白尾悠のレビュー一覧
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北欧で誕生した住まい方がベースとなっている、多世代の住人が協働するコミュニティ型マンション『ココ・アパートメント』を舞台としたオムニバス形式の連続短編。
シェアタイプを含め各種独立した各居室があり、月に数回当番が食事を作り皆で食卓を囲む…シェアハウスと団地の中間ぐらいの感じでしょうか。年代も世帯構成もバラバラな人が、隣人としての関係を築いていく。それぞれに問題や悩みを抱えながら、踏み込みすぎず助け合える。もちろん物語のように良いことばかりじゃないでしょうが、特に子どもが育つのには中々良い環境ではないかと思いました。『コハン』の当番はけっこう大変そうですが。
田舎のおばあさんの『康子』さん。訛り言葉を読んでもしやと思ったら、やはり同郷でわかりみが深い…なのに意外と波乱万丈な人生でびっくりです。
とっても優しい話でした。 -
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なんとも言えない、時代は30年くらい前を描いているとはいえ、今の時代に通ずる部分がありすぎて、受け止めきれない内容だった。
自分自身はそもそも中学生時代「社会」という科目が得意ではなかった。履修の問題で高校では日本史を勉強する必要がなく、理系だったので受験も地理のみで乗り切ってしまったため、普通の人以上に歴史音痴だと自負している。どこで生まれたひとであろうとも、人と人として付き合いたいという自分のスタンスは変わらないと思う。ただ、歴史の中で何があったのかは、基礎的な部分だけでも受け止めておきたいと思った。
先日、初めてアイヌの歴史に触れて、かなり衝撃を受けた。知れてよかったと思った。 -
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読み終えてから感情の行き場に困るような、読んでいる時は苦しいけど、読んで良かったと思える物語だった。
「女性だから、採用しない。採用しないから、女性が増えない。女性は無能だから女性が増えないと思われる。女性の意見に耳を貸してもらえなくなる。」悲しいループ。女性だからと抑圧され、女性だからと厳しい目にさらされ、四人で作ろうとした作品さえも、生きている時は日の目が見ることはなかった。
現代に生きる真琴も、「子なし独身女vs妊娠子連れ女」「非正規雇用vs正規雇用」の構図に頭を悩ませる。
今は、逆に「多様性」と言いすぎて、「女性率を上げないと」と、企業に登用されたり、大学にも女性枠があったりと女性優位の世の中になってきていると言われる。そんな意見に対して、「男性が今まで履いていた下駄を脱いだだけ」という女性側の意見も見られる。このご時世に、考えざるを得ない命題だ。 -
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偶然なのだけれど、ここのところ、差別問題と料理の本を立て続けに読んでしまった。この本は1990年代後半にアメリカの大学に留学した日本人が主人公。得意だったはずの英語もネイティブの前では片言でしか話せない。周囲の日本人は元々帰国子女だったりしてネイティブ並みの発音。疎外感で鬱々と過ごしている。共感するところも多いのだけれど、彼女が英語に出来ずに内心で毒ずく場面はちょっと苦手。でもこれは最初だけで、学内でサード・キッチンというマイノリティのための場所を見つけて、友人が増えてくる。一方で差別という問題に向き合わざるを得ない状況になる。言葉にならないモヤモヤを、きちんと文章にしてくれる本。
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アメリカ留学で様々な事に気づく物語
以下、公式のあらすじ
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都立高校を卒業しアメリカ留学した尚美は拙い英語のせいで孤独な日々。どん底に現れた美味しくてあたたかい食事と人種も性別もバラバラの学生たちが、彼女を変えていき……感動の青春成長譚!
