ラーシュ・ケプレルのレビュー一覧
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ある激しい雪の夜、一人の男がストックホルム郊外の鉄道線路沿いで保護された。それは、ベストセラー作家レイダルの13年前に行方不明になった息子ミカエルだった。彼は、自分と妹フェリシアを誘拐した人物を「砂男」と呼んだ――。当時、国家警察のヨーナ警部は捜査にあたったが、それがきっかけで彼の人生は一変していた。相棒サムエルとユレックという男を逮捕。判決後、ユレックは不吉な言葉を吐き、閉鎖病棟に収容される。そこへ妹の監禁場所を知るため、公安警察のサーガが潜入捜査を開始する。
やはり「交霊」から直結していたシリーズ第四作。まさかまさかの潜入捜査が始まった。 -
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このシリーズを最後まで読みたい気持ちと、犯罪の残忍さが安易に増幅する物語への嫌悪感とが擦れ合うような読書体験を本書はぼくにもたらし、素直に人に勧められるかどうか自信を失いつつある複雑な心境の作品であります。
以上の段落は、ラーシュ・ケプレルの前作ヨーナ・リンナ・シリーズ第6作『ウサギ狩り人』に関するぼくのレビューのエンディング。上の段落が、今回の新作に対するものにそのまま当て嵌まってしまい、それ以上でもそれ以下でもないところが、何とも残念。
例によって例により、過去作品のあの日あの時、死んだのか生き延びたのかわからないエリック・マリア・バルクの影が作品全体に投じられる。そうあのハンニバル・レクター博士を彷彿とさせる万能的な悪のコンダクターだ。なので本作はサーガとかシリーズであるというよりも、連続した大きな長編作品の一章というイメージが加速度的に強まってきたように見えてきた。従って本書を最初に手に取った読者には、物語の展開や過去事情を含め、人間関係やシチュエイションが全くわからないだろう。そんな方たちにこの手の作品は一体どう受け取られるのだろうか? また、それで良いのだろうか?
かく言うぼく自身、前作までの人間関係図の過去の経緯のすべてを完全記憶しているわけでもないので、過去作に叙述が及ぶシーンの頻繁さは、かなりストレスを感じた。本来、シリーズぶっ通しで読んで初めて完全な面白さが得られるような造りなので、間を空けたり、途中を抜いたり、途中から読み始めたりでは、どの作品においても多くの部分がわかりにくい、あるいはまったく理解不能に陥るだろう。
以上の事情もあっての、訳者を変えてでもトライしてみせた、5か月目という異例の早さでの続編出版であったか? とは、深読みに過ぎるだろうか。
それでもスピーディかつショッキングな展開の多いバイオレンスの連鎖と、捜査側・犯罪者側間の駆け引きのスリリングさで、ページターナーぶりを失わないでいる筆力は流石と言わざるを得ない。
個人的には過去作や次作に引き継がれる点が多いことで、本書単独での評価がし難いという、生殺しに近い状況を押し付けられるタイプのこの手のシリーズはあまり好みではない。最近富みにスウェーデンを中心とした北欧ノベルに於いて、単独作品としての価値を失ってしまっているシリーズ作品が多いことに、少なからぬ抵抗を覚えつつ、何ともたじろいでいる次第。
とは言え、あと一作。本作で決着のついたあの人のことを背後に置いて、本作前篇をその個性で主に牛耳っていたもう一人のあの未決着な人物との最終ラウンドを何とか早めに見せてもらわないことには寝覚めが悪い。じりじり、ひりひりとするエンディングに、眠れなくなりました。 -
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このシリーズを最後まで読みたい気持ちと、犯罪の残忍さが安易に増幅する物語への嫌悪感とが擦れ合うような読書体験を本書はぼくにもたらし、素直に人に勧められるかどうか自信を失いつつある複雑な心境の作品であります。
以上の段落は、ラーシュ・ケプレルの前作ヨーナ・リンナ・シリーズ第6作『ウサギ狩り人』に関するぼくのレビューのエンディング。上の段落が、今回の新作に対するものにそのまま当て嵌まってしまい、それ以上でもそれ以下でもないところが、何とも残念。
例によって例により、過去作品のあの日あの時、死んだのか生き延びたのかわからないエリック・マリア・バルクの影が作品全体に投じられる。そうあのハンニバル・レクター博士を彷彿とさせる万能的な悪のコンダクターだ。なので本作はサーガとかシリーズであるというよりも、連続した大きな長編作品の一章というイメージが加速度的に強まってきたように見えてきた。従って本書を最初に手に取った読者には、物語の展開や過去事情を含め、人間関係やシチュエイションが全くわからないだろう。そんな方たちにこの手の作品は一体どう受け取られるのだろうか? また、それで良いのだろうか?
