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ネタバレ「知の巨人」立花隆のすべて 2021
文藝春秋特別編集 永久保存版「知の巨人」立花隆のすべて 文春ムック
2021年8月20日発行
編集人 前島篤志
2021年6月中旬に2021年4月30日に立花隆氏が亡くなっていた事が世間に大きく報道された。文藝春秋での著名人との対話や立花隆氏の日常の写真などが多く納められている。
また多くの人が立花隆氏の作品や本人への思いを綴っている。
他の作家が亡くなってもここまで大きく取り上げられる事はまず無いのでその面だけを見ても尋常ならざる人物だった。
私個人としては立花隆氏の文章に触れたのは受験勉強での現代文などの問題に出てきてそれで読んだのが最初だったと記憶している。
MyNewsJapanの渡邉正裕氏が立花隆氏の「知のソフトウェア」を推薦していたのでそれを読んだのが2017年くらいだったか・・・NHKの番組でもたまに見かけていたのを思い出す。もう少ししっかり意識して集中して視聴していればと悔やまれる。
今年で言うと立花隆氏の「日本共産党の研究」を読み、その参考文献の数量に驚いた。
理系分野も含め多方面の分野への関心、発信が多かった。
それだけ知的好奇心が旺盛、異常であったからと言ってよいだろう。
猫ビルの書籍保管量もすごい。
どれもこれも一般人には真似ができない。
そのままのマネはできないけれども、取り入れる事のできることは今からでも吸収したいものだ。
本ムックからもそれが各人、少しでもあるのではないだろうか。
故司馬遼太郎氏との対談や山中伸弥氏との対談なども大変貴重なものだ。
冒頭には田中角栄研究の衝撃と題して池上彰氏が当時の衝撃と立花隆氏が示したジャーナリズムのあり方への感謝を述べている。
印象に残った点
「知の巨人」とは知識を蓄えた量ではなく(それも尋常ではないのですが)
謎へのアンテナが超敏感であること、好奇心=知りたいという欲望の強さと、
それを愉しむことなのだ
立花さんは読書家として知られる。多くの人は立花さんに対して、膨大な本に囲まれてひたすら本ばかり読んでいる人というイメージをお持ちではないかと思う。しかし実際のところ立花さんはネコビルや近辺の書庫部屋で過ごすよりも外で散歩したり、美術館や博物館などを見学に出かけたりしていた時間の方がずっと長かったと思う。こちらが早く来て原稿を書いてもらわないと〆切に間に合わないと焦っている時でもなかなかネコビルに現れず、やっと来たと思ったら「散歩していた」「(映画の)試写会に行って来た」などと悪びれずに答えたものだ。(緑慎也)
マイペースで、疑問に感じたら何事もゆるがせにせず、取材相手であろうと、居酒屋の店主であろうと質問攻めにする場面を私もたびたび目の当たりにした
朝の5時までかかって原稿を仕上げた後、就寝。午後2時起床。必ず、7、8時間の睡眠をとる。髭もそらずに猫ビルを出て、近所のドトールコーヒーを目指す。ここで簡単な食事をとるのが立花さんの日課だ。
(中略)
猫ビルのすぐ近くの自宅に帰る。こちらには本物の猫が4匹いるが、「僕はあんまり猫と親しくないからなあ。猫とも人間ともあまりベタベタした付き合いは好きじゃない」とかで、猫のほうも近寄ってこない。エサをやっておびきよせ、一緒に写真におさまろうとしたら、中学3年の娘さんが「お父さんがエサをやるなんてヤラセだ!」と鋭い指摘。
知の巨人、答えて曰く、「お前たちが旅行しているときはお父さんがエサをあげているんだ。年に5回、いや、もっと少なかったかな」
私は東大の寮生活が殆どで、驚異的な読書量の学生を沢山見ていたが、その中でも彼(立花隆)の読書量はひときわ郡を抜いていたと思っている。その一方で、大学の授業には全くと言っていいほど出席しない学生だった。(青木克守)
彼(立花隆)と出会って驚いたのは、その読書量の多さだった。彼のアパートの部屋を訪ねると、八畳ほどの広さの部屋はりんご箱で構築した要塞だった。ぎっしりと文学書の詰まった箱が並んでいて、迷路のような僅かのスペースを辿って行くと、蛍光灯を点けた机の前に彼が座っていた。りんご箱で50箱もの蔵書を狭い部屋に入れるのだから、本のトンネルの中に生活するようになるのは当然だった。駒場近くの下宿、三鷹のアパート、常磐線の北小金、根津のアパートと彼は1、2年ごとに引っ越しをしていたが、その度にりんご箱の数は増殖していった。(青木克守)
