コーマックマッカーシーのレビュー一覧

  • ステラ・マリス

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    ネタバレ

    正直なところ、『通り過ぎゆく者』はそれほどじゃなかったのだけれど、こちらを読み出したら、俄然面白い。やー、すごい。さすがだ。コーマック・マッカーシーはこんなところへまで到達していたか。しかしやはり『通り過ぎゆく者』あってのこと。あくまで対であり、『通り過ぎゆく者』を先に読んでのことかと思う。そしてこの後もう一度『通り過ぎゆく者』いん立ち帰れば、更に良さそう。

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    2024年05月29日
  • ノー・カントリー・フォー・オールド・メン

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    映画を先に見てあまりのインパクトに原作も気になりやっとの思いで購入。改訂前の方?全然売ってなかった!

    映画のシュガー訳わからんかったけど原作も訳わからん。普通に話してると思ったら次の行で平然と人殺しててめちゃ怖かった。
    第一章のベルの語りがこの恐怖の全てを物語ってるわ…
    生きてると何が起こるかわからないけど、こういうサイコパスと遭遇せずに一生を終えたすぎる

    ヒッチハイクで出会った女の子とモスの会話だけがこの物語の唯一の癒し

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    2024年05月26日
  • ザ・ロード

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    凄い言葉を生むための物語。

    胸に押し当てたいほど美しいものは全て苦悩に起源を持つ。それは悲しみと灰から生まれる。
    - 63ページ

    かたちを喚び起こせ。ほかになにもないところでは無から儀式を創り出しそれに息を吹きかけよ。
    - 86ページ

    善意が見つけてくれるんだ。いつだってそうだった。これからもそうだよ。
    - 326ページ

    全て凄い言葉。言葉に、“凄さ”を付与するための話。

    「火を運ぶ」という言葉が多義的に解釈されている。解釈に一側面を付け加えるならば、これは“律”だ。そして律は、人間の主観なしには作り得ない。人間が作るものには全てが信仰が含まれる。それは律であっても例外ではない。
    世界をあるべき姿に正すためには、律を作り出す時に用いた信仰を実践するしかない。つまるところ、“善い者”でなければならない。これはもちろん、自分にとっての善さに他ならない。
    火を運ぶ中で少年は原初の火を灯し続けるが、彼は彼らの作り出したのとは違った律が世界に混ざり込み、たびたび少年と衝突する。その結果、大抵悲惨な事態を引き起こすが、父の世界を取り込み、少年の律も変容する。
    しかし、どれだけ律が変わろうと、火を運ぶという目的が変わることはない。なぜなら、火を運ぶことは、律の内容とは全く無関係に行うことができるからだ。

    コーマック・マッカーシーは、彼自身が火を運ぶために、我々に「言葉」という手段を用いて語りかけているように思う。それは、キャラクターと、物語による、「凄い言葉」という形をとって成される。

    リストを作れ。連禱を唱えよ。憶い出せ。
    - 38ページ

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    2024年05月06日
  • ノー・カントリー・フォー・オールド・メン

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    追われる男、追う男、その跡をたどる男

    雨と銃と血の匂いのする物語は、ストーリーの矛盾を回避しようともせず、ひたすら“何か”を描き続ける。
    作者は、暴力と流血の中に、この世界と人の絶望を、独特の文章で綴る。

    「できることが何もないなら、そもそもそれは問題ですらない」
    そのことが、また、絶望につながる。

    わかったようでわからないこと……唯一無二のこの読後感は、嫌いではない。

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    2024年04月03日
  • 悪の法則

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    おれにわかるのはあんたが自分のした間違いを何とかしようとしている世界はあんたが間違いをしてしまった世界とは別の世界だってことだ。
    あんたは今自分が十字路に立って進むべき道を選ぼうとしていると思っている。でも選ぶことなんてできない。受け入れるしかない。選ぶのはもうとっくの昔にやってるんだから。

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    2024年03月26日
  • ザ・ロード

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    荒廃した世界をひたすら南に進む父と子の話。
    父として、息子としての考え方や心情態度の変化がおもろい。

    火を運ぶ者たちである。

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    2024年02月16日
  • ノー・カントリー・フォー・オールド・メン

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     荒野に放置された弾痕の残る車輛と複数の死体、多額の現金と麻薬を見つけたら、そのまま放置して警察に連絡するに限る。現金を持ち帰り、再度現場を訪れるようなことをすると、地の果てまで追われることになる。

