岩明均のレビュー一覧
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パラサイトに脳を奪われていない「仲間」が登場するところも、『寄生獣』を新時代の『デビルマン』と思った部分である。
新一は右手から侵入され、腕を紐で必死に縛って脳への寄生を食い止めたが、下顎に寄生された宇田の場合、どうしてそうなったのかの説明がなるほどよく考えられている。
『デビルマン』のように仲間を集めてデビルマン軍団を結成して、というように話は進まないのだけれども。
そして敵が母親、というか、寄生されてしまった母親という残酷なストーリー展開は、新一とミギーの心のすれ違いを際立たせる。母親の姿をしたパラサイトを攻撃できず、致命傷を負う新一。新一が死ねば自身も死んでしまうミギーはその時点で生きのびる可能性を淡々と模索していく。ミギーが新一の損傷した臓器の再生を試み、一命を取り留める、しかしミギーの30%くらいが新一に混じってしまい、新一は望まずして超人的な力を手に入れ、さらに強力化していくパラサイトに対抗可能となっていくわけだ。同時に「混じってしまった」自分が人間的心を失ってしまったのではないかと悩むのは、悩めるヒーローの系譜。もちろん、ミギーはそのことでは特に悩まないが、この救命劇でミギーにも副作用が生ずる。1日時4時間くらい眠ってしまうのだ。かくて新一とミギーはますますお互いを補い合わねばならなくなる。
母親の姿をした異生物を倒し、真実は告げられぬながらも父親とともに母の死を悼むといった情緒的な場面は、この作品以前は人情ものを描いていた作者の筆力が遺憾なく示されているのだが、センチに流れるだけにならないのは、起こりうる出来事を論理的に演繹していくストーリー展開、あるいは冷徹な論理で動くパラサイトたちとの対照が生きているからだ。 -
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実写映画化とアニメ化で話題の『寄生獣』である。
実写版は前田有一の「超映画批評」では早速「今週のダメダメ」になっている。なるほどもっともな批評であり、見る気も失せて原作を取り出す。
岩明均は遅筆である。足かけ8年の連載で、やきもきしつつ読んだのが、単行本にしてたったの10巻。これを一気読みできる今の読者は幸せなのか、どうなのか。
話はこうだ。宇宙から卵のようなものがたくさん落ちてくる。そこから出てきたのはカイチュウ類を思わせる生物で、これが人間の耳やら鼻から入って頭部を喰って、頭部に置き換わってしまう。首から下は人間だが、頭は自在に変形する寄生生物となっている。パラサイトの食べ物は人間である。
主人公・新一に寄生しようとしたパラサイトは失敗して、彼の右手を喰って,右手に置き換わってしまう。名付けてミギー。一般に寄生虫は終宿主にたどり着けないと成体になれないのだが、ミギーはちょうど中間宿主に留まってしまったようなものである。だから、人間を食べることはなく、新一の血液から栄養をもらって生きている。ミギーも自在に変形することができるし、普段は新一の右手として機能している。新一から分離してミギーが生き続けることはできない。ここに奇妙な共生関係が成立したのである
パラサイトは知能が高い。人間くらいには。
人間を食べ物としか思わず,食欲に従って食い散らかすパラサイトのおかげで連続猟奇殺人事件が世を賑わす。しかし、もっと知的なパラサイトも現れる。新一の高校にやってきた教師の田宮良子である。彼女は喰ってしまった田宮良子の役を演じ続けているのだ。こうしたパラサイトたちはこっそりと人間を喰う。
終宿主と上に述べたが、パラサイトは人間に取り憑いても成体にはなれない。つまり生殖能力を持たない。田宮良子はいったい我々は何なのだと述べる。
パラサイトは生まれ出たとき「脳を奪え」と指令が来たと述べる。そして脳を奪ったとき、「この主を食い尽くせ」と指令が来たという。つまりパラサイトには本能があるのだ。本能を失い環境を汚染しているだけの人類に自然が天敵を与えたのだという含みが感じられるところである。 -
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「超映画批評」で前田有一が実写版映画を批判しているところとは、ミギーはドラえもんのようにのび太を助けるお仲間ではないということだ。
