ヴァージニア・ウルフのレビュー一覧

  • 灯台へ

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    第一次世界大戦というそれまでの歴史に類を見ない惨劇が世に暗い闇を落とし、そのことが当時の人々の中に道徳的な葛藤や、生きることへの哲学的な思索を促したであろうことは想像にかたくない。そうした闇のような世界の中で「灯台へ」というタイトルはとてもシンボリックであり、実際darknessとlightningは本書に繰り返し用いられるフレーズで、作品の重要なテーマのひとつとなっている。
    本来、人が人のことを理解することは容易な作業ではなく、どこまでいっても推測の域を出ないものである。それは例えると、自己と他者の間には常に暗闇があるようなもので、とくにここでは、戦争という時代背景がその闇をさらに深くしているようである。本書の登場人物たちは、その闇に照らされる灯台の光を探し求めるかのように、想像力を膨らませ、思考を重ね、相手の実像を捉えようとする。その思考の機微、それらが織り成す細やかなビジョンがとてもリリカルで豊かに描き出されているのが、本書の大きな魅力である。なにか共感や物語世界への自己投影を読書の楽しみとする場合には本書はオススメはできない。しかし私としては、今のこの世の中も、人が生きる倫理観や意味合いを問われるような、深い闇が広がっていると思うし、時代の転換点に私たちは生きていると思う。その意味でヴァージニア・ウルフが本書でみせた生きることへの透徹な思索は、現代を生きる私たちにも大きく訴えるものがあると感じる。
    訳文の巧さもあると思うが、文章がとても美しく、この点も楽しめる作品だと思う。

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    2023年09月02日
  • 自分ひとりの部屋

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    女性が小説を書くためには、「年収500ポンドと自分ひとりの部屋」を持たねばならない、という主張をどう受け止めたらよいか、終始迷いながら読み終えました。
    訳者の解説によれば、年収500ポンドはおよそ年収500万円と読みかえて差し支えないらしい。

    年収500万円相当の労働とは、どんな仕事であれかなりの時間を必要とするだろうし、時間を必要としないなら、何かしらの運の良さか才能に恵まれていなくてはならないのでは、と2023年の日本にいる私は、1929年のイギリスにいるウルフに言いたくなってしまう。(ちなみに、この作品の架空の語り手であるメアリーは、年収500ポンドを親戚の遺産から得ている設定になっている。)
    が、頭のどこかで、ウルフは1つのわかりやすい提案として、これらの条件を挙げたのではないかな、とも思う。

    それは、ウルフは何度も本書の中で
    作品はそれのみで、孤独のなかで誕生するわけではなく、年月をかけて人々が一体となって考えた結果として登場する、とも述べているから。
    そしてウルフは、様々な制約のなかで自由に生きられない女性たちが、不幸な境遇や怒りにとらわれず、精神を白熱させることを重視し、たとえ1つの時代の1人の作家がそれを完璧に成し遂げられなかったとしても、詩人の魂は不滅で、一人ひとりの女性のなかで蘇るときを待っているのだ、とも、繰り返し述べています。

    つまり、これらの条件がそろわなければ女性は小説を書けない、ということではなく、社会の様々な制約を炙り出しながら、いかに作品のために精神を白熱させられるか、過去から渡されてきたバトンを受け取り未来へたくしていくかが大切なのである、というメッセージなのではないかな。
    そして、広い意味では、小説の書き手だけではなく、一人ひとりの女性がそのバトンの受け手となるのだと思います。

    古典を読んでいるとき、だいたいは望遠鏡を一生懸命のぞいて遠くのほうで燃えさかる星を美しいなあ、と眺めているような気分なのですが、本書はその惑星からヒュッとバトンを渡されたような衝撃を受けた一冊でした。

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    2023年06月13日
  • 灯台へ

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    こんなに長いのに、一日の物語。
    風景描写がただただ美しく、よく知らないまま思い浮かべていた風景と、読後に調べてみた時に見たスカイ島の風景がそこそこ合致していて慄きました。
    文章だけでこれだけ伝えられるってすごい。

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    2023年05月17日
  • 灯台へ

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    「明日、灯台へいく」その約束をした家族が崩壊し、その約束で再度集まるような物語。
    3部構成の1冊。同じ感情を持たずとも一緒にいる家族。そこからの崩壊と最後の描きが強烈。すべてを理解できてはいないけれど、ラストの風景、ヤヴァイ、泣く。

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    2023年01月28日
  • 波〔新訳版〕

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    全体を通して詩的、抽象的、暗示的な言葉が溢れているので、一度読んだだけでは細部までは到底理解できない。
    まずは「6人のうち誰に一番共感出来るだろう」などと考えながら最後まで筋を追ってみた。
    寄せては返す波のように、6人の感情の揺れ動きが非常に印象深い。羨望と軽蔑、愛情と憎しみ、一体感と疎外感。
    親しい人物に抱く、相反するが並立する感情が、難解だが美しい表現で綴られている。
    訳者の解説にもある通り、6人にはウルフの多面的な部分が投影されているようだ。

