永井玲衣のレビュー一覧
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ことばと出会い、
ことばと育ち、
ことばを疑い、
ことばを信じた。
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日常に欠かせないことばたち。
だけど、割と意味なんて後回しでその場のノリで使ってることの方が多い気がする。
反射的に、息をするように何気なく言葉を消費している気がする。
永井玲衣さんのことばの解釈を読んで、ああ言葉って生もので生きてるんだよなって。
誰かが、周りが使ってるからその言葉を使う。これって結構危険なのかも。
ことばから、今の世界について哲学的に考える面白い一冊。
"「哲学」というのは厄介な言葉だ。哲学、それは学問でありながら営みである。行為である。世界の不可解さに立ち止 -
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哲学という学問は切実な現実から発生したものなのに、
学問としての哲学はあまりにも多くの人の現実から遠いなあと思っていた。
著者はこの二つを軽やかにつなぐのがホントに凄いと思う。
“一本締め”のことを「なんて感動的なのか。」という感想が出てくるセンス好き。
場って確かに締まりにくい。
“純粋理性批判”のことを「詩のような響きを持っている。」というセンスも好き。
その視点は無かった。
生を受けたことを“望まずに巻き込まれた”側面を強調して「生活」というセンスすごすぎ!
さすが哲学者!ちょっと笑っちゃった!
それにしてもタイトル、ヨシタケシンスケさん的なゆるい印象だったけど、本文でその一言 -
Posted by ブクログ
哲学というと、なんだか専門的で難しくて触れにくいといったイメージがありました。でも意外と身近にあることに、この本を読んで気づきました。私は友達と一つのテーマについて「なんで?」と掘り下げて対話をすることがとても好きです。心がワクワクする瞬間です。そのこと自体も哲学だということを知りました。一つの質問に端的に答えるというのが私は苦手なのですが、それは哲学的な思考が私にあるということなのでしょうか? この本を読んで、哲学という分野にもっと興味を持ちました。
これまで哲学というと、大学の教授や研究者が一人で黙々と頭の中で考えて、思考を巡らせて生まれるものだと思っていました。でも相手がいると、なんで? -
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無機物に動詞をつける感じがとてもいい。
いきなり、ただの単語がゆるキャラみたいに見えるからおもしろい。
明朝体が立ったり、歩いたりしている。
普段言いたいと思っていることが大切に、大切に書いてあって感動の意味で泣ける。
「そういうものだから」で片付けちゃうこと、多すぎるね?
永井さんが「これがそうなのか」と思ったことを読んでいるうちに、自分なりのこれがそうなのかに出会う。
哲学は、あーでもない、こーでもないと話しながら
なんとか自分の納得できる場所を見つけるってことかも。
言葉について。
みんなが使っていて、
同じニュアンスで相手に伝わることが前提で、
それがいかに奇跡なのか…
普段使っ -
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本屋さんをウロウロしていて衝動買いした一冊
今までも何度か目にしていたけど手に取らなかった本
なのに今回は何故かとてもとても読みたいと思った
さみしいのかな?私
「読みたい」という直感は当たっていたようで、とっても面白かった。
著者は哲学者らしいが、本書は(哲学的)エッセイになるのかな?
クスッと笑えたり、爆笑したり…
急に涙が溢れたり…
夢中になって読んでしまった。
著者の永井さんは学校などで〝哲学対話〟という問いを深める授業をしているそう。
その授業で
「さみしさだけは、誰とも共有できないんです」
と発言する女子高生がいた。
嬉しい、楽しいは共有できる。
でも、さみしさは共有でき -
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「私たちはできるはずのことができないときに不自由を感じるんです」
と言った人がいた。だって私たちは空を飛べないことを不自由だと言わないでしょう。そもそもできないことを私たちは不自由だと嘆かないんです。
『水中の哲学者たち』 / 永井玲衣
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哲学の本は遠回しな表現で難しく堅苦しく書いてあって読みづらい本が多かったけど、永井玲衣さんの本は日々不思議に思ったことを深掘りしてみた、くらいの軽さで描かれていてスッと頭に入ってくる。
わたしは最近あったこととか噂話とか表面的な雑談はあまり得意ではなくて「人は何のために生きているのか」とかいうことを大まじめに、でも笑いながら話したかったりする -
Posted by ブクログ
「水中の哲学者たち」というタイトルのように、ずっと透明できれいな、けれど水面も底もない水の中にずっといるような感覚だった。気持ちいいけど息苦しさもある、みたいなそんな感じ。
「わたしの人生は、わたしが決められて、本当だと思っていることにも、本当に?と問うてもいいのだ、と思った。」私は人生ではなく、歴史の授業に対して、恩師の授業開きで同じようなことを思ったな、ということを思い出した。「本当だと言われている歴史に対して、本当に?と問うてもいいのだ」と。私の今の職業の原体験だ。
「かと思えば、『存在と時間』『差異と反復』『物質と記憶』など、青春アミーゴの修二と彰さながらコンビ名っぽいものもある。