コーマックマッカーシーのレビュー一覧

  • すべての美しい馬

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    ブラッド・メリディアンでコーマック・マッカーシーのこと大好きになったけど今作もやっぱり面白かった。
    よく感動した作品などに心に刺さるって表現をするが本作は精神に沈み込んでくるような感覚を覚える。ゆっくりと読み進めてじわじわと精神に作用してくるような。
    にしてもボーリングのピンを立てる仕事ってなんなんだ

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    2024年01月30日
  • ノー・カントリー・フォー・オールド・メン

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    もともと『血と暴力の国』というタイトルで翻訳されていたものが改題、改訂、文庫化されたもの。

    解説にもあるが、確かに改題後、つまり原題のほうが保安官ベルの独白が物語の間に挟まれることにより意図されることが明らかな感じがする。
    犯罪者、というか、シュガーが特異過ぎてちょっと笑える。そして、事件が解決するとかはほんとにどうでもいいもころがマッカーシーぽくて、好きだとわたしは思ったのだ。

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    2023年12月15日
  • ノー・カントリー・フォー・オールド・メン

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    最初にモスが出てくるシーンからぐいぐいと引き込まれ、シガーとガソリンスタンド店主のやり取りで、たまらん感じになる

    しかしカーラ・ジーンが19歳ってどうなのよ、とは思う

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    2023年12月10日
  • ノー・カントリー・フォー・オールド・メン

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    ネタバレ

    ベトナム戦争の退役軍人で今は溶接工をしてるとかのモス、冷徹に人を殺しまくるシガー、老保安官のベルの3人が主な主人公。プロットとは別に、ベルの独白というかインタビュー?が挟まれ、話のテーマ的にもベルが中心に据えられていると考えられる。麻薬取引のトラブルをきっかけに、それぞれの人生が大きく動いていく。
    昔とは変わってしまったアメリカに対するベルの悲しさや虚しさが全体を貫いている。ただ、ある観点では昔は平和だったとはいえ、ベルの祖父世代、親世代そしてベル自身とそれぞれ戦争に行っているので、単純に昔が良かったとは言えなそう。
    今まで読んだマッカーシーの作品の中では一番分かりやすく、読みやすかった。

    コーエン兄弟監督、ハビエル・バルデム主演の映画も劇場公開時に観たけど、細かいところはほとんど覚えていない。また観なくては。

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    2023年10月22日
  • ブラッド・メリディアン あるいは西部の夕陽の赤

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    人生ベスト級
    句読点が少なくセリフに「」がなかったり読みづらくはあるのだが冷徹さと重厚さを備えていて唯一無二のその文章には圧倒される。人にはお薦めしづらい内容ととっつきにくさはあるのだが興味をもった人にはぜひ読んでいただきたい
    読んだあと意外だったのはこの話はSamuel E. Chamberlainの自伝『わが告白』に描かれているグラントン団での出来事を元ネタにしているということだった。名前までそのまんまだ。さらにびっくりなのがあの超人然とした判事までもがモデルがいるという。俺は本書の判事が好きで彼の語っていることは完全に同意せずともそれなりに共鳴するところもあり気に入っている。
    あまり関係ないが俺はウィスキーが好きじゃなくあまり飲めないのだがよくみんながぶがぶ飲めるなと感心する。アメリカ人はみなこんなに酒をするりと飲めるのだろうか

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    2023年10月03日
  • ノー・カントリー・フォー・オールド・メン

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    名作。コーエン兄弟のアカデミー賞受賞作『ノーカントリー』の原作。映画をみてから原作を読んだけれど、映画には映画としての良さがあり、小説には小説の良さがある稀有な作品。映画ではシガーの無表情に殺戮を犯して行くシーンや、アメリカの荒野の印象が深く、またモスの妻の妙な可愛らしさが印象的だったけど、小説ではここの保安官のベルのモノローグが印象的。彼のモノローグに漂う世界に対する絶望感が作品に満ちている。こんな酷い世界に生きる意味はあるのか。それでも人は生きているのだけれど、それって何でなんだろうか、、。そんな思いを抱く。

