あらすじ
「わたしはいつまでも驚いていたい。こわがっていたい。絶望して、希望を持ちたい。この世界から遊離せずに、それをしつづけたい。世界にはまだまだ奥行きがあるのだから。」
今、もっとも注目される書き手、永井玲衣の最新刊!
哲学は心細い。さみしい。だがわたしは、さみしいからこそ哲学をしているような気がする。生まれてきたことがさみしい。わからないことがさみしい。問いをもつことがさみしい。問いと共に生きることがさみしい。(本文より)
ことばが馬鹿にされ、ことばが無視され、ことばが届かないと思わされているこの世界で、それでもことばを書く理由は何だろう。わたしの日記は、戦争がはじまって終わっている。あの瞬間から、日記は戦時中のものとなった。
だが、ほんとうにそうなのだろうか。戦争はずっとあったし、いまもある。わたしが絶望したあの戦争は、いまもつづいている。だからあの日記はすでに戦時中のものだったし、この本も、やはり戦時中のものである。
とはいえ、わたしたちの生活に先立って、戦争があるわけではない。生活の中に戦争が入り込むのだ。どうしたって消すことのできない、無数の生の断片があるのだ。たとえ「対話」ができず、あなたのことばを直接きくことができなかったとしても、決して「ない」のではない。(「あとがき」より)
目次
1
やっぱりハリーポッタリ
わたしが飲むとこ見ててよ
タイツを履き忘れてすみませんでした
ばかものよとかうざいんだけど
シーサーには怖い顔をしていてほしい
箸、ごめんなさいね
夜に手紙を書くな
思ったより小さい
あたらしい犬を提案する
2
念入りな散歩
1月1日の日記
思い出せないことが絶えず思い出される街、渋谷
見られずに見る
試みる
3
さみしくてごめん
それ、宇宙では通用しないよ
iPadを叩き割れ
後ろの風景を置き去りにすれば見える
そうなのか これが そうなのか
身に覚えのない場合はご対応ください
なんだかさみしい気がするときに読む本
考えるための場
4
この本はもう読めない
枕辺の足
きみの足を洗ってあげる
穴だらけの幸福
ただ存在するたけ運動
徹夜のための徹夜
ないがある
今は、知っている
ただ、考えたい
あとがき
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
永井さんが実際に哲学対話でお話されているところを聞くと、いつも「こんなにはっきりと自分の考えを表現できてすごいな。強いな」と思ってしまう。
初めて永井さんのエッセイを読んだ。彼女から生まれる言葉は哲学対話を聞く時のような印象はむしろ感じさせなかった。彼女が生きて、哲学に考えさせられている日々をより近くでより触れることができるような、そんな言葉たちが並んでいた。
私はこれからこの本を度々読み返すと思う。その度に彼女の言葉にクスッと笑い、さみしいのも悪くないな、と思う。
Posted by ブクログ
自分をありのままに、そしてそれ自体をなんとも思っていない。清さとも自然体とも違うなにかがこの本にはある。永井さんは日常のあらゆるものを怖がりながらどこか面白がっている。彼女のアンテナに引っかかる言葉。それ自体が取るに足らないものでも、平凡なものでも彼女にかかるとたちまち特別な意味を持った言葉になる。不思議だ。その切り口がとても面白い。
Posted by ブクログ
作家ではない人が書いているのが良い。
だからこそ、何度も同じ話が出てきたり、とりとめもない話が続いていて、著者と対話しているようで読んでいて楽しかった。
Posted by ブクログ
ただ考えたい、って!!おぉ。世間では時間の無駄とか、生産性とか将来とか、そればかり言われるから、どうでもよいことばかり考え気味な私おかしいんかなって心配だったのでなんていうか気が楽になった。有名な哲学者さんがいいっていうなら、きっと許されるでしょ…って。ちょっと気が大きくなってる。
日記のパートはほんとに親近感湧きまくりで日常をすてきに文章にできるってうらやましいなーって思った。2から難しい言葉が出てきて、やっぱり賢い人が書いてるんやなーと我にかえる。
昨日、職場で私ともう一人だけディズニーのお土産クッキーがもらえなかった。さみしい。さみしくてごめん!これじゃないか…でも。何をどう思っても、正解がなくても、考えが変わってもいいって強いな。誰かと分かち合えたらもっと最強か。
Posted by ブクログ
よかった、とってもよかった…一気に読んでしまいました。前半、1の日記文を呈したところは、クスッと笑える視点がたくさんあって、いままでの書籍より(若い時ということも含めながら)永井さんの人としての面が見えた気がする。永井さんみたいに、世界の一つ一つを怖いと思ったことはないけれど、あれ?なんで?と思うことはあって、永井さんの視点を得られるとそれがどういうことかを考える道具を手に入れられるような感覚になりました。後半の文章たちも好きです。これからもこの人の文章を読んでいたい。