生物として当たり前なのかも知れないが、ミギーは徹頭徹尾自分自身が生き残ることしか考えていないのである。自分が生き残るためなら,人間であろうと,他のパラサイトであろうと殺すことに容赦はない。新一と「運命共同体」となってしまったかぎりにおいて、ミギーは新一の味方となるに過ぎない。ただ、右手に寄生してしまったがために、自身の変形能力のほかに、人間の体である首から下を極限まで使用できる通常のパラサイトと比べて、ミギーは力が劣る。このためにミギーは新一を利用せざるを得ないのだ。
『寄生獣』をはじめて読んだとき、私はこれは新時代の(今となっては20年も前だが)『デビルマン』だと思ったものである。
人間の心を持ったまま悪魔の力を手に入れたデビルマンに対して、人間の脳を残したままパラサイトの力を得た新一というわけだ。だが、デビルマンの心はひとつ、新一−ミギー組の心はふたつ。デビルマンは人類がいかに悪魔的かということで葛藤する。『寄生獣』にもまあそういう視点はあるが、何か生物として間違ってしまった新一の人間的心理と、生物の王道を行くミギーの冷徹な心理とのすれ違いが物語を駆動する重要なポイントである。このアンバランスな二人組がバランスを究めるパラサイトたちとどう拮抗できるかという思考実験の面白さ。
他方、人間の頭部を喰って入れ替わるというパラサイトの基本設定を演繹し、様々な形態を考え出していくあたりは実に良質なSF(スペキュラティヴ・フィクション)となっているのだ。 -
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本巻を待つのに2年近く。そんなに待たせているとわたしお嫁に行っちゃうわ。
前巻、指揮官不在の窮地を救ったエウメネス。しかし、結果オーライにしても一介の書記官が指揮を執っては軍規違反になるので、手柄を居候先のアッタロスに引き受けてもらう。
そんなところにヘカタイオスが宮廷にやってくる。エウメネスの故郷カルディアで彼の養父を暗殺し、彼を奴隷に落とし、カルディアの有力者となったものの、今やマケドニアに支配される身分となったヘカタイオスはエウメネスに食ってかかる。おまえは蛮族ではないかと。しかしマケドニアの書記官となったエウメネスはヘカタイオスの及びもつかぬ高官なのだ。
アッタロスの姪のエウリュディケとエウメネスは恋仲となっているが、そこでの会話も貴族のようであったり、奴隷のようであったりとここでもまたエウメネスの身分の複雑さが強調される。
そして今回の任務である。アテネとの戦争を前にアテネの名将フォーキオンを失脚させろという任務である。知力胆力に優れ、かつマケドニア人ではないエウメネス以外に適任はない。幼時よりの読書家だったエウメネスにとってアテネは憧れの都。異国の商人に扮して彼はアテネへと向かう。
フォーキオンはマケドニアとの戦争には慎重で、雄弁家デモステネスが反マケドニアを煽っていた。アテネ征服をすでに念頭においているマケドニアは戦敗の責をデモステネスにとらせて、占領後の施政をフォーキオンに任せようという深謀でもって、現時点でのフォーキオンの失脚を画策しているのだ。
ここで面白いのは軍務経験豊富なフォーキオンが反戦論者で、政治家ではあっても軍事は素人のデモステネスが主戦論者であることで、これは安倍晋三批判なのか。
変人フォーキオンに取り入ろうとするエウメネスの策略が面白いし、フォーキオンを介して彼は意外な旧知の人物に再会する。そして後半、いよいよ対アテネ戦へと話は進むのだが、続きをまた2年も待たされるのは堪らんな。 -
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第1巻が出てから10年目であるが、ようやく本編にはいったという感じ。作者が何を本編と考えているかはわからないが、主人公エウメネスがアレクサンドロス大王の父フィリッポス2世に仕えて、戦場を走り出したのだ。
本巻ではアレクサンドロスは登場すらしない。エウメネスはフィリッポス2世の書記官として、フィリポス戦記に同道しつつ、軍師としても慧眼を示しつつある。この戦術の応酬が描きたかったことのひとつなのだろうが、エウメネスは参謀ではないので、まだ、ふと気づいたことをフィリッポスに告げに行く程度。しかし、その意をすぐに理解して、指示を変更するフィリッポス。いい感じだ。
ところが、ビザンティオンともペリントスも地勢的な守りが堅く落とせない。やむをえず引き上げる途中、スキタイ領に攻め込むが、帰りにフィリッポスは負傷してしまう。部隊内で暗躍してマケドニア軍の窮地を救うエウメネス。
