ヴァージニア・ウルフのレビュー一覧
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1928年にケンブリッジ大学の女子カレッジで行なわれた講演をベースにした、フェミニズム批評の古典的作品。「意識の流れ」による叙述のため、読み取りにくい部分もあるが、訳注と解説が充実していてとても助かる。
「自分ひとりの部屋」というタイトルは、女性が小説を書こうと思うなら、生活にゆとりのあるだけのお金(年収500ポンド、訳者によると500万円程度のイメージ)と一人になれる部屋を確保しなければならない、というウルフの主張に依る。そして、女性の経済的基盤のなさが、いかにその作家としての自立を困難にしてきたのかが、具体的に語られる。
とはいえ読み進めると、お金と部屋だけですべてを語ってはいないことにも気づく。たとえば19世紀の女性作家による作品のうち、ウルフはジェイン・オースティンの『高慢と偏見』を奇跡的とまで高く評価する。女性の置かれた困難な状況のせいで作品に傷がついた痕跡が、まったく見られないから。これに対してシャーロット・ブロンテの『ジェイン・エア』には、彼女の置かれた困難への憤怒が、作品にもぎこちなさを与えてしまっていると述べる。また、男性作家についても、女性的価値観を兼ね備えている点で、トルストイよりもプルーストを評価する。
これらの作品評価には、当然いろんな意見が寄せられそうだ。だけど、経済的基盤だけには還元されない「個人」の可能性にもウルフが目を向けていたことは確かだし、ひいては個人が社会を変えていく可能性に期待していたともいえるだろう。 -
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本書の内容を簡潔に紹介するならば、女性の文学との関わりの歴史を辿りながら、女性の地位向上のために、ウルフがその考えるところを、特に同性である女性に向けて、あるときは率直に、あるところでは文学的な虚構を混じえて、語りかけたものである。
女性が小説や詩を書こうとするならば、〈年収500ポンド〉と、〈ドアに鍵のかかる自分ひとりの部屋〉が要ると、ウルフは主張する。
オックスブリッジで、女性であるが故に立入りを断られたことや、女性の組織が金銭的な収入を得ることが難しいことを導入的に説明した後、どうして女性が貧乏なのか答えを得ようとして、いわゆる男性識者の著作等を調べるが、それらは女性に対する偏見に満ちた噴飯物であった。
そこで、女性の文学との関わりを歴史的に考察していく。シェイクスピアにもし妹がいたならば、彼女はどのような人生を送っただろうか、という有名な話も取り上げられる。
年収500ポンドというのが、あるレベル以上の恵まれたクラスを想定しているのではないのかなど、突っ込まれそうな箇所も多いが、現代的課題に正面から立ち向かった、今日的にも意味のある著作だと思う。 -
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1927年発表、ヴァージニア・ウルフ著。孤島に住む夫人とその一家、彼らを取り巻く画家ら数人。第一部「窓」:明日灯台へ行くことを思いながら日が暮れ、夕餉の席で頂点に達する各人の心理的緊張を描写する。第二部「時はゆく」:擬人化した風や闇などに視点を据えつつ、それらに家が侵食されて廃墟と化していく過程を描く。第三部「灯台」:十年後、再び家に戻ってきたラムジー氏と子供達がようやく灯台に向かう。
濃密な心理の流れだった。
第一部:主観人物はころころと入れ替わり、特に夫人の存在感が他の登場人物の心理に及ぼす影響を精密に、詩的に、哲学的に描いている。静かな池に石を投げ入れて波紋が広がっていく様を眺めているような印象を受ける。ストーリー自体はほぼ動いていないのだが、微妙な精神の揺れを介して、各人の関係や思想が浮かび上がり、物語に深みを与えている。
第二部:この部が一番面白かった。風の小隊など、自然現象に関するユニークな表現が目を引く。それに比べて、主要人物のストーリーは非常に簡潔に語られている。生き生きとした自然と無機的な人間。全てが朽ちていく、という事実がひしひしと伝わってくる。
第三部:つくづく人の死というものは、肉体としての死だけでなく、心理的な内面の世界(それは他の人の心にも食い込んでいる)をも含むのだと痛感した。そしてようやく灯台に到着したシーンでは深い解放感を覚えた。特別取り立てて言うことのない本小説のストーリーなのだが、たったそれだけの行為に膨大な心理が詰まっているのかと思うと、感慨深いものがある。こうして一旦は灯台に流れ着いた精神の流れは、これからも、永久に、主観人物を変えつつどこかへ流れ続けていくのだろう。
