あらすじ
小さくて、柔らかくて、遅くて、弱くて、優しくて、
地球より進化した星の人とお喋りしてるみたいです。
──穂村弘
もしかして。あなたがそこにいることはこんなにも美しいと、
伝えるのが、哲学ですか?
──最果タヒ
みなが水中深く潜って共に考える哲学対話。
「もっと普遍的で、美しくて、圧倒的な何か」
それを追い求めて綴る、前のめり哲学エッセイ!
「もっと普遍的で、美しくて、圧倒的な何か」それを追いかけ、海の中での潜水のごとく、ひとつのテーマについて皆が深く考える哲学対話。若き哲学研究者にして、哲学対話のファシリテーターによる、哲学のおもしろさ、不思議さ、世界のわからなさを伝える哲学エッセイ。当たり前のものだった世界が当たり前でなくなる瞬間。そこには哲学の場が立ち上がっている! さあ、あなたも哲学の海へダイブ!
人々と問いに取り組み、考える。哲学はこうやって、わたしたちの生と共にありつづけてきた。借り物の問いではない、わたしの問い。そんな問いをもとに、世界に根ざしながら世界を見つめて考えることを、わたしは手のひらサイズの哲学と呼ぶ。なんだかどうもわかりにくく、今にも消えそうな何かであり、あいまいで、とらえどころがなく、過去と現在を行き来し、うねうねとした意識の流れが、そのままもつれた考えに反映されるような、そして寝ぼけた頭で世界に戻ってくるときのような、そんな哲学だ。(「まえがき」より)
【目次】
1 水中の哲学者たち
2 手のひらサイズの哲学
3 はい、哲学科研究室です
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
「私たちはできるはずのことができないときに不自由を感じるんです」
と言った人がいた。だって私たちは空を飛べないことを不自由だと言わないでしょう。そもそもできないことを私たちは不自由だと嘆かないんです。
『水中の哲学者たち』 / 永井玲衣
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哲学の本は遠回しな表現で難しく堅苦しく書いてあって読みづらい本が多かったけど、永井玲衣さんの本は日々不思議に思ったことを深掘りしてみた、くらいの軽さで描かれていてスッと頭に入ってくる。
わたしは最近あったこととか噂話とか表面的な雑談はあまり得意ではなくて「人は何のために生きているのか」とかいうことを大まじめに、でも笑いながら話したかったりする。
それを哲学対話ということを知った。深い話し好きな人、わたしと哲学対話しよう!
Posted by ブクログ
「水中の哲学者たち」永井玲衣
SNSで勧めてくれた人に感謝!哲学の本なのに、思わず声を上げて笑ってしまうとは驚きでした。著者の永井玲衣さんの瑞々しい感性は、難解なイメージの哲学を鮮やかに日常へと引き寄せてくれます。
特に印象的なのは「考える」と「悩む」の違い。ただ足踏みするのではなく、外の世界へ心を開く「哲学」には、ある種の鍛錬が必要なのだと気づかされました。日常を深く味わいたいすべての人に読んでほしい一冊です。
Posted by ブクログ
「水中の哲学者たち」というタイトルのように、ずっと透明できれいな、けれど水面も底もない水の中にずっといるような感覚だった。気持ちいいけど息苦しさもある、みたいなそんな感じ。
「わたしの人生は、わたしが決められて、本当だと思っていることにも、本当に?と問うてもいいのだ、と思った。」私は人生ではなく、歴史の授業に対して、恩師の授業開きで同じようなことを思ったな、ということを思い出した。「本当だと言われている歴史に対して、本当に?と問うてもいいのだ」と。私の今の職業の原体験だ。
「かと思えば、『存在と時間』『差異と反復』『物質と記憶』など、青春アミーゴの修二と彰さながらコンビ名っぽいものもある。」にやたらツボってしまった。嫌すぎるこんな抽象名詞を名乗ってるコンビ。笑