エウメネスの活躍もそもそも強い軍隊の中ではちょっと面白くないなあというのが、本巻の感想。今後、どういう展開になるのか。 -
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アレクサンドロスの二重人格の謎はすぐに開かされている。第2人格ヘファイスティオンはヘビが嫌いだからヘビの痣を白粉で塗ってしまう。ただそれだけのこと。なぜ第2人格が出てきたのか、それは母オリュンピアスが関わっている。
種々の種明かしは済んでしまうので、むしろこの二重性によってアレクサンドロスがいかに名君・名将となっていくのかがストーリーの駆動源となりそう。だがそれもまだ先の話。
エウメネスは今度はフィリッポス王に命じられ、マケドニア将棋を作ったりしている。
そして3年が経つ。
マケドニアの覇権を阻止せんとするアテネに味方するビザンティオンとペリントス、これを落とすべくフィリッポス王は軍を上げる。エウメネスも書記官としてそれに従うのだが、まずはその手前にあるカルディアに向かう。エウメネスの故郷である。カルディアに軍を置くなどの交渉に王の代理として向かったのがエウメネス。出迎えるカルディアの有力者ヘカタイオスは、かつてエウメネスの義父を謀殺し、彼を奴隷として売った男である。3年前、エウメネスがカルディアに寄ったときには同じ地面に立った。そして今回はエウメネスが馬上で、ヘカタイオスは家来のように徒歩である。
読者はザマミロと思うのだが、エウメネスは淡々としており、昔の友人たちは「会うたびにわけがわかんなくなってる」と呆れる。こういう軽妙さも好き。 -
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表紙に登場したヘビの痣のある優男が13歳のアレクサンドロス3世、後の大王である。
父フィリッポス王はアレクサンドロスの母オリュンピアスから彼を離したいということもあって、貴族の若者たちの学校ミエザを作る。ここでアレクサンドロスの剛胆さと繊細さ、民主的な性格が描かれる。さぞや名君となるだろうという描き方。だが、どこか脆弱だ。
他方、エウメネスはマケドニアの首都ペラで、その権力構造などを見聞きしていくとともに、乗馬を習わされたりしている。
脆弱なアレクサンドロスが行き詰まったとき、彼にそっくりでヘビの痣のない少年ヘファイスティオンが現れる。アレクサンドロス3世は怪しい二重人格者として描かれているのだ、今後それがどのような物語となっていくのか興味津々というところで、続きは次巻。 -
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表紙は第1巻冒頭に登場している、マケドニアの敵ペルシャのトロイアス州総督の妻・バルシネ。
ボアの村人として成長した青年エウメネス。だが平和は続かない。近隣で友好関係を結んでいたギリシャ人の都市ティオス市の有力者の息子が野心家であり、ボアの村を占領しようと画策する。本巻はエウメネスの知略で木訥なボアの村人にそれを撃退させるという話。つまり軍師エウメネスの誕生が描かれるわけである。戦闘力でも覚悟の点でもハンディのある村人に策略を授けて、有力者の私兵とはいえ、訓練された軍隊を撃退するのだ。
こういう話を書きたかったんだろう。こういうのを読みたかったんだよ。
それに痛快なのは弱きを助け、強きを挫くからだろう。また、エウメネスがカルディア時代に買っていた猫と同じ名前の少女サテュラと彼は互いに意識し合う関係にあるのだが、サテュラが件のティオス市の有力者の息子の許嫁と決まっていたことで、さらに話はややこしくなる。
つまり、事態の収拾のためにはエウメネスは村を去らねばならなくなるのだ。故郷のカルディアにでも行ってみるよということになって、話は第1巻冒頭につながる。第1巻から本巻の刊行まで2年9カ月。ああ。 -
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表紙は第1巻冒頭に登場している、マケドニアの敵ペルシャのトロイアス州総督の妻・バルシネ。