立花さんは怖そうに見える。変なこというと怒鳴られると恐れる人もいるだろう。いやなことを取材される人が喋らされてしまうのは、この外見も関係ある。
実際には、怒鳴るようなことはない。大きな声が出るような人ではない。何しろ、歌を強要されるのがいやで文春をやめたような人だ。原稿が書けなくなるとパチンコにもいく、普通のおじさんの面を持っている。(蜷川真夫)
当時のヤングレディ編集部は鎌田慧さん小中陽太郎さんをはじめ、相当な猛者ぞろいでしたが、立花さんだけは一人違った雰囲気を持っていました。どちらかといえば目立たない、周りの冗談話にもあまり乗って来ない「我、この世界」というか、学者のような印象を受けました。(梨元勝)
立花氏は現代の日本では珍しく色々な領域に強い好奇心をもつ。そしてその好奇心の持ち方も並大抵ではない。そのために文献を余すところなく読み、そのことについて知っている多くの人に問いただす。こういう立花氏のすさまじい好奇心は現代の日本のジャーナリストや学者の水準をはるかに超えている。氏はソクラテス的意味における哲学者といってよい。
(梅原猛)
私は物書き、ジャーナリストといわれる人たちをずいぶんたくさん見て来たし、知っている人も多いが、その中にごく稀れにしか存在しない種族がいる。それは通常の才能では、脈絡もなく、複雑に散在しているように見える事象が、その人の手にかかると、あたかも強力な磁石が砂の中から砂鉄を吸い寄せて磁石の下に”整列”させるように、はっきりと姿を見せてしまう、そういう能力の持ち主である。この種族の中でも最たる人物が立花隆であると私は思っている。(筑紫哲也)
どの分野においても、専門家となり、そのほとんどはうぬぼれたが、偉ぶったとたん、隣接する、すぐ近くの、より世間的に尊敬される立場においてすら、天下国家を論じ、関わりをもちたがる。傲慢さが滲み出る、あるいは韜晦趣味に逃げ、隠士を気取る、両者、根は同じなのだが、立花さんにその片鱗もなく、この類いとてんから無縁、即ち、自由な個人であり、日本の風土にあって冷たい。言論を世に問う余多の先人、立花の後生に、現在、例をみない。戦後は、決して無駄な歳月ではなかった、立花隆を、ぼくたちは持ち得た。本来その著作を論じ、人格をうんぬんするのはふさわしくないが、読んでいると、つい彼の風貌、口調が浮かぶ、ぼくは二度しかあっていない、にもかかわらずこれだけ刻み込まれてしまった例は、吉永小百合だけだ。(野坂昭如)
—立花さんがインターネットを始めたときには、もうインターネット・ブームが起きていたわけでしょう。新しもん好きの立花さんがすぐインターネットに飛びつかなかったのは、どうしてなんですか。
立花 おカネがなかった(笑)。
—そんなことないでしょう。
立花 僕は他人に思われているほどカネないんですよね。「臨死体験」(文藝春秋)で一息つくまでは、けっこう赤字の年があって。物書きで食うって、ほんと大変なんですよ。だから、自前でハードウェアから買うことになると、迷いが生じるんだよね。いま買うべきなのか、もうちょって待てば、もっといいものが安い値段で出てくるんじゃないだろうかとか、そういうことをいつも考えていた。やっぱり、いいのになると何十万でしょう。ちょっと考えますよね。
—立花さんにそう言われると、なんか安心しますね(笑)(野村進)
それがどうして日本では、自然科学系のジャーナリズムというと特殊な分野になってしまうのか。そのあたりが僕には不満なんです。(中野不二雄)
立花 ひとつはマーケットの問題でしょう。その国のジャーナリズムが、ある程度大きな底辺を獲得していないと、僕のようなタイプの科学ジャーナリズムを支える力がない。つまり食えないわけです。では、その底辺を規定するのは何かというと、結局、その国の高等教育なんですよ。たとえばアメリカのように大学進学が大衆化していて、大量の人間が大学に行き、本を読むという社会になって初めて成立するところがある。つまり専門家ではない層、それもかなり広い層に、一応の知識と潜在的な関心がある、というのが前提なんです。