Posted by ブクログ
死ぬとは、なぜ私は日本に生まれてきてしまって、裕福に暮らしているのか。地球は滅亡してしまうんじゃないのか。家族がいつか死んじゃうんじゃないのか。
そういえば子供の頃にそんな恐怖に押しつぶされそうになって、しょっちゅう悪夢にうなされていた。すっかり滅亡しそうでゆっくり悪化していく地球環境に慣れ、やっぱ日本でよかったと安堵し、意外に人は死なないことに気づいてしまった。永井さんの本には、そんな忘れかけていた根本的な問いが溢れ、子供の頃の自分が横に並んで一緒にドキドキしながらページをめくっているようだった。
たまたまこの本を読み終えようとしていたある日、プラネタリウムでドラえもん達がミニチュア宇宙を旅すると言う学習アニメの投影を見た。天の川系銀河を眺めた後、「せっかくだから遠くに行ってみよう」というドラえもんの言葉で、宇宙船はさらに地球から遠ざかり、同じような銀河系が数千と存在すると言う宇宙の全景がプラネタリウムの丸い屋根に映し出された。怖い、私たちはこんなにも広い空間にポツンと浮いているのか。怖くなると共に、考えることも悩むこともなんだか一気に虚しくなる。そして、そろそろ戻ろうというドラえもんに導かれて太陽系が、そして地球が見えてきてホッとした。永井さんの本を読んでいたせいだろうか、小さい頃にドキュメンタリー番組を見て日々不安に駆られた自分が戻ってきたようで新鮮なプラネタリウム体験だった。
この本自体は決して暗くはないし、難しくない。例えて言うなら不条理4コマ漫画を読むような感じ。問いがあって出来事があってオチがある。ただただ時間が流れるだけの毎日を、ちょっと違う見方でちょっと違う生き方で生きてみたいかも、って思える本。
Posted by ブクログ
たまにふと思い浮かぶ疑問を他者と対話し、自分たちなりの理解を得る。答えがあってもなくても、それが正解でも正解じゃなくても、私たちが感じたもの考えたものがすべてであり、それが正義だと感じさせてくれる。
Posted by ブクログ
哲学は縁遠いものだと思っていたが、すでに私の生活の中に"在る"とは。まず、そこに驚いた。この本の中に書かれた様々な対話をひたすらに読んだ。各視点から見た世界はユニークで問いの数だけ広がってゆくようだ。変化を柔らかく受け入れる人になりたい。哲学対話面白そう!!
Posted by ブクログ
新聞の4コマ漫画くらい気軽に読める哲学の本
読み始めた時 うわ〜文体苦手かも〜と思ってたのに知らないうちに慣れてた。
日常でそのへんに落ちてそうな話なのに、なぜ、なぜ、と考えていくうちに哲学になるのは面白かった。こんな言葉があるのかは知らんけどエッセイ的な哲学で、この話は刺さらないな〜と思ってもすぐ次の話になるのがありがたかった。
哲学書はよくわからん話を永久に続けてくることが多い。そして、だいたい胸焼けして読むのをやめる…。
読み進めていくうちに、哲学的思考って一つの物事をピントをいじって 多角的に考えることなんだなと実感できた。もちろん人の意見を聞いてピントを変えるでもよし。
面、人、考える方向性は色々あるけど、
同じことについて考えている私たちは、同じ海に潜っているんだなあ、今後もくだらないことでも色々考えて哲学しようと思います
Posted by ブクログ
タイトルにあるように哲学は水の中に入るような体験だと解釈できるが、永井さんの文章も透き通った水のようで、ガブガブといくらでも飲めそうだ。クスリと笑ってしまう日常の穏やかなシーンをスローモーションのように切り取り、チクチクと痛む出来事を優しく解くような言葉で癒し、分からなさや心細さに寄り添う思考にとても勇気づけられた。おクーポン、今度使ってみたい言葉である。
Posted by ブクログ