ボアの村人として成長した青年エウメネス。だが平和は続かない。近隣で友好関係を結んでいたギリシャ人の都市ティオス市の有力者の息子が野心家であり、ボアの村を占領しようと画策する。本巻はエウメネスの知略で木訥なボアの村人にそれを撃退させるという話。つまり軍師エウメネスの誕生が描かれるわけである。戦闘力でも覚悟の点でもハンディのある村人に策略を授けて、有力者の私兵とはいえ、訓練された軍隊を撃退するのだ。
こういう話を書きたかったんだろう。こういうのを読みたかったんだよ。
それに痛快なのは弱きを助け、強きを挫くからだろう。また、エウメネスがカルディア時代に買っていた猫と同じ名前の少女サテュラと彼は互いに意識し合う関係にあるのだが、サテュラが件のティオス市の有力者の息子の許嫁と決まっていたことで、さらに話はややこしくなる。
つまり、事態の収拾のためにはエウメネスは村を去らねばならなくなるのだ。故郷のカルディアにでも行ってみるよということになって、話は第1巻冒頭につながる。第1巻から本巻の刊行まで2年9カ月。ああ。 -
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奴隷として売られることになったエウメネス。彼の没落の要因となったスキタイ人奴隷ターミネーターとのかすかな交歓、エウメネスおつきの奴隷だったカロンとの複雑な感情を秘めた交流。貴族の御曹司という境遇から奴隷への急転落。諸々の感情があるとき爆発的に強く噴出する場面が、この作家の素晴らしいところだ。
かようにギリシャの奴隷制がキーとして描かれるが、対してマケドニアでは奴隷が少ないという陳述があとで出てくる。
エウメネスら奴隷を乗せた船ではさっそく奴隷の反乱が起きるが、しかし、奴隷は烏合の衆にすぎず、船は沈没。エウメネスが流れ着いたのは田舎の(つまり野蛮人の)村。彼はここボアの村に居つくことになる。自給自足の生活の一方で、剣の腕を磨き、請われて村人たちにギリシャ神話の講義を始める。共同体レベルでも知は力なりといいたいようだ。
どこに行ってもよそ者のエウメネスがここで数年の間、所属する集団を見出すのだが、ギリシャ世界とは習慣の異なることが多く、「文化が違う」とあきれてみせる。文化を相対化できるのもエウメネスの強みなのだ。 -
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こういう知恵と機転とはったりだけで切り抜けていく主人公、岩明均は好きね。オレも好き。
消息子
2013/08/24 12:08:53
評価 ( ★マーク )
★★★★★
エウメネスという人物が主人公である。彼はアレクサンダー大王の書記官として知られる。大王の父フィリポス2世と大王アレクサンドロス3世に仕えたが、書記官でありながら軍事面でも才能を示したとされる。歴史にその航跡が記されるのは、大王の死後、ディアドコイ戦争の駒のひとつとしてであるが、その出自は、都市国家カルディアの出身であることくらいしかわかっていないし、書記官時代の戦績も不明である。
デビュー前から構想があったという岩明均のこのマンガは、その歴史の空白に大胆に創作を埋めて、エウメネスの波瀾万丈の出自を描いていく。史実がはっきりしない部分こそ自由に描けるので、どのあたりまで話が続くのかは不明だが、この執筆ペースではとてもディアドコイ戦争まで描くのには作者の寿命が足りなさそうだ。
いやいや、でも話はそんな風には始まらない。野蛮人の服装をした青年エウメネスが青銅のヘビの飾りを拾うのが第1ページ。これ象徴的な伏線。
ペルシャからスパイの嫌疑で逃れてきたのアリストテレスがエウメネスに出会う。両者とも行き先はカルディア。エウメネスの機転でペルシャ軍を出しぬくが、途中で分かれ、カルディアには別に向かう。ところがカルディアの城門前ではマケドニア軍の歩兵隊が示威行動をしている。カルディアに、はいれなくなって困っているばあちゃんと、途中、同道する怪しげなペリントスの商人とともに、エウメネスはまたもや機転を利かせてカルディア内に入るのである。こういう知恵と機転とはったりだけで切り抜けていく主人公、岩明均は好きね。オレも好き。
怪しげなペリントスの商人はエウメネスの知力を見て、「わしの所で金を稼いでみんか」という。怪しい商人が誰かはご推察のとおり。いや、それはちと気がはやい。
変わり果てたカルディアの街を見ながら、エウメネスは少年時代の回想にはいる。
エウメネス少年はカルディアの貴族の次男である。本(といっても当時は巻物だが)が大好きだ。幸せな日々。しかし、彼は頻繁に異民族=野蛮人の女が剣で男たちを切り倒し、最後に自分が刺されてしまう夢を見るのだ。 -
