永井玲衣のレビュー一覧
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日本各地で「哲学対話」を実施する永井玲衣さんが、写真家の八木咲さんと「せんそう」について考え、語る言葉を探す「せんそうってプロジェクト」を立ち上げます。この活動が文芸誌「群像」に連載され、その書籍化が本書とのこと。
このプロジェクトでは、戦争を知らない世代が多数派になる中、教科書の歴史知識としてだけではなく、自分の言葉で「せんそう」を知り語る方法を模索します。日本各地での観察・情報収集や、表現を交えた「哲学対話」の場をひらいているようです。
様々な人の言葉から伝わるのは、迫力‥例えば、教科書には書かれていない、見落とされがちな声、音、光、色、人の眼差しの力でした。「せんそう」は私たち -
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哲学は心細い。さみしい。だがわたしは、さみしいからこそ哲学をしているような気がする。
生まれてきたことがさみしい。わからないことがさみしい。問いをもつことがさみしい。問いと共に生きることがさみしい。
なんて平凡なんだと自分で自分に(なぜか)落胆しているのだとしたら、それも安心してほしい。凡庸な考えをもっているひとなどはおらず、誰もがとりかえのきかない、なさけなくて、おかしくて、やさしい考えをもっている。
「えっ…なんで・・・ひとは生きている?」
少年だけが、眉間に皺をよせ、目の前の問いを反響させている。
わたしたちはもっともがいてもいいのではないか。どこかで聞いたことのある幸福の言葉を重 -
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少し前の、永井玲衣さんの哲学エッセイ
読み始めは少し読みづらく
何ヶ月か部屋のすみで積読されていた
改めて読んで見たら
なんとも心にずっしりときた
世界情勢から、日本の災害の時の話
そして個人的な話まで
さまざまな適切な保存を考えている
今の状況を未来に残すことがどれほど
大切なことか、わからないが
もしかしたら、未来にとっては
どーでもいいことかもしれないが
体験して取り込んで伝えていく
でも、そのほとんどは完璧には
保存されないかもなのです
景色を見て感動して写真に撮って
誰かに伝えても
その瞬間はけして伝わらない
匂いや空気感も伝わらない
例えば烏龍茶を飲んだとき
自分では『猿の -
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約1年の積読本。哲学者 永井玲衣さんのコロナ禍やその前後に書き溜められた文章が集められたエッセイ。永井さんの最新刊『これが、そうなのか』の方をなぜか先に読んでしまいましたが、この本の中でも『そうなのか。これが、そうなのか。』というセリフが出てきて、思考の流れを感じさせてくれて少し嬉しくなりました。
第1章は日記。短い文章の中に、なかなかに個性的なエピゾードが含まれていておもしろい。また、日々読んだ本が明記されていて、それも興味深いです。
第2章は、哲学者らしい文章が多め。繰り返し『問い』が出てきて…かと思えばその前提に立ち戻り、考えに考えに考える…。ちょっと気を抜くと、ぼーっと読んでしまい -
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初めて哲学の本を読みました。
「こんな世界があったのか」という読み始めの印象でしたが、読み終わっても印象は変わりません。
しかし、読んだあとには
・日常の中に哲学があり、自分もその一部であり、哲学は身近なものなのかもと気づいた。
・普段から考えていることを言葉にする、言葉にできなくても考え続けることが世界を感じたり理解したりすることなんじゃないか。
・哲学って素敵だけれど、やっぱり面倒くさいな。話がいつまでも終わらなくなってしまう。
このようなことを思いました。
また、哲学の本を読むことがあるかはわかりませんが、気づいたら新しいのを探して読んでいる気もします。
自分としては楽しめたし、何が楽し -
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人それぞれ・人間の本能・承認欲求
後ろ2つをまんまと使っていたことに気づきギクッとした
永井さんの本を読むと、自分が楽するために見逃していたこと、突き詰めずに折り合いをつけようとしたことを思い出させてくれ、問いに向かって開けるのを感じる。山月記の話など懐かしくて考え直す体験を一緒に行うことができた。
特に、「子供の人権」について私は子供→大人になっていくはざまにいるため、子どもとの向き合い方を忘れずに考えていきたい。また、「嫉妬」はなぜ生まれてしまうのかというのは誰もにあり、深い感情だと思う、考えがいがある。
それに、人間の誇張表現についても、「超」「神」ときて、「普通」にいたる。「普通」とい -
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もはや“永井玲衣さんの著作だから”という信頼だけで手に取るので、内容をまったく把握しないまま読んだら、ことばについてのエッセイだった。
第一部「問いはかくれている」では、近ごろ耳にするようになった「あーね」「めしテロ」「口になった」「ラン活」「普通に」等の新語や、使い古された「よろしくお願いいたします」「圧倒的」「にわかファン」「はいチーズ」といった定型句について、独自の着眼点で考察をおこなっている。
ことばを考えることの底無しの面白さを再発見できた。
第二部「これがそうなのか」という章題は、著者がフィクションではない現実の事象をまのあたりにし、開眼していく際に呟かれてきた台詞でもある。
進