     冒頭から物語に引き込まれ、ストーリーや登場人物の行動、セリフに引っ張られ、終盤まで連れていかれる。章立て冒頭の保安官のモノローグの印象が残っているうちに、主人公と追手が繰り広げる逃走劇が脳内に入り込んでくる。ストーリーが脳内に入ってくるのは、著者の作品『ロード』でも同じだ。その文体がそうさせるのだと思う。

     主要な登場人物はすべて戦争経験者だ。オールド・メンの条件が戦争経験のように思うが、アメリカはどこかしらで戦争を継続しており、必ずしも古いタイプの男を指す条件ではないが、本書ではおおむねベトナム戦争経験者までをオールド・メンの対象にしている。2007年に本書の著者は80歳近い年齢であったことから、当然のカテゴライズだと思う。

     古いこと、新しいこと、時代がかったこと、今時のこと、いろいろなことが掛け合わさって入り乱れてくるが、ストーリーが立ち整然と物語は流れていく。しびれるほど面白かった。

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    2023年10月31日
  • ブラッド・メリディアン あるいは西部の夕陽の赤

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    一言で、血なまぐさい。
    しかし、人間の本性というか、根っこというか、生物の一種としての存在としてというか、そういう部分では、もしかしたらこういう感覚や行為はあるのかもしれない。
    読み進むのに楽ではないところもあるし、この本を読んでいる間はずっと鼻の奥に血の匂いがあるような感じまでしたが、人間とはどんな生き物なのかということをマザマザと見せつけてくるような感じという点では、すごい存在感がある一作。
    読む人は選ぶのかもしれないけれど。

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    2023年10月28日
  • ザ・ロード

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    ただ歩くだけでどんだけ引っ張るんだ?という前半だけど、徐々にこの世界のありようが明らかになってきたりそれなりの物語の起伏もあってまあまあ楽しめる。

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    2023年10月15日
  • 越境

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    舞台は1940年代のアメリカ・メキシコ国境地帯。主人公の少年は、三度び国境を越え、馬に乗ってメキシコの地を延々と放浪する。
    一度目は捉えた雌狼を生まれた地に送り届けに、二度目は盗まれた馬を取り戻すために、三度目は生き別れた弟を探しに。
    主人公は孤独な旅を逞しく続けるが、その過程であらゆるものを抗いがたい暴力によって喪失していく。
    壮大で厳格な喪失の物語である。

    文庫本で600ページを超える大作だが、最初の1、2ページを読んだところで、あまりの読みにくさに挫折しそうになった。
    独特な言葉遣いと長いセンテンス、詩的な情景描写、短い言葉を交わすだけのダイアログ、場面の切り替わりのわかりづらさ。
    心理描写は極力排除され、ただひたすら事物だけが描かれていく。
    特に、主人公が放浪の過程で出会う人物によって語られる挿話が長くて哲学的・宗教的で難解で、心が折れそうになるが、そこを乗り越えたときに頭で理解するのとは異なる、深淵な何かが確かに生じるのだ。
    主人公の旅に付き合うことで、時間感覚や地理感覚が拡張されていく感じ。

    先般(2023年6月)亡くなったコーマック・マッカーシーの「国境三部作」の2作目とされる。
    1作目の『すべての美しい馬』より先に読んでしまった。
    三部作すべてを読んでみたい気はするが、相当なスタミナが要求されそうだな…

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    2023年09月23日
  • ザ・ロード

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    動植物は死に絶え、人が人を喰らう終末世界で続けられる父子の「火を運ぶ」旅。善とは何か、生きるとはどういうことか…。全く光の見えない絶望的な情況の中で「破滅後」しか知らない少年の純粋さが胸を打った。

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    2023年08月23日
  • ノー・カントリー・フォー・オールド・メン

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    血と暴力の国含めて3回目。やっぱり面白い。けど、これに関しては映画が素晴らしすぎる(映画も3回見てる)。

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    2023年08月09日
  • ブラッド・メリディアン あるいは西部の夕陽の赤