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ネタバレマケドニア王フィリッポスに見初められ、書記官となったエウメネス。そこで 出会った王子アレクサンドロス(後の大王)の二重人格の秘密に触れ、さらに は王の依頼でマケドニア将棋を開発する。
一方、マケドニア軍は近隣に覇を唱えるべく東進を開始。拠点になるのはエウメネスが育った町カルディア。
マケドニア軍の一員としてエウメネスは旧知の人々と再会した。目指す攻略先はビザンティオン(現在のイスタンブール)である。
アレクサンドロスの複雑な心情や、エウメネスが正式にマケドニア王家の、それも王に近しい家臣となったことが描かれている。
少年期のアレクサンドロスは、家臣や友人思い。涙もろく、この上もないほど優しい気性。史上に残る大王の臣下への憎悪の深さや宮中での孤立性は、今作では大王の別人格と設定されたヘファイスティオンに仮託されている。
書記官ディオドトスは言う。「はっきり言ってヘファイスティオンはどうしようもない、けどねアレクサンドロス王子は……あれは良い子だよ」
ミエザでの一件、誰も乗りこなせない荒馬ブーケファラスを駆り、落ちれば死が待つ断崖の向こう側へ飛ばずにおれない。
王子の学友レオンナトス(5巻でフィリッポスとアレクサンドロスの酒席の戯言を持ち込んだ人物です)は言う。「ひょっとして……(ヘファイスティオンが)出たのか?いや……違うな。これこそが王子だ!」
実母オリュンピアスの暗躍や不貞と教育、オッドアイ(これは史実みたいですが)や顔面の蛇のアザといった漫画的で一件馬鹿馬鹿しい記号まで、アレクサンドロスの特異性の表現に寄与している。 -
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ネタバレ遂にマケドニアの王子アレクサンドロスと対面したエウメネス。
アレクサンドロスは他の同世代の若者たちと共にミエザの学校で学び、エウメネスは王に命じられ乗馬訓練に勤しむこととなった。
乗馬訓練の最中エウメネスは自らの ルーツに迫る発見をし、アレクサンドロスは若者たちと共に馬で絶景を見学に行くが、そこで事故が発生する。その後アレクサンドロスとエウメネスは再会するがアレクサンドロスの様子は以前と違っていた。
前巻にて「就職」したエウメネスがいよいよ本格的に仕事を
始めるわけですが、如才なく文官としての仕事を片付けていく反面、
王に言われて始めた馬上訓練でも非凡なところを見せていきます。
ヒストリエではアレクサンドロスが二重人格者として描写されていますが、
彼とは違った意味で、エウメネスも「自分は文官」といいつつも実践的な訓練で才能を見せるあたり少し意識して描かれているのかなと思います。 -
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ネタバレ世話になった村での攻防戦で初めて戦(いくさ)を経験するエウメネス、「忘れ得ぬあの高揚感」と記す。
そして第1巻の物語導入部分に戻る、なので表紙がバルシネなのだ。
クライマックスは村の攻防戦だが、これはこれから経験するであろう数多(あまた)の戦から見れば序の口なのだと思う反面、最初の戦にその人間のほとんど全てが現われるのも事実なのだ。
自分を救い、仲間として迎え入れてくれたボアの村の人々のため、
エウメネスは初めての戦に臨みます。
そう、トロイア戦争の英雄・オデュッセウスのように、知略を主な武器として―。
そして、新展開へ。
物語は、第1巻のトロイア遺跡の場面へと回帰します。
ペルシア帝国のバルシネ(←今回のカバーイラストの人。おひさしぶり。)
が再登場です。
【第36話 オデュッセウス】
ボアの村とティオスを再び戦争状態にしないため、エウメネスは一芝居打って出る。村人たちに戦う意志はなく、残酷な罠を張ったのは全てスキタイ人である自分だと、エウメネスはテレマコスに語る。
テレマコスの憎悪を自分だけに向けさせることに成功したエウメネスは、村を出ることにした。全ての責任を一人で背負って村のために出ていくエウメネスの姿に、村人たちは英雄オデュッセウスの姿を重ねていた。
エウメネスの旅立ち後、サテュラはテレマコスの元に嫁入りをした。
【第37話 レスボス島-生物研究所・1-】
ペルシア帝国に仕えるバルシネは、女の身でありながら軍人として、スパイ容疑のかかっているアリストテレスの所在を追っていた。
