星亮一のレビュー一覧
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戊辰戦争に敗れ現青森県下北半島あたりに転封を命ぜられた会津藩=斗南藩の実際ついて、会津藩士=斗南藩士を中心に紐解く一冊。
会津藩の戦後処理から始まり、旧南部藩領の荒野と移住の過酷さ、斗南藩の政治と差別、様々な道を歩んだ旧会津人たちについて語られます。
会津藩は雄藩でしたが敗戦後に旧南部藩領にて斗南藩となり、刀を捨て鍬を持たなければ生きられない社会へと変貌します。
不毛な地で大変苦しい立場に置かれた士族は農業を行うも立ち行かず、山菜や雑穀で食いつなぐ極貧生活を強いられます。
地元農民からは“会津のゲダカ”と蔑まれ、侍としての自尊心は返って重しになっていたことでしょう。
しかし気高く力強い斗南藩は優秀な人材を次々に輩出し、藩の内外でその力を発揮していきます。
逆境に強い日本人の先駆けとは斗南藩だと私は思いました。 -
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まず、前提としてこの本は徹底的に会津の視点で書かれた本である。文章から伝わる筆者の強烈な会津への愛と薩長への憎しみに、読み始めのうちは少々引いてしまった。
しかし、その筆者の熱は丹念な調査にも繋がっており、戊辰戦争敗北後に旧会津藩士たちが様々な人生を送ったことを調べあげている。西南戦争で政府軍として薩摩軍と戦った者、萩の乱に呼応して挙兵しようとした者、旧斗南藩に残り青森県の発展に尽くした者、屯田兵として北海道に渡った者…。薩長の英傑たちを中心にした華々しい明治維新の裏に、敗者たちの悲惨な歴史があったと言える。
あとがきには、安倍晋三元首相が音頭をとり鹿児島県、山口県、高知県、佐賀県が中心となって行われた「明治維新百五十年」記念行事への、東北の人々の複雑な思いが書かれている。戊辰戦争の敗者を無視したこの記念行事は、現政府にも明治政府の東北蔑視観が強く受け継がれていることの顕れてあると筆者は指摘している。 -
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ネタバレ江戸幕府の時代では雄藩として名をはせた会津藩が、戊辰戦争に敗れたのちに新政府から見せしめのために転封を命ぜられたのがタイトルの斗南藩だった。
実収がたったの7千石しかないこの不毛な土地に送り込まれた2万人近い元会津藩士とその家族たちは、極貧の生活にあえぎ、飢えと寒さでバタバタと死んでいく。その状況下、斗南藩のリーダーたちは、領民を飢餓から救い、将来の藩の興隆を考え血のにじむ努力をする。
そんな中、廃藩置県により状況が大きく変わる。藩への拘束がなくなった(直後に斗南藩は弘前県に合併され、消滅)ことで、ある者は活躍の場を求めて帝都に向い、ある者はより豊かな土地を求めて北の大地(北海道)をめざし、またある者は斗南の地に残った。
あらすじはそういったところでしょうか。本書では斗南藩成立の過程と、廃藩置県後の人々の活躍を丁寧に記しています。
斗南藩大参事 山川浩や、少参事 広沢安任の活躍に紙面が割かれるのはわかりますが、それ以外にも本書でしかお目にかかれないような人物の活躍も丁寧に記されていて大変参考になります。
朝敵の汚名を着せられ、社会的なハンディキャップを抱えることになったにもかかわらず、大志を捨てず、精力的に活動して成果をあげていった元会津藩士たちの活躍に驚きと感動を禁じえません。
個人的に心に残ったのは広沢安任。
廃藩置県に際して同志たちが次々と斗南を離れていったのに対し、彼は残りました。おそらく貧困、老いや病でこの地を動けない多くの民を案じたのでしょう。彼らの仕事探しに奔走しています。
廃藩置県直後に青森県知事が大蔵省に提出した報告書によると、斗南に移住した会津人は当初 約1万7000人。これが2年の間に1万3000人に減り、その中から約3000人が出稼ぎで土地を離れている。そして残った約1万人のうち、およそ6000人が病人や老人だという。まさに惨憺たる状況であり、広沢も相当苦労したであろうことが見て取れる。
そんな中で、広沢が七戸藩の大参事であった新渡戸伝(新渡戸稲造の祖父)から様々な援助を得ることができた場面が描かれている。
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広沢は、自身は斗南に残ることを宣言し、・・・人々の仕事探しに奔走した。
資金援助も含めて積極的に支援してくれたのは、十和田開拓の功労者七戸大参事新渡戸伝だった。
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苦労人だけに広沢の苦悩が手に取るようにわかり、従来から農工具を提供くてくれ、さらに今回の廃藩置県で、帰農を希望する人を受け入れることも約束してくれた。
広沢は意志の強い強情な人間で、決して人に涙を見せることはなかったが、このとき新渡戸の前で号泣したという話が伝えられている。
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広沢の置かれた状況を念頭にこのシーンを想像すると、こみ上げてくるものがあります。
その後広沢は日本で最初の洋式牧場を開き、日本の肉食文化定着に重要な役割を担うことになります。
終盤はどこか郷土史研究報告に近い趣があり、評価が分かれるかもしれません。
しかし明治維新後の隠れた歴史を知る上で、お手軽に豊富な知識を得られる良書だと思います。 -
Posted by ブクログ
作家・星亮一(1935-)による会津戦争の概説。
【構成】
第一章 江戸の情勢
第二章 会津国境の戦争
1 越後方面の戦い
2 日光口の戦い
3 白河口戦闘記
4 平潟の海
5 母成峠破られる
第三章 会津城下の戦い
1 敵、滝沢峠に迫る
2 老臣、家族の殉難
3 決死の抗戦
第四章 籠城一か月
1 会津武士の意地
2 城外の戦い
第五章 降参の白旗
1 米沢藩に工作を依頼
2 仰ぎ見る者なし
鳥羽・伏見の敗戦時、会津藩主・松平容保が将軍とともに船でさっさと江戸へ戻る場面から話ははじまる。
幕府は瓦解し、会津藩もいったんは恭順したにも関わらず、薩長は討伐を通告する。東から、西から迫る薩長軍、細くたよりない絆で結ばれた奥羽越列藩同盟。
そして、国境の攻防では易々と破られた上に情報伝達に大きな問題があった会津藩。そして、為す術なく城下に攻め込まれ、やむなく籠城1ヶ月。酸鼻な市街戦・籠城戦で力尽きて降伏。
作家の筆なので、生き生きと描写されている。
会津藩の軍事指導に対しては手厳しく、鶴ヶ城攻防戦劈頭の婦女子の自刃は殉難ではなく藩の指導力の欠如と断じる。
著者は、会津擁護・会津殉難の史観には与しないと書いてあるが、落城時の描写はやはり浪花節の要素もあって、本書を手に取る人の期待に応えているように思う。
本書の記述がどれほど正確なのは分からないが、評者のように概要をおさえようとしている人間には読みやすくかかれている。会津周辺の地理的条件を頭に入れながら読むと、なお面白い。