いつの間にか、人と会話していても「なんで?」と問うことができなくなっていたことが分かった。掘り下げて聞かないからいつも表面的な話に終始していた気がする。もっと人と対話したいな。相手の考えを聞いて自分の考えをゆっくりでも良いからぶつけたいなと思った。焦らず、言い淀んでも構わないからちゃんと伝えたいな。
Posted by ブクログ
子どもとの哲学に関する話が特に、胸が締め付けられるような、涙が出そうな、そんな気持ちになる。
言葉にすることができなかった問いに、みんなで向き合い考えることのできる彼らが羨ましく、向き合えない彼らが疎ましく思う。
子どもの頃の自分がその場にいたら、きっとうまく言葉にできないまま考え続けていただろうこと。
大人になった私が、彼らに問いを投げかけられたら、きっと狼狽えてもごもごとありきたりなことしか言えなくなって、また考え続けてしまうだろうこと。
一つひとつ読むたびに、息を長く吐いて、心を落ち着かせる。私も哲学的なことばかり考えている子どもだったと思い返す。そして、今もずっと考え続けていて、たまに生きにくいと思う。だけど、どこかに同じように考え続けている人がいるという安心。分からないことは、分からないままでもいいこと、変わることをおそれないこと、そういうことを忘れそうになるたびに読み返したい。
Posted by ブクログ
発刊当初、初めて書店で見た時から、「これはきっと良い本だ」と思った事を覚えています。
なにしろ装丁に作り手の愛が溢れている。
それから3年ほどの月日が経ち、ようやく本書を開きました。
思った通りの素晴らしい本でした。
哲学研究者としての探究の深さを感じつつ、エッセイ調のため言葉選びの優しさや繊細さも魅力で、哲学慣れしていない人もこの本から哲学の面白さを味わえるのではないでしょうか。
著者本人の「世の中にうまく嵌まっていない」という告白が個人的にとても好きで、仲間を見つけたような安心感をくれました。
私も哲学対話の世界に足を踏み入れたくなりました。
Posted by ブクログ
なにかをつかめそうな感覚で、それがこぼれ落ちて、不安になり、でも、なにかが自分のなかに確かに染みこんだ感覚。
手のひらサイズの哲学というフレーズで、大層で難しい哲学から少し距離を置いて語ってくれる、だが本質は外さない本書には、笑わせてくれるものあり、泣きたくなるものあり、ハッと気づかせてくれるものあり、はたまたみんなそんなものだよねと安心させてくれるものあり…。
事あるごとに(事あるってなんだよ汗)読み返したい、拠り所にしたいと思った一冊でした。
Posted by ブクログ
わかりそうで、わからなくて、とてもよかった。
哲学とは相手を尊重しわかろうとするその姿勢。質問を投げ合い、わかりそうでわからなくなる感覚そのもの。
所々涙してしまう部分もあった。
私は自分と意見や考え方の違う人に弓矢を向けていないか?見直すきっかけにもなった。
「どうか、変わることをおそれないでください」
Posted by ブクログ
ごぼぼぼぼぼと海で溺れている人生は自分にすらわからなくて
自説を開陳して去っていかれた描写にうっとなったり、変わったり変わらなかったり、神さまがいるとかいないとか考えて人生を過ごしたいねえ
Posted by ブクログ
この本は今までの哲学の概念をいい意味で壊してくれた。読んでいると、なんでもない日常に隠れている哲学を読み解くことでぐちゃぐちゃになっていた考えが整理されていく。日常のなんでもないことを深く考えなくてもいい。でも少し触れることで心のモヤモヤを消せるのだと実感する。
Posted by ブクログ
わたしたちは、隣のあなたには声を張り上げなくても聞こえるから、近しいあなたには何を言っても伝わるから、なんて思って勝手に満足している。 p240
Posted by ブクログ
