永井玲衣のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
選挙に興味を持ち始めたものの、分からないことだらけで読んでみた本。
なぜ自民党は強いのかや、なぜ野党は勝てないのか、なぜ女性政治家は少ないのかなどをテーマに。
前半はデータに基づいた話しをしているので、ウッとなるが、分かりやすく書いてくれているので、初心者でも全然分からないということはなく読めた。1からと言うよりは、近年の選挙に絞られていて、そこも身近に感じられて良かった。
最後は哲学対話で締められている。
興味を持ったのに、具体的に話すのはタブーみたいな風潮でより分からなくなってく「選挙」。生活の中で感じている「選挙」のことが話されていて、もっと身近にみんなで考えてみたいと思えた。
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Posted by ブクログ
『水中の哲学者たち』でも感じたが、刻一刻とすぎていく瞬間を言葉として表現しているのが自分にとってはとてもすごいことでどういう風にやっているんだろうと思う。印象に残る一節も多い。自身ももっと世界をよく見て感じ、言葉を書き連ねたい。
## はずでした
「わたしたちの生は、無数の「そうであるはずだった」に満ちている。(中略)ひとが「はずだった」と言うとき、そのひとの心はとこかへ行ってしまったかのように見える。「はず」の二文字に、そっと感情が乗っているからだろうか。」
## 適切な保存
「こんなふうに目まぐるしく入れ替わっていく東京で、ひとつひとつを丁寧におぼえておくことはできない。どんなに意識をはたらかせ手いたとしても、どんなに写真を撮ってまわっていたとしても、少しすすけた仮囲いの白さしか、目に浮かんでくることはない。」
## 適切な説明
「歌集をひらき、言葉に向かい合う。そして気づかされる。そう、適切な説明とは、言葉がもちいられなくても、立ち現れるのだ」
## そのにおい
「においはやはり保存されにくい。言葉を失うような現実を前に、言葉にできないというかたちで強烈に保存されていることもある。(中略)また、においを知っているということは、そのひとが確かにそこに「いた」、そこにいきていたということだ。」 -
Posted by ブクログ
前半部分は、著者の永井玲衣さんが、忘れることを嫌がっている事から「世界の適切な保存」だと思って読んでいましたが、後半にヒロシマの原爆や東日本大震災など、忘れてはいけないことを忘れないように、言葉を使って、世界を保存しようとして葛藤している様子を感じることができるようになってきました。僕は、個人的に写真を撮ることが趣味なのですが、「時が流れていかないように」というwebsiteを作って、撮った写真を公開していました。(閉鎖しました)永井さんが考えていたことと、同じようなことを僕も思っていたことが、共感を覚えました。日々消費されるコンテンツを、僕もただ保存したいと思います。
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Posted by ブクログ
この本を手に取ったきっかけは、情報番組で「自民党がなぜ強いかをデータで分析している」「選挙とは何かを座談会形式で考えている」と紹介されていた点に惹かれたからである。
本書によれば、自民党が強い理由としては、①小選挙区制において効率的に議席を獲得できる制度構造、②公明党との選挙協力、③野党が候補者を統一できず票が分散すること、④非都市部で組織団体や保護政策を通じて基盤を固めていること、⑤政治に不満を抱えながらも与党に投票する層が一定数いること、などが挙げられている。
また、(本書の説明を踏まえつつ私の理解を交えて言えば)投票率の低さも自民党に有利に働いている。特に「選挙に行かない層の中には野党支持者が多い」とするデータも紹介されており、この点をどう評価するかは読者に委ねられている。
最終章の哲学対話では、「選挙とは何か」「選挙活動の開始をいつとみなすのか」「有権者はいつから政治家を注目すべきか」といった問いが提示される。有権者として、選挙期間中だけ政治家を評価すれば良いのか、それとももっと長いスパンで考えるべきかという問題提起には共感を覚えた。
総じて、本書は前半でデータ分析を通じて自民党の強さの構図を明らかにし、後半で哲学的な問いを通じて選挙の本質を考えさせる構成となっている。結論を押しつけず、読者に思考を促す点で、選挙への関心を深めるきっかけとなる一冊である。 -
Posted by ブクログ
“あまりに物事がしんどくて、何もかもが立ち行かない時に、友人に「降伏だ」とメッセージを打とうとした。機械は、わたしの状況などつゆ知らず「幸福だ」と変換した。わたしは自分で自分のことを幸福と言ったことがなかったから、それを真新しい目で見ることになった。”(p.94)
“見ることは、変えることだ。自分自身を超え、変えていくことだ。世界は不適切に保存され、手渡される。それを、もっと見ようとする。見ることによって、知っていたと思い込んでいたものが変形する。知っていたと思い込んでいた自分が変わる。ならば、どうするかだ。
見るだけで終わることはできない。見ることは、わたしを当事者にする。共に生きるひとにする。そうしたとき、わたしはどうするのかというところまで、問われている。”(p.260)
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Posted by ブクログ
永井さんが、戦争についてどういう風に語るのかと思って読む。現在は戦争体験者が亡くなっているので、どのように戦争を語り継ぐのかという問題でもある。
読んでからずっともやもやする。あとがきに書かれているように、あまりうまくいっていないのではないか。あえて出典を巻末にまとめることで、無名の人の声も著名な書籍からの引用も区別がつかない一個人の声として読ませるのだが、匿名の個人の言い淀みまで丁寧に掬っている場合ではないのではないか。
この言葉なら自分の体感でも戦争のことがわかるというような個人の実感の話はもう読まなくてもいいかなと思う。事実を読む方がよいように思う。
たたずまいが美しい本。 -
Posted by ブクログ
自分自身を問い直すと、それまで自分の中にあった価値観や考え方が壊れて、代わりに新しい考え方が身につくことがある。それは一人で考えているときにも起こるし、誰かと話しているときにも起こる。
人は経験を積み重ねて成長すると言うけれど、実際には、これまでの考え方が一度壊れて、新しい考え方が自分の中にしっくり収まることなのかもしれない。
自分の中の何かが壊れることは、少し怖い。でも同時に、新しい自分になれるようなワクワクもある。人生は、そうやって何かが壊れ、また新しいものが身についていくことの繰り返しなのではないかと思った。
一方で、相手のアイデアを受け取ることは、相手の一部を受け取ることでもある。だから、それを雑に扱えば、相手との関係まで壊してしまうかもしれない。コミュニケーションには、いつもそういう怖さがあるのだと思う。
自分で考え、自分の中にあるものが壊れて、新しい考え方を得ることはよい。しかし、他人に干渉して、相手の中にあるものを壊すことにはリスクがある。
それでも、相手をよい方向に揺さぶり、新しい考え方を身につけるきっかけを与えることもできる。怖さはあるけれど、自分はそんなふうに、誰かによい変化を与えられる存在でありたいと思った。