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    2023年09月23日
  • ザ・ロード

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    灰色の世界を生きる父と子の物語。
    作者の「息子に捧げる」という何とも心にズシンとくる計らい。
    父の子を守ろうとする強さと、子の父や(こんな状況でも)他人を思いやる純粋無垢さが、世界の荒廃、人間性の崩壊に対して、どう立ち向かい、導かれていくのか。
    星の光以外見えないような暗闇、静寂の中で読んだこともあり、世界、人間の行く末を、この本から見てしまったのか…?と深慮を巡らす。

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    2023年09月05日
  • ザ・ロード

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    ネタバレ

    終末を迎えつつある世界でなんとしてでも息子を守ろうとする男が、最後まで父親として存在していたのが良かった。信じられるのはお互いだけ、という点が揺るがなかった。だから孤独で危険な旅も続けられたし読者としても安心できた。
    父親のサバイバルスキルが高くて、色んな工夫を読んでいるだけで面白かった。読点がほとんどない、流れるような思考と会話の中に、記憶が混じってくるのも物語に没入できる理由なのかなと思う。
    人が人を食うほど食べ物がない事態で、自分も痩せ細ってしまったのに少年の心は清らかで、他者を殺してまでは生きたくないという意志が強かった。その彼が無惨に殺されるようなことがなく保護者が現れ、いくらか救われた思いだ。

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    2023年08月18日
  • ザ・ロード

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    ネタバレ

    戦争か事故か天災か何かが起こった後の、人類の終末期を生きる父子の物語。
    解説には近未来と書かれているが、未来的な道具立てがほとんどみられなかったので、例えば冷静時代に核のスイッチが押されたとか、そういう状況もありうるのではないかとか思いながら読んでいた。何であったとしても話にはあまり関係ない。
    父子のひたすら南へと進む旅が、とにかく削ぎ落とされた文体によって淡々と表現される。
    最後の父の死以外には起承転結に関わるできごとは起こらないが、ものすごい緊張感の中、まったく飽きずに読み進めることができた。
    わずかに生き残った人間は、もはや人間としては生きていない。人類どころか、動物も植物もだめになっているので、備蓄食料や他の人間を食べ尽くしてしまえば最後の一人はもう生きる望みはないはずなのに、皆必死で生にしがみつこうとしている。
    息子に偽りの希望を与え生き続けさせようとするのは父親の最後のわがままにすぎないので読んでいてつらい。

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    2023年07月02日
  • 平原の町

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    国境3部作完結。
    ようやく読み終えたー。

    馬の主人公ジョングレイディと越境のビルが同じ牧場で働いている設定、というのにまずしびれる。
    ビルにとってジョングレイディは、弟のボイドと重なるところがあって、とても大切にしている。
    ほかの大人たちもジョングレイディを見守っているけれど、そんな時間は長くは続かない。

    1952年、街が大きくなって、馬と牛と共に生きてきたカウボーイが次第に行き場を失っていく時代が舞台。野生動物が追い詰められていく姿を見るようだ。

    ビルが人生を穏やかに閉じられそうでよかった←それは本当にはまだ分からないけれど。

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    2023年06月05日
  • ノー・カントリー・フォー・オールド・メン

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    コーマック・マッカーシー『ノー・カントリー・フォー・オールド・メン』ハヤカワepi文庫。

    2007年に扶桑社ミステリーとして刊行された『血と暴力の国』を改題、改訂、再文庫化。再文庫化にあたり『No Country For Old Men』という原題の正式なタイトルに戻したようだ。

    4年程前に仕事でタイに向かう飛行機の中で本作が原作の映画『ノーカントリー』を観たところ非常に面白く、無性に読んでみたいと思っていた。

    強烈な印象を残した映画のシーンを頭の中に描きながら読んでみると、老保安官のエド・トム・ベルも、奇妙な武器を操るマッシュルームカットの太目で残忍な殺し屋のアントン・シガーも、ヴェトナム帰還兵のルウェリン・モスも小説という世界で新たな命を吹き込まれたかのように感じる。

