ヴァージニア・ウルフのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
チャレンジの気持ちで読みました。近代文学。
感想。めっちゃ味わいのある面白さ。唯一無二。
1番印象的だったのは、その独特な筆致。"〇〇が恭しく言った"とかわざわざ書かない。こんなに流れるように人物の視点が変わりがわりするんだ!ととっても驚きました。でもそれが非常にクセになるんです。気がつくと同じ文なのに主語が入れ替わってる。なんてことが沢山ある。この"アクションを起こす主体が入れ替わる立ち替わりする妙技"を、この一度目の読書の中で多分に感じて面白かったのは、家族が揃って同じ卓で夕食を取るシーンでした。
このスタイルなのに全体通した感想が"読み -
Posted by ブクログ
家族には絶対的な存在で逆らうことが許されない哲学者ラムジー氏、偉大な家長として頼られ崇められ、時には反発される。海の向こうに見える灯台へいこうという息子のジェイムスに、にべもなく「明日は晴れないだろう」という。美しくしっかりもので周囲からあがめられる8人の子持ちの理想的な母親ラムジー夫人、独身女性には結婚しなければいけないと解き、身近に集う若い男と女を結びつけようとする。
独身の女性画家リリー・ブリスコウやウィリアム・バンクス、チャールズ・タンズリー、オーガスタス・カーマイケルなどもラムジー家のスカイ島の別荘に一緒に滞在している。
第一部では、そんなラムジー家の別荘に集う人々の一日が描かれ -
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本屋の棚に割と目立つように展示していたので、購入。
登場人物が考えていることが長々と綴られていく。いつの間にか、その叙述が別の人間の考えになっていたりする。その点については、あれ、と感じるが、読みづらくは感じない。
ただ、何かが起こるというより、登場人物の頭の中の考えをずっと読まさせていくのは、すごく疲れた。ページが進まない。前半はほんの半日の話なのに、だいぶ時間が掛かってしまった。
登場人物たちについて説明的な記述がある訳ではないので、哲学者ラムジー、美貌のラムジー夫人、その子供たち、夫妻の別荘に集う独身主義の画家リリー・ブリスコウ、学者、詩人達の人となりが判ってくるまで、ずいぶん時間が掛 -
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ヴァージニア・ウルフを初めて読む。ヴァージニア・ウルフについては意識の流れ文体とか、精神疾患といわれるとか、最期がどうだったとか、そして映画『めぐりあう時間たち』で描かれていことしか知らずにいた。
あとがきでは翻訳者西崎憲によるヴァージニア・ウルフの生涯とか、解説が詳しく書かれる。幼少期から成長するまで母の連れ子(父親違いの兄)たちから性的対象にされていたんだとか、もしかしたら有名なのかもしれないけれども初めて知ったので、なんというか…(ー_ー;)
本文の翻訳では、ちょっと変わった漢字を使ったり(「滑る」ではなくて「辷る」、とか)、カタカナでなくて漢字が使われたり(麝香撫子にカーネーションとル -
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諸外国語のことは知りませんが、日本語で文章を書く場合、「です・ます調」で書く場合と「である調」と書く場合とでは印象がずいぶん異なります。
さらにいわゆる「女性ことば」(「〇〇ですの」「〇〇ですわ」「〇〇かしら」など)を文末に用いると、筆者の人物像の印象はまた異なってくることでしょう。
本書の翻訳では、「である調」で訳されているエッセイと、「です・ます調」で訳されているエッセイがありました。
訳し方の違いは何から生じているのかしらん? と思ったしだいです。
日本語で書かれたエッセイなら、その筆致から筆者の人となりをまだ想像しやすい(ような気がする)のですが、翻訳の場合はなかなか難し -
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『自分だけの部屋』『自分ひとりの部屋』といくつか翻訳版が分かれているようですが、自分は『私だけの部屋』西川正身訳を。翻訳者ごとに表現がどう異なるのか気になるところ。
エッセイ風のフィクションで、自身の見解や論旨を繰り出しながら当時のイギリス女性作家達が辿った道を垣間見ることができる。
女性の劣等性を力説してきた男性たちは実像よりも二倍に大きく見せている小さな自分の姿を直視したくない、自分を優位に置きたいが余りに、物書きの女性たちは歴史の陰に追いやられ虚構の存在となっていた。
物を書くための静かな一人部屋はしばらく与えられてこなかったという現実。
「シェイクスピアの妹」もきっと物書きを志した