初永井さん!名前だけは聞いたり見たりしていたのでようやく。わかるなあというところがあって、言葉として見ていて気づく気持ちやあの日の記憶。別の本も楽しみ(予約中)
「もう少しでわかりそう」という感覚は、「もう少しで思い出せそう」という感覚に似ている。たとえば、誰かの名前を思い出すとき。誰かを指し示す情報が、吸い寄せられるようにこちらへやってきては分散する。…思い出せない経験はかなりもどかしい。だが、確かに思い出す対象はこの世に存在する。そのことだけが記憶の中で溺れているわたしを励ましてくれる。
何かを思い出そうとするとき、人はもどかしさの苦痛に顔をゆがめつつも、その「何か」に、いとおしさを感じている。かつてわたしの中にいて、わたしのものだった「何か」。たまたまそれはどこかへ飛翔してしまったが、たしかにわたし所有していたのだ。だがもはやそれはひとかけらの姿もわたしには見せてくれない。
その代わりわたしは、それに途方もないなつかしさを感じている。かつてわたしのものであった何か、そしてそれを失ってしまった深いかなしみ。(p.20-21)
プラトン・アナムネーシス
他者とわかりあうことはできません、他者に何かを伝えきることはできません、という感覚は、広く共有されているように思う。わかりあうことができないからこそ面白い、とか、他者は異質だからこそ創造的なものが生まれる、とかいう言説もあふれている。その通りだ。その通り。全くもって、完璧に、同意する。だがわたしはあえて言いたい。
それでもなお、わたしはなお、あなたとは完全にわかりあえないということに絶望する。(p.30)
ひとは時に、周りはみんな同じで、みんなわかりあっていて、共感していて、自分だけがそこに馴染めないと思っている。だが本当は、世界は曖昧で、不確実で、複雑で、そこにひとびとは、なんだかんださみしかったりわからなかったりイライラしたり笑ったりしながら、生きている。「わたしだけ」がこの世には無数にあって、それぞれさみしくて、バラバラで、めちゃめちゃで、そういう意味でわたしたちは、平等である。…
もっともっとバラバラになろう。バラバラになって、ちゃんと絶望しよう。もともと世界はいつだって、多様で、複雑で、曖昧で、不確実だ。その意味でわたしたちはみんなみじめで、みんな平等にひとりぼっちだ。(p.59)
ひとは「一貫性」に憧れる。…
「不変」にも憧れる。…肉体が滅びてもバトンのように受け渡される不変の魂を夢想するように、時代や環境が変わっても動かない考えに惹きつけられる。
それはきっと、人間がうつろいやすい存在だからだ。運命を誓い合った恋人たちは、あっけなく別れてしまう。初心を忘れて欲に邁進する。変わる。変わってしまう。
だが同時に、わたしたちは変わるということがとても苦手だ。間違いを認めたり、信念を変えたり、前提を疑うことができない。立場を捨て去ることができない。…変わることは、鎧をゆっくりと脱いで、やわらかな肉をさらけ出すことだ。わたしの魂の、いちばんやわらかな部分を、ひとに触らせることだ。
先生の「変わることをおそれないでください」という言葉がリフレインする…(p.96)
世界は理不尽で、不条理で、めちゃくちゃで、暴力的で、意味不明である。だが言い方を変えれば、世界はボケつづけているとも言える。だって、せっかく生まれたけどわたしたちは絶対死にます、なんてマジで「なんでやねん」としか言えないレベルのボケである。
わたしは一生わたしのままで、あなたは永遠にあなた。…
ここは地球というところです。地球は宇宙というところにあります。宇宙はよくわかっていませんが、めっちゃデカいです。なんでやねん。
あるものはあり、ないものはないです。なんでやねん。(p.206)
Posted by ブクログ
変化することを恐れないで、もっと寛容な人間になりたい!「ただ存在する」をする時があってもいい!わたしもささやかな社会運動であり、抵抗運動をしてみたり!