    そして、驚いたのはコーエン兄弟の映画が、かなり原作に忠実だったことだ。映画では、モスが若い女性のヒッチハイカーをピックアップ・トラックに乗せる場面は無かったし、カーラ・ジーンがモスに射殺される場面も無かったが……

    渦巻く欲望と狂気の中、何故か一人だけ冷静沈着に国が悪にまみれて行くのを憂う老保安官ベルという不思議な構図。非常に面白い。映画では描き切れなかったのであろう細部の描写や登場人物の心情表現が凄い。

    極めて文学的なノワール・ハードボイルドといったところだろうか。


    1980年、ヴェトナム帰還兵モスは、テキサス州のメキシコ国境付近で麻薬密売人の殺戮現場に遭遇する。男たちの死体と共にブリーフケースに残された240万ドルもの大金を発見し、持ち逃げする。

    妻であるカーラ・ジーンの待つトレーラーハウスに戻ったモスは夜中に大金のことが気になり、殺戮現場に向かう。遠くから現場を観察していたモスだが、麻薬密売人の仲間に見付かり、追い掛けられ、ピックアップト・ラックを捨て、命辛々、自宅に戻る。

    身の危険を感じたモスは自宅に戻るや、カーラにオデッサの実家に避難するよう命じ、自らも逃亡の旅に出る。

    一方、保安官補により逮捕された殺し屋のシガーは保安官補を殺害し、パトカーで逃亡する。途中、無関係の車を停め、運転手を酸素ボンベとホースで接続されたスタンガンで殺害し、車を乗り換えて、モスが目撃したあの殺戮現場に向かう。

    ブリーフケースに仕掛けられた発信器の電波からモスの後を追うシガー。

    保安官のベルは殺戮現場に残されたピックアップ・トラックからモスの自宅へと向かい、モスとカーラが事件に巻き込まれたことに気付く。

    モスの所在を突き止めたシガーは、同じく240万ドルの入ったブリーフケースを追跡していたメキシコ人麻薬密売人らと銃撃戦を繰り広げる。麻薬密売人たちはシガーにより皆殺しとなり、シガーにより銃創を負ったモスは再び逃亡する。しかし、シガーもモスの銃撃により傷を負っていた。

    追う者と追われる者、その結末と老保安官ベルの語る後悔……

    本体価格1,500円
    ★★★★★

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    2023年03月30日
  • 越境

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    ネタバレ

    『すべての美しい馬』とこれと『平原の町』で国境三部作とのこと。
    気になる.

    そして1995年単行本を読んでいる.
    最初に、主人公が夜寝床から起き出して、狼の姿を見守る場面でもう絶対にわたしの好きな物語だと確信したし、読み終わるのがすでにもったいないと思った。

    そして読後、すばらしくて、訳わからなくて打ちのめされる。。。

    主人公は手に入れたいものを追ってアメリカとメキシコの国境を3回越境する。2回は手に入れたいものが手に入らなかった、3回目は手に入れたけどほしいかたちじゃなかった、といった意味の文章がある。
    狼を追っていって戻った後、まだ物語が続いて、なんでだろうと思っていたけれど、読み進めながらじわじわとそうかそうかこれでいいんだなと思う。そういうことなのだよ。

    3部作の3作目も読みたい。そして、フォークナーの『熊』も読んでみなければ。

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    2023年02月27日
  • ブラッド・メリディアン あるいは西部の夕陽の赤

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    グラントン隊というインディアンの頭皮を狩ることで賞金を稼ぐならず者集団が、殺戮を繰り返しながらただひたすら旅を続ける話。

    アメリカ南部の広大な砂漠の自然描写、夜の焚火など、乾ききった風が物語全体から感じ殺戮描写がまるで自然現象のようにあっさりと描写され、殺戮巡礼の旅の合間に時折ホールデン判事が独自の哲学を語る。「人間は何かを懸ける遊戯が大好きであり戦争はその完成された作品だ。最高の作品が最高の語り手を待っていたのだ。」