Posted by ブクログ
TBSラジオ荻上チキのセッションに突然「哲学者」として登場し、
軽妙な、親しみのある語りで哲学対話を繰り広げる永井玲衣。
この本で、その正体が少しわかった気がする。
小さな、虚弱体質の、ちょっと難しい女の子だったようだ。
1に描かれている文章は、まるで詩のような、短歌のような、
とてもいい感じの短い文章。
哲学者っぽくない。エッセイストのよう。
2からちょっと真面目な?文章になる。
でもやはり等身大。永井玲衣の頭の中を素直に、率直に吐き出している。
彼女に限らず、誰の頭の中にもある思考、もやもや、悩み、迷い、
そうしたものをわかりやすく表現している。
哲学、って、難しいものじゃないんだな、となんとなく思える。
といいながらいまだに「哲学」がなんだかわからないけど。
「問い」を立てることが哲学なのか、、
人生すべて哲学のような。
でも考えるのをやめちゃってる思考停止の人もいるような。
面白い本。
1
やっぱりハリーポッタリ
わたしが飲むとこ見ててよ
タイツを履き忘れてすみませんでした
ばかものよとかうざいんだけど
シーサーには怖い顔をしていてほしい
箸、ごめんなさいね
夜に手紙を書くな
思ったより小さい
あたらしい犬を提案する
2
念入りな散歩
1月1日の日記
思い出せないことが絶えず思い出される街、渋谷
見られずに見る
試みる
3
さみしくてごめん
それ、宇宙では通用しないよ
iPadを叩き割れ
後ろの風景を置き去りにすれば見える
そうなのか これが そうなのか
身に覚えのない場合はご対応ください
なんだかさみしい気がするときに読む本
考えるための場
4
この本はもう読めない
枕辺の足
きみの足を洗ってあげる
穴だらけの幸福
ただ存在するたけ運動
徹夜のための徹夜
ないがある
今は、知っている
ただ、考えたい
あとがき
Posted by ブクログ
永井さんのエッセイを読むのは3冊目ですが、どれを読んでも面白いです。着眼点のユニークさ、絶妙なワードチョイス、テンポよく引き込まれる文体、文章の背後に見え隠れする底知れない知性は翻訳家の岸本佐知子さんのエッセイに通じるものがあるように思います。
本書後半に出てくる永井さんがサッカー観戦に行くまでのエッセイは最高でした。サッカー知識ゼロの永井さんに文章を依頼する日本サッカー協会の慧眼もさることながら、魅力的な文で応じる永井さんもすごい。
Posted by ブクログ
哲学がなんなのかをよくわかっていなくえも、永井さんの文章は大変読みやすいし、何か正解を求める学問ではなくなぜ?を探求するようなイメージなんだと感じた
考えること、言葉に出してみること、それは一人でやらずに友人や誰かと一緒にやっていいこと、など敷居が下がる感覚があって嬉しかった
永井さんの文章、もっと読んでみたいなあ
Posted by ブクログ
誰かと一緒に考えることでそれぞれが平凡ではない考えを持っていることに気づく。ふとした瞬間浮かんだ疑問について考える。疑問が疑問を呼んで頭の中をころころ転がっていく感覚。その時間や感覚を大切にして、いつか誰かとそれを共にできれば良いなと思った。
哲学を少し身近に感じることができる一冊。
Posted by ブクログ
【若き哲学者が考えるさみしさの正体とは】長年、わたしにはわからないものがある。それは、さみしさだ。さみしさとはなんだろう。友達とごはんに行った帰り、大きなプレゼンをやっと終えた瞬間、あてもなく街を歩いている時。わたしはきまって"さみしく"なる。しかしその正体が何者なのか、ずっとわからなかった。なんか最近寂しくない?と友達に話したことも記憶上ではない。だから余計にわからない。そしてわからないと、ひとは自分を誤魔化しはじめる。
コロナ禍では、世界がさみしさに覆われていた。やることがないから散歩する、本屋に行くのはok?、リモート飲みしようよ、毎日お酒を飲んじゃうんだよね。ひとによって紛らわせ方は、いろいろだったと思う。一方で、今こそチャンスと捉えてスキルアップしよう!とか言ってるYouTuberがわたしは怖かった。いくらなんでもこころが強すぎる。この人とは何も分かち合えない気がする、そう思った。
本作は、2025年上半期で一番印象に残った本だった。さみしくなったら開いてほしい。だれかに連絡しながら、さみしくてごめん、と思う前に。つながれない時間に絶望する前に。いつでも分かち合える場所がここにはある。
Posted by ブクログ