解説によると、本小説は著者自身の両親に対するレクイエムらしい。永久に続く流れに身を委ねること、委ねられると納得できたこと、その穏やかさを著者はきっと感じたことだろう。 -
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1927年に刊行された、ヴァージニア・ウルフの『灯台へ』。
20世紀を代表する文学作品の一冊と言われているだけあって 多くの解説や考察が見受けられます。読み始める前にそうした解説を少し読んでおいたことは、大変助けになりました。
読んでいなければ わからなかったかもしれませんが。
とはいえ、構えて読み始めたものの、思っていたほど難解な小説ではありませんでした。それは昨年刊行された鴻巣友季子さんの新訳によるところも大きいのかもしれません。
ただ 物語に動きがないので なかなか読書が進まないのも確か。
物語は、
第一部「窓」
第二部「時はゆく」
第三部「灯台」
の三部構成です。
第一部では戦争前、別荘で過ごすある一日の家族や客人たちの心象風景が描かれます。第二部では戦争を挟んだ約十年という時間が流れ、第三部では再びその別荘を訪れた人々の姿が描かれます。
大きな事件はほとんど起こりません。描かれるのは、その場にいる人たちの心の動きです。そして、その「心の主」が自然に次々と入れ替わっていきます。流れに身を任せて読んでいくしかありません。一方で、今その場に誰がいて、どのような人間関係なのかは、少しずつ見えてくる構成になっています。
この文体は「意識の流れ」と呼ばれるそうです。
第一部では、とりわけラムゼイ夫人の思考が印象に残りました。時代も国も違うはずなのに、夫婦の間で抱く感情や、家族へのまなざしに普遍性を感じました。
まるで突然、人の心の声が聞こえる能力を授かり、その場に居合わせているような感覚になります。
当時、この構成や文体は非常に新しい試みとして高く評価されたそうです。個人的には、川上未映子さんの『乳と卵』を読んだときの感覚に少し近いものがありました。もちろん、あくまで私個人の印象ですが。
そして、第一部と第三部、それぞれの最後の一文も印象的でした。
第一部ではラムゼイ夫人の揺るぎない強さを、第三部では長い旅路を描き切った作者自身の静かな自信を感じました。
今年の新潮文庫の100冊にも選ばれています。2027年には刊行100周年を迎えることもあり、海外では記念の学術企画も予定されているようです。そんな節目も意識された選書なのかな、と想像しながら読み終えました。 -
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ネタバレこれを「確かに傑作だ」と手放しに首肯するには自身の海外文学に対する読書力?知見?がまだまだ足りないのかなぁと実感させられた。
日本の小説でも「話者が誰なのかわからない現象」はたまにあって、その度に「読みにくい」としか思わなかったが、解説を読んでみるとそれこそが技法というからびっくり。
確かに、印象とか感想はとめどなく対象を変えていくもので、その人間本来の印象こそをそのまま描くことが正、みたいなヴァージニア考えも一理ある。
けど、傑作とはなぁ…
評価が分かれそうな気はする。訳者の人も原作に添いつつ、この曖昧な文章をよく訳してくれたなと感謝。
ラムジー夫人に対する周囲の評価が場面によってコロコロ変わるのは、人には色々な面があるという証左だし、いいところ・悪いところだけじゃなくて、他の側面もあるってところでは確かに頷ける。
ラムジー夫人の余計なお世話とも感じられる優しさもいいのかも知れない。
10年後のジェイムズの思春期只中の考えもよく理解できる。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ読むのに非常に苦労した。目が文字の上をすべり、中身が頭に入ってこない。
登場人物の意識の流れを克明に描写した文章なので、それを自分の頭の中のイメージに置き換えていく必要があるのだが、うまくできなかった。
こういった文章をちゃんと読める読者になりたい、というのが率直な感想です。
作品が何を主題として描いていたのか分からなかったので、各社の説明文の要所を引用してみる。
・二日間のできごとを綴ることによって愛の力を描き出した(新潮文庫)
・若い女性画家はそんな母子の姿をキャンバスに捉えようとする(岩波文庫)
・微妙な意識の交錯と澄明なリリシズムを湛えた文体によって繊細に織り上げられた、去りゆく時代への清冽なレクイエム(岩波文庫)
・別荘での一日を、それぞれの登場人物の意識を通して語られる内面のドラマ(みすず書房)