かく言うぼく自身、前作までの人間関係図の過去の経緯のすべてを完全記憶しているわけでもないので、過去作に叙述が及ぶシーンの頻繁さは、かなりストレスを感じた。本来、シリーズぶっ通しで読んで初めて完全な面白さが得られるような造りなので、間を空けたり、途中を抜いたり、途中から読み始めたりでは、どの作品においても多くの部分がわかりにくい、あるいはまったく理解不能に陥るだろう。
以上の事情もあっての、訳者を変えてでもトライしてみせた、5か月目という異例の早さでの続編出版であったか? とは、深読みに過ぎるだろうか。
それでもスピーディかつショッキングな展開の多いバイオレンスの連鎖と、捜査側・犯罪者側間の駆け引きのスリリングさで、ページターナーぶりを失わないでいる筆力は流石と言わざるを得ない。
個人的には過去作や次作に引き継がれる点が多いことで、本書単独での評価がし難いという、生殺しに近い状況を押し付けられるタイプのこの手のシリーズはあまり好みではない。最近富みにスウェーデンを中心とした北欧ノベルに於いて、単独作品としての価値を失ってしまっているシリーズ作品が多いことに、少なからぬ抵抗を覚えつつ、何ともたじろいでいる次第。
とは言え、あと一作。本作で決着のついたあの人のことを背後に置いて、本作前篇をその個性で主に牛耳っていたもう一人のあの未決着な人物との最終ラウンドを何とか早めに見せてもらわないことには寝覚めが悪い。じりじり、ひりひりとするエンディングに、眠れなくなりました。 -
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ラーシュ・ケプレルは、迷路のような小説を書く。一匹狼の警部ヨーナ・リンナは、前作で獄舎に囚われてしまったが、それは本書への周到な伏線だったのだ。そう本作はシリーズ第6作。全部で8作を予定していたシリーズは10作まで計画そのものも膨張したらしく、世界での人気が伺われる。
覆面作家として登場したラーシュ・ケプレルは、翻訳時点で既に、普通小説の夫婦作家の共作ペンネームであることが明かされているが、よほどケプレル作品の性格や方向性までお二人の息が合うらしく、相当の生きの合わせ方が伺われる。事件のサイコ性、不気味なまでの残虐性、スピーディな展開、ヨーナのスーパーな捜査能力と対になった一匹狼的野性&知性、などなど。
本書は捜査側の各行政機構、警察、軍その他の混乱まで呼び込み、陸海空に及ぶ派手なアクションや戦闘シーンなども散りばめられるなど、娯楽小説が大好きな愛読者をさらに倍増させそうだが、そのサービス精神が、最近の北欧ミステリー全体に蔓延する病原体のようで、食傷気味になっているというところがぼくの個人的な本音である。
アルネ・ダール、ベルナール・ミニエ、などどの作家もページターナーで読みやすく、一匹狼の刑事と相棒の女性捜査官、サイコな敵と残虐で劇場的な殺人風景、などなど、劇画チックなもの、スリラー映画を想起させるものが増えているように思う。
刑事バランダー・シリーズのような、かつての北欧ミステリーが見せた地道な刑事人生や孤独、単純な地方の殺人事件や風光明媚な国土などはあまり見当たらなくなっているように危惧する。
本書も殺戮のディテールが吐き気を催すほど血なまぐさい。最初は国家的政治的陰謀が関わる事件と思わせながら、どうも個人的な怨嗟が基になっているかと思われるいつもの連続殺人のようでもある。