    また、バーナードが自分に言い聞かせるように繰り返す、「月曜日のあとには火曜日が来て、また水曜日が続くのです」という言葉。仕事を持ち、家族を持ち、家を持ち、一見すると豊かで楽しい人生を送っていても、どうしても埋められない虚しさと物足りなさがある。しかし、次の瞬間には、折り合いをつけてやっぱり楽しく人生を謳歌しようではないかと、前を向く。
    このバーナードの気持ちが一番共感出来たかもしれない。人間の本質的な感情をよく表していると思った。

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    2022年02月06日
  • 自分ひとりの部屋

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    この先の人生で何度も読み返すことになると思う

    「文学の中で男性が女性の恋人としてしか表象されず、他の男性の友人ということもなければ、兵士でも、思想家や夢想家でもないとしたらどうでしょう?……文学は甚大な損害を受けることになります」
    こんな簡単な理屈でさえ信じ続けることは難しい、部屋でひとり、自分は誰かの席を奪ったのではなく奪われていた席を取り返したのだと初めて思えた

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    2021年12月28日
  • 波〔新訳版〕

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    台詞がト書きのような具合で延々続き、台詞だけで物語が展開していく。劇=詩《プレイ・ポエム》の極地ここに極まれり。

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    2021年11月11日
  • 自分ひとりの部屋

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    女性であることの意味、男性と女性が同じフィールドで戦っているという意識はいらないのではないか。
    セクハラなどと短くして軽く扱うな。
    余裕があれば女性は上手く生きていけるのか、それとも最低限の余裕にプラスする必要があるのではないか。
    性別よりもその人が何をでき、何を乗り越えてきたのか。能力主義からの脱却に最後は陥ってしまう?
    アナザードリンクはやはり、女性からのあらゆる押さえつけを受ける男性性の優勢感の爆発だったのではないか。
    女性の劣等性ではなく、男性の優勢性の維持が原因。
    美味しく食べていなければ、うまく考えることも、上手く愛することも、うまく眠ることもできない。
    ある人になりきった視点はおもしよかった。

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    2021年09月05日
  • 自分ひとりの部屋

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    面白かった。
    過去の女性たちがいかに創作の世界から、貧困と社会の圧を理由に排除されてきたかのかの話。
    自分ひとりで金を稼げないと家からは抜け出せないし、そうしないと自分の執筆や思索に集中するための邪魔されない部屋も持てないから、お金は大事なのだろう。
    成功している男性作家が基本裕福で学びに触れる機会がある。でもその一部の人しか創作の機会にありつけないのは、国や世界にとって大きな損失だ。という主張だった。
    この本を読んで、J・K・ローリングが生活保護を受けてそのお金で生活しながら物語を執筆していたという話を思い出した。それを許す環境があったからこそハリポタが生まれたのであって、だから、福祉というのは長期的には投資なのだなと思ったし、それが出来るのが豊かさだと感じた。

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    2021年09月04日
  • 灯台へ

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    小説はやっぱり素敵だなと思う。
    焦点をあてているのが、何か大きな出来事ではなく、折り重なり揺れ動く人の感情であるところが好きだった。誰もが人との関わりの中で、意識と記憶を織り交ぜて生きてる。その絶妙なバランスが表現できる方なのだと思う。

    また、リリーが真に自立を得る様子の描写が素晴らしかった。

    私は、こういう作品に小説の醍醐味が詰まっていると思う。

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    2021年03月12日
  • 自分ひとりの部屋

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    「女性が小説を書くだって」
    「ナンセンス、書けるわけがない」
    という会話が普通だった時代がある。そんな時代の中でも先人を切る方々がいたおかげで、徐々に女性が創作活動にも携われることが可能になってきた。
    本書が出版されたのが1929年、著者であるヴァージニア・ウルフさんがケンブリッジ大学で行った2回の講演をもとにした作品。当時、男女平等の参政権が認められて、しばらくたったころ。現代社会から見つめると、男女の収入格差が明確にあり、社会的地位も男女で差がある時代といえる。
    女性が小説や詩を書くことが、まだ常識とは言えない時代に創作された古典的作品があるということを認識できたこと。そして、それらの作品を読むときには、その時代背景も考察することも大事なことだと感じた。
    本書は、ユニークな語りで、子育てや家事で時間をとられ、もちろん個室があるわけでもなく、経済的な自由もない時代に、書物を創作してきた女性たちの心境を浮き彫りにしていく。脈々とつないできたバトンを聴衆である女学生たちに託すかのごとく、先人たちの力を引き継ぐことが可能であり、未来は開けていくという願いもあったのでしょう。
    読んでよかった一冊。

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    2021年01月10日
  • 自分ひとりの部屋

