に取り入れて造ったのである。」 -
Posted by ブクログ
東海村での核燃料製造会社JCOの臨界事故や、クローン羊ドリーの誕生、日本初の脳死者からの臓器移植など、出版当時に話題になったニュースをとりあげながら、社会のなかでの科学・技術のありかたについて論じた本です。幅広い題材をあつかっているために、個々の問題点についての掘り下げは足りないかもしれませんが、それぞれの問題について考えるための入口の役割をはたしているように思います。
科学は元来、自然を探求したいという研究者の純粋な知的関心を追求する活動として生まれました。それはいわば、クライアントを前提としない活動であり、そのような科学の性格は、内部倫理だけを考慮すればよい科学の世界をつくってきました。
しかし、第一次大戦のころを境に、こうした科学の自己閉鎖性・自己充足性は変質します。とくに第二次大戦中にアメリカは軍事利用のための科学研究を強力にバックアップし、原子爆弾を製造するマンハッタン計画の発足にいたります。こうした国家と科学との関係は、戦後も維持されました。ルーズヴェルト大統領の諮問に対する科学者の報告書『科学―この終わりなきフロンティア』では、かぎりなくフロンティアを拡大しつつ前進する科学研究の成果を最大限に活用することで、国家がかかえる問題を解決し、かぎりない進歩・発展がもたらされると述べられています。
いまや科学は、かつてとは異なる大きな社会的役割をになうようになっています。科学の専門家は、社会から隔絶された環境で研究に従事するだけでなく、社会について理解することが求められます。また非専門家も、現代の科学がはたしている役割について考察することが求められます。著者はこのような立場に立って、現代の科学教育のありかたについての考察をおこなっています。 -
Posted by ブクログ
つい先日、小飼弾氏が「科学的とはどういう意味か」という本の書評をしていた。
小飼弾氏による科学の定義とはたったの一行。
「科学とは、知をもって信をおきかえること」
つまりは、純粋な真理の探究としての科学研究について語っている。
しかし本書は、"人間にとって"科学とは何かというタイトルであり
社会の中における科学のあり方をテーマとしている。
今日の体系だった科学というものの歴史は、意外にもそれほど古いものではなく
始まってからまだ200年程度しか経っていない。
だが、科学から生まれた力は
良くも悪くも社会を大幅に変革するようになってしまった。
地球温暖化、クローン羊、ES細胞、核爆弾 etc
もはや科学は、純粋な真理の探究だけでは済まされない。
人間社会の基本的な価値観についての、多角的な議論が必要であろうと。
テーマは壮大で、いろいろ面白い話はあるのだが
いかんせん哲学的な問いなので、特に明確な結論があるわけではない。
一つ明確な主張があるとすれば
「多角的な議論のために、人類の皆がもっと科学リテラシーを身につけることが必要」ということだろうか。
余談だが、読んでいて全体的にまとまりのない文章だなと感じていたのだが
あとがきで理由が判明した。
著者は原稿を自分の手で1文字も書いておらず、語り下ろしを編集者が纏めてくれたとのこと。
どんなに頑張っても、他人の口述や考えを文章にまとめるのは限界がある。
自分の考えは自分の手で書かないと、文章をまとめるのは難しい。 -
Posted by ブクログ
書中でも触れられていたが、「科学者の集団にはクライアントが不在(だった)」。この言葉に全てが集約されている気がする。思えば不思議な特別扱いだが、責任を曖昧にされては困る。
現在の科学には公的なお金が降りていたり、あるいはその影響がこれまでにない広く大きな範囲に渡ってしまうためにクライアントとしての市民の存在が重要になってくる…というのは至極真っ当な流れだと思うのだが、どこから手をつけるのか、というのが問題になってくると思う。その点でどうにも浅い分析しかなされていないのが残念。
現在でも「サイエンスカフェ」のような市民と専門家の垣根を取り払う試みは行われている。「知っている」という意味での知識の値打ちが暴落した時、果たして「素人と専門家」という二分法は通用するのだろうか。 -
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
科学と技術の発展は人間を幸福にしたか?
原発・医療・情報化など様々な角度から問い直す。
[ 目次 ]
第1章 科学研究の変質
第2章 技術と安全
第3章 医療と現代科学技術
第4章 情報と科学・技術
第5章 科学・技術と倫理
第6章 科学・技術と教育
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
この本は,科学者が考えなければならない,科学者(研究者)としての倫理や価値観について書かれています。内容は,歴史的な変化のなかで,科学者がどのようにして共同体を形成して,そのなかでどのような倫理や価値観が作られてきたのか等が述べられています。
私は,ソーシャルワーカーというアイデンティティを持ちながら,大学の教員であるわけです。以前より,ソーシャルワーカーの倫理や価値についてはその重要性を実感しているところですが,科学者(研究者)としても同様に考えていく必要があります。
ソーシャルワーカーは科学者(研究者)というより,実践者としての側面が強いと思いますが,科学的な方法によってソーシャルワークを捉えていく必要があると思います。そんなふうに思って読んでいると,科学者と技術者(ソーシャルワークでいうと実践者に近いと思います)の違いや関係について述べられていたり,科学と神との関係が書かれており,非常に興味深く読めました。
ソーシャルワーカーという専門職はキリスト教文化の影響のもとに生成,発展してきていますが,そのあたりのことにつながることですので,きちんと理解しておきたいと思いました。