コーマックマッカーシーのレビュー一覧
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国境三部作の完結編。
1作目『すべての美しい馬』の主人公ジョン・グレイディと2作目『越境』の主人公ビリーとが共演する。
物語は、二人が同じ牧場に勤めているところから始まる。気のいいオーナーの元、多くのカウボーイ仲間に囲まれて、ジョン・グレイディもビリーも平穏な生活を手に入れたかと思わせる。
しかし、彼らも仲間もどこか落ち着かない。本作でも三部作を通して描かれてきたテーマ、失われつつある西部がモチーフだからだ。彼ら自身、自分たちの生活はもう時代遅れになりつつあり長くは続かないだろうことを知っている。そこから生まれる何とも言えない悲哀が全体に漂っている。
話の本筋は、ジョン・グレイディが惚れた女のために、ナイフでの決闘を挑み、命を落とすという、それ自身ある意味大時代的な筋書きである。
徹頭徹尾、彼は前時代の人間であったのだ。
主人公たちの生活は失われる運命にあった。三部作を通して共通していたのは、その哀愁を、全く大衆迎合的にではなく描ききっているところであり、個人的にはそこがこの三部作の魅力であるように思う。 -
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国境三部作の2作目。
本作もアメリカ西部に住む少年が、メキシコへと越境し、数々の苦難の冒険を経験するという粗筋である。
が、こちらは『すべての美しい馬』以上に強烈な喪失の物語である。
主人公ビリーの3度にわたる越境が描かれるが、そのたびに近しいものを失っていく。失われていくものを何とか取り戻そうとしても、全ては逆効果、予めそう決まっていたかのように失っていく。
主人公の喪失の物語の合間に3つの挿話があるが、それも全て主人公の運命を示唆し、主人公の孤独を強調するかために配置されているのは明白である。
しかし、何故か陰鬱な雰囲気、悲しげな雰囲気はない。全ては淡々と進んでいく。
西部のカウボーイという、失われし時代、失われていった人種、失われた社会を象徴しているのかな、とも思うが、もっと宗教的なテーマなのかもしれない。 -
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NYタイムズ紙が選ぶ「21世紀のベスト100冊」よりコーマック・マッカーシー/ザ・ロード
運命の日からしばらく、灰に覆われ日が差さなくなった世界を行く主人公と幼い息子。「善き者」であろうとお互いを鼓舞しつつ、南を目指し荒野を歩き続ける。
世界崩壊の当日やXX年後の物語は多くあるけれど、数年後の死にゆくさまを描いているのは稀有かもしれない。
描写が悲しくも細やか。冷えきった世界で漠然と南を目指すのは、まだ生きたいと願う動物としての本能かな。徹底して削ぎ落とされた冷徹な文体で、終末世界の残酷さを容赦なく突きつけます。
そんな絶望の底にいるからこそ、父と子の間に通い合う無償の愛がいっそう尊い。「火を運ぶんだ」という、祈りにも似た言葉が深く、極限状態での人間の尊厳を問い直されたようでした。 -
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ネタバレ「すべての美しい馬」のジョン・グレイディ・コール、「越境」のビリーが「平原の町」では同じ牧場で働いている。
「越境」でのビリーは世捨て人のような、世界に背を向けようが何をしようが、お構いなし、という感じだったが、ここではジョンの兄貴分として、大人になっている。
「すべての美しい馬」のジョンはどう生きるべきなのか、世界にもまだ淡い期待を持っていたように見えた。ここでもそれは変わらない。
そしてジョンは娼婦に恋をする。意味を持つ世界を信じるジョンは娼婦に入れ込み、結婚を申し込む。
ビリーをはじめ、誰もが諦めるようにジョンを説得するが、ジョンは聞かない。
ジョンにはなんとかなる、という淡い期待がある。普通、これを”若さ”として描くのだろうが、マッカーシーは”狂ってる”若者として描く。
やがて、娼婦は殺され、ジョンは死ぬ。
これを単なる愛憎劇と見ることもできる。
だが、生き方を変えられない、自分の物語に縛り付けられた人間の姿にも見える。
過去も未来も、そして歴史の中でも、人は物語を作り続ける。 夢の中でも。
それが人間なのかもしれない。
だが、それを“生きている”と呼べるのかどうかはわからない。
人は人の言葉でしか世界を語れない。
それでも世界は動き続ける。 -
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ネタバレ大厄災の後、ほとんどの動植物種・文明は絶滅し、灰色の厚い雲に覆われ、生き残る人類の大部分は人食い部族として存続している地獄の世界。
そんな地獄の中を、主人公の親子は、飢餓や凍死の危機をはじめとする様々な恐怖を経験しながら、倫理や理想を捨てずに進み続けようとする。
極限状態に追い込まれていく描写がとてもリアルで、読みながら何度も何度も「頑張れ!まだ死ぬな!」と応援してしまった。食糧にありつくたびに、自分がとても安堵した。
信仰を捨てず、こどもに無償の愛を注ぎ続ける父親が死んでしまうシーンはとても悲しかった。
少年が新たな夫婦に出会う、救いのあるラストでまだよかったが…いや、この世界には救いなどないか…。
父親がほんとに理想のパパすぎる。自分に息子ができたら、こんな父親になりたいと感じた。 -
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コーマック・マッカーシーの代表作である。
国境での麻薬取引が襲撃され麻薬と金(かね)の奪い合いが始まる。金を横取りするベトナム帰還兵、追いかけ回す密売集団、スタンガンのような特殊な武器を使う殺し屋の執拗で冷酷な追跡、それを捜査し追走する保安官・・・。
独特の表現で、今のことなのか過去のことなのか、状況なのか会話なのか、話ことばに鍵かっこを使わず、凄惨な場面が次々と起こる。めまぐるしい展開に説明がない、何がどうなっているのかわからず読者も振り落とされそうになる。
各章冒頭の随想のような文章で一息入れる。
欲望と殺戮と僅かの日常が混在し、全編を貫くスピード感と虚無感に満ちたテイストの風変わりな小説である。
映画化されてアカデミー賞を受賞する。
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Posted by ブクログ
破壊され尽くした世界を父と息子の二人が「火を伝える」という目的を持って南に向かって歩き続ける。
廃墟の中、辛うじて残った食糧や必需品を漁る緊張感、掠奪者や老人・子供に遭遇することが孤独を紛らわし物語の現実感を醸し出す。ボロボロの地図を頼りに雨や雪、疲労と飢え、病気と怪我に抗して南に向かう。海に辿り着いても状況は何も変わらない。
二人にとっては「防水シート」がいろいろな場面で何度も出てくる万能資材であり、「カート」が必要品を運んでくれる頼り甲斐のある同行者だ。
大状況がわからないということはこれ程不安を感じさせるものなのか。読者は一瞬も気を抜けず漠然とした期待を求めて読み続け、南にこそ可能性があると思い込むしかない。作者は多くを語らず読者の想像力に委ねる。温暖化による破綻なのか核戦争による破滅か、破壊された世界で二人の親子愛が辛うじて希望の火を灯す。いつまでどこまで続くのかわからない恐怖と諦観そして絶望が異空間を味あわせる。
コーマック・マッカーシーのピューリッツアー賞受賞作である。