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    なんだろう、頭に全然入ってこない

    お金と自分ひとりの部屋が必要

    これは、今の日本となってはそんなもの男ももってないよ、と思う

    でも、日本語訳がよくないのか?言葉が頭に馴染まなかった

    三章の終わり、シェイクスピアの作品には、本人を見出させるような歪みがない、というようなことが書いてあったけど、そこは面白かった

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    2020年01月31日
  • 船出(下)

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    繰り返し読むことに飽きないというか、そうしないと入ってこない箇所があるというか。しみじみ考え感じ思い出しそうな気配を感じ。
    ダロウェイ夫人より知られていいのではと思う本だった。テレンスのセリフは、ウルフの生涯を思うと、これが彼女の亡くなる数十年前に書かれたのだと思うと、彼女の思考の日々に驚愕する。

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    2019年10月14日
  • 自分ひとりの部屋

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    なんか気難しそうで(失礼)敬遠していたウルフだけど、ユーモア精神のある素晴らしい講演だと思う。小説の「誠実さ」についてということが心に残った。しかし私はシャーロット・ブロンテのことは少し擁護したくなった。「私が私であること」のなかには、憤懣も、責任感もあって、それがシャーロット自身であったのなら、それはそれで受け入れられる。(これは読む側の私自身にはめられた枷もあるのだろうか?)
    押し付けられた価値観や役割を取り除いて、あるがままの私、でものを書くということ。あるがままの自分ってなんだろうな。

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    2019年10月03日
  • 自分ひとりの部屋

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    2019.7.3
    1920年代と今の日本、百年経ったけどそんなに変わってないですよ、と彼女に伝えたい 言いたいことは言えるけど、その発言にいまだあまりちからはないよ 45歳で最も評論や作るものに脂がのるって考えると、物を書くというのはとても息が長く素晴らしい職業 あまりにもすばらしい文章なので思わず怒ったり泣いたりしてしまったが、そうすることはこの作者の意図に反するので静かに考える バイブル

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    2019年07月04日
  • 自分ひとりの部屋

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    読みながらたくさんメモをとった。女性として生きる上でも、文章を書く上でも、心に刻んでおきたい言葉であふれていたから。シェイクスピアの妹は今でもわたしたちのなかにいる。〈現実〉を見据えて生きたい。暮らしていけるだけの自分のお金を得て、鍵のかかる自分ひとりの部屋で。

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    2019年05月22日
  • 三ギニー――戦争と女性

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    【三つの役割、一つの目的】戦争を防ぐためという目的で、とある「教養ある男性」から「私」に対して手助けが要請された。手持ちの三ギニー(注:かつてイギリスで使われていた貨幣単位の一つ)をどのように平和のために用いようかと考えた「私」は、寄付を三つの異なる相手に対して申し出るのだが......。著者は、『夜と昼』や『波』などで知られるヴァージニア・ウルフ。訳者は、本作以外にも複数のヴァージニア・ウルフの作品を訳出されている出淵敬子。本題は、『Three Guineas』。


    月並な言い方になってしまいますが、いろいろと考えさせられることの多い作品でした。書簡による返答という形式をとっていることからも明らかなように、戦争を防ぐということに対して理路整然とした考え方が打ち出されている一冊というわけではないのですが、著者の並々ならぬ熱意と情念は読み手にはっきりと読み取れる作品です。

    〜アウトサイダーは続けて言うでしょう、「なぜかと言えば、実際のところ、女性として私には祖国がないのです。女性として、私は祖国が欲しくはないのです。女性としては、全世界が私の祖国なのです。」〜

    次は著者の小説を読んでみようかな☆5つ

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    2018年03月21日
  • 灯台へ

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    第一部ではたった1日の出来事を意識の浮遊と比喩の連鎖にたくして語りが進んでゆく。第二部になると嵐のなかで急速に時間がながれ、第一部でも絶えずちらついた灯台の影が妙な主体性を帯びるように感じる。個人的にはこの章が最も好きだった。そうして10年の月日がながれると、第三部では幻想と現実がおおいに入り乱れる。静かながらも重みのある小説だった。

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    2018年01月26日
  • 灯台へ

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    小説であるが小説ではない。言葉も展開も見事。さまざまなところに意識がいきわたりそれを言葉にすることをどこまでも追求しているのがわかる。本当に面白かった。

    作中言葉の無力さを嘆く場面、ラストの場面などから筆者の葛藤や決意が見て取れる。芸術に対する態度についてしっかりと作中で言及し表明していることは、彼女の人生を写しとった作品だからこそ顕在化した父の影響なのであろうか。

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    2017年02月21日
  • 灯台へ

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    わずか400ページに凝縮された10年の歳月、でもその遠隔が確かな重みをもってこちらに伝わるのは構成の妙ゆえか。時の流れの描写が展示品のように端正だった

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    2015年11月22日