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理想的本箱「人にやさしくなりたい時に読む本」で紹介されていた本
あと、読書会でも紹介されたので、何かと記憶に残っている
加藤尚美は都立高校を卒業し、アメリカに留学している大学生
父を亡くした母子家庭で、経済的に裕福ではないが、山村久子という高齢の女性からの支援を受けて留学できている
その援助を受ける条件として、定期的に手紙のやりとりをしている
ただ、その内容は孤独な生活を送っているにもかかわらず、心配させまいと嘘で塗り固められた内容
尚美は英語が拙い事もあってか、周囲の人間と上手くコミュニケーションが取れず、ルームメイトであるクレアやセレスタとは上手くいっていない
英語ができない事から、子供っぽく思われたり、頭が悪いという扱いを受けている
自分の本分は勉強して良い成績を修める事と勉強に励む尚美
、他の人達はパーティーに出かけたとある日の夜、向いの部屋から物音がし、気になって覗いてみると、絵を描く女性アンドレアと出会う
自分の話を真摯に聞いてくれ、同じく絵を描く事で二人は理解を深める
そして、アンドレアの友人であるマライカがも登場し、学生が運営する食堂「サード・キッチン・コープ」に誘われる
サード・キッチンは、マイノリティ学生のためのセーフ・スペース
それまで孤独だった尚美は、サード・キッチンに入ることで、新たな気づきを得ていく
日本で暮らしていると、自身がマイノリティであるとはあまり思わない
ただ、アメリカでば黄色人種も"peaple of color"としてマイノリティとして扱われる
また、人種だけでない差別
戦争の加害国としての日本
性的マイノリティなどへの偏見と差別
異性愛が「ノーマル」で同性愛が「アブノーマル」という言葉
ただ、「ストレート」という言い方もどうなんだろ?
真っ直ぐではないというのはネガティブな意味にならないのか?
日本では気づかなかった、自分がマイノリティで「差別される側」という認識
それと同じく、自分も事柄によっては「差別する側」でもあるという気付き
尚美は偏見について
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私はどういう人間か。それを、よく知らない他人に決められるということ。いやだーほとんど、反射的に、そう思う。
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と思っているけど、私個人としては、別に他人がどう思っていようと、勝手に思ってれば?と思うけどね
あくまで思う分にはで、口に出したり行動に影響を及ぼさない限りはね
内心の自由は、差別的な考えや頓珍漢な偏見であろうと問題にはならないと思うよ
韓国のジウンとの確執
「無知」と「無関心」は罪なのか?というテーマ
この問題に限らず、差別的言動の言い訳に「知らなかった」を振りかざすことや
「知らないからそっちが教えろ」という態度の問題点
なぜ差別される側が負担を強いられなければいけないのか?
ただまぁ戦争責任については、祖先の罪を背負う必要はあるのか?や
同じく、祖先の被害の補償を求める事は是か?という課題も出てくる
罪はないけど、責任はあるのか?
責任も背負わなくともよいのか?
そんな事言いだしたら、直近ではなくもっと昔の歴史まで引っ張り出すけど、それでいいのか?とも思う
国同士、政府間での交渉事ならともかく、個人間で歴史を持ち出すのは愚かな行為に思えるけどね
それにしても、差別に関しては自身を顧みても色々と難しい
自覚している差別心は表に出さない事ができるけど
無自覚な差別心は隠すことができない
前述の通り、その差別の訴えをマイノリティに押し付けているという批判もあるけど
でもどうすればいいのかがわからない
また、差別と区別の違いはどこかか?
何が偏見で、何が差別か?
対応の違いが許されるケースとはどんなものか?
また、時には類型化も必要な状況はあると思うし
本当にこの手の問題は難しい
日本にいると、今でも圧倒的な人種や民族の偏りがあるため
自分はマジョリティでいる側はその優位性を特別に意識したりしない
マイノリティ、そして作られたイメージによる差別もある
アメリカでは様々なな人種が昔からいるけれども、その接し方について最適解はない
今でも酷い状況ではあるが、遥か昔に比べればましではある
尚美も日本人だからといって差別を受けていたわけではなくて、自分が言葉の壁を感じて自ら相手方に対して壁を作って塞ぎ込んでいる側面もあるのではないかと後に気づく
結局は、文化の尊重と個人の相互理解が必要って事だと思うのだが
ジウンは「ちゃんとした韓国人じゃない」と言われる
尚美も自分を馬鹿にしてきたアメリカ育ちの日系人を「日本人じゃない」「本当の日本語じゃない」と馬鹿にしていたという気付き
本当に、差別というのは単なるヒエラルキーでもないし、きっちり全てが分けられるものでもないし
厄介なものだよ
世の中、スッキリ理解できたほうが楽で気持ちいい
そんな単純化して理解できればいいのだろうけど
理解できない状態でも受け入れる、認めるという姿勢が求められるのだろうなぁ
あと、解説でも語られているように、舞台が1998年
湾岸戦争から続く中等のあれこれが問題になっていて、この後にイラク戦争があり、911があり、リーマンショックがある
本当に、尚美はどんな人生を歩んでいるのだろうな?と物語の続きを想像すると陰鬱な気分になってしまう
また、これは著者の留学経験が大いに反映されている小説らしい
となると、著者もこんな時代を生き抜いてきたという事なのだろうか? -
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心地よい暮らしを作るために住人が協働するコミュニティ型マンション、ココ・アパートメント。
それぞれの居室はあるが、共有するリビングは当番制で掃除をしたり、定期的に食事当番が皆に食事を振る舞ったり。季節毎のイベントもあったりと。
なんて楽しそう!だけど人見知りの私には無理無理‥‥と思ってしまいます。
でも若者達のシェアハウスと違って(若者のシェアハウスが如何なるものかも良く分かっていませんが‥‥)ここに住む人達は訳あってここに辿り着いた人達。そんな人達の連作短編集です。
老若男女、様々な人が暮らしています。一人暮らしだったり、家族と一緒だったり、同棲するカップルだったり。
正直、若者の話の時は、軽くてうるさい文章で読むのをやめようかな?なんて思ってしまったのだけれど、読み進んでいくと、泣けたりしている自分がいました。これこそが、ココ・アパートメントの真髄なんだなと思いました。年齢や立場や性別が違うからといって理解できないと切り離すのではなく、まずは話してみること、相手を知ることで関係はがらりと変わる。
(あ!今気付いたけど、タイトルがすでに“うるさい”だった!)