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    ネタバレ

    物語の大半の舞台となっている、生きものを寄せつけず死体をすぐにからからに干からびさせてしまうアメリカ西部の岩だらけの原野のようにゴツゴツとした文体は、最初は読者を拒絶するようでもあるが、読み進めるうちになぜかペースに乗せられてしまう。何しろ長いので、読んでいるうちに慣れてしまう。むしろハマってしまう。
    当たり前のように虐殺シーンが続くが、それが当然の時代だったというわけでもなく、この時代にあっても特に荒くれ者の(実在した)頭皮剥ぎ集団に身を置くことになった少年の物語。物語の終わりには少年ではなくなるので、ある意味ではビルドゥングスロマンに相当するのかなと思った。
    感想を書くのは難しいが、何となく分かったような気がする部分と、こりゃ分からんお手上げだという部分があって、そのぐらいの歯ごたえのある文章を読むのは単純に楽しい。
    特に強烈だったのがホールデン判事というキャラクター。いつの間にか存在に気付いたが読み返してみたらもう冒頭ぐらいから登場していた。何しろ風貌が怪異で、この風貌を描写するマッカーシーの文章が冴えに冴えている。何度も描写されるが毎回異なった表現がつけられていて、この部分だけをまとめた引用文集を作ってみたいぐらい。またこの判事の発言が実に哲学的で含蓄に富んでいて、理解できない部分が多いのだが、これもまたまとめてみたい。

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    2023年07月26日
  • ザ・ロード

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    直視できない現実の辛さを見せないように肩代わりする父親。しかし、泣くしかできなかった子供が現実をしっかり受け止め出し、ついには父親を支えるようになり、父親の遺した言葉を胸に、この終末世界の中を生き抜いていく──。

    あまりにも辛い、けれど詩的な表現の美しさに魅了されるSF小説の傑作。子育てをしている今だからこそ響く言葉が多く、最後は辛過ぎて泣きそうになってしまいました。

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    2023年07月20日
  • ザ・ロード

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    涙ちょちょぎれるぜ…親父
    俺の親父といったら俺の最低でも6倍以上金貰ってるくせに青カビ生えたレモンサワーを出すような安い焼肉屋(飲み放題60分500円)に連れていきその後俺は知り合いのとこ行くからと二軒目の代金出したくなかったのか俺を置いてどこかに行っちまいやがった

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    2023年07月18日
  • ザ・ロード

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    『信号弾はしゅーっと長く音を立てながら暗黒の中へ弧を描き海面よりも上のどこかで煙混じりの光にはじけてしばらく宙に懸かった。マグネシウムの熱い巻きひげが数条ゆっくりと闇の中をくだり渚の波が仄白く光って徐々に消えた。彼は少年のあおむいた顔を見おろした。
     あまり遠くからだと見えないよね、パパ。
     誰に?
     誰でもいいけど。
     そうだな。遠くからは無理だ。
     こっちの居場所を教えたくてもね。
     善い者の人たちにかい?
     うん。ていうかとにかく居場所を教えたい人に。
     たとえば誰?
     わかんないけど。
     神さまとか?
     うん。そういうような人かな。』

    目の前の本を読みながらどうしても他の本のことが頭の中を過ってゆく。読み始める前に想像していたのは、書名からの連想で、空想科学小説風の「オン・ザ・ロード」(ジャック・ケルアック)のような話だったのだけれども、実際に連想されたのはデイヴィッド・マークソンの「ウィントゲンシュタインの愛人」とジョゼ・サマラーゴの「白い闇」。翻訳者の解説にもある通り、確かに本書コーマック・マッカーシーの「ザ・ロード」もロードノベルではあるのだろうけれど、本書はそれら二冊同様にいわゆる反理想郷を描いた小説と分類されるのが適切なように思う。ここで描かれているのはいわゆる「核の冬」の時代のようであり、自然も徹底的に破壊され人類以外の生物の痕跡もほぼ無い。

    「ウィトゲンシュタインの愛人」は本書と同じように何らかの理由で人類がほぼ滅亡してしまった近未来的な世界に残された女性が主人公の小説(そう呼んでよければ)だが、一人残されていく過程の描写はなく、世界はどこか形而上学的(ウィトゲンシュタインの名が付く位なので当然だが)で、滅んでゆく人類たちの修羅場のような状況は描かれることがない。かつ、自然そのものは何も汚染されていないかのような雰囲気が漂う。一方の「白い闇」はある日突然人類が盲目になるという伝染病が蔓延し社会が機能しなくなっていく世界の中、一人目が見えるまま「取り残された」女性が主人公の小説で、こちらは「目が見えること」を前提として成り立っていた社会通念が倫理観も含めて覆されていく様が、少々糞尿愛好過多気味に描かれている。何らかの理由で人間社会が機能しなくなりやがてほぼ滅亡した状態になるというのがこの類型の空想科学小説の一つの時間の流れだとすると、本書は「白い闇」(未読ながら、続編では疫病は自然と克服されるらしいのだが)と「ウィトゲンシュタインの愛人」の中間の時代を描いており、ひとり取り残されてしまった状況より、その前にこういう時代が来ることの方がもっと過酷だということを改めて認識させる。言わずもがなだが一番凶暴なのは人類なのだ。だから映画「マッドマックス」が描くように、そこに「正義の味方」的な主人公を置きたがる聴衆や読者が多いだろうとも容易に想像できるのだけれど、本書の主人公たちはメル・ギブソンとは違ってタフでもなければ特別な才能に恵まれている訳でもない。ただ温暖な土地、そして残された食料を求めて彷徨い歩くだけだ。道々出会う困難を何とか紙一重でかわしながら進む親子の物語を描くこの小説の終着点は一体どこなのだろうと訝しく思うほどに、終盤に至るまで救いらしい救いの光明は見えてこない。旅を続けながら父親はじわじわと弱っていく。ロードノベルの定番である成長譚という視点から見ても、破壊され尽くした世界に生まれてきて「前の時代」を知らない息子が成長しているようでもない。悲惨さだけがずんずんと降り積もっていく。