    殺戮と侵略、これがアメリカの歴史であり人類の歴史であるかのようだ。著者は事象のみあるがまま記述し自身の思慕を語ることはない。自然の摂理からすれば生命の倫理なんて人類がでっち上げたものにすぎず永遠の戦争状態こそ人類のあるべき姿だし自然のあるがままの姿なのだろうか。

    読んでいると思わずホールデン判事に諭されそうになってしまいそうだが、もし判事の言っていることが正しいのならば、人類が長い歴史の中で永遠と続く闘争を克服しようとしてきたことも事実ある。この事実と判事の主張は矛盾してはいないかと個人的には感じる。(ホールデン判事からは自然の摂理を無理やり捻じ曲げているだけだと喝破されそうだが。)

    また、あとがきで著者が語っていた内容が非常に印象的だった。

    「流血のない生などない。人類はある種の進歩をとげて、みんなで仲良く暮らせるようになり得るという考えは本当に危険だと思う。そんな考えに取り憑かれた人たちはさっさと自分の魂と自由を捨ててしまう連中だ。そういうことを望む人間は奴隷になり、命を空虚なものにしてしまうだろう。」

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    2021年05月31日
  • ブラッド・メリディアン あるいは西部の夕陽の赤

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    美しい風景描写に救われるが、そこに血の跡を残していくインディアン討伐隊。マッカーシーは汚れつつ生まれたアメリカ開拓期の一面にある、人と命を直視する。


    半分ちょっと読み残している「平原の町」が気になるが、これはYasuhiroさんがレビューされた素晴らしい労作に感謝して「Cities of the Plain」を読んで解決したつもりになってます。
    ビリーが繰り返す不幸そうな恋愛と、ジョン・グレイディの共演は面白そうですがなんだか気が乗らずおいてあったのですっきりしました。これも又機会があれば読みたいと思っています。

    そして取り掛かったのが「ブラッド・メリディアン」でこれは読んでおかないと一応マッカーシーの締めにならないと思って。
    あとがきでは「20世紀アメリカ文学屈指の傑作。歴史的現実を尊重するもの」とか。あちこちでこれは傑作だという評があふれています。でもしっかり理解できず多少のもどかしさが残るのです。特に、時を経て判事と少年が再会して何を話して何が起きたのか出会ったところでプツンと終わった理由がよくわからなかった。ここは勝手な想像でいいのだろうか。

    少年(the kid)とだけ呼ばれる14歳の主人公は1833年に生まれている。まさにインディアン狩りの渦中に成長している。孤児になった彼は生きるすべとして誘われるままに頭皮狩りの一団に加わる。
    文字通り頭の皮をはぐ、頭皮狩りのなんと血なまぐさい、残虐とくれば非道。なぶり殺し、斬り殺し、吊るし、もちろん葬りもしないが、時には穴に放り込んで埋めることはあっても、それは自分たちを守るため。
    政府の政策で殺した頭の皮の数で金をもらう、米墨戦争の後兵士たちが仕事にあぶれ、生きるために選んだ仕事がインディアン狩りなのだ。
    建国の途上にあったアメリカは、国土拡張路線で各地でインディアン排除の戦いが繰り広げられていた。西部開拓史の始まりは、戦争の歴史で、騎兵隊、インディアンともに名高い戦争英雄の物語を残した。だが人間の暗い行為の歴史の後を残してもいる。

    マッカーシーはこの時代のド真ん中に筆をおいて書いている。
    批判するでもなく同調するでもなく、登場人物の行為に沿ってリアルな光景を描き出している。

    グラントン将軍を頭にした頭皮狩りの一団は、インディアン部落を探して、砂漠を渡り山を越えて、谷間の貧しい集落を襲う。これは実話に基づいていて隊員にはモデルがあったそうだ。

    水辺で逃げまどう人々を狙撃し、動物を殺し、大人も子供も頭の皮をはぎ髪でつなぎ、首や耳を戦利品代わりに首にぶら下げて行進する。読み始めは泡立つような不快感があるが哀しいかな不思議に慣れて読んでいく。
    中には逆に襲われて命を落とす隊員も出る。
    町につくと皮を数えて高値で売り捌き、女と暴力、酔った勢いで手当たり次第の破壊行為、殺人、無法の限りを尽くし、町に入ったときは歓迎の声に迎えられたが、出るときは怯えた人々は顔も見せない。

