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Posted by ブクログ
コーマック・マッカーシー氏の国境三部作の第二作目。
アメリカ南西部とメキシコを舞台に大自然と人々との関係を描く。雄大な自然と過酷な運命。出来事全てを等価に扱い、残酷さも慈愛も綯い交ぜにしてある意味で無関心かつ突き放す文体はとても哲学的。
主人公である16歳のビリー・パーハムは内的な衝動で行動し、ビリーを襲う不条理な運命はまるで聖書のヨブのよう。それなのにビリーの心理描写や感情変化はほぼ描かれる、メキシコで出会う人々の剥き出しの人間性との繋がりのなかで読者に伝えられる。
16歳にしてハードボイルドでタフガイ。しかし美しい情景が目に浮かぶ文章は詩的。魅力的な作品。
Posted by ブクログ
舞台は1940年代のアメリカ・メキシコ国境地帯。主人公の少年は、三度び国境を越え、馬に乗ってメキシコの地を延々と放浪する。
一度目は捉えた雌狼を生まれた地に送り届けに、二度目は盗まれた馬を取り戻すために、三度目は生き別れた弟を探しに。
主人公は孤独な旅を逞しく続けるが、その過程であらゆるものを抗いがたい暴力によって喪失していく。
壮大で厳格な喪失の物語である。
文庫本で600ページを超える大作だが、最初の1、2ページを読んだところで、あまりの読みにくさに挫折しそうになった。
独特な言葉遣いと長いセンテンス、詩的な情景描写、短い言葉を交わすだけのダイアログ、場面の切り替わりのわかりづらさ。
心理描写は極力排除され、ただひたすら事物だけが描かれていく。
特に、主人公が放浪の過程で出会う人物によって語られる挿話が長くて哲学的・宗教的で難解で、心が折れそうになるが、そこを乗り越えたときに頭で理解するのとは異なる、深淵な何かが確かに生じるのだ。
主人公の旅に付き合うことで、時間感覚や地理感覚が拡張されていく感じ。
先般(2023年6月)亡くなったコーマック・マッカーシーの「国境三部作」の2作目とされる。
1作目の『すべての美しい馬』より先に読んでしまった。
三部作すべてを読んでみたい気はするが、相当なスタミナが要求されそうだな…
Posted by ブクログ
1994年発表 、コーマック・ マッカーシー著。少年ビリーは家畜を襲っていた狼を捕らえた。狼を故郷の山に帰すためにメキシコへ一度目の越境するが次々に悲劇に見舞われる。そして弟のボイドとともに二度目の越境、更に三度目の越境と連なり、ビリーは全てを失ってしまう。読点を極力省いた息の長い文章、鉤括弧を使わない独特な文体。
マッカシーらしい荒野を馬で旅するロードノベルといった小説だったが、かなり哲学描写に振り切っているため全体的に神話を読んでいるような印象があった。純粋に話として面白く美しいのは前半の狼を帰す一度目の越境だろう。狼の存在が気高くて生々しく、読んでいると泣きそうになってくる。しかし中盤以降に登場する「崩れかけの教会に住み神に議論を挑む男」「目玉を吸われ盲目になった元革命軍兵士」「墜落した飛行機を運ぶジプシー」の挿話も捨て難い魅力がある。三つとも一見シュールな状況なのだが語られる哲学的考察はあまりにシリアスで、それだけで一つの小説として成り立ちそうな密度がある。二度目・三度目の越境自体はやや冗長な気もするが(特に馬を取り返そうとするシーンは「すべての美しい馬」とかぶっている)、これらの挿話を挟むためには必要だったのだろう。
それにしてもマッカーシーの小説を読んでいて感じるのは、獣・人間が荒野に均等に配列されているという印象だ(そして荒野の上空には「神」や「運命」がある)。おそらく心情描写を徹底的に排除しているせいなのだろう。本小説における狼の親近感はここに起因しているに違いない。つまり、人間特有の心情描写を切り取ってしまえば狼と人間の区別はつかなくなる、ということだ。
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