一部の少数者が非常に高度の教育を受けるというヨーロッパ型知的社会の構造では支えきれないでしょうね。日本でさえ、まだ大学進学者は40%までいっていない。僕らが大学を出た当時には20%に満たないくらいだったんじゃないかな。
—いま思い返してみて、自分が小説を書くのに向いていたか、資質があったか、そのへんどう思いますか。
立花 あんまり向いてなかったと思うね。ひとつは、浮気性なところがもともと僕にはあるんですよ。ひとつの小説を書き出して、それを完結までもっていけないんです。途中まで書くと、違うものを書きたくなっちゃって、だから未完のものがいっぱいあるんですよ。それともうひとつは、小説家はやっぱりつぎつぎと書いていける人じゃないとダメだと思う。
僕はそれができない。わりと完全癖みたいなところがあって、しつこくいじっている。
やっぱりできる人っていうのは、結局、生産力旺盛だね。大江さんなんか見ても、振り返ってみるとすごく書いている。
僕はいま書いているようなものだと、けっこうなんでもなく書けるんですよ。書けないと悩むようなことはない。でも思い出してみると、小説を書いているときは、やっぱり書けない悩みってあったよね。まあ結局、自分が読んでいる作品から受ける感動を、そのまま人に与えられるような水準では書けなかった。
野球とかの球技はぜんぜんダメで、走るほうは三番手か四番手。ジャンプだと誰にも負けなかったんだね、幅跳びでも高跳びでも。それで2年から3年にかけて、もう陸上ばっかりやっていた。
読書ゼロを憂う言葉を全く発すること無く、ネットのすごさを語ったかと思うと、一転、読書によってもたらされる学びや体験の素晴らしさを伝え、そして最後は、書くという新たな視点を持ち出す。立花さんが積み重ねてきた体験が生放送の中で見事に展開した。
彼が放送中に真剣に怒ったことも思い出す。ブームとなっていた「捨てる技術」をテーマにした放送で立花さんは、捨ててしまうというのは自分の個性を切り落とすことだと、いつになく感情的に語気を強めた。「その人が持っているもの、頭の中にあるガラクタな記憶すべてを含めて、その人の個性です。人類史はなぜここまで進化したのか。それはいろんなものをとっておくことで文化、人類はここまで来たんです」(国谷裕子)
少なくとも100冊以上本を読んだ人でないと、平凡な内容の本でも、1冊の本を書ける域には達しないということです。
平凡でないある程度以上の水準のものを出そうと思ったら、(中略)
つまり1000冊以上の本を読んで一冊の本を書いたときにはじめて、まあまあの、読むに耐える出来の本になるということです。
70歳の誕生日、60代に別れを告げて70代に入ったまさにその日、とうとう最後の一山を越えたんだなという思いがしました。そして今、目の前には70代という地平が広がっていますが、その向こう側に、自分の80代、90代という未来平面が広がっているかといったら、いません。70代の向こう側は、いつ来るか分からない不定型の死が広がっているだけという感じなのです。(立花隆)
(略)そうであるなら、全てのがん患者はどこかでがんという病気と人生の残り時間の過ごし方について折り合いをつけねばなりません。(略)人間は皆死ぬ力を持っているということです。死ぬ力という言い過ぎかもしれません。死ぬまで生きる力といった方が良いかもしれません。単純な事実ですが、人間みな死ぬまで生きるんです。その単純な事実を発見して、死ぬまでちゃんと生きることこそ、がんを克服するということではないでしょうか。(立花隆)
考えてみれば、戦争中の日本はオウム的な面が多分にあったといえるんじゃないですか。
(立花隆)
本との関係は、女との関係のようなものだ。いかに美女や才媛のほまれが高かろうとも、自分は好きになれない女というものがある。そういう女と無理して付き合うことはない。
好き嫌いというのは、ものごとを学ぶ上で、何よりも大切である。好きこそものの上手なれとはよく言ったもので、人は好きでないものに熟達することはできない。
先に、勉強で何より大切なのは、集中力だといったが、集中力に不可欠なのが、その対象を好きになるということである。
私は〆切が迫ると、突然、料理をはじめたりする。〆切が近いことを知っている家人から
「そんなことをしていていいの?」ときかれるが、いいわけはないのである。よくないと知りつつわざとそういうことをして、状況を悪化させ、心の中で焦りまくることで自分にプレッシャーをかけているのである。(立花隆) -