バルシネは、レスボス島にある、とある生物研究所を訪ねた。
【第38話 レスボス島-生物研究所・2-】
生物研究所にアリストテレスは来ておらず、変質的な男を前に、バルシネは早々に後を去る。
海岸線に出たバルシネは、そこで船づくりをしているエウメネスと出会う(第1話の部分)。エウメネスはバルシネに嘘をつき、アリストテレスを乗せて出航してしまった。 -
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ネタバレカルディアの育った屋敷を出て行くエウメネス。
奴隷として売られていったが、船が難破してたどり着いた村でたくましく育っていく。
カルディアを出航、ビザンティオンを越えて物語はパフラゴニアへ。
【第23話 アルゴ号】
奴隷たちはゼラルコスを惨殺し、船上で酒宴を上げる。しかし、自由も束の間、乗っていた船は遭難し、沈没した。
【第24話 パフラゴニアにて・1】
海辺に流れ着いたエウメネスは、パフラゴニア地方(黒海の南岸)のボアの村で保護される。エウメネスは、カルディアの家で飼っていた猫と同じ名の少女、サテュラと親しくなる。
【第25話 パフラゴニアにて・2】
次第に体力を取り戻したエウメネスは、ボアの村を観察する。
【第26話 パフラゴニアにて・3】
エウメネスは村一番の剣の使い手、バトに剣を習い始める。村で生活する代わりに、エウメネスはヘロドトスの講義を始めた。 -
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ネタバレ舞台は紀元前、後にアレキサンダー大王の書記官となるエウメネスの波乱に満ちた生涯を描いた歴史大作です。
蛮族スキタイの出身でありながらそれを知らず、都市国家カルディアでギリシア人養父母に育てられたエウメネスは、そのおかげでギリシア的教養を身につけることとなる。
ある日養父がスキタイ人に殺され、自分の出自を知ったエウメネスは奴隷の身分に落とされてしまう。それが彼の波乱の旅の始まりだったのです。
スキタイ人にも温かい人はいたんでしょうが、この巻ではあくまでその「温度ある冷酷さ」が強調されています。
奴隷のスキタイ人トラクスは、家畜以下の扱いを受け続けますが、遂に錠を全て解放し、同胞たちのいる元へ帰還しようと動き出します。
主人公はその逃亡劇の参加者になってしまうわけですが、同じスキタイ人的な本能で幾つもの「死」を認識します。 -
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ネタバレアレキサンドロス大王の記録を残した者として有名なエウメネスを描いたマンガ
主人公エウメネスはアレクサンドロスの記録保管者であり、大王の死後も重要な役割を果たした人物である。
遊牧民族スキタイは、世界で最も勇敢で、誇り高く、そして・・・残忍である!!!
冒頭、1人の青年が生まれ故郷の町に帰ってくるところから話がスタートする。
主人公にとってはどうやら久しぶりに見る故郷らしい。さぞ懐かしさがこみ上げてくるかと思いきや・・・町はいきなり軍隊に取り囲まれていた
このままでは町にも入れない。困り果てる主人公と同じく街に入りたい老女。
そこで、主人公は一計を案じてまんまと町の城門を開かせることに成功する。
久しぶりの我が家・・・は建物からしてなくなっていた主人公はかつての自身の部屋のあった場所で「物思い」に耽る。そして、ここから主人公の幼年編がスタートするのである。
かつては裕福な家のおぼっちゃまであった自分。
使用人や奴隷を多く召抱え、父は町の有力者で、母は美人だがどうにも出来のいい自分よりも不出来な兄のほうを可愛がっているような素振りが時折見える。
好きな書物は読み放題。成績も抜群で、兄弟仲はいいとは言えないものの、何不自由もない生活。
いずれは学者にでもなって・・・・などと呑気に構えていた主人公の人生が父の死によって一変する。
父は父を快く思わない連中の謀略で暗殺されていたのだ。そして主人公は自身が両親の実子ではないことを知る。しかも奴隷の息子であることを!
母や兄からも見放され、商人に身を売られて故郷を離れなければならなくなる。
ここから始まる主人公の運命の流転。折しも出航した船は嵐に遭い、木の葉のように浪間を揺れ惑う。
「主人公の嵐の人生の大海原」はここに開幕のベルが鳴ったのであります。
果たして沈没するか、堪えるのか?