新潮文庫に書いてあるように「愛の力」が描かれているということは読み取れなかった。岩波の「去りゆく時代への清冽なレクイエム」というのも意味が分からない。若い女性画家(リリー)が描こうとしていたのが母子(ラムジー夫人とジェイムズかな?)だったとは思ってもみなかった。
みすず書房の説明は「どのような構成の小説か」を述べているだけなので、これはさすがに理解できる。逆に言えば、そのレベルまでしか読み取れなかった。 -
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ネタバレヴァージニア・ウルフに興味を持ったが、まだ一作も読んでいないという人が間違いなく最初に読むべき作品ではない。
群像劇で、かつ時間軸も長期間であり、場面も視点も多く移り変わるので、非常に読みにくく、このシーンに誰がいるのかというのが分かり辛い。非常に散漫な作品だ。
灯台へも様々な人物の視点が切り替わるが、作中の経過時間が限定されており、登場人物も限定的であるため、最初こそ苦労するが途中でそれも慣れてくる。
ただ、そういった視点の移り変わりや、人生や死というものに対する考えなどは後の作品に通じるものではあるので、他の傑作・名作と呼ばれるようなヴァージニア・ウルフ作品を読んだうえでならば興味深い作品ではあるだろう。
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新時代の小説家として名を馳せたヴァージニア・ウルフが、ケンブリッジ大学の女生徒に向けて行った講演。当時イギリスは史上初めて女性参政権が認められた時期で、女性開放の機運が高まっていた。ただ、第一次大戦後、多くの兵士(男性)が社会復帰するにあたり、女性は職場から追われ、家にいるべきという考え方が復古していたとき。参政権があっても社会的、経済的に自立できるわけでもなく、そのための支援もない状態。この状況を、もしシェイクスピアに妹がいたならというフィクションでとても上手に描いている。どの時代もこういったテーマについて面従腹背、ダブスタだったりするんだなあと改めて感じる。100年後には良くなっている(年収が上がり自分の部屋が持てる)かもしれないし、悪くなっている(子育てしながら男性と同じように働いて過労で早死にする)かもしれないという予言は両方当たっていて、変わっているようで変わっていないんだなと実感。
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Posted by ブクログ
ネタバレXでよく見かける本。確かにおすすめされる理由がわかる。
まず、女性作家という点だけで時代的に価値がある。ドストエフスキーもワイルドもみんな男性作家だし、当時の女性の立場を女性自身の視点で描いたというだけで大きな意味がある。
この作品は「見られる性」としての女性を描いている。夫やその友人たちに見られていることを気づかないふりをしているが、意識していたり、男性が求めているものを分かっていながらも、それを渡さない男女の駆け引きだったり、なるほど。そういう瞬間がたくさんあるよねの連続。
また、「女性」を超えて「ケアする側」の感情の揺れも細かく描かれていて、現代でも通じるリアルさがあると思う。誰かを支えることの与えつくす疲労、そしてケアする/される側の両者依存。男女問わず、「ケア役割」にいる人なら共感できるところも多いと思う。
ただ、文体がとにかく読みづらい。意識の流れをそのまま書いている感じで、今誰の思考かわからなくなる瞬間が多い。
あと、主人公の女性像があまりに旧時代的で、令和を生きる大学生にとっては「化石レベル」。ノスタルジーにもならない印象。だから、入り込めなかった。
でも、考えさせられる部分は多く、もう少し成熟してから読めば確実に見方が変わる本だと思う。 -
Posted by ブクログ
ヴァージニア・ウルフの本は2冊目。
ウルフは「意識の流れ」という文学的手法を使ったことで有名。
調べてみたら、意識の流れとは、人物の思考や感情が、川の流れのように途切れなく変化していく様子を表現する方法。出来事を客観的に書くのではなく、人物の主観的な視点から、思考や感情の動きを直接的に書くことが特徴。
という説明があったけど、個人的には客観的に感じちゃったな。
思考や感情が途切れなく変わっていくところがのめり込めなかったのか、フィルターを通して世界を見ているような、夢の中にいるような、そんな感覚がずっと続く。
話は入ってきにくかったから読み切れるか心配だったけど、読み心地は嫌いじゃない。
意識の流れを使ったものから、ファンタジー、ゴースト・ストーリー的な作品など、短編20作。