    主な人物は隊長のグラントン、ホールデン判事、元司祭、少年、黒人と白人の同名の二人。斥候に出るデラウェア族のインディアンたち。隊員が殺されたり死んだりして、隊員が減ると街で募集する。
    障がい者の弟を連れた兄が加わる。グラントはなぜかその知的障がいをもつ弟を檻に入れて曳かせる。
    何を思ったか迷い犬に餌をやりいつも連れている。
    ヒューマニズムというものでもない、彼は隊に加えて連れて行き、不要になれば無残に切り捨てていく。

    独特の存在感がある身長二メートルをこす無毛のホールデン判事。眉毛もまつげも頭髪も体毛もない禿頭の彼が聳えるように 登場すると不気味な空気に包まれる。外国語を自国語のように話し絵を描き、科学に通じ学識が豊かで、歌もダンスもうまい。何気に隊に加わりインディアンを無感動に殺し、自説をとうとうと述べる。その説や思想は 一面正当にも聞こえる。コーマックはこれ聞き流すように書き続ける。この説が彼の何に起因しているのかはわからないが、判事という人格の一面を著しているには違いない。

    生と死に関した彼の説は興味深い。

    人間は遊戯をするために生まれて来たんだ。ほかのどんなことのためでもでもなく。子供は誰でも仕事より遊戯の方が高貴であるのを知っている。遊戯の価値とは遊戯そのものの価値ではなくそこで賭けられるものの価値がということもね。

    カード・ゲームをする二人の男が命以外に賭けるものを持っていないとしょう。こういう話は誰でも聴いたことがあるだろう。カードの一めくり。この遊戯をする人間にとっては自分が死ぬか相手が死ぬかを決定するその一めくりに宇宙全体が収斂する。一人の人間の値打ちを検証する方法としてこれほど確かなものはあるかね。遊戯がこの究極の状態まで高まれば運命というものが存在することには議論の余地がなくなる。あの人間でなくこの人間が選ばれるというのは絶対的で取り消し不可能な選択であってこれほど深遠な決定に何者の作用もはたらいていないとか意味などないという人間は鈍いとしか言いようがない。負けた方が抹殺される遊戯では勝負の結果は明確だ。ある組み合わせのカードを手にしている者は抹殺される。これこそがまさに戦争の本質であってその遊戯の意味も経緯も正当性も賭けに勝ったものが手に入れることになるんだ。こんなふうに見れば戦争とは一番確かな占いと言えるだろう。それは一方の側の意思を試しもう一方の側の意思を試すがそれらを試すより大きな意思はこの二つの意思を結び合わせるがゆえに選択を強いられる。戦争が究極の遊戯だというのは要するに選択の統一を強いるものだからだ。戦争は神だ。

    言い切る判事は狂っているのか。戦争は神だ本能だと言い切る。
    彼の信念はゆるぎなく、集まった人々に向かって延々と話し続ける。彼の肩にかけた袋には頭皮と引き換えた金貨や銀貨で膨れている。
    神を信じない元司祭が時々反論する。

    こういったシーンが多いが、一面狂ったような、しかしある時代にはそれが正義であった生き方を語る中に、難しい命についての論理(そうと言わないまでも一種の哲学)が挟み込まれている。無残に殺される人々は、選んでもいない環境や運命の中でもがいて死ぬ。
    空を見上げる、時には雨上がりの霧に方向を見失うような何もない荒れた世界から平和に戻った文化文明は、ただ時の流れとともに人の知恵や力の結果生み出されるものだけだったのだろうか。
    10日、半月あるいは何年も飢えや渇きに耐えて生き続け、罪の意識なしに同じ人間の命を奪う。狂った時代に生きた人々の、善悪を超えた論理を書いていく。
    討伐禁止令が出て彼らは追われるものになる。