こちらがうるさいと思っているように、あちらもこちらをうるさいと思ってますよね。でも、相手を知ることで関係が変わる。
そしてココ・アパートメントの何よりも良いところは、困った時に助け合うのはもちろんのこと、程よい距離感で放っておいてくれるところ。
共用リビングで泣いている住人に声をかけることなく、そっとドアを閉める場面に号泣しました(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
是非とも連続ドラマにしてほしい!
とても良かったです(о´∀`о)
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Posted by ブクログ
海外に留学している日本人女子が語る物語。
「サードキッチン」とは、差別や貧困など、何らかの問題を抱えた留学生たちが利用できる、安心できる居場所としてのキッチン。
なかなか海外の大学になじめず、言葉の壁から生じる様々な障壁や差別を日々感じながら勉学に打ち込む主人公が、サードキッチンと出会い、世界の扉を開いていく。
日常に潜む潜在的な差別や偏見について、考えさせられる内容。
そして英語がネイティブのように話せないことで感じるもどかしさや孤独感、そして起きてしまう差別についても考えることができた。
「差別を受けたり弱者であることを理由に、逆にマジョリティをサードキッチンから排除して、被害者づらすることこそ、差別なのでは」という、ストーリー中の訴えにもなんとなく共感を覚えた。
作中で主人公が感じることは、人種差別に限らずに当てはまる部分も多いなと感じて、良い刺激になる一冊。
海外の人たちと、交流してみたくなった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ読書をしていると、不思議な縁を感じるときがある。意識せず続くときは続くというか、「水車小屋のネネ」に続いてこの本を読むという縁。生きづらくなった環境を飛び出して、新しい生活の場を描く小説を立て続けに読むという縁。
というか、俺はどうにも、近隣の人々が助け合って生きていくという物語が好きなんだということなんだろう。東京バンドワゴンもおけら長屋も宇江佐真理等の市井人情モノも、俺の好きな小説たちは、自助と公助、「奪い合えば半分以下だが分け合えば倍以上」の思想に溢れたものが多い。
成功人生のレールに乗るために勉強も学生生活を上手く生き抜く高校生から、父子母子家庭、発達障害をもった兄弟を育てる一家、謎の過去を持つ婦人や大家の男性。
この小説の章それぞれに描かれた、生きること暮らすことに一生懸命な彼らを追うごとに、俺も明日からもっと暮らすことをしっかりやっていこうと思えてくるのである。
そういう小説を今後も出会い、都度自分の生活を改めていきたいのである。 -
Posted by ブクログ
ネタバレどの話も終わるたびにほっと優しい気持ちになれる作品でした。
人に干渉されることを煩わしく思う時もあるけれど、自分が困った時に助けてくれるのは自分以外の誰か。人との関わりをほどよく保てるココ・アパートメント、私も住んでみたいなと思いました。
時が経ち、ココ・アパートメントを出て行く人がいてもまた遊びに来れる関係性も素敵だなとも思いました。子供でも大人でも、住んでいる場所以外に行く場所があるのは、救いです。
ちょっと家に帰りたくないなって思う時に、安心して行ける場所があるのは素晴らしいことだと思います。
章ごとに話の主役は変わるけれど、他の話でそれぞれの進捗もしれるのが面白かったです。
どれも未来が明るく感じられる終わり方で、読んでいて幸せな気持ちになりました。
欲を言えば一章の賢斗くんのその後がもう少し見たかったです!