NumberPLUS 完全保存版 松坂大輔 Daisuke Matsuzaka 1998-2021 (Sports Graphic Number PLUS(スポーツ・グラフィック ナンバー プラス))
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松坂大輔現役引退を受けてのNumber PLUS。
引退時のNumber PLUSの表紙は甲子園か。自分が所持している野球選手引退のNumber PLUSは、プロの時の写真ばかりでしたね。野茂、清原、桑田、松井、イチローと。
野茂やイチローはともかく、甲子園のヒーローだったKKや松井もプロ時代の写真なのに、松坂は甲子園。
それだけ、彼の輝きは高校生の頃が煌めいていたということの証明か。
プロに入ってからも、輝きが色褪せることはなく、常にトップランカーの一人だったのですが、現役終盤ケガに苦しんだことを思うと、松坂大輔という野球選手の輝きは甲子園だったのだと思います。
彼なら、どんな夢を見せてくれるのだろう、という期待をしても、それ以上のものを魅せてくれた選手。夏の甲子園は伝説。
松坂の引退は、平成の終わりだよなぁ。と同時に、令和の伝説が大谷翔平という形で紡がれ始めました。
現役生活お疲れ様でした。 -
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週刊文春に、将棋だけを扱ったオンラインサイトがあり、その中の記事を編集したMOOK。副題に「棋士が語る 藤井聡太と羽生世代」とあるが、MOOK全体を貫くストーリー的なものがあるわけではなく、また、藤井聡太とも羽生世代とも関係のない記事も多い。だからと言って、面白くないわけではない。一つ一つの記事の中には、面白いものも多い。Numberが、Web版を作っているが、ちょうどそれの将棋バージョンといった趣きのもの。
もう一つの特徴は、棋譜が掲載されていないこと、というよりも、実際の将棋の指し手に関する記述がほとんどないことである。インタビュー記事も多いのであるが、指し手に関する質問は、ほとんどない。従い、記事の中身の多くは、棋士の人間的な側面にフォーカスしている。私の知らない若い棋士に関する記事も多いのであるが、それでも、全ての記事を読んでみる気にさせるくらいの面白さはある。将棋の将棋的側面のない本でも、面白く読ませる事が出来るのだな、と感心した。 -
Posted by ブクログ
将棋のファンというよりは棋士のファンである私にとって、ずばりストライクの企画。惜しむらくは藤井聡太君関連に偏っていることだけど、これはまあ仕方がないか。
一番良かったのは、「藤井猛と行方尚志 二人は親友」というルポ。ほぼ同年代の二人の軌跡、現在の姿が生き生きととらえられていて、添えられた写真もとてもいい。どちらも好きな棋士だけど、これを読んでもっと好きになった。年齢と共に棋力の衰えは容赦なくやって来る。そこにどう身を処していくか。棋戦に全力は尽くすが、タイトルや優勝が唯一の目標ではなくなったという藤井九段が、「戦いの螺旋から降りられない」行方九段について、「なめちゃんは一度タイトルをとらないと…。でも現実は厳しくなりましたよね」と語っているのが胸にしみた。「なめちゃん(失礼ながらウチでもそう呼んでる)」は今期順位戦で降級が決まっている。
「東大将棋部と藤井聡太」では、三人の将棋部主将が登場する。うち二人は奨励会経験者で、それぞれにドラマがある。将棋にうちこんだ人の話って、プロアマ問わずどうしてこんなに心惹かれるものがあるのか、あらためて不思議に思う。インタビューでは、最近その歴史に幕を閉じた八王子将棋クラブ席主、現役最年長桐山九段、高野秀行六段のものが印象に残った。
漫画が三本載っていて、これも良かった。「観る将」の複雑なファン心理を描いた四コマ。とよぴー(これまたウチでもそう呼んでる豊島竜王)の初戴冠時、大喜びしつつも、「ああっ!!でもなんだか世代交代が本格化したみたいでさみしい!!」「羽生先生、また取り返しに来てくれ!!」と叫んでる気持ち、よーくわかります。 -