    命がけの究極の選択(例えばユタ族との戦いで多くの犠牲を出し逃げる、砂の山を上るか下るか川を渡るのは生か死かというシーン)の中でも、マッカーシーは隊員のエゴそのままの無惨な風景を描写する。光るあるいは澄み切った言葉たちをつかって現実の風景を掬いあげる。続く作品につながる命と一体化した透明なほど美しい言葉が作る宇宙観は、ここから始まったのかと思いながら読む。
    ここでも変わらない見事に澄み切った詩的な風景描写。月や星座の巡りや雷鳴や砂の流れや落日の描写だけでも無数にある。
    マッカーシーの作品には心理描写がないといわれる中で、こうしたマッカーシーの目を通した風景から浮かび上がってくる、人の心に浮かぶ抒情の反映、優れた自然描写が虚空に繋がり心に訴えかける見事さは、残酷な行為を描いているにしても、時々しんとした静寂に包まれ深い感銘を受ける。

    最後のページ
    短いエピローグは何を意味するのだろう。大きな視野から見た人間の営みのことだろうか。
    判らないたとえ(スパークする鉄球)の、不思議な文章だった。

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    2020年11月10日
  • すべての美しい馬

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    ネタバレ

    コーマック・マッカーシーの描く、国境3部作の第1作目。祖父が亡くなって、牧場が人手に渡ることとなってしまい、馬を愛する少年ジョン・グレイディ・コールは、相棒のレイシー・ロリンズとともにテキサスを出てメキシコへ向かう。

    マッカーシーの技巧的ながら硬質な文体が、貧困と血と暴力の光景の中で、自然とそこにすむ生き物たちの美しさ、人間存在の確かさと不可解さ、友情の輝き、恋の激しさ、そして悲しさを描き出す。

    原題は『All the Pretty Horses』。すべての馬が“Beautiful”でなく“Pretty”――強い印象を与えない好ましさ――であるのは、文中にあるように「馬という生き物は全体でひとつの魂を共有しており一頭一頭の生命はすべての馬たちをもとにしていずれ死すべきものとして作られ」るために「仮に一頭馬の魂を理解したならあらゆる馬を理解したことになる」という考え方のためかもしれないし、あるいは主人公が心から馬を愛しながらも、決して馬と同一化をはかったり神格化したりしない、孤独で高潔な魂の持ち主であるからかもしれない。

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    2019年03月28日
  • すべての美しい馬

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    ネタバレ

    トラックの行き交うハイウェイの横を馬で南へと進んでいく、そんな印象的なシーンが序盤にあって、ある意味ここら辺から発展を遂げているアメリカに対する主人公の反抗的精神かうかがえる。

    古き良きアメリカ――広大な大地を馬で駆け抜ける、そんな憧れが主人公ジョン・グレイディにはあった。

    ちなみにジョン・グレイディは16歳。牧場経営の家に生まれ育ち、小さい頃から馬に慣れ親しんできたこともあり、将来は自らが牧場に携わるはずだった。しかし親父が死んでしまい、残された母は牧場を売り払うことを選択してしまう。

    だからジョン・グレイディは国境を越えてメキシコに行くことを選んだのである。

    そこには何かがあるのだ。それこそ馬に関わる仕事があるのではないか――だから友人のロリンズを連れて馬を走らせ南へと向かっていった。



    アメリカの小説だなーと思う。アメリカが歩んだ歴史が下敷きとなり、おそらくアメリカ人はこれにノスタルジーを覚えるのだと思う。

    馬を愛し、人間のかけがえのないパートナーとして信頼関係を結んでいく。解らないけれどさ、馬って人を惹きつける何かがあるよね(語りかけたくなるなうな、こちらの何かを察してくれるような気にさせれれる感じのさ……)。

    たぶん馬のあつかいの上手い人間って当時は尊敬されたりしたんだろーね。

    で、ジョン・グレイディは正しさも誤りもない馬の純粋さを信じていた。作中、そんな内省を語る描写はないけれども、ただ、グレイディは誰よりも馬を上手く扱うことができて、そして誰よりも馬に敬意を示している人間だったのです。ある意味グレイディ自身が純粋そのものだった。たぶんグレイディは馬と共に荒野を駆けまわたかった――そして馬を愛し、馬と共に人の役に立てる仕事を求めていたのかなーと僕は勝手してるんです(というのもマッカーシーの淡々とした描写は、いちいちグレイディの内省を描いたりしないのです。でもグレイディの行動の端々には、そうとしか言いようのない愛情が含まれている)。



