無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで200万冊以上配信中!
ロングセラー『水中の哲学者たち』で話題沸騰!
対話する哲学者・永井玲衣、待望の最新刊!
見ることは、わたしを当事者にする。
共に生きるひとにする。
世界をもっと「よく」見ること。その中に入り込んで、てのひらいっぱいに受け取ること。
この世界と向き合うための哲学エッセイ。
わたしはどうやら、時間が流れていくにしたがって、
何かが消えるとか、失われるとか、忘れられるということがおそろしいらしい。
ここに書かれたもの。その何倍もある、書かれなかったもの。
でも決してなくならないもの――。
生の断片、世界の欠片は、きかれることを待っている。じっとして、掘り出されることを待っている。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
地面から数センチの場所に漂う香水の香りのように、普段なんとなく不意に浮かぶけど簡単に忘れてしまうような、いつでもそこにあるけど強く意識しないと忘れてしまうような、そういうものについて書かれている
そういう考えや疑問の答えがほしいと思って読む人にはおすすめしない
そういう考えや疑問、記憶の「適切な保存」について書かれているから。
行間に自分の記憶が不意に立ち現れて脳がトリップしたり、はっきりと答えが示されないまま考えを巡らせる文章にふわりと眠気が襲ったりして読むのに少し根気がいった それも心地いい疲労やった
終盤は実際の経験についての「保存」が試みられていて、事実に目を向けることで一気に読めた
そして今わたしも適切に保存したいと、この本の感想を打っている
これから何度も読み返したい一冊
Posted by ブクログ
偶然、電車で居合わせた人の談笑。すれ違った人からふとこぼれ落ちてきた一言。引き留めるほどではないけど、ちょっと気になる一瞬。たいしたことないそんな日常の一部を切り取って「適切に」保存しようと試みた哲学者の本。一言で言うと、感受性の器みたいな本だった。
「日常を保存する」と聞くと多くの人が「日記」を思い浮かべると思うが、この人はそうではない。スーパーでレジ打ちしていた人や乗り込んだタクシー運転手の名札にふと目をやり、その名前をひたすらノートに記録していく。一見、狂気的な行為だが、それほどまでに日常を「適切に」保存したいと思っていたというのがこの本の始めに書かれている。
怠惰に流れゆくSNSは日常だけれど、“保存する/したい日常”にはならない。そういう意味で「体験すること」はまさに、世界の適切な保存に直結していると思う。本書の中では震災や戦争の中で生きる人たちの日常まで切り取られているが、私はそれを読んでいるうちに震災の二年後、旧友と東北へ行ったことを少し思い出した。更地になった街を前に友人も私も黙ってしまい、私は泣いている友人の後ろ姿をただ、眺めていた。ブログやSNS越しでは伝わらない粒度で私たちは同じ光景を見ていた。目の前にあるすべてが身体に刷り込まれていく。あの出来事から二年経っていた被災地の「日常」は20そこそこの自分たちにはあまりにも強烈で、圧倒的な解像度で私の中に保存されていった。
適切さ、そのちょうどいい加減はむずかしい。でも、塩素という単語を知らない子どもがプールのその臭いを「ああ、温泉に砂糖を入れたような匂いか」とこくこくと頷きながら言う世界との距離のとりかたはとても適切で、私たちはその純度をいつのまにか失ってしまうけど、日々そこには保存したい日常があることを見逃さずにいたいと思う。
#世界の適切な保存 #永井玲衣 #哲学 #エモい哲学 #記憶 #記録 #takram #エッセイ
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。