好きなYouTuberさんが紹介していて初めて手にとった永井玲衣さんの本。エッセイと哲学書の間にあるような、やわらかく、それでいて頭のちょっと鈍っている部分をほぐしてもくれる作品だった。他者がどんなふうに世界を見ているのかを知るのはやっぱり面白い。同じ世界を生きていても、わたしにとっての当たり前はあなたの当たり前ではない。永井さんの目の付け所が新鮮で面白く、ほっと肩の力が抜ける。つい素通りしてしまいがちな自分のちょっとした気付きや感情をもうちょっと大事に日々を過ごしてゆけたらなと思った。
Posted by ブクログ
哲学モメント」という概念が、これまで言葉にできなかった不思議な感覚を見事に言い当てていて、全身に染み渡るようでした。
第1章では、思わずクスッと笑ってしまう日常の風景が描かれています。
日記が苦手な方でも、第2章から読み始めれば十分楽しめると思います。
そして第3章は、過去2作のファンなら間違いなく胸を打たれる内容でした
Posted by ブクログ
『これが海です。』と子供たちに水たまりを指さす先生。こんな先生になりたい、という気持ちがめちゃくちゃわかる。
日記つけたくなる。そんな本でした。
わかる!と何度も朝の通勤電車で笑顔になれた。また読みたい。
Posted by ブクログ
前半は「ただ生きているだけ日記」。これが面白い。思わず声を出して笑ってしまうことも。普段ならそのまま素通りしてしまうような(気にも留めなかった)何気ない出来事や不条理への感情を、こんなにも鮮やかに切り取ることができる感性と、巧みに文章化できる筆力に感心しました。まあしっかり哲学してる故の感性ということなのかもしれません。
後半はエッセイ。常に探求し続ける(考え続ける)とても謙虚な哲学者という印象でした。
「やさしさ」は「親切」とは違うという話はストンと腑に落ちました。サッカーの話はどこが真実でどこがふざけて書いているのか微妙だけれど、「サッカーは文脈のある全体性」と評するあたりは、さすがだなと思ってしまいました。
哲学とは正解のない「問い」について考えること、なのかな? だとしたら、独りで考えるのは柔軟性に欠け独善的になりがちだから、やっぱり誰か(他者)の声を聞き一緒に考えたいですね。「哲学対話」参加してみたいです。
ただ、タイトルが「さみしくてごめん」になった意味がよく分かりませんでした。哲学についての著者の想いなのでしょうか? トチンカンな解釈ならゴメンナサイ。
それにしても、素敵な文章を書かれる哲学者さんであることは間違いないと思うので、他の著書も読んでみたいと思いました。
Posted by ブクログ
永井さんの言葉は断片的で、ふわふわと不安定な世界に漂いながらも、いつも光を伴って帰ってくる。
不安やストレスに立ち向かう方法や、考え方を変えましょうって内容の本は数多くあるけれど、
この本は一緒に向き合おうよ、みんなで奥底まで潜って考えようよって言ってくれている感覚で、
自分の思考や感情を否定せず両手で掬い上げて向き合える感じがした。
私も普段、駅で足を踏まれてイラっとしたこと、アイスの美味しさに感動したことなど日々ちょっとした事で感情が動くけれど、
そんな一つ一つの感情の機微を何だろう?何で自分はこんな風に思ったんだろう?って心の奥底を覗きにいくような感覚、すごく好きだった。心の奥行を広げられる気がした。
特に刺さったのはP188のやさしさと親切のお話。
「とびきりやさしい人は何だかちょっと怖い。」の部分、何となく自分の中にあった恐怖心を言語化してくれたようでハッとした。
Posted by ブクログ
思わず、くすくすと笑ってしまうユーモラスで肩肘張らない文章で楽しい。ほんのちょっと哲学の入口というか「考えずにはいられないこと」を受け入れる?投げやらない?共に有る?生活をしても良いのかもしれないと思わせられる。
Posted by ブクログ
哲学というものがなんなのかわからない人にとっても、とっかかりになる作品(エッセイ)でした。
考えすぎてしまうきらいがある私にとっては、同じように問い自体に対して頭を悩ませている方の存在は心強いです。
ひとつひとつの事柄の心もとなさ、さみしさに真摯に向き合っている姿は素敵だと思います。わかりあえないとしても、どうしてそうなのか、そうなっているのはなぜなのか、他人の言葉を借りずに自分自身の言葉で表現していきたいです。
Posted by ブクログ
問いに問いかける。どうしたってことない日常も悪くはない。むしろ面白い。問い方一つで、観ている世界が変わる。
くすっと笑える、想像できるシーン。
あるある。
ことばが届かない世界もそれは存在している。どうして届かないんだろう。
また、それも考えたくなる。
Posted by ブクログ
この本は哲学書?エッセイ?