本書の残酷性は、犠牲者に19分間苦しませた上で死に至るような細工である。連続殺人の原因となったらしい少女の集団強姦事件。狙われる犠牲者たち。心が乾燥した土地の冷たい人間模様ばかりが浮き彫りになって、鳥肌立つ思い。生理的な不快感に満ちている。
主人公のヨーナ・リンナはそれらの不快のすべてを直線的に解決してくれる一種の天才捜査官であるのと、孤独さと弱さも持つ人間的な刑事でありながら、どこか厭世的な負の影を持つために、人気を呈している。このシリーズの最後まで読みたい気持ちと、犯罪の残忍さが安易に増幅する物語への嫌悪感とが擦れ合うような読書体験を本書はぼくにもたらし。素直に人に勧められるかどうか自信を失いつつある複雑な心境の作品であります。 -
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ラーシュ・ケプレルは、迷路のような小説を書く。一匹狼の警部ヨーナ・リンナは、前作で獄舎に囚われてしまったが、それは本書への周到な伏線だったのだ。そう本作はシリーズ第6作。全部で8作を予定していたシリーズは10作まで計画そのものも膨張したらしく、世界での人気が伺われる。
覆面作家として登場したラーシュ・ケプレルは、翻訳時点で既に、普通小説の夫婦作家の共作ペンネームであることが明かされているが、よほどケプレル作品の性格や方向性までお二人の息が合うらしく、相当の生きの合わせ方が伺われる。事件のサイコ性、不気味なまでの残虐性、スピーディな展開、ヨーナのスーパーな捜査能力と対になった一匹狼的野性&知性、などなど。
本書は捜査側の各行政機構、警察、軍その他の混乱まで呼び込み、陸海空に及ぶ派手なアクションや戦闘シーンなども散りばめられるなど、娯楽小説が大好きな愛読者をさらに倍増させそうだが、そのサービス精神が、最近の北欧ミステリー全体に蔓延する病原体のようで、食傷気味になっているというところがぼくの個人的な本音である。
アルネ・ダール、ベルナール・ミニエ、などどの作家もページターナーで読みやすく、一匹狼の刑事と相棒の女性捜査官、サイコな敵と残虐で劇場的な殺人風景、などなど、劇画チックなもの、スリラー映画を想起させるものが増えているように思う。
刑事バランダー・シリーズのような、かつての北欧ミステリーが見せた地道な刑事人生や孤独、単純な地方の殺人事件や風光明媚な国土などはあまり見当たらなくなっているように危惧する。
本書も殺戮のディテールが吐き気を催すほど血なまぐさい。最初は国家的政治的陰謀が関わる事件と思わせながら、どうも個人的な怨嗟が基になっているかと思われるいつもの連続殺人のようでもある。
本書の残酷性は、犠牲者に19分間苦しませた上で死に至るような細工である。連続殺人の原因となったらしい少女の集団強姦事件。狙われる犠牲者たち。心が乾燥した土地の冷たい人間模様ばかりが浮き彫りになって、鳥肌立つ思い。生理的な不快感に満ちている。
主人公のヨーナ・リンナはそれらの不快のすべてを直線的に解決してくれる一種の天才捜査官であるのと、孤独さと弱さも持つ人間的な刑事でありながら、どこか厭世的な負の影を持つために、人気を呈している。このシリーズの最後まで読みたい気持ちと、犯罪の残忍さが安易に増幅する物語への嫌悪感とが擦れ合うような読書体験を本書はぼくにもたらし。素直に人に勧められるかどうか自信を失いつつある複雑な心境の作品であります。