    しかし、やはり最後はそうなるしかないというエピローグが待っている。ご都合主義的と言ってもいいその終結はハリウッド映画的な世界観と相性がいい。それがいいとも悪いとも思わないのだけれど、ドン・デリーロと並び称されるという作家の作品に何を読めばいいのかを判らなくもさせるように思えてならない。自分の中での置き所が上手く見つからない小説である。

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    2023年07月01日
  • ノー・カントリー・フォー・オールド・メン

    購入済み

    ミスなの?

    おもしろいけど、改行だらけかと思えば、最後の方は、改行もなければ「、」も一切ない。読みづらいったらありゃしない。わたしだけ?

    #アツい

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    2023年06月11日
  • ノー・カントリー・フォー・オールド・メン

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    個人的に現代アメリカを代表する最も重要な作家の1人と考えているコーマック・マッカーシーの長編第9作。既に単行本時として翻訳されていたが、当時の『血と暴力の国』から改題され、原題と同じ『ノー・カントリー・フォー・オールド・メン』として今回、文庫化で復刊されたのが喜ばしい。

    コーマック・マッカーシーという作家の魅力を説明しようとしたとき、「血と暴力の国」というワードは極めてシンプルにその魅力を表している。単行本時にこのタイトルが選ばれたのもよくわかる。本作を10ページほど読むだけで、5名が無惨な暴力で殺され、血に塗れることになるのだから。

    マッカーシーの作品は一般的には犯罪小説などの意味合いを持つノワール(暗黒)小説、と括られることがある。しかし、個人的にはその括りには違和感がある。ノワール小説の多くは単に犯罪、血と暴力などの意匠によって記号的に成立するのに対して、マッカーシーの作品においては世界がいかに存在するかを描こうとしてときに不可欠な意匠として犯罪、血と暴力などが存在しているからである。

    本作、”NCFOM”では、メキシコの麻薬密売人の金を持ち逃げした男と、彼を追う謎のサイコパス的なシリアルキラーの男、そしてその暴力を食い止めようともがく保安官の男、という3名を主軸に物語が描かれていく。血と暴力はますますとエスカレートしていくなかで、物語のキーマンである保安官の男が見せる内省にこそ、本作の隠れた主題が込められている。

    なお、『テスカトリポカ』で度肝を抜く文学世界を見せてくれた作家、佐藤究が本作では解説を寄せている。彼が本作に解説を書くということを知ったときに、個人的には強い納得感を覚えた。現代日本において、コーマック・マッカーシーと極めて近い場所にいる作家こそ、彼である、という両者のつながりを感じたからである。

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    2023年04月16日
  • ブラッド・メリディアン あるいは西部の夕陽の赤

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    乾ききった大地を進み
    汚れに汚れ、殺す、虐殺する
    原住民であろうがなかろうが
    まるで、それが当然の自然の行為であるかのように
    語られるほどの神も法もなく、
    なんの感情も必要以上の情報も加えず描き切る。
    凄惨なはずの津を死も不合理な死も
    あさましい生と同等に当然、自然の存在、行為として
    なにもまじえず描かれる。
    自分たちが倫理の名のもとに飾っている世界が
    乾いた風に吹き飛ばされ、腐敗した肉と乾いた風に
    吹きさらされた骨と皮、朽ち果てるであろう人工物
    その葬列の中を生き延びた先に待つのは悪のダンス

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    2019年12月04日
  • ブラッド・メリディアン あるいは西部の夕陽の赤

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    アメリカ西部の歴史はある意味虐殺の歴史。

    荒野の焚き火の中で浮かび上がるような血みどろの判事の神々しさに、畏れを感じると同時に惹かれざるえない。

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    2019年04月15日