Posted by ブクログ
ところどころで泣いてしまった。 読んで良かったなぁとは思ったけど、哲学者って学者なん?答え永久に決まらないのに?ってのは読む前より思いましたw 救いとかにはなり得るとは思うけど。
Posted by ブクログ
哲学対話のpodcastから本書を知った。高校で倫理学の世界にハマり、大学で哲学をかじった者としては、「そーゆーのあるある!!」の連続だった。世界は疑問で溢れてるよね。
Posted by ブクログ
哲学「対話」。相手を知り自分を知る。それが「対話」によって深まる。哲学ってそういうことなのかと簡単なようで難しい。詩的なエッセイで、軽やかながら深い読後感が残る淡い読書体験。
Posted by ブクログ
永井玲衣さんのいう「手のひらサイズの哲学」とは、世界に根ざしながら世界を見つめて考えること、らしい…ん?? この問いへの一つの探究を、「哲学対話」を通して掘り下げた哲学エッセイです。
哲学という言葉からくる堅苦しい印象からは程遠い、軽やかさを感じました。そう感じる理由は、世界の「わからなさ」について、永井さん自身が「わからない」自分を隠さず晒している点だと思います。
何かを深く考えることは、しばしば水中に深く潜ることにたとえられるそうで、哲学対話は、ひとと一緒に考えるから、みんなで潜ることになります。
永井さんは、哲学対話で中立的な立場で合意形成を支援する進行役(ファシリテーター)を務めますが、哲学の面白さ、不思議さ、世界のわからなさを対話そのものが伝えてくれます。
哲学対話の主題は、素朴な疑問や悩み、日常の取るに足らないものでもOKのようです。小学校の授業での哲学対話の実践も多いようで、小学生にレイチェルと呼ばれたり、自身も"問いプードル"のイラストを書いたりし、親しまれるのもうなづけます。
分断の今の時代に、他者との対話は絶対に必要なのは言うまでもありません。その際、互いの「わからない」が出発点となるのは、問題ではなく前提になるのでしょうね。
Posted by ブクログ
過去の記憶に、そっと灯をかざしてもらえたことで、その過去の出来事にもカラフルな色彩があったことに気がつけた。確かにその経験はリアルな体験としてそこにあったのだ、と再体験できた。読書前は、記憶が灰色であることが普通すぎて、灰色であることも意識にあがっていなかったが。
自分に迷ったとき思い出したい文章を、フレーズに書きとどめておこう。
Posted by ブクログ
白と水色のコントラストが綺麗なこの本をたまたま見かけ、なんだか内容が気になっていた。哲学について予備知識なくても読むことができ、意外と身近な分野だなと思わせてくれるエッセイでした。
今の小学生は哲学対話の授業なんかあるのか…(,,゚Д゚)「死んだらどうなるか」「約束は何で守らないといけないのか」「早く大人になりたいか」テーマは色々。他人の考えも聞いて、自分の考えも出して、はっきりした答えが見つからなくても、その思考が尊いことなんだと感じた。
『世界はもっと多様で、奇妙で、無数の他なるものが存在する。その事実は本当に恐ろしくて、そしてほっとする。哲学は何も教えない。哲学は手を差し伸べない。ただ、異なる声を聞け、と言う。-ずっとそうだった-』
表題の「水中」まで潜れなかったように思う。たぶん浅い所でちゃぷちゃぷ浸ったぐらい。すぐに乾いちゃう気がするけれど、仕事に、日常に、勤しむ中で時々思い出したい。
2025.3
Posted by ブクログ
哲学と聞くとお堅そうとか難しそうとイメージしがちですが、この本を読むと身近なところに哲学は咲くのだなと思い知りました。
途中で字滑りしてしまって何度も同じところを読み直すということもあったけど、それもまた哲学を咀嚼しているのだということで、良し。
Posted by ブクログ
『モヤ対談』で興味を持って読んだ。
文章が読みやすく、謙虚で不器用でかわいらしい人柄が伝わってくるようだった。知的なユーモアも感じられる。(茶目っ気のある岸本佐知子さん的な雰囲気)
小学校などでも行っているという哲学対話(問いを立ててみんなで語り合う)というイベントには興味を引かれたが、もうちょっと具体的にというか、踏み込んで書いて欲しい感じがした。
今までどういう問いで行われたかなど、文中にも記載はあったが、もっと知りたい。そしてみなさんの出した答えを知りたい。
ても、答えを知りたい、教えてくれと思ってしまうのは、違うんだろうな。自分で考えないと。