その境目はなく、永井玲衣さんという人の言葉がただそこにあるという感じ。
そもそも哲学というものは、改めてかしこまって考えるものではなくて、日常の中にふっと沸き起こる問いなのかもしれない。
永井さんの文章はとにかく読みやすい。
プッと笑ったり、問いに頭を悩ませたり…まるで対話しているような気分になりながら読んだ。
一人で読んでいても、なぜか一人のような気がしなくて、さみしくない時間だった。
Posted by ブクログ
ほのぼのとしてるが時折りさみしくなる日記パートでの日常風景、サッカーについて色々と試みる過程も良かったが、特に『見られずに見る』が印象に残った。
あまり作者が何かを論じたり、考えを述べると言うことは無く、感じたことがつらつら書かれた本書だが、最後にここを読み返すと、仲の良かった友人とより深く繋がれたような気持ちになる。(それがまあ、ホントにそう思っていいかは置いといて。。)
Posted by ブクログ
永井玲衣さんの著作のなかでいちばん好きかも。
淡々とした語り口にときおり顔を覗かせるユーモアが絶妙で、哲学者の日常をさまざまな角度から見せてもらうことができた。
中学生のとき自身を山椒魚だと認識して青ざめた、というエピソードが可愛らしかった。本文中の表現を借りればそれこそ、〈深刻で切実だが、悲哀に満ちたおかしみがある。それにどこか、筆者がふざけている。真面目なふりをしているが、ふざけているのである〉。
井伏鱒二の『山椒魚』、ずっと積読になったままだからこれを機に読んでみよう。
こうして一人ファミレスのモーニングで感想を書き綴りながら、さみしいのも悪くない、と思った。
読み終えたあとは、自分だけのさみしさが愛おしく思えてくる。
Posted by ブクログ
まるで人の頭の中を覗いているような感覚になる。
そして、すごく眠くなる。
何故なら私が寝る前によく考えるようなことが、この本には延々と書かれているから。
「相手の気持ちを完璧に「わかる」なんてことはかなわない。誰もが知っていることだ。それなのに、大変な苦労をした人に、無責任にも感情移入して涙を流してしまうことがある。なんという無神経な感受性なのか。(p129)」
この一文がすごく好きだ。
無責任な感受性。
茨木のり子さんの「自分の感受性くらい」の香りを感じる。
哲学って日常だなぁ、と再確認出来る。
Posted by ブクログ
日記のところが特に好き。
哲学っていつまで経っても掴めないから哲学。
当たり前に生きているこの世界には哲学が、不思議が、不可解がたくさん。おもしろい。
Posted by ブクログ
4つのパートに分かれていて、1が日記であとはエッセイ。
日記は、声に出して笑ってしまう所やあるあると思う所、考えさせる所もあり、面白かった。
爆笑したのは、著者の同期の人のメール。
2から急に読むスピードが遅くなってしまった。
Posted by ブクログ
面白い。日常で起きたこととか思い出したことを書いているんだけど、雑談してるみたいな感覚。ふふっと声出して笑った。エッセイってその人が触れてきたものが引用されたりするから、そこから新しい出会いがあって面白い。
例えば、茨木のり子さんの「自分の感受性くらい」という詩を初めて知って好きになった。
「おい、ピータン」の漫画を読みたくなった。
「ひとは脆いけど、しぶとい」
Posted by ブクログ
時々吹き出す笑いと、
じんわり押し寄せてくる笑いと、
ニヤニヤ幸せな笑いとがある
でも実は
好きな人と同じ本を読んでいることが
いちばん嬉しい