シェイクスピアのレビュー一覧
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リア王は立派な王だと思って読んでみたが、少しも立派ではなかった。いわゆる一人の父親であり、遺産を娘たちに分与する資産家に過ぎなかった。
リア王以外に立派な人がいたかは難しい。遺産を拒んだコーディーリアか、王に苦言申し上げたケント伯だろうか。でも、結局、いなかったのかもしれない。立派さに力点をおく作品ではないから。強いて言えば、あの嵐が立派だったのかもしれない。
序盤は話がぶつぶつして煮え切らないのが、グロスター伯の目が潰れた辺りから、急速にまとまっていく展開だった。最後は悲劇ということらしいのだが、そして、誰も居なくなったわけでもないので、喜劇になりそうな気もする。まぁ、リア王にとっては悲劇だとしても。 -
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リア王の悲劇の後は、軽い喜劇で心を中和。
序盤のビアトリスとベネディックの心を探り合うような辛辣且つ軽妙な掛け合いが楽しい。フェイクと姦計に振り回され一度は諦めながらもクローディオはヒアローを、ヒアローと侍女の作り話を聞かされたビアトリスはベネディックを愛することになる。二つの恋が悪意と善意のなかで撹拌されながら、やがて不純物が取り除かれ実を結ぶ。
「友情は不変といってよいが、色と恋が絡めば話は別になる。」”Friendship is constant in all other things,
Save in the office and affairs of love.”
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アブラゼミが姿を消し、ツクツクホウシとヒグラシが夏の終わりを告げる声を聞いて、滑り込むようにこの本を読んだ。日が落ちても暑さが抜けず、生暖かい夜風が肌を撫でる今日のような夜は、この作品の舞台にぴったりだ。
若い男女たちが好きだの嫌いだのとやりあうところに、妖精たちが茶々を入れて一晩中の大騒ぎが始まるというドタバタ物語に、いつしか私も紛れ込み、彼らとともに賑やかな夏の夜の遊びを楽しむと、心なしか私の肌も汗ばんでくる。
この本は、河合祥一郎氏の訳だが、この訳のすごいところは、わかりやすさとユーモアもさることながら、原文の押韻(ライム)をことごとく、日本語に訳しきってしまったところである。さらに、適当に音合わせで訳されているものではなく、実によく考えられた訳になっていて、感嘆の念を抱かずにはおれない。韻を踏むことによって、言葉のコミカルさに加えて、サウンドとしてもテンポが良くなり、読者も観客もグッと劇に吸い込まれてゆく。加えて、これは原文もそうなのだろうが、ファンタジーで話が展開する所は押韻調(英雄詩体)で進み、現実的な展開の所は散文調で進むなど巧妙な工夫がなされているのも面白い。この脚本で上演された『夏の夜の夢』を実際に観てみたくなった。
ところで、この作品の舞台は、注釈によれば5月1日の前夜、つまり4月30日の夜なのだそうだが(だから厳密には「夏の夜」ではなさそうだ)、聞くところによるとイギリスなどでは、夏至の夜には妖精や精霊たちが力を増して現れてくるので、その機にお祭りを催す所もあるらしい。夏の夜の草いきれの中から、様々な妖精がダンスをしながら現れてしばしの夜遊に興じることは、案外、あることなのだろうと思う。
おっと、夜が白々と明けてきたようだ。妖精たちもいつしか帰っていったようだ。そろそろ本を閉じることにしよう。
(2020.8) -
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シェイクスピアの喜劇。
恋の甘汁により人間関係がはちゃめちゃになるが、最後はいい塩梅に落ち着き皆が幸せになる。
妖精たちの劇はたしかに訳がわからずアマチュア感が強く感じられたが、楽しそうなギルドの集まりなのかな〜と想像が膨らむ。
グローブ座で劇を見た後に読んだので、登場人物のイメージがしやすかった。
当時は一人二役もよくある話で、そのおかげで劇だけではこんがらがっていた部分が本を読んで解けた。
韻文が80%を占め、神秘的な表現が多く使われるこの作品は文学的だと感じた次第。
わたしはハーミアの恋の捉え方、デミートリアスへの求愛の仕方がとっても正直でかっこいいと思った! -
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江戸川乱歩、他『栞子さんの本棚2 ビブリア古書堂セレクトブック』角川文庫。
三上延の『ビブリア古書堂の事件手帖』に登場した古今東西の名作集、第2弾。残念ながら今回も抜粋作品が多い。
江戸川乱歩の『孤島の鬼』『黄金仮面』『江川蘭子』は抜粋。全文掲載は『押絵と旅する男』と『二銭銅貨』の2編。中でも『二銭銅貨』は傑作中の傑作。この時代にこれだけのレベルの暗号ミステリが創られたとは信じられない。何度読んでも面白い。
小林信彦の『冬の神話』、シェイクスピアの『ヴェニスの商人』『ハムレット』も当然の如く抜粋。
小沼丹の『黒いハンカチ』は江戸川乱歩と同じような系統の小気味良いミステリー。時代を感じつつも、描かれるミステリーの光景が目に浮かぶのだから、不思議。
寺山修司と木津豊太郎は数編の詩歌を収録。
太宰治の『駆込み訴え』と太宰のもう一つのペンネーム、黒木舜平で書かれた『断崖の錯覚』も収録。今どき太宰治を読む若者は果たしてどれだけ居るのだろうか。 -
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若きシェイクスピアが描いた不朽の名作。
ヴェローナ市を舞台にモンタギュー家とキャピュレット家という啀み合う両家に生まれたロミオとジュリーエット。
二人は運命に翻弄され、悲劇的な結末を迎える。
非情な運命とは言え、純情な二人が最終的に一つとなり死んでいく流れは、悲劇ではあるが美しさをも感じた。
ロミオとジュリーエットの恋愛は一週間弱と短いものだが、舞踏会での接吻、その夜のバルコニー・シーン、翌日のキャピュレット家庭園での別れという二人の詩的な掛け合いの場面はリズミカルで、ほろ甘く、汚れを知らぬ美しさに満ちたものである。
シェイクスピア作品は初めてであるが、読み始めたらすぐに惹き込まれた。 -
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リア王と言うと嘘つき娘と正直娘の話しのように思われているが、実はもっと深い「人間の性」が引き起こす悲劇として描かれている。
権力への執着は、人間にもともと兼ね備わったものであるし、それに加え男女の愛憎も、この権力争いの中に織り込まれている。
ラストで、ほとんどのキャラクターが死んで行く悲劇を観て、観客の感じるものは人間の愚かしさであり、またそれが自分の中にもあることへの戦慄であろう。
悲劇の救いとなろうと予想された、末娘のコーディーリアの愛情や、リア王の家臣のケントの忠義さえも、この悲劇の中に飲み込まれていく。
詰まるところ、救いのない悲劇である。
どのようにして、この悲劇を回避すべきかは、観客に投げ与えられるのだ。
権力の魔性の恐ろしさは、愛情や忠義すらも無力なものにしてしまう。
シェークスピアは、まずはこの人間の本性に秘められた恐ろしさを、ニヒリスティックに観客に伝えたかったのかも知れない。