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今年の1月に亡くなられた半藤一利さんの、追悼ムック。半藤さんが編集者をやられていた文藝春秋社から発行されている。興味深い記事が多い。
中学や高校の歴史の授業は、受験の関係で、近現代史を、殆ど扱わない。受験勉強でも、近現代史、特に現代史は入試に殆ど出ないので、勉強しない。私の受験時代の話なので大昔のことであるが、少なくとも当時はそうだった。
半藤さんが書かれる歴史書は、逆に近現代史が中心。中でも、日本がなぜ必敗の太平洋戦争に突っ込んでいったのかが、主要なテーマである。半藤さんは、幕末・明治維新まで遡り、何故をクリアにされようとし続ける著作を多く書かれている。それを読んで、私も腑に落ちた。
亡くなられた後、何冊かの本を読み返している。
現代を知るためには歴史を振り返ることも、有効な手段だと、改めて感じる著作ばかりだ。 -
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先日の日本シリーズでジャイアンツが2年連続の4連敗で敗退し、セリーグが弱い、パリーグは力勝負の野球をやっているから強いというような意見をよく聞くようになりました。
野村さんだったらどうおっしゃるかな?と思うんですよね。ヤクルトが強かった頃も、パリーグは力勝負の野球とか言われてましたが、野村さんは、頭を使っていない野球、と批判されていました。今回も、ジャイアンツがもう少し工夫すれば、もう少しいい勝負になったのではないかと。
昔はID野球って、なんだか地味でチマチマしている印象で好きではなかったのですが、野村さんの数々の名言やインタビューをこうして読むと、とても人間味のある魅力的なアプローチだったのだなと、思うところが変わりました。 -
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内田篤人引退のNumber PLUS。
同時期にLSBを務めた長友のキャラクターの印象が強いせいもあって、静と動のような対比をしてしまうのですが、前に出てくる機会が少ない(取り上げられない)だけであって、内田も確固たる自分の持ち主であると思います。
だからこその、引退という結論を出したのだと思います。このレベルに達しないのであれば引退というのは、昔から自分自身でなんとなくでも頭の中にあったのではないでしょうか。言語化するようになったのは、引退を決めてからなのかなぁ。
鹿島というチームでプロになったというのもあるのでしょうね。そして、内田のような背中を見せることで、受け継がれゆくものがあるのでしょう、小笠原を見てきた内田のように。
プレイスタイルもイケイケの長友、堅実の内田なんて思ってしまいがちですが、それも対比という落とし穴のせいでして。
この二人が揃っていた代表は幸福な時代だったのだと思います。というか、内田篤人がいた代表は、かな。
今後は指導者に進むのかなぁ。解説も聞いてみたいんだよな。忖度なしの解説してくれそうな気がするんだよね。エンタメ性はないけど、玄人受けするような。
何かしら、サッカーに関わる仕事はして欲しいです。 -
Posted by ブクログ
これは、期待通りおもしろかった。
モンゴル帝国はめっちゃダイバーシティが進んでおり、かつ、イスラム商人とかを経由して、あの国はめっちゃ強い、反抗したらやばい、というブランドイメージを世界に吹聴したからこそあの強さを実現できた、とか。
ムハンマドは、厳格な宗教者であったわけではなく、最低限のルールで、細かい戒律違反にはできるだけ目をつぶろうとした、とか。
産業革命でイギリス料理がまずくなった。農民が自分の庭の野菜で豊かな調理をする習慣が、限定的な材料で市販品を使った調理をする習慣に変わらざるをえなかったから、とか。
スターリンの身内大静粛と、ヒトラーのユダヤ人大虐殺との違い。スターリンは内側の敵を作り出して国を統制し、ヒトラーは民衆と結びつき外の敵を持つことで国を統制した。とか。
日本は銃を使って戦争したが、なぜ中国で鉄砲を活用できなかったのか?
技術がなかったから、軍の成り立ち上、希少な技術を国として承継できなかったから、と。
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