    メキシコ――グレイディは不法入国でこの国やってきた。

    途中、ブレヴィンズという若者が旅の道連れとなった。そしてブレヴィンズの乗っている馬はあまりにも見事な馬だった。

    しかし、その馬がメキシコの地で事件を起こすきっかけとなってしまう。グレイディを含めたアメリカからやってきた三人は誤解をされて馬泥棒の汚名を着せられることになる。

    メキシコは彼らを放っておいてはくれなかった。彼らは結局、捕まって酷い仕打ちを受けることになる。

    グレイディは自分の信念に従って決して折れることはない。時には死を恐れることもなく真っ直ぐに行動したはずだった。事実、馬は自分たちの馬であり、そもそも馬たちの愛すべき場所を求めていただけだった。

    しかし事件がひと段落を迎えたころ自分の行動を振り返って、グレイディは自分は馬のように純粋ではなかったことを知る。時に必要のない人間を傷つけてしまったことに苦しんだ。

    何故、人間は馬のように生きられないのか――グレイディはそんな人の愚かさを知って嘆いてしまうのです。


    読んでいて読者は16歳の若者を苦しめたものの正体を考えてしまうでしょう。

    グレイディの考えはおそらく青臭いものなのでしょうね。でも、グレイディの健気さに触れていると、我々は忘れてしまった純粋さを思い出すんですよ。そうだ――確かに、あの頃は何かに真っ直ぐだった。

    グレイディほどに実直じゃなかったにしても、似たような理想は持っていたはずだ。

    それから情景がいいんですよ。若者と馬と荒野――これがなんとも似合うんですよね。

    読み終えて、いい小説だなーと、しみじみしてしまいました。

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    2016年07月17日
  • 越境

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    は!コーマックマッカーシーの「越境」をだいぶ前に読み終わったのに読んだを書いていない。さらに前に読んだ「すべての美しい馬」も。読書中にかなり消耗したし読後は気持ちが昂っているから寝かそうとしているうちに時間が経っちゃった。でも今でもあんまり書けないな。好きな作家なんだな

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    2025年08月10日
  • チャイルド・オブ・ゴッド

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    まさに私が感じたことを、黒原敏行さんが訳者あとがきで簡潔に述べてくれている。⇒バラードの内面描写などはいっさいなく、まるで動物か昆虫の生態を観察するかのように行動を追っていくうちに、殺人、屍姦というおぞましい所業も含めて、これが人間なのだと深く納得させられてしまう。これはそんな恐ろしい、しかし不思議な高揚感と生命肯定感を与えてくれる稀有な小説だ。

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    2013年11月25日
  • チャイルド・オブ・ゴッド

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    とんでもない作品に出逢ったもんだ。この作品を読み進めていくうちに、ある映画の雰囲気にとても似ていると感じた。それは数年前に観たアメリカ映画『ノーカントリー』であった。この映画を観た時も鮮烈な印象を持ったのだが、この作品も文体にキレがあるし、途轍もなく理不尽な暴力性が表現されていてしかも、それが詩的に感じられてしまう程だ。主人公の性格や殺人の動機がほどんど描かれていないので、カポーティの『冷血』よりも凄味がある。映画とおなじくこれからも読み直すであろうし、マッカーシーのほかの作品も読むことになるであろう。

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    2013年08月31日
  • チャイルド・オブ・ゴッド

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    『チャイルド・オブ・ゴッド』。素晴らしかったわ。貧困層キチガイの日常。暴力、屍姦、女装、連続殺人…生まれ育った「土地」(自然)が己の世界そのもので、私たちが生きる「社会」という概念が端から無い。動物だけど、もっと心が(欲望に)